夢の出来事

女の人がいる。
俯いていて顔は見えない。
俺は、彼女の名前を呼んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・
‥‥‥‥‥‥
…………

そこで俺は目が覚めた。
最近よく見る夢だ。
夢に出てくるひとは名前を知っている人のような気がする。
そして夢では彼女の名前を呼んでいた。
それなのに、起きたら名前だけは忘れていた。

本当に誰なんだろう。

気付けばいつもそのことばかり考えていた。
彼女は決して顔を上げなかった。
俺はいつも同じところで目が覚めていた。

何でこんなに気になるのか、何でこんなに気にするのかさっぱりわからなかった。
ただ、その夢に出てくるひとが誰なのか知らなければいけない気がした。

近くのお店ではチョコレートが並んでいた。
ちょうど今はバレンタインのシーズン。
女たちはチョコレートを買うなり作るなりで忙しいときだ。
そして俺たちは…一見興味なさそうにも見えるが、誰々からもらえるといいなと言った話が目立つようになる。
とは言え、俺は貰うこと自体が面倒に感じているんだが。
だいたい、好きでもないやつに見返りを求めてあげるなんて、どこか間違っているだろ。
そういう意味では、このイベントの意図が俺にはわからない。

だが、そのことが逆に夢の出来事を呼び起こさせる。
一体全体、アレは誰で何をしていたのだろうか…?
俺と彼女…男と女…バレンタインデー…
俺はそのひとに何を言おうとしたんだ…?
冷や汗が頬を伝った。
まさか…そんな馬鹿な…だいたい女になんか興味ない…

この日、バレンタインデー当日、俺は友達の孝明と一緒に帰っていた。
孝明は義理とは言えたくさんのチョコレートをもらえてご機嫌だった。
コイツとは小学校からの付き合いだが、相変わらずのチョコレート好きと言うのかそんなやつだ。
「なぁ沁也、お前も貰えばいいのによ、何で貰わねーんだ?」
お前がいらないなら俺が貰ってやるのに、と孝明は呟いた。
「お前もお前で相変わらずだな。」
俺はため息をひとつついていった。
「お前にだけは言われたくないっ!」
そう孝明に言われたときだった。
「…ん?」
俺たちの前を一人の女…いや少女と呼ぶべきだろうか…が通り過ぎた。
「どうした?まさか一目惚れか?へー、お前にもそんな趣味があったんだー。」
何か意味ありげな目で俺を見ながら孝明が言った。
「お前一発殴ろうか?」
とりあえず拳をグーにしてみせる。

とは言え、俺の思考回路は別のほうを彷徨っていた。
あの女は夢に出てきた女に似ていた。
いや、夢に出てきたのより二つも三つも若い。
そしてその女は…かつて車に轢かれそうになったのを俺が助けたことがあった女だった。
名前は美鈴と言う。まさか、とは思ったが否定できないところがないわけでもなかった。
これでも、美鈴のことはかなり心配に思っていた。
方向音痴で地図が読めなくて、ボーとしているときは赤信号ですら気付かずにわたって…
そんなやつだから心配で心配でたまらなかった。
目が離せないやつだと思った。
そういえば、あの夢を見出したのは彼女に、二回目にあったときだった。
彼女はどこかのお嬢様の友人で、そのお嬢様を呼び出す囮として捕まえられそうになったのを見た日だった。
その後から見るようになったんだ…あの夢。
そして今でも忘れられない、彼女の笑顔。
やめろ…考えるな…
俺が俺でなくなってしまう気がしてきた。

「どうした、沁也。やっぱり気があるのか?」
孝明がニヤニヤしながら聞いてきた。
「うっさい!」
俺は反射的に叫んだ。
孝明はそんな俺の反応をニヤニヤしながら見ている。
いやー、意外、意外…なんてことを孝明は呟いている。
「ほら、これやるからこれ以上騒ぐな。」
そう言って俺はかばんからチョコレートを取り出す。
俺は孝明対策にいつもチョコレートを持ち歩いているのだ。
食い物で釣る気か!と孝明は叫んだが、俺が、いらないのか?と聞いたら口を噤んだ。
全く、ある意味単純なやつだ。

その後も何度かあの夢を見た。
見る都度映像がはっきりとしてくる。
そしてその都度、その女は美鈴に似てきた。
美鈴じゃないのか、と思ったら急にそう意識してしまったようだ。
美鈴であってほしいと言う思いによって夢が書き換えられたのか、それとももともと美鈴だったのか…
今の俺にはわからないが、あの夢に出てくるのは美鈴だとはっきり言い切ることが出来るようになった。
半信半疑ではあるが、自分の気持ちに気付いてしまった…。
まさかとは何度も思ったが、でもやっぱり美鈴のことはほうっておけない。
何が惹きつけたのか、それはわからないが、とにかく美鈴だけは別だった。

複雑な感情が混ぜこぜになって、自分がわからなくなる。
落ち着かないと言うのか、混乱していると言うのか、とにかくそんな状態だった。
そしてそんな感情を誤魔化すためにアルバイトをすることにした。
家から少し離れたところにある店…スーパーなのかデパートメントストアーなのかディスカウントストアーなのかはよくわからないが…でとりあえずレジをすることになった。
実を言えばこの店、以前美鈴を家まで送ったとき、彼女と別れた場所の近くに建っていたりする。
それほど俺は彼女に何か思い入れがあるのか…と店を決めた後になって気がついた。
時給からすれば自分の家の近くの店でもよかったんだが…。
とにかくこの店に決めたので、いまさら変える気はなかった。
何が何でもこの店で働かなくてはならない気がした。
それでも…もし、不採用だったら家の近くにしようと思った。
…のだが、採用されてしまった。
採用の連絡が来た翌日から、俺はそこで働くことになった。

たまに美鈴の姿を見かける。
相変わらず元気そうでなによりだ。
そしてそれを見て安心する自分がいた。


女の人がいた。
彼女は俯いて顔が見えない。
俺は彼女の名前を呼ぶ、美鈴と。
彼女は顔を上げる。
何かあったんだろう、目は泣きはらしたように赤い。
そっと彼女を抱き、耳元で囁く。
もう大丈夫だと。
全体の流れを決めてからの中では初めて書きました。
お題に沿っているかどうか不明です。
ちなみにいろんな回についての伏線をしいておきました(爆
今回の設定では沁也君19歳です。
美鈴さんは高校2年生。関係ないけれど。
一応時期はバレンタインを挟んでいるようですので…
最後の夢のシーンはもしかしたら沁也君大学3年生かもしれません(ェ
その辺は沁也君に聞いてください…。(コラ
さてと、一応四作目。だんだん恋愛の傾向が強くなっています。
と言ったところで、恋愛系ではないと最初に宣言したのはどこの誰だよ(苦笑

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