ちょっと進展な一週間

「ちょっと旅行に行ってくるから由梨をお願いできないかな。」
それはある日、俺の家を訪ねた男の人が言った言葉だ。
彼は俺のお袋の従弟いとこだ。
そして由梨と言うのは彼の娘…まだ四歳だ。
由梨は現在定期的に病院に通っている。
どこかがあまりよくないらしく、その様子を見るために病院に行かなければならないらしい。
旅行をキャンセルすることも出来たのだが、彼らは次、いつ行く機会があるかわからないからだから娘を俺に託した。
従姉おふくろに託さず俺に託したのは、由梨が俺に懐いていたからだろう。

由梨を預かったのはいいが、俺はバイトがある。
学校は夏休み中だからないのだが。
しかし、バイトの間由梨はどうすればいいだろうか。
バイトのシフトを見てみると、運がいいのか、美鈴とは時間が被っていなかった。
仕方ない、美鈴に頼んでみるか…。

―沁君の家に行けばいいのね。うん、わかった、いいよ。
美鈴からのメールの返事にはそうかかれてあった。
俺の家って…美鈴はどこにあるのか知っているのか?
年賀状は出しているから住所は知っている筈だが、実際に美鈴が来たことはない。
そして地図の読めない美鈴だ、来られるのか怪しいところがある。
―俺の家がどこにあるのかわかるのか?
とりあえずそう返信を打っておいた。
―うーん、迎えに来てw今日私シフトがあるから終わったときに…ってそれじゃ、由梨ちゃん一緒に来てもらっちゃまずいかな?
すぐに美鈴から返事が来た。
迎えに来てって…。それでも他に手段がないのだから仕方がない。
―了解。
返事は打ったが何か胸騒ぎがする…。
「沁也兄ちゃんどうしたの?」
由梨が心配そうに俺に聞いた。
「なんでもない、大丈夫だから由梨は心配するな。」

夜八時過ぎ。
俺と由梨は、とあるお店にいた。
俺たちが働いているところだ。
あの後俺は、由梨に美鈴のことを話していた。
俺が働いていて、その間代わりに面倒を見てくれると。
そして彼女を迎えに行かないといけないことも。
「あれ、沁也。どうした?」
レジにいた男性―祐一―が聞いた。
祐一とはここに働いて知り合ったヤツだ。
ちなみに俺と同い年。学校は違う。
「ん?その子誰だ?」
由梨に気づいたのだろう。祐一が聞いた。
「ああ、知り合いの子。ちょっとした事情から世話頼まれてさ。」
先の質問には答えず、俺は答えた。
ふーん、と祐一は言ったが、それ以上はかまってこなかった。
そしてすぐに美鈴が来た。

「初めまして由梨ちゃん、美鈴です。」
やってくるなり美鈴はまず由梨に挨拶をした。
「沁君ごめんね、待った?」
それから美鈴は俺に言った。
「なるほど…彼女の迎えか。」
祐一がニヤニヤしながら言った。
「…黙れ。」
俺は祐一の発言を一蹴した。
それから俺は祐一の視線の先―美鈴の荷物―に目を移した。
何故か荷物が多そうに見える…。
まさか…というより、予感的中…?
「美鈴…その荷物は…?」
帰り道、歩きながら俺は恐る恐る聞いた。
「んっと…。由梨ちゃん一人で寝かせるの心配だからお邪魔させてもらおうかと思って。」
…そうにっこりと笑って言った。ある意味大胆なヤツだ。
本人はそのことには全く気づいていないのだろうが…。
おまけに、何が心配なのかさっぱりわからないし、嫉妬丸見え…。
何四歳児に嫉妬しているんだよ、と思いつつ、そんな美鈴が可愛いと思ってしまう。

由梨が先に寝た後、ダイニングには俺と美鈴の二人だけがいた。
「余計な心配はしなくていいだろ。」
俺が言った。美鈴は俺の隣に座っている。
「だって…。」
美鈴が少々声を濁らせた。
何がいいたいのかはわかっている。
彼女が彼女の親父によってつけられた傷…。
そのことによって男性全般に恐怖心などを抱いていた。
今はだいぶよくなったものの、些細なことですら傷つきやすい状態にある。
そんな、今にも壊れそうな彼女を守ってあげたいと俺は思っている。
だから、彼女を裏切るようなことは絶対にしないつもりだった。
そして彼女は裏切られないことを願っている。
自分勝手な願い…勝手に抱いた恋心…であるが故に最後まで言い切れなかったところだ。
「大丈夫だって。」
そういって俺は彼女の額にキスをする。
「お休み。明日は早いだろ。」
「うん。お休み…なさい。」

美鈴は朝からのシフトだったので、今家にいるのは俺と由梨の二人だけだった。
由梨は美鈴を好いているのか、美鈴お姉ちゃんはどこなのっとずっと聞いてくる。
「だーかーらー、美鈴は…。」
呆れながらも俺は言う。一体昨夜の短い時間だけで何があったんだ?
「だって美鈴お姉ちゃん、由梨に何も言っていないよ。」
由梨が言う。それは由梨が寝ていたからだ、とはさすがにいえない。
「わかった。後で公園行くときに美鈴のところ寄っていこう。それでいいだろ?」
「うん!」

公園に行く前に美鈴に会いに行くと聞いたからなのか、由梨は朝食を早く済ませた。
そして、早く行こうと俺をせかした。
由梨には何度も、美鈴の仕事の邪魔をさせないことを念押しした。
「あら、由梨ちゃん。どうしたの?」
何度も念を押したにもかかわらず、由梨は美鈴の姿を見るなり駆け出した。
「わりぃ。由梨がどうしても美鈴に会いたいって言うから。」
由梨の後を追っていた俺が言った。
「そっかー。ごめんね由梨ちゃん、後でお仕事が終わったら一緒に遊ぼうね。」
「うん、お仕事頑張ってね!」

公園では由梨が一人で遊んでいることが多かった。
たまに無理矢理だが、由梨の遊び相手をさせられた。
何で俺がシーソーで遊ばなきゃならないんだよ、とは思いつつも、口が裂けてもいえない。
目の前にいる由梨の笑顔がある以上、別にいっかとさえ思ってしまう。
由梨は凄いご機嫌のようだった。
美鈴もこんな顔するんだろうな…と美鈴のほうへ思考回路は飛ぶ。
由梨が一人で遊んでいるときはなおさら美鈴のほうへと飛んでいた。
そんな俺の顔を由梨は真正面から見たときもあったのだが、俺はそれに気づかなかった。
それにしても…由梨と美鈴の間に何があったんだか。
なんだか、由梨に嫉妬しているのは美鈴ではなく自分のような気がしてきた。
自分よりも由梨のほうが、美鈴と仲良くしている気がするから…。
何に対して嫉妬しているんだか、我ながらに呆れる。

「あー、いたいた。」
「ん?あ。お疲れ。」
バイトが終わった美鈴がやってきた。
由梨は美鈴の元へ駆けて行く。
美鈴の手を引き、あれ遊ぼうといっている。
さて、今度は俺の番か。そろそろ行かないとバイトに遅刻する。
「あ、じゃ美鈴、由梨を頼む。」
「オーケー。頑張ってね。ほら由梨ちゃん、」
「沁也兄ちゃん頑張ってね!」
「あぁ。」
軽く手を振って俺は二人と別れた。

「いいよなー、お前は。」
祐一が言った。こいつは今日もシフトがある。
しかも俺と同じ時刻から始めるから嫌でもロッカーでまず顔をあわせることになる。
「どういう意味だよ、それ。」
「俺みたいな独り者の気持ち、知らねーだろ。」
「お前の気持ちなんか知りたかねーよ。」
一通り言葉の応酬を繰り返す。
「ムカつくんだよ、お前はその気がなくてもこっちからすれば、彼女がいることを自慢しているようでさ。」
とりあえずこういうのはスルーするに限る。
「おい、何か言えよ。」
「じゃ、俺は行くよ。お前もそろそろ行かないと時間だろ。」
後はレジが隣にならないことだけを祈るのみ。

祐一とはレジは隣にならなくてすんだ。
内心そのことに安堵しつつも、美鈴と由梨がどうしているか気になった。
今日は帰りが遅くなる。
帰る頃には由梨はもう寝ているはずだ。…寝ていないといくらなんでもまずい。
そんなことを考えながらレジを打っていった。

「ただいまー。」
家に帰った俺は、ただ沈黙に迎えられた。
「美鈴?」
由梨はもう寝ているだろう。
しかし美鈴からの返事はない。
美鈴が帰ったとは考えられないが…。
俺は由梨が昨夜寝た部屋をのぞいてみた。
そこには…美鈴も一緒に寝ていた。
その光景は微笑ましくもあり、俺はそっとドアを閉めた。

一週間、このような感じで過ごしていった。
もちろん由梨を病院に一度連れて行ったこともあった。定期健診として。
「いやー、助かったよ。それにしても沁也君に彼女が出来ていたとはねぇ…。」
迎えに着た由梨の父親はまずそう言った。
「どういう意味ですか。」
「あはは。沁也君はこういうやつだけれど、よろしくやってくれ。」
「あ、はい。」
「美鈴ッ!こういうやつってどういうやつですか!」
彼は笑って誤魔化すだけだった。
「それじゃ、従姉ねえさんにもよろしく伝えてくれ。」
「またね、美鈴お姉ちゃん、沁也兄ちゃん!」
そういって二人は去っていった。
美鈴と二人で、その二人を見送った…見えなくなるまでその場で見送った。

「一週間、あっという間だったね…。」
美鈴が言った。
「…あぁ。」
俺はただ肯定するだけだった。
「何か少し寂しくなるね。由梨ちゃんがいなくなると。」
「…。美鈴もそろそろ帰る時間じゃないか?家まで送っていくよ。」
苦しい話題転換だ。
「そっか。一週間、ずっとお邪魔しちゃったね。」
といっても美鈴はずっと由梨と同じ部屋で寝ていた。
二人で普段俺が使っているベッドに寝ていた。
俺一人が外に追い出された形だった。
それ以外の面でも、由梨を中心にいろいろとまわっていた。
美鈴がいたのは事実以外に他にならない。
事実があっても実感がわかないものだった。

「お休みなさい。また明日。」
「あぁ、お休み。」
美鈴の家の前に着いたとき、そう挨拶を交わして別れた。
そして俺は、部屋に人がいるだけで感じるぬくもりを失った我が家へ向う、帰り道を歩いた。
一週間の思い出を振り返りながら。


8作目です。流石にこの頃になるとタイトルが思いつきません(蹴
いや、はじめっからタイトルだけが思いつかないのだが…。
ちなみに今回初登場の祐一君ですが、これ以降は出ない可能性が高いです。
はじめは正輝君にしようと思ったのですが、彼は二人と同じ学校の人なので却下w
まぁ、仕事がらみの話はまだまだ残っているので、もしかしたら出てくるかもしれません、祐一君。
えっ、沁君って…?美鈴がいつからそう呼ぶようになったかって…?
それは後で…というか、一番最後に書く24番のお楽しみw(何

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