一片の紙

運動会、秋祭り…などなど、行事があることが季節の変化を伝えてくれる。
それと同時に、時の流れのめまぐるしさも思い知らされる。
日々変化していく中で、香代の、クラスでの立場は変化されることはほとんどなかった。
そして香代たちは二年生になった。
クラス替えは基本的に二回、二年生から三年生に上がるときと、四年生から五年生に上がるときに行われる。
それ以外の場合は、クラスの定員が基準に満たない場合だけだ。
それ故、二年生に上がったからと言ってクラスのメンバーが変わることはなかった。
唯一変わったのは、一人、転校生が来たことぐらいだろう。この転校生は五月に入って少しした頃にやってきた。
彼女は今、教壇の上に立ち自己紹介をしようとしているところだった。
「永沢優美です。よろしくお願いします。」
彼女はそういって深々とお辞儀をした。
「えっと、永沢さん…東さんの後ろが空いている様なのでそこでいいかな?」
実は一年生の頃からメンバーが変わらない、と言う理由で、二年生の頭は先生が勝手に席を指定していたのだ。
そしてこの担任教師は、うるさい人を前に、静かな人を後ろに、と言う風に座席を組んだ。
そのため、香代の席は一番後ろだったのだ。
先生は香代が外されていると言う事実を知らない。
だからなのか、香代の近くには龍も雄太の姿もない。
「よろしくね、東さん。」
香代の席の横を通ったとき、優美が言った。
「うん、よろしく。」
香代は優美に笑顔を向け答えた。優美も香代に笑顔を向けた。
ちなみに、優美の隣はいない。優美が来たことによって女子の人数が男子のそれを上回ったのだ。
そして転校生と言うことより優美は何かとかよと話す機会が増えた。
おそらく、これは先生の計らいでもあったと考えられる。
優美が授業についていけるように、優美にノートを貸してあげられそうな人として香代を選んだのだろう。
もし先生が取り計らっているのであれば、それは先生の思惑通りにことが運んだ。
休み時間に入ってすぐ、優美は他の女子たちに、香代には近づかないほうがいいと言われたが、席が一人だけ孤立した状態である以上それは不可能だった。
しかも、彼女たちが言う言葉に理由は一言も付加されていなかったのだ。
そのためか、優美は彼女たちの言う言葉に従ってはいない。
次の授業も、香代に教科書を借り一緒に授業を受けていた。

休み時間などをはさみ、少しクラスの様子を見ていると、優美は大体クラスの雰囲気がつかめてきた。
香代から直接話を聞かなくとも、優美は香代も“部外者”であることを知った。
それからお昼休みなど、長い休み時間になると決まってやってくる龍と雄太。
クラスの女子たちの彼ら二人に対する視線。
そこからすべてが容易に想像できた。
嫉妬心、のようなものだろう。優美はそう結論付けた。
彼女たちは、初めから香代を拒絶している。
それ故に香代はとてもおとなしく優しい子だと言うことは知らないのだ、と優美は気づいた。
もとよりこの学校では一人身の優美は一人にされることに特に恐怖を覚えていなかった。
むしろ、香代に龍に雄太に、彼女と友達になってくれる人が少なくてもいるのだから独りになるはずはないのだが。
優美はクラスと適度に関わることにした。香代と友達だからといって、彼女たちは優美を外す理由はない。
優美が話題に加われるのであれば、語る人数が多いほうが楽しいに越したことない。
そして彼女たちには、優美を嫌う理由が全くないのだ。
嫌う理由を作るには、優美に対するデータが少なすぎた。
「ねーねー香代ちゃん、今日私の家に来ない?」
優美が香代を誘った。お昼を過ぎた頃辺りから、優美は香代を『香代ちゃん』と呼んでいる。
「え、いいの?」
「うん、もちろん。紹介したいし。」
そういうことで、香代は優美の家に遊びに行くことになった。
優美の転校初日に遊びに行くというのはちょっとどうかと思うところも無きにしも非ずだが。
しかし逆に、このことはほんの数時間であっても、二人の友情がとても強いものになったことを物語っていた。
そう、人が仲良くなるのに時間は関係ないのだ。
ただ、より親しく付き合うためにはその人のことを知る必要がいる。
それ故に付き合う時間を長く重ねる必要があるのだ。
出会って数時間しか時は経っていなくても仲のよい友達になれることが見て取れた。

放課後、優美と香代は優美の家にいた。
龍と雄太はいない。完全に“女の子”たちだけで遊ぶのだ。
「何して遊ぶ?」
こういうことにはなれていない香代が聞いた。
「そうだねぇ…お人形さんで遊ぶ?」
少し考え込んでから優美が答えた。
「私、結構人形は持っているんだ。たくさんあるんだよ〜!」
そういったかと思うと、優美は自分の部屋から人形の入った箱を取り出した。
リカちゃん人形のような女の子の人形が十数個ある。
男の子は少し少なめ、三、四個といったところだ。
子供の人形…つまりは大体三頭身ぐらいの大きさの人形だが…はあわせて男の子のと同じくらいの数があった。
着せ替えの衣服となると、あわせて二、三十着はあるだろうことが推測された。
人形に様々な服を着せたり、人形を動かして実際の生活を模して遊んだり、二人で遊ぶことが悔やまれたがそれでも、楽しそうに二人は笑顔を浮かべていた。
中でも楽しかったのは、男の子に女の子の服を着せて遊んだことのようだ。
これは優美が面白半分で男の子に着せ始めたのが始まりだ。
「それじゃ、イサコちゃんだよ〜」と香代は笑いながらそんな光景を見ていた。
そして翌日の学校という設定で、優美が男の子―イサコちゃん―を登校させた。
『な、何があったのよ?!』
女の子の人形を持って、香代が叫んだ。
男の子の女装を見て驚いた女の子を演じているのだ。
『イヤー、俺もこんなのも似合うんじゃないかなーって。』
笑いを噛み締めながら優美が言う。
香代自身は笑いすぎて次の言葉が出てきていないのだが、女の子は唖然として言葉が出ないことにしていた。
優美は“イサコちゃん”をやたらとハイテンションにさせて、その都度二人で爆笑した。
そしてこの楽しい時間はすぐに去っていった。
『夕焼け小焼け』の曲が流れてきた。
「あ、もう帰らなきゃ。」
曲を聞いたとき香代が言った。
「もうこんな時間なんだー、途中まで送るよ。」
優美がいい、二人で一緒に玄関まで行く。
「優美にすぐに友達が出来てうれしいわ。香代ちゃん、また遊びにきてね。」
香代が優美の家を出る前、優美の母親がそう声をかけた。
「はい、お邪魔しました!」
そういって二人は玄関を出て行く。
そして“少し歩いたところ”で香代と優美は別れた。
「今日はとっても楽しかったね。」
「そうだね。また遊ぼうね。」
「うん、じゃあまた明日。」
「またねー。」
なんていう、ありきたりな会話をして、二人は別れた。

「香代ちゃんかぁ…。」
家に戻った優美はベランダに立っていた。
その方角は、香代が帰っていく方向を向いている。
見えるはずのない香代を見つめながら優美が一人呟いていた。
「友達と遊んだこと、ないんだろうなぁ…。」
一点を見つめながら、しかし優美は何も見ていなかった。
ただ見ているものは一つ、数分前までの出来事を脳裏に映写したものだ。
自己主張することなく、周りに合わせるようにしていた香代。
特に何で遊びたいという意思は全く感じられなかった。
その割には、来るかと聞いてみたらとても驚き、そしてとても喜んでいた。
人形で遊ぼうといったときも始めはぎこちなかった動作。
「きっと、ずっと一人だったんだろうなぁ…。」
龍と雄太の前では何事もなかったかのように振舞ってはいるけれど。
それでも香代はとても硬い鎧を心に設けている。
その理由は推測するまでもない。
しかしその心の内に秘められた思いなど優美にわかるわけがなかった。
一人でベランダにあごを乗せ、いつの間にか暗くなった空を優美は見上げた。
「何か力になれることはないのかなぁ…。」
誰も聞く人がいない中、優美の口からそんな言葉が紡がれた。
力になれないだろうか、優美は心から香代の力になりたいと思っていた。
まだ出会って一日目ではあるが、香代は優美のために授業の進行具合などを教えてくれていた。
優美が前いたところよりも進んでいた場合は、香代が大雑把ではあるがその部分の内容を教えていた。
香代は優美のために一生懸命になっていた。
――おそらくは嫌われないために。
もちろん優美はそんな理由なんて知らないのだが。
それでも、香代のおかげで助かっているところが多々ある以上何か力になりたかったのだ。
しかし、そのためには香代に対する情報が少なすぎた。
この日何度目かのため息を優美はついた。
所詮他人は他人なのだろうか。
「香代ちゃんは誰かの助けをほしがっている筈なのに…。」
それが自分に向けられることはないのだろうか。
何も出来ないという無力感が優美にはとても悲しかった。
優美の頬から一筋の涙か零れ落ちた。
その涙は止められることなく下へと流れていく。
優美はそのことに全く気づいていない様でもあった。
母親がご飯が出来たと呼ぶまで、優美はベランダを離れなかった。


2005年9月26日発行。
第三部突入。
このころから携帯配信の検討を始めました。

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