遊園地の正門前に一人の女性が立っていた。
女は名前を美鈴と言う。
この日は友達たちと、この遊園地で遊ぶことになっていた。
メンバーは六人、正確に言えば七人。
みんな美鈴か彼女の彼氏である沁也に関係のある人ばかりだった。
沁也の友達の孝明とその彼女の由里。
美鈴の友達の小夜子とその彼氏の勲。そして小夜子の付き人の瑠衣。
そして勲を除いた六人は三年前に一度会っていた。
三年ぶりの再会。
美鈴はドキドキしながらもとても楽しみにしている様子だった。
一人の男性が、正門前に立っている女性に気がついた。
女性とは言え、幼さをまだ残した面持ちをしている。
その女性は、男性の姿に気がついていないようだった。
男性は少し遠回りに歩き、女性の背後を取ろうとした。
「おはよ、美鈴。」
不意に美鈴の背後から声がした。
「あ、沁君。おはようございます〜。」
美鈴の背後にまわった男性、沁也がそこにはいた。
「今日は久しぶりにみんなに会えるんだよね。楽しみだな〜。」
美鈴が言った。沁也はそんな美鈴の顔を微笑ましく見ていた。
「そうだな。俺も学校出てからはあっていないな。」
ふと視線を緩めて沁也は答えた。
せっかく沁也が隣にいるんだからと、美鈴は寄り添うように少し身体を沁也に預けるように傾けた。
そっと沁也は右腕を美鈴の身体に回して答えた。
そうして二人は残りの五人が来るまで待った。
「あらあら、お二人さん、仲いいねぇ。」
そう声をかけてきたのは孝明だ。
そういう孝明はちゃっかり由里の手をつないで歩いてきている。
「お久しぶりです。お元気ですか?」
美鈴が挨拶した。
「ええ、おかげさまで。美鈴ちゃんも元気そうで何よりです。」
そう答えたのは由里だ。同じ女性と言うことがあって、美鈴と由里はすぐに仲良くなった。
この間ね〜と由里が話しかけ、二人だけの世界が展開され始めた。
彼氏二人は会話には参加せず、そんな様子を見ているだけだった。
ところどころ、話に突っ込むことはあったのだが。
そしてすぐに、彼らの前に一台の車が停まった。
一台の黒い車。傷が全くついていないようでとても綺麗に輝いている。
中から最初に降りてきたのは女性だった。
助手席から出てきた彼女は、瑠衣だった。
そしてその次に出てきたのは勲。
最後に、勲に手を引かれる形で小夜子が出てきた。
「さ、さーちゃん、誰…?」
美鈴が聞いた。美鈴たちは小夜子の彼氏―勲―を知らないようだった。
会ったことはないから知らなくて当然ではあるが、話すら聞いていなかったみたいだ。
「あれ、みーちゃん、話さなかったっけ?」
小夜子が怪訝そうに聞いた。
「うん、聞いていないよ…。」
小さくこくこく、美鈴は頷きながら言った。
「勲と言います。貴女が美鈴さんですね。」
勲が言った。美鈴はただ頷くしか出来ていない。
「そして沁也さん、孝明さん、由里さん…お話は伺っております。お会いできて光栄です。」
一人一人に勲は挨拶した。
「初めまして、由里です。よろしく!」
やたらとテンションの高い挨拶だ。
美鈴はそっと、小夜子に耳打ちした。
おめでとう、と。
「遊園地に来たんだから…ッ!」
門をくぐるなり由里が言った。その目は輝いている。
「やっぱし、絶叫系からでしょ!」
そしてぐいぐいと孝明の手を引っ張っていく。
「ちょ…由里さん?!」
叫んで、美鈴は由里たちの後を追った。
その後を沁也、小夜子、勲、瑠衣の順で追う。
そして十分後にはこのメンバーでそのうちの一つ列に並ぶことになった。
「もう、三十分待ちだなんて…!」
不平そうに由里が言う。アハハハハ、と孝明は苦笑いした。
「いつもこんな感じなのか?」
沁也は孝明に聞いてみた。
由里のペースについていけないみたいだ。
「ん?そうだけど。」
それがどうしたのか、とでも言いたげな表情で孝明は答えた。
その答えとして沁也はただ、孝明の肩に手を乗せただけだった。
お前も大変だな、とその顔は言っていた。
そろそろ乗れる、というところまで来たとき、美鈴は沁也をつかむ手に力を入れていた。
もともと、沁也の腕をつかんでいたのだが、知らず知らずのうちに力が加わって言ったようだ。
「どうしたんだ、美鈴?」
腕を強くつかまられ、沁也は美鈴に振り向いた。
美鈴の表情は恐怖に蒼くなっていて、震えている。
「わりぃ、俺やっぱりパスするわ。」
沁也はそういって列から抜けようとした。
「えー、なんでー。沁也君、こういうの好きじゃん。そろそろ乗れるんだよ?」
やはり引き止めたのは由里だった。
「まあまあ、あいつにもあいつなりのやることがあるんだよ。」
「う゛…でもまた乗れるし。今日はパスするよ。ほら行くぞ、美鈴。」
「うん…。」
孝明が由里をなだめている間に、沁也は美鈴を連れて無理矢理列から離れた。
「すみません、私のせいで…。」
美鈴が小さな声で言った。美鈴はうつむいていた。
今二人は、それの出口近くのベンチに座っている。
「仕方ないだろ、乗れないんだったら。二人で遊園地行くことあまりなかったから俺、気づかなくてごめんな。」
そういって沁也は美鈴の頭をくしゃくしゃとなでた。
「私、乗れないわけじゃないんです。ただ、逆さになったり、途中にレールが敷いていない状態があったりすると、怖い考えばかりしてしまうんです。
大丈夫だって言い聞かせているんですけれど、それでも怖くって。」
「いいよいいよ、無理に乗らなくて。せっかく遊びに来たんだから楽しもうぜ。」
そういって、沁也は美鈴を抱き寄せた。
美鈴は沁也の胸の中で嗚咽を漏らしていたが、しだいとおさまっていった。
そうしているうちに五人は乗り終わって二人の元へやってきた。
「みーちゃん、絶叫系ってダメだったっけ?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけれど…ああいうのは、ダメかなあ…。」
「じゃあさ、次はあれに乗る?あれならみーちゃん乗れるよねー。」
小夜子が指を指した先、そこにあるのはジェットコースターだった。
上下回転はしないもので、レールが途中でなくなっている、つまり落下型でもないものだった。
「あれなら乗れるの?だったらあれにしよう!」
言うが早いか、由里はまた、孝明を連れて行ってしまった。
後に残された五人は言う言葉もない。
しばしの沈黙の後、急いで二人を追いかけた。
今度は美鈴も乗り、乗り終わった頃にはお昼の時間になっていた。
遊園地内のレストランで七人は昼食を取ることになった。
「ねえねえ、せっかくトリプルデートなんだからさ、午後は別れて行動しない?」
やはり提案してきたのは由里だった。
「あ、それ賛成!」
乗ったのは孝明だ。
どうする、と小夜子は美鈴に目配せをしている。
久しぶりにみんなに会って、それなのにまともに会話に加わっていない美鈴を気遣ったのだろう。
しかし美鈴は、一度迷惑をかけたことを気にしているようだ。
うんともすんとも言わない。
沁也は勲とどうするか相談しだした。
今美鈴に判断を煽ったら、美鈴に余計なプレッシャーを与えてしまうと判断したからだろう。
「美鈴さんがあのような状態ですから…沁也さんだけがついていてあげたほうがよろしいのでは。」
と勲が提案したことにより、この後は別行動を取る事が決まった。
「やったぁ!そうと決まったら行こうよ!」
「え、ま、待って。俺まだ食い終わっていない…ッ!」
孝明は無理やり口に詰め込み始めた。
「消化によくないぞー。」
沁也が横槍を入れる。
「うるさいッ!」
孝明はいい、席を立った。
由里はもう既に立っている。
「それじゃ、俺らもそろそろ行くか。」
二人の姿が見えなくなってから沁也が言った。
「そうだね。それじゃあまた後で。」
勲が言った。そして勲と小夜子と瑠衣、沁也と美鈴で行動し始めた。
「さてと、何から乗っていこうか。」
そういって沁也は隣を歩く美鈴に顔を向けた。
「そうだねー。食後だからコーヒーカップはまずいしー…。」
美鈴は逡巡した。
「あ、あれはー?」
美鈴が指差した先にあるのは、飛行機の形をした乗り物がいくつかついた奴だ。
二人乗りのそれは、大人と一緒であれば小さい子でも乗れる。
上に下に動きながらグルグル回転するから、特に危険ではないものだ。
食後すぐとなると、あまり激しい乗り物も乗れないからちょうどいいだろう。
「それじゃ、俺は美鈴の隣にでも座りますか。」
沁也はそういって、二人で列に並んだ。
そうして二人は目に付く乗り物に乗っていき、あっという間に時刻は五時を回ってしまった。
六時に、中央広場に集まって、最後は観覧車に乗る約束をしていたのだ。
沁也と美鈴はもう一つアトラクションに乗ったら六時には間に合わないと判断したらしく、中央広場で待つことにした。
「ほら。」
そういって、沁也は美鈴にアイスクリームを渡した。
「ありがとう。」
美鈴はアイスクリームを手に取り、おいしそうに舐め始めた。
沁也はその隣でじっとそんな光景を眺めていた。
顔に笑みが浮かんでいる。
「沁君も食べる…?」
ずっと見られているのが恥ずかしいのか、おずおずと美鈴が言った。
「いや、いいよ。」
沁也は断った。見ているだけで楽しいからな、と小声で付け加える。
そして六時になった。
孝明と由里がまだ来ていなかった。
「ごめーん、遅れた!」
そんな中、由里の声が聞こえてきた。
孝明とともに走ってきている。
「それじゃあ、行こうか!」
まだ息も整っていないにもかかわらず、由里が先を歩き出した。
観覧車、瑠衣は乗らないで下で待つことになった。
最初に入ったのは由里と孝明の組み、その次が小夜子と勲、最後が美鈴と沁也だった。
由里と孝明は向かい合うように座った。
小夜子と勲もそうだった。
しかし、美鈴と沁也は隣り合うように座った。
「夕日が綺麗だね。」
美鈴が言った。夕日を受けてオレンジ色に光り輝く光景は、宝石をちりばめたようだった。
「ああ、そうだな。」
沁也が答えた。肩に美鈴の温もりを感じながら。
そろそろ一番高いところに着く。一番綺麗な瞬間――――
「じゃ、最後はやっぱりプリクラだよね〜!」
「まだ行くのー?」「えっ?観覧車が最後なんじゃなかったの?」
由里の言葉に沁也と美鈴がそう反応した。
「確かに遅くなってしまっては危ないですよ。」
小夜子が言う。小夜子たちは車で来ているから問題ないが美鈴たちのことを言ったのだろう。
「平気平気、彼らに送ってもらうから。」
由里が言う。そして鼻歌を歌いながら歩いていった。
「お前振り回されてばっかりで大変じゃないのか?」
沁也が孝明に聞いた。
「別に。それに今日は久しぶりにみんな出会うから、あいつなりに張り切っているんだよ。」
そういう孝明の表情は、沁也が見たことないほど大人びていた。
「そっか。それなら別にいいか。」
そうして六人は由里の後について歩いていく。
由里に追いついた後、いろいろな話をしながら。
プリクラは瑠衣以外の六人で三、四回撮った。
それを由里が切り、夕食をとり、そして別れた。
小夜子、勲、瑠衣が車で帰っていった。
由里、孝明、美鈴、沁也は駅まで一緒に行った。
乗る路線が違うため、駅で別れる。
美鈴と沁也は美鈴の家の前で別れた。
「今日は楽しかったね。」
「ああ、そうだな。…今度は二人だけで行こうか。」
「うん!約束だよ!それじゃ、おやすみ。」
「おやすみ」
そして軽く唇を合わせて…二人は別れた。