一片の紙

「おはよーっ!朝だよー!!」
翌朝は同じ部屋の子が起こす声で香代は目を覚ました。
時計を確認すると、まだ起床よりも五分早い。
「まだ時間じゃないでしょー。寝ていいよねー。」
そう言って、朝の弱い子たちは蒲団を頭からすっぽりかぶって二度寝の体勢に入る。
「だーめ!そう言って寝過しても知らないんだから!」
そう言って起こしている子が、布団をはがそうとした。
ここからしばらく二人は蒲団の取り合いをすることになるだろう。
彼女はそのことを見越して、五分早めに起こしたのかもしれない。
そんな元気なやり取りに起こされた人は目をこすりながらも眠そうな顔をしていたり、ほかの二度寝を決行している人を起こしたりしていた。
「おはよ、香代ちゃん。」
沙希もすでに起きていたようで、まだ完全に眠気が飛んでいなかった香代に声をかけてきた。
「ふわぁ。お、おはよぉ。」
「ははは。香代ちゃん、眠そうだねー。」
眠気の残った香代の返事に、沙希は快活に笑う。
朝学校で会う時と、同じくらいの活気がその表情にはあった。
「さーて、ほかの人も起こしてくるか。」
そう言う沙希はなぜか楽しそうに肩をブンブンまわし始めた。
そして、威勢のいい掛け声とともに布団を片っ端からはがすのだった。
「香代ちゃーん、ほかのみんなも、その布団、片付けちゃっていいからー。」
はがした布団を投げながら沙希が言う。
「ふぇ?!さ、寒いよ〜!布団返して!」
沙希に布団をはがされた子は、ビクンと跳ね起きてそう言う。
しかし、その子が布団をつかむ前には、香代たちがきれいに畳んで隅に置かれていた。
使った布団は、シーツとかを分けたうえで、きれいに畳んで同じ種類ごとにまとめて部屋の邪魔にならないところに置くように、という指示があったのだ。
そうやって全員が起きた時には、ゆうに起床時刻は過ぎていた。
でも、七時までには敷布団までのすべてをきれいに片づけることができた。
朝食を学年全体で摂るところから、また一日が始まる。
前夜の夕食は一組の学級委員がいただきますのあいさつをしたので、朝は二組の学級委員があいさつをした。
なぜか女子たちの色めき立った声が聞こえ、香代が見てみると、龍が前に立っていた。
ああ、そうか。龍君、学級委員だったっけ。
普段はクラスが違うこともあって意識しない香代はこのときになってようやくそのことに思い至った。
五年に入って間もないころあたりに、龍が推薦で決められたと言っていた気がする。
香代はそう思いながらも、女子たちのあまりの反応に、驚かないわけにはいかなかった。

「朝、すごかったよー。」
自由見学時間になれば、いつもの五人組が集まった時、香代が龍に言った。
「ホントホント、昨日夜もすごかったけどね。」
沙希がなぜかわけあり顔で同調する。
「ちょ、ちょっと、沙希ちゃん!昨日のは龍君と関係ないってば!!」
なぜか赤面しながら香代はそう言う。
それを見ながら、へーと声を漏らすのは優美で、男二人は何があったのか想像もつかないようだった。
「でも、朝すごかったのは事実ね。もう、お前ら見るなって目をしていたよー。」
苦笑いしながら優美が言う。今回、優美は龍と同じクラスだった。
普段クラスでまとめているのを見ているだけに、独占欲と言うかそのようなものがあったのだろう。
「そんなこと言ったら、こっちは、いつも見ているんだからたまにはいいだろって言いたげな空気だったよー。」
沙希が笑いながらもそう言う。
「雄太君も学級委員になったら、似たような反応をされたかもね。」
香代が雄太に声をかけた。
雄太自身は性に合わないことを分かっていたから、立候補していなければ、推薦もされていないのだ。
「香代ちゃん、俺は、サッカーでそのようなことになるのを目指しているんだ。」
雄太がなぜか至極真面目な顔でそう言う。
そのまま、今に有名になって見せるからなー!とでもいいだしかねない雰囲気だ。
「あれ?龍君どうしたの?」
ずっと複雑な表情をしていた龍に、優美が気づいた。
「ううん、何でもないよ。」
取り繕うように龍が言う。
それでも、みんな龍が喜んでいないことはわかっていた。
雄太に至っては、なぜ龍が喜んでいないのか、正確な理由も分かっていた。
龍はまだ、自分の評価が香代を苦しめると思っているのだ――。

夕方、香代たちはお土産に何を買うか悩んでいた。
絵葉書、お菓子、ストラップ、ミニチュアの模型…
興味がそそられるものはたくさんあった。
男の子は、お菓子の箱を一つか二つ買う姿が目立った。
時々カッコイイと思った模型も買っているが。
雄太もそんな男の子の一人で、お菓子の箱を二つ買っている。
龍の方はと言うと、ポストカードのセットに手をのばしていた。
「龍君、それ買うの?」
龍に気付いた香代が聞いた。
「う、うん。眺めて振り返ることもできるし、絵を描く時の資料にもなるから買って来いって。」
少し驚いた顔をした龍は、すぐに普段の表情に戻ってそう答えた。
「へぇ〜。龍君の年賀状、絵、上手だもんね〜。いつもお母さんが書いているの?」
「う、うん。」
「そっかー。お母さん、すごいんだね〜。」
龍の顔がこわばっていることに気付かず、香代は話を続けていた。
「香代ちゃん、これかわいいーよー!」
そんなとき、キーホルダーを見ていた優美が香代を呼んだ。
「えー、どんなの〜?」
香代の関心はすぐにそちらに移る。
龍が人知れずほっと溜息をついたのを見たのは、雄太だけだった。
沙希もお土産にお菓子を買ってしまい、香代と優美の二人だけでキーホルダーを眺めていた。
とっては値札を眺め、大きさや使い道を二人で吟味することの繰り返し。
色違いのものもたくさんあって、最終的には何色にするかでさらに悩む始末だった。
時間ぎりぎりまで悩んだ後、二人はおそろいのものを買った。
ただ、色は違っていて、香代が黄緑、優美がピンク、そして二人で半分ずつ出して青色の沙希の分も買った。
後は家族の分としてお菓子を買う。
両親ともに忙しい香代の家は、家族そろってゆっくり、なんてことはめったにない。
そのため、香代は日持ちの良い物をクッキー類の中から選んで買うことにした。
こういうものは、家族がそろった方がおいしいのだから。

夜はまた前夜と同じように過ごし、最終日の朝食は再び二組のあいさつなので、やはり同じような反応となった。
最終日昼食の三組が、この修学旅行を締めくくる大役を担うことになったが、皆疲れたのか、しまりのないものになってしまった。
そして香代は、龍と一緒に家に帰った。
なぜか荷物は、香代が気づいた時にはほとんど龍の手の中にあった。
香代が申し訳なくなり、自分で持てるといっても龍は放さなかった。
もしかしたら、そこは男としてのプライドだったのかもしれないが。
香代の両親は家に帰っていて、香代がうれしくて泣きだしてしまうという一幕もあった。
龍の母親がタイミングよく現れては、相沢家でプチ夕食会なるものができてしまった。
龍の家で、一度に七人が机を囲む。
それは賑やかでもあり、騒がしくもあった。
龍と香代はすぐに、疲れから眠ってしまった。
隣同士に座っていたこともあって、仲よく肩を寄せ合って眠っていた。
後日聞いた話だと、香代たちが修学旅行に出ている間に、龍の母親が企画していたらしい。
普段いい子の香代を驚かせてあげたいと思っていたのだとか。
もともとの企画では、香代を家に招いた後、両親がいることに驚かせようと思っていたそうだ。
香代たちが予想よりも早く帰ってきたがために、外でばったり出くわしてあのようになったんだとネタを明かしていた。
こうして二泊三日の修学旅行も終わり、残す大イベントは合唱祭と言うことになった。
クラスの練習熱も高まり、学年が一つにまとまろうとしていた……。
2008年12月31日発行。

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