一人の男がそこにはいた。
彼はスーツ姿の、ごくごく普通のサラリーマンと言った感じだった。
スーツはかなりしわくちゃになっていることをのぞけば…。
酒屋の主人にお酒を注文している。
横を見るともう既にたくさんの空になった瓶があった。
彼の顔は赤くなっている。
かなりの泥酔状態に見える。
それでも飲み続ける。かなり自棄になっているようにも見える。
ちょうど給料日だったのだろうか。
それとも何かあったのだろうか。
その日彼の持ち合わせはかなりあった。
そして彼はその持っているお金すべてを費やすぐらい飲んでいた。
急性アルコール中毒になってもおかしくないほど、一気にたくさん飲んだときもあった。
昏睡状態になってもおかしくないほど飲んでいるようにも見えた。
一人で飲めるお酒はすべて飲んだ後、彼はお店を出た。
かなり怪しい動きだ。
右へふらふら、左へふらふら…。
安定して歩けてはいない。
呂律が回っていないどころか、まともな会話すら成り立たない状態になっている。
家へ向って歩いているのだろうが、彼はそのまま路上で寝てしまった…。
「あっちゃー。寝ちゃったよ…。」
一人の男が呟いた。彼は酔っ払った男の真後ろを歩いていた。
酔っ払った男がお店を出てくるちょうどそのとき、その道を歩いていた。
男のことなど全く知らないのだが、彼の身を心配してしまいついていったのだ。
男の服装は酔っ払いの男とは違い、来ているスーツにはしわが見られない。
下っ端のサラリーマンよりかは、それなりに上の職についている人間にも見える。
酔っ払いの男をほっておくことも出来るのだが、彼は男を自分の家に連れて行くことにした。
この日の夜はそれなりに冷え込む。このまま放置すると明日、ひどい目に合うだろう。
下手したら命のほうが危ないかもしれない。
他人であれ、ほっておけない性格の持ち主なのだろう。
家に帰った男は事情を彼の妻に話した。
「あなたらしいですね。」
彼女はそういって笑った。
「そういわれてもなぁ…。」
男の人は苦虫を噛み潰したような表情で言った。
「大丈夫ですよ、きっと。家族から連絡が来たのならそのことを伝えればいいのですから。」
翌朝、酔っ払いの男は白く明るい壁の部屋で目が覚めた。
彼が自分がどこにいるのかわからなく戸惑っているところに、家の主である男が部屋に入ってきた。
男は昨夜の出来事を話した。
家族のものが心配しているだろうから早く連絡してあげたほうがいい、と男が伝えたときだった。
「俺には帰る家族なんかいない。」
酔っ払いの男が言った。
怪訝な表情をした男は説明を求めた。
「妻とは別れ、娘には逃げられた。まだ四つなのに、だ。」
彼はそういった。
男は驚いた。四歳の娘が街で一人暮らしをしていることについて、だろう。
もし見かけたら彼女を保護してあげたいから名前を教えてほしい、と男はいった。
そして連絡をするから連絡先もほしいと。
しかし酔っ払いの男は、娘の名前は教えたものの、見つけたら大切に育ててほしいと言っただけで、連絡先は言わなかった。
そして彼は、昨夜の礼を言ってその場を去った。
彼らが再び出会うことは――なかった。