一片の紙

最初に来たイベントは、修学旅行だった。
二泊三日のスケジュール。昼間は様々な施設の見学。
置いてあるものに興味のある子にとっては楽しいものだが、それ以外にとっては全くつまらないイベント。
合唱の練習がしたいのに、と不満げな子も中にはいた。
ただし、それはあくまでも昼間のみの話だ。
自由時間や夜になると、普段とは違う級友と過ごすひと時が斬新で、楽しいひと時となる。
香代自身としては、施設の見学はクラスという垣根を越えてみることができるので、久しぶりにみんなと遊べる時間だった。
たとえ普段、休み時間にあっていたとしても、それとは何かが違うのだ。
何が違うのかは、もしかしたら誰にも分からないことかもしれない。
場所を気にしなくていいことだろうか。
ほかのそれぞれのクラスメートの視線を気にする必要がないからだろうか。
そのどれもが、普段気にしなくてもいいことのような気もする。
とにかく、のびのびと過ごせる楽しい時間だった。
ただ、龍は見たものすべてを目に焼き付けるかのように、食い入るように見入っていて返事は期待できなかった。
美術的価値のあるものや美しい景観すべてを記憶に残そうとするかのようだった。
だから香代たちは龍に話しかけることはなく、その横でいるだけではあった。
時々優美や雄太と話したり、龍の横でじっと龍の目線の先にあるものを眺めたり。
不思議と沈黙が苦痛と感じないだけでなく、周りの視線も気にならなかった。
このとき香代は、龍が美術品に興味があると思っただけで特に気には留めていなかった。
龍が見ているものが、実際に見えている物の先を行く何かだろうと思うだけだった。
いつか、それが見れたらいいな、そう思いながら。

「やっほー。遊びに来たよー?」
宿の自分たちの部屋に荷物を片づけたころ、優美が香代たちのところにやってきた。
荷物が片付けば、夕食までは自由時間なので優美は急いで片づけたらしい。
香代の部屋の子も、何人かはほかの部屋の子のところにすでに出かけていた。
「永沢さんもよかったら参加しない?」
そう声をかけたのは、部屋の奥の方でトランプを配っていた子だ。
夕食まで暇だからということで、部屋に残った組でトランプをやろうとしていたところだったのだ。
「ジジ抜きだけど、やる?」
沙希が振り返りそう優美に声をかけた。
トランプを配っていた子は、窓を背にしていたためちょうど優美を見れる位置にいて、沙希はその彼女と向き合うように座っていた。
香代は沙希の右隣に座っていて、反対側にさらに二人座っていた。
「うん、参加する!」
そう言って優美は香代とトランプを配る子の間に座った。
トランプを配る子はすでに配ってある枚数を数えて、手元から同じ枚数優美のところに置く。
それから残りをみんなに配りだした。
ジジ抜きというのは、ババ抜きと同じでシンプルなゲームではあるが、ババ抜きとは違ってジョーカーが最後まで分からないところに面白さがある。
初めに抜かれた一枚はトランプのケースの中にしまわれていて、誰もその数を知らない。
時計回りにカードを抜いていくと決めたところでじゃんけんが行われた。
さすがに六人という人数だったので、綺麗にわかれなかったら多いもの勝ちで決めていくことにした。
結局最終じゃんけんは沙希が勝ち、香代からカードを一枚引き抜く。
六人だからか、最初の一周が終わった時は誰もカードを中央に出すことができなかった。
でも、二周目からは徐々に手札の枚数が減っていく人が現れ、出された数字が自分の手元にあるとそれが“ジョーカー”ではないかとみんなビクビクした。
最初に上がったのは沙希の左隣の子だった。
先から引いたカードで残り一枚になり、最後の一枚を次の人に引いてもらうというパターンで上がった。
やったーと喜ぶ彼女の隣では、引いても引いても手札が減らないで焦る子の姿があった。
次に上がったのが優美で、その次はカードを配っていた子だった。
残った三人の顔は真剣そのものなので、先に上がった三人は罰ゲーム考える?などと楽しく談笑し出した。
夕食のデザートを一番に上がった人に譲る。
次のゲームにカード一枚のペナルティを科す。
そんな案が次々と出てくる。
だが、決着がつく前に夕食の時間になり、カードは片づけられた。
片付ける前に最初に外されたカードが何だったのか見てみたら、それはハートの1だった。

夕食の後は入浴の時間があり、その後にまた自由時間がある。
しかし、この時間は最初に歯磨きや就寝の準備をしなければならない。
それで時間が空いたら再び遊ぶことができるし、友達の部屋に遊びに行くこともできる。
ただし、男女間の部屋移動は禁止されていて、行こうとすると先生にとめられるらしい。
なぜなのか香代にはわからないことだったし、四六時中龍や雄太といるわけでもないので特に気にもしていないのだが。
そう言うわけで、再び香代たちの部屋に同じメンバーが集まった。
違うのは今回はさゆりも加わっていることだ。
さゆりがウノを持ってきたこともあって、今回はウノをやることになった。
座る位置は示し合わせたわけではないが、前回とほとんど同じで、さゆりは沙希と香代の間に入った。
香代はウノをやるのが初めてなので、さゆりと手札を共有することにした。
強いと豪語していたさゆりは、いろいろなテクニックを香代に示しながらルールを説明する。
ちなみにリバースリバース(リバースを偶数枚出す)は自分に戻るというルールで今回はやっている。
ドローは一枚しか出さないというのもさゆりのやり方で、そのために一巡した後出せなくなった沙希が20枚ほどを引くという悲惨な事態にもなった。
「ドロー、一枚しかなかったのにぃ〜」
そう言いながらも沙希は山札からしっかりと枚数を数えて引いていった。
周りはそんな沙希にただ笑うだけ。香代も一緒になって笑い、沙希自身も笑った。
ほかにもさゆりは「ウノみっけ」と残り一枚になった人が「ウノ」と言う前に言ったり、スキップ三枚で自分の番に戻したりということをやった。
結局最後も「ウノ上がり」で終わらせてしまう。
これは自分の番に文字カードを出して再び自分の番にして上がるというパターンと、最後に同じ数字のカードを複数用意して同時に出して上がるという二種類の方法があった。
今回さゆりは後者の方で上がったのだが、四色集めてしまえばこれは簡単にできるらしい。
この回は涙を見た沙希が、引いた20数枚がよかったのか一気に巻き返しを図りまわりまわって優美が泣きを喰らった。
次の時は、今度はさゆりは参加せず香代がやるに任せた。
あくまでもさゆりは香代がルールを覚えたか確認するだけで、アドバイスもしない。
それでもビギナーズラックか、香代は一番に上がることができた。
今度はトランプを配っていた子の隣が負けた。
「ねぇ、次、私じゃないよね…?」
トランプを配っていた子はこの結果にそんな恐ろしい未来を予測した。
「そんなことないって。ない。」
優美が笑いながら言うが、最初のゲームで負けているだけに説得力はあまりない気もする。
三戦目以降はさゆりも加わり七人で遊んだ。
その都度様々な面々が最後まで残ったが、たいていそれは香代であり、一度も負けなかったのは沙希とさゆりの二人だけだった。
楽しい時間はあっという間で、すぐに消灯の時間になり、優美とさゆりは自分の部屋に戻っていった。

修学旅行の夜はたいてい寝付けないことが多い。
香代たちも例外ではなく、みんな目がさえていてなかなか眠れずにいた。
「明日どうしよー。」
「起床、朝七時だっけ。」
「七時十分前だよ。六時五十分。」
そんな声が飛び交う。
「私、朝ダメなんだよー。アラーム二つセットしても起きられない。」
「みんな時間差でセットする?」
「あ、私起こしてあげるよー。」
「ほんと?約束だよ!!」
そう言う言葉がさらに飛び交う。
頭はみんな中央の方に一列になり、足は端の方に揃えられていた。
ここで話題がなくなり、一度沈黙がきた。
でも、ここは女子部屋。男子部屋がどうかは分からないが、女子部屋は沈黙が来るとそれは話題転換の合図。
誰かが「ねえ、知っている?」と話しかけるところから噂話や恋バナに話が発展する。
そんなこんなで話が進んでいくと、香代にまで話が飛んできた。
「ところで東さんは?やっぱり相沢君が好きなの?」
誰かが唐突に振った。
「えっ?!」
突然の出来事に香代の方がたじろぐ。
「相沢君、カッコイイよねー。」
「ファン多いから大変よねー。」
そう言う声が続く。はぁ、まぁ、と香代は適度に相槌を打つことしかできないでいた。
「で。真相はどうなの?」
興味津々、恋バナになると活気が湧く人たちを前にして、香代は言葉に言い淀んだ。
「どうって…別に…。普通に一緒に遊んだりするけれど…考えたことないよ。」
それが香代の本音だった。
龍は香代にとって一番近くにある存在であり、それが当たり前のようにも感じていた。
それに、香代は昔空から降ってきた紙の主の影をいまだに追い続けてもいたのだ。
四年生に上がるころから降る回数は減っていたが、それでも、忘れることは決してなかった。
「そうなの?それじゃ狙ってみようかなー。」
「えー。考えてみたら?東さんだったらいけるんじゃない?」
香代の言葉に対してそんな返事が返ってくる。
そして徐々に返事をする人が減り、みんな床についた。
2008年11月17日発行。

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