別れと出会い

私はいつもボーとしている、と人から言われる。
私の大の友達のさーちゃんこと小夜子ちゃんですら、みーちゃんはボーとしていることが多いね、と言う。
私の名前は美鈴、だからさーちゃんは私のことをみーちゃんと呼んでいる。
はじめは猫みたいで嫌だったのだが、そもそもの始まりは私が彼女のことをさーちゃんと呼んだのだから仕方が無い。
それに今ではかなり気に入ったあだ名でもある。

この日、私は一人で外を歩いていた。
さーちゃんと彼女の付き人の瑠衣は家に帰っていた。
私はちょっとした理由があって、さーちゃんたちと暮らしているが、このときばかりは一人になった。
いつまでもさーちゃんの世話になるわけにもいからないから、そろそろ働こうとは思っているのだが…。
そんなことを考えながら道を歩いていた。

「おい、お前死にたいのかよ!」
急に後ろから強く引っ張られた。気がついてみると、信号は赤に変わっていた。
いや、私が歩いていたのは横断歩道の上だった。
いつの間にか横断歩道を渡っていたようだった。
それ以前に、今いるところがどこなのかですら分からなかった。
そして…私の目の前を一台の車が通り過ぎた。
相当クラクションを鳴らしたのだろう、威嚇としか見えないほどのスピードで目の前を走っていった。
しばらく放心状態だったのだが、はっと我に返って恐る恐る後ろを振り返ってみると…
そこにいたのは恐ろしい顔をした男の人がいた。
大体私と同じぐらいだろう。せめて二つ上と言うところだろうが…。
「あの、ありがとうございます。」
私はおずおずとそれだけ言った。
彼はひとつ大きなため息をついて、私を放した。
「次からは気をつけろ。」
そう言って、横断歩道を渡りだした。
見てみたら、もう既に青になっていた。
でも私は渡らなかった。地図を見て無事に帰られることが先決だった。

「ただいまー。」
何度か道に迷って、何とか私は家にたどり着いた。
そして私は言ってから誰もいないことを思い出した。
……しかし、そうではなかった。
「お帰り〜!」
なんと、今朝早くに家に帰ったはずのさーちゃんがそこにいたのだ。
私は驚きで声が出ないほどだった。
「さ、さーちゃん?何でここに…帰ったんじゃ…。」
「うん、でもみーちゃんが寂しいと思って帰ってきちゃった。それに…。」
笑顔で答えたかと思ったら、急にさーちゃんの顔は曇った。
暗く、小さな声で、「もう会えなくなるかも知れないし。」と付け加えた。
それはあまりにも小さく、私はやっとの思いで聞き取った。
会えなくなる…そもそもさーちゃんはどこかのお嬢様のようで、このようなところにいること自体が不思議だった。
私と出会えたこと自体が奇跡だった。
だから、家の事情で、家の都合で、将来などを決められる運命にあった。
さーちゃんのことだから、きっと、どこかの権力者のところにお嫁に出されるのだろう…
だから…それは覚悟していたことであったけれど、あまりにも唐突だった。
「来年、三年生になるじゃない、それで、だから、私受験しないの、大学。」
言いづらいのだろう、文章が少しちぐはぐしていた。
「だから、高校卒業したら私は家に帰るの。そうしたら、手紙書いてね。私も返事出すから…。」
そう話すさーちゃんは今にも泣きそうだった。
そしてそれを聞いている私も泣きたい気持ちだった。
もしかしたら、私もさーちゃんと似たような顔をしているのかもしれない…。
「さあさあ、小夜子様、美鈴様はお帰りになったばかりですよ。小夜子様もお帰りになってからまだ何一つも食べられて…。」
「うん、わかっている。みーちゃん、お腹空いたでしょ。ごめんね。はやくご飯食べよう。」
いつまでもその場で立って泣いていそうな二人の間に瑠衣が割って入った。
そしてその言葉を最後まで言わせず、さーちゃんは瑠衣の言葉を遮った。
私はさーちゃんに促されるがままにテーブルに着くことになった。
その後しばらく、気まずい空気がその場を流れたのは言うまでも無かった。

さーちゃんが家に帰ってしまう、その事実は私の中ではかなり大きく響いた。
何よりも私はこの先、ひとりで生活をしなければならない。
それなのに、お金も何も無いのだから話にはならなかった。
ことあるごとに外に出て、私は働ける場所を探した。
自分の力で生活できなければ、さーちゃんは安心して家に帰ることが出来ない気がした。
私のせいで、さーちゃんに形容しがたい不安のような気持ちを抱えさせたくは無かった。
さーちゃんが安心して家に帰られるように、私は頑張ることにした。
笑顔で別れよう、決して涙は見せずに。そう決心した。

さーちゃんと瑠衣が買い物に行ったある日のことだった。
私は、友達と約束があって、少し離れた公園に行くことになった。
彼女たちとは高校で知り合った友達だった。
私は、その待ち合わせになった公園に行くのは初めてだった。
地図を見ながら歩いているのだが、どうやら道に迷ってしまったらしい。
誰かにここがどこか聞こうと思い、辺りを見渡してみたら、ちょうど一人の男の人が私のほうへ向ってきていた。
他に人が見えないし、早くしないと約束の時間に間に合わなくなる…
私は意を決してその男の人に道を聞いてみることにした。
「あのっ、すみません。この公園に行きたいんですけれど…。」
私は地図を見せながらそう言った。
「またお前か。」
男の人はため息と共にそう言った。
そのときになって私は顔を上げた。
そこにいたのは、以前車に轢かれそうになった私を助けてくれた人だった。
前言撤回。絶対年上の人だ。
「ついてこい。」
彼はそうぶっきらぼうに言うと、スタスタと歩き出した。
「ま、待ってくださいっ。」
私はあわてて彼の後を追った。

「ほら、ここだ。」
彼は少し先にある公園を指差してそういった。
「それじゃ、俺は帰るからな。」
「あ、ありがとうございます。」
ったく〜、この次会ったらどこのどいつか名乗らせるからな、と小声で文句を言いながら彼はその場を去っていった。
私はその言葉に苦笑いを浮かべて、公園へ向って歩いた。
「あ、みっちゃん。こっちこっち〜!」
公園に入った私を見つけた友達が叫んだ。
「ごめん、待った〜?」
「ううん、セーフだよ。」
「美鈴のことだから遅刻するかと思ったよ。」
「それ失礼よ。」
「そうよ、みっちゃんに失礼よ!」
「ごめんごめん、冗談だよ。」
私が反論するまもなく、話はそれで打ち切られた。
「それより、まずカラオケ行こう!」
最初に私を見つけた子が言った。
「賛成!」
みんな賛成したので、私たちはカラオケに行くことになった。
このとき、私は私たちの後ろについてくるいくつかの影の存在に気づいていなかった…

歌い終わってカラオケ店から出たときだった。
「みっちゃんごめんね…。」
突然一人が小声でそう言った。
「えっ?」
私は状況が理解できないと同時に、数人の人に囲まれた。
「ごめんね、ごめんね。こうしないと私、彼に…。」
「だからって友達を売っていいのかよ!あんたがやっていることのほうが美鈴に酷いんじゃないか!」
泣きじゃくる彼女に対して、私が遅刻すると冗談を言った子が平手打ちを食らわせた。
彼女は、頬を押さえ、泣きじゃくりながら、「ごめんね、ごめんね」と言い続けた。
「ほー、俺の女に何するんだ。本当はお前らなんかどうでもよかったんだが、お前も一緒にボコさせてもらうか。」
リーダーに当たると思われる男が言った。
どうやら彼女の彼らしい。
「美鈴って言うのはお前か。」
彼は私に向ってそういった。私はただ、小さく頷くしか出来なかった。
「ちょっと貴様のお友達のお嬢様に昔厄介になってな。個人的な恨みはお前には無いが恨むんだったらそのお嬢様を恨んでくれ。」
どうやら、彼はさーちゃんの家族と昔何かがあったらしい。
きっと、家出したさーちゃんを襲おうとして、瑠衣に反撃されて、その腹癒せに私を連れ出して…
さーちゃんを困らせようとするのだろう。
こんな状況なのにもかかわらず、何でこんなに頭が回るんだろう。
「お願い、やめてっ!」
彼女のほうは彼に頼み込んでいる。
「っるっせー!」
彼のほうは今にも彼女ですら殴りそうだった。
私たちはみんな震え上がっていた。
数人、大体5人前後なんだろうが、それでもみんな男だ。
彼女を含めて私たちも5人。人数的には互角なんだろうが、男と女。
力量には差がありすぎた。とても敵いようが無かった。
「ったく、本当に世話が焼ける女だ。」
男の人の呆れ声が聞こえた。
その声に私は聞き覚えがあった。
なぜならその人は、数時間前、私を公園まで案内してくれたのだから…。
「武術は喧嘩をするためにあるんじゃなく、守るためにあるんだと俺の師匠せんせいは言ったが、この場合はどうなんだろうな。」
その後、彼は、動きに無駄が多い、などと言いながら男たちを追い払った。
「ほらとっとと帰りなよ、じゃねーと、さらに危ないぞ。それとお前、次からはそんな奴と付き合うなよ。」
私たちはみんな放心状態になっていたと思う。
その言葉によって我にかえり、またね、といって別れていく。
最後に残ったのは、私と彼の二人だけだった。
こりゃ、今度学校に行ったときは絶対噂のネタにされる…。
「あの、また助けていただき、ありがとうございます。えっと…。」
「沁也だ、まったくお前はどこまで世話が焼けるんだか。」
言葉を詰まらせた私に彼は自分の名を名乗った。
「あの、沁也さんは何でこのことを…?」
「たまたま公園で、お前を見張っていた男たちを見かけただけだ。知らなかったらそれまでだが、知ってしまったらほっておけないんでな。」
沁也さんは、公園に張り詰められていた不穏な空気を感じ取って私のことを心配してくれたらしかった。
「優しいんですね、ありがとうございます。」
私は微笑んでそういった。
「ば、ばっかやろー。とっとと帰るぞ、お前地図読めないだろ。」
沁也さんは顔を背けてスタスタと歩き出した。
悔しいけれど、地図が読めないのは図星。
あの日、初めて沁也さんに会ったときも、帰るだけで、何時間もかかったのだ。

「ここまで来れば帰れます。あの、いろいろとありがとうございました。」
私の見知った道に着いたとき、私はそういった。
「そっか、それじゃ。…もう二度と会いたくないけどな。」
「ちょ、ちょっとー!それどういう意味ですか!」
じゃーな美鈴、と沁也さんは笑いながら去っていった。
もう、と脹れて見せたが、誰もそんな私に気づいてはくれなかった。
その後家に帰った私を待っていたのは、恐ろしい顔をした瑠衣と申し訳なさそうな顔をしたさーちゃんだった…。
どこから情報がきたのか、二人は、私に何があったのか知っていた。
そのうち、私にまで一人で外出するのが禁止されそう…とそのときふと思ってしまった。

そういえば…ふと私は、思った。
何で沁也さんは私の名前を知っていたんだろう。
それはあの会話を聞いていたから当たり前かと思い直した。
それでも…やはり一番の疑問は…
今日沁也さんに会ったにもかかわらず、ぜんぜん怖いともなんとも思わなかったし、あの日のことが再現されることも無かった。
これは何かの予感だろうか…と思ったが、その後私はしばらく沁也さんに会うことが無かった。
受験に追われるようになると、忙しくなって、沁也さんのことなんてすっかり忘れてしまうのだが…。
そしてそのまま、沁也さんのことはすっかり忘れた状態のまま、私は無事大学に進学した。
高校の卒業式の日、私とさーちゃんはきつく、きつく抱き合って泣いた。
その日が私とさーちゃんが共に過ごした最後の日だった。
その後私は、さーちゃんと約束したとおり、手紙を出した。
さーちゃんはすぐに返事をくれ、私もすぐに返事を出した。
大学は、同じ学校だった人は誰もいなかった。
私は、高校を卒業したと同時にすべてを失った気がした。
しかしそうではなかった。それは、後に知ったことだったが…。
とりあえず、三つ目。
順番は適当です。書きやすいのから書いています。
というか、沁也君、ついに登場しました。(爆)
沁也君は、何か習っているつもりです…。それは、師弟の回にでも書こうと思います。
一応美鈴は高校2年生、沁也は大学1年生と言う設定です。
どちらも誕生日を過ぎたかは分かりません(爆)
最後の段落は、時間を前後させていますが、まぁ、それはそれで。
最後の終わらせ方、とりあえず結果は予測できるとは思いますが、実は本当は、あれはあの二行で終わるつもりでした。
その後にちょこちょこ何かを加えて…ってつもりでした。
その後沁也君のセリフに「美鈴」という言葉を追加したので、三行追加したので、五行で終わらせる予定でした、ってことですね。
でもそうしたら、傷を持つ人の回と時間軸がずれていて、あれは大学生の話になっているから、
沁也君はどうなったんねん!!
という自己突込みを言い訳するために加えた言い訳じみたことです。
それでもって恋愛未経験の五月雨さんが書いたものだから、恋愛要素は微妙に加えてみようと頑張っているものの、変かと思いますが…それはそれですみませんm(__)m
修行してきます…。まぁ、沁也君と美鈴ちゃん、「しばらく会うことが無かった」と言う描写どおり、再会します(何)
いつ、どのように…と言うのは候補がいくつかあるんですけれど、それは内緒ってことで♪

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