our tracks' name is RNA

そこにひとつの塩基があった。
プリン塩基に分類されたそれは物事のはじめのAと呼ぶのがふさわしい気がする、アデニンと言う名前を持っている。
この塩基は今、メッセンジャーRNA(伝令RNA)の上に乗っかっていた。
その隣に並ぶのは実際に人の名前にありそうな、ピリミジン塩基のUことウラシル。
DNA上のチミンと似たようなものではあるが、とあるウラシルでは水素がついているところにメチル基がついたのがチミンだ。
更にその隣にはプリン塩基のグアニンが並んでいる。
その奥にも、その奥にも…
塩基は無限に並んでいた。
こうやってひとつの塩基から後ろを望むと、塩基だらけで終りが見えないような錯覚を受ける。
しかも、メッセンジャーRNAにある塩基はオリジナルのDNAを複製する過程でイントロンと言う部分を切り取られている。
スペーサーと言うものもなくなるらしい。
残されたのはエキソンだけだと言うのに、こんなに長いのだろうか。
アデニンの上に腰掛け、足を揺らしながら私は思った。
私はここで、人待ちをしていた。

アデニン・ウラシル・グアニン…略字で言うAUGは八月(August)の略式表記と同じだが、これは開始コドン—すなわちメチオニン—を意味している。
開始コドンと言うのは遺伝情報の始まりを意味し、メチオニンはアミノ酸の一種だ。
そしてメッセンジャーRNAはそれらアミノ酸を順番通りに並べるための印なのだ。
ここでアミノ酸同士が隣り合って並び、くっついたら、私のRNAから下ろされ、トランスファーRNAは別のアミノ酸を載せに離れていく。
これが蛋白質の製造過程。
そして蛋白質は身体機能のあらゆる働きをする。

さて、そうこう言っている内にメチオニンを載せたトランスファーRNA(運搬RNA)がやって来た。
彼こそが私の待ち人だ。
私はトランスファーRNAの運転手に見えるよう大きく手を振る。
「おーい、こっちこっち〜!メチオニンはこっちだよ〜!!」
私は大きな声で叫んだ。
その声が彼に届いたらしい。
こちらに手を振るとトランスファーRNAをこちらに向けて運転してきた。
トランスファーRNAの下部に三つの塩基が見えてきた。
UAC—AUGに対応する塩基だ。
塩基には必ず対にある塩基がいて、それでないと固定できない。
三次元移動する私たちは、この固定なしではすぐにバラバラになるだろう。
しかし、例えて言うのであれば勘合に似ていると私は思う。
固定に携わる度に、元々はひとつのものが証明のために分かれたような気がしてならないのだ。

「OK。」
固定されたことを確認して、私は言った。
トランスファーRNAの上部にメチオニンがついていることを彼は確認してから降りた。
あとは隣に止まるトランスファーRNAを待つだけだ。
それが来て、アミノ酸同士が縮合重合—つまりくっつくこと—をしたら彼はまたメチオニンを取りにどこかへ出かける。
「えっと、次はトリプトファンなのかな?」
彼が聞いた。
隣の三つの塩基をみてみるとUCGだ。
トリプトファンはUGGだから違うアミノ酸になる。
「違うよ、セリンだよ。」
そう、私は彼に教えた。
セリンに対応する塩基配列は六種類ある。
同じセリンでも固定できるセリンと出来ないセリンがある。
私は彼には顔を向けず、“セリン”を間違えないようじっと見つめた。
二人でセリンを待ち、セリンのドライバーと三人で結合—一般的にこれをペプチド結合と呼んでいる—を見届け、彼は私たちに手を振って去っていった。
同様にしてアミノ酸がどんどん結合していき蛋白質が形成されてきた。
それがある程度の長さになった。
次はなんだろう、とみてみると、UGAと言う配列だった。
これは終止コドン、つまりここまででひとつの蛋白質が完成したことを意味する。
終止コドンは全部で三種類あり、対応するアミノ酸はない。
遠く離れて確認できないが、終了コドンにたどり着いたとき、先頭のメチオニンは外れるらしい。
保育園か小学校の先生みたいだと、柄にも合わずに私は思ったことがある。

これから私はまた新たな蛋白質形成の手伝いがある。
休みなんてほとんどないんだと自分にいい聞かせ、また仕事に戻る。
64通りの塩基組み合わせと今日もにらめっこが続いていた。


ずいぶん昔に書いたもの。
結局、FTPアドレスが見つからなくて、UPするまでに8カ月も歳月が経過してすみませんでしたorz

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