家に帰った後私は駅を挟んで反対側にあるスーパーへ向かった。
キャットフードを買いに行くためだ。
頭の中では生物の先生の言葉がよみがえる。あの、黒猫の顔がよみがえる。
猫をアップで撮るにはキャットフードが必要だと先生はおっしゃっていた。
餌を食べている時ほど、警戒心が薄い時は無いと言うことだろう。
黒猫のか細い『ミャー』と言う鳴き声が呼び起こされる。
お腹を空かせていたのだろうか。弱々しい声がそう感じさせる。
キャットフードを買わなきゃ、と言う思いだけが気を急かし、歩む速度を速くさせる。
キャットフードがあればあの子の空腹は満たされる。
キャットフードがあれば宿題も上手くいく。
呪詛のようにキャットフードと言う言葉が脳裏を踊りまわった。
キャットフードがあれば、キャットフードがあればキャット…

お店の前に着いたとき、私の息は切れ切れとしていた。
ひーひーと、わずかに音が漏れるのみで声と言う声は出ない。
いつもと変わらず明かりのともったスーパーは、何故かこのときばかりは大きなものとして見えた。
大きく、しっかりと構えたその姿は私を圧倒させた。
とてつもなく大きな敵と対峙しているような、そんな不思議な気分だった。
一つ大きく息を吸い、私は足に力を入れ、一歩一歩力強く歩き出した。
自動ドアが静かに開く。
目に入ってきた光景は青果売り場だった。
そこをそのまま突っ切り、いくつか道を曲がり、目当ての場所にたどり着いた。
ペットフード売り場だ。
見て、あまりの種類の多さに圧倒された。
キャットフードだけでも、十、二十…それ以上あるような気がする。
同じ会社でも中身がそれぞれ異なるようだ。
猫に限らずペットと言うのは意外とグルメなのかもしれない、とふと思った。
飼い猫に好き嫌いがあることは以前小耳に挟んだことがある。
どの餌なら嫌いと言う猫が少ないだろうか。
いや、まてまて。野良猫が好き嫌いを言ってよいのだろうか。
そんな疑問を頭の中で展開させ、いつまでたってもどれを買うか決められなかった。
結局は何も買わずに店を出た。
そんな自分に深くため息を吐く。
自分にげんなりとした。
どこまでダメなんだろう、と。

帰り道を歩いていると、ふと視界に猫の姿がよぎった。
灰色に見える黒と白の縞々模様。
先生が鯖猫と呼んでいた奴だろうか…。
私がじっと、その猫を見つめていたことに気づいたのだろうか。
猫は私の様子をじっと見つめ返していた。
私の一挙手一投足から目を離さず、しっかりと『私』と言う物体を見極めようとしているようだった。
――まずは遠くても、小さくてもいいから写真を撮る。
先生の言葉がよみがえる。私は持っていたカメラを向け、写真を撮った。
――その後からなるべく近寄って大きな写真を撮ればいい。
一歩一歩慎重に歩を進めた。
逃げられては元も子もない。
やはりキャットフードを持っていない現状が恨めしい。
猫との距離を一メーターほど縮めたところで、猫はこちらに背を向け、逃げてしまった。
「あーっ。」
ため息が自然と漏れた。
一気に、張り詰めていた緊張が緩んだ。
とりあえず猫の写真は撮れたのだから、問題はさほど無いだろう。
しかし、それでもまだ合計二匹。
猫の写真はまだまだ必要だった。
他の猫を探す時に、きっとまた会うだろう。
そう思い返して、私は再び帰途についた。


その観察の時に、実際に出会ったことのある猫たちです。
順番はバラバラなんですが。

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