令和2年7月30日(木)糸


←オーストリア、リンツのハウプト広場で。ここにも三位一体のペストの塔があります。

ウィーン、グラーツに次ぐ、第3の都市であり、ブルックナーの生誕地でもあります。

(2012年8月26日撮影)












先日、名音大の学生さんが、授業で、弾き歌いをするので、聴いてほしいと言って、中島みゆきさん作詞・作曲の「糸」という曲を歌って下さいました。

    なぜめぐり逢うのかを
    私たちは なにも知らない
    いつ めぐり逢うのかを
    私たちは いつも知らない
    どこにいたの 生きてきたの
    遠い空の下 ふたつの物語
    縦の糸はあなた 横の糸は私
    織りなす布は いつか誰かを
    暖めうるかもしれない

    なぜ生きてゆくのかを
    迷った日の跡のささくれ
    夢追いかけ走って
    ころんだ日の跡のささくれ
    こんな糸がなんになるの
    心許なくてふるえてた風の中
    縦の糸はあなた 横の糸は私
    織りなす布は いつか誰かの
    傷をかばうかもしれない


    縦の糸はあなた 横の糸は私
    逢うべき糸に 出逢えることを
    人は仕合わせと呼びます


私は、初見で弾いてあげて、彼女が、歌って下さったんですが、本当に感激しました。彼女の澄み切った、透き通るような歌声で、この歌を歌われると、歌の言葉が、何倍にも意味を持って私の心に響きました。


歌詞の中に、「こんな糸がなんになるの」とありますが、私の20代をそのまま歌ってくれているようで、グチャグチャにもつれて、綺麗に織りなす布ではなかったけれど、それでも、現在では、逢うべき糸に出逢えた私は、音楽を続けていて、本当に良かったなと思います。仕合わせというのは、偶然めぐり合った、良い運命も悪い運命もひっくるめて
「しあわせ」という意味です。


是非、綺麗な弾き歌いが出来て、教育実習で、中学生、高校生の皆さんに聴かせてあげてください!

本当の意味は、若すぎてわからないかもしれないけれど、音楽っていいなあ・・・と思ってもらえること間違いなしです!


令和2年7月29日(水)ドイツからの近況報告


←ウィーン、グラーベン通りにある、ペストの記念柱。
当時、大流行していた、感染病、ペストの終息を記念して、作られた三位一体像。

現代のコロナのような状態だったんだと思います。

(1998年6月撮影)








昨日に引き続き、現在、ドイツのフライブルクに留学中の生徒さんからも、ドイツから近況報告が届きました。

7月の始めに、ドイツに再び戻ることが出来て、元気にしているとの事です。留学中の生徒さん達は、せっかく行ったのに、コロナのために一時帰国しなければならなかったから、大変でしたね。

しかし、ドイツは、お店や、交通機関で、マスクが義務付けられている以外は、普通の生活をしており、どうという事もないそうで、本当に良かったです!

皆さん、明和高校の卒業生がそれぞれの道を歩み始めていますが、後輩にあたる私の生徒さん達も、きっと皆さん、卒業生たちがどうなったかいつも気にかけて下さっていると思うので、又、卒業生たちのその後を伝えていくことも私の務めだと思うので、連絡取れて良かったです!
ウィーンに行った子も、フライブルクに行った子も、門下生の皆様へよろしくお伝えください、との事でした。

10月には、明和高校で教育実習もあると聞いています。大学4年生になられた私の生徒さんも来られると思うので、お会いできるのを楽しみにしています。


令和2年7月28日(火)ピアノと共に歩んだ道のり 留学当初の私 何もかも過去の全てを清算したかった


←ウィーンにあるゲーテの像の前で。留学当初23歳の私。

「涙とともにパンを食べたことのある者でなければ、人生の本当の味はわからない」

「ただ、ひたすら自分が正しいと思う道を歩けばいい。他人がどのような道を歩こうと、気にしてはいけない」

など、悩み多き青春時代、ゲーテの言葉に救われました。


(1995年9月撮影 ウィーン)


現在、ウィーンへ留学中の生徒さんから、近況報告を頂きました。コロナの影響で、しばらく一時帰国していたけれど、来月の半ばには、ウィーンに又、戻れるとのこと、本当に良かったなあと思います。

いつの日か、めぐみ先生と一緒にウィーンの街を歩ける日がくるといいなあ、と楽しみにして下さっているそうで、私も嬉しいです。

私がウィーン留学中の若い頃を振り返ると、1年目の終わりにかけてウィーンの街にもようやく慣れてきて、友人も出来て、一番楽しかった頃です。

段々と年数が長くなると、ドイツ語が理解できるようになり、そのために又、腹の立つこともあったり、友人達と、「日本に帰ったとしても一体、何の仕事する?」など、将来の悩みは尽きず、楽しいばかりではない、現実が迫ってきます。

しかし、まず、私は、他人の道に目を奪われるのでなく、まず、自分自身に音楽家としての実力が、どの程度あるのか実際に自分の足で歩いて確かめてみなければ、あきらめもつかないので、あきらめるためにもウィーンに行こうと(笑)。

又、もう1つの思いは、私がそれまで、頑張ってきた、諸々の過去を全てきれいさっぱり清算したかったという思いも強くありました。

やはり、悩みがひどくなり始めたのは、20歳を過ぎた頃でした。大学4年生卒業時になると、あらゆる物事が、絡み合った糸のようにグチャグチャにもつれてしまい、どこから、それをほどいてよいかもわからない、悩みのるつぼに、はまり込んでしまったわけです。

行き詰るという事は、それまでの古い自分から、新しい自分へ変わろうとする前の自然現象なので、振り返れば、行き詰まること自体、いい事だと思えるのですが、悩みの渦中にある時は、もがくばかりで、どうしようもありません。

悩みを忘れるために、行動し、行動しながら、前の悩みが薄らいできた頃、又、次の新たな問題に悩み始める・・・・人間の一生なんて誰しもそんなものだと思いますが、それを乗り越えればいいわけで、乗り越える前が、しんどいし、きついのは確かです。

しかし、悩みを乗り越えるたびに、以前もあんな辛い悩みを乗り越えれたんだから、今度の悩みも大丈夫!乗り越えていける!
そう思えます。

初めて、ウィーンのシュヴェヒャート空港に着陸した時のあの、何とも言えない、私の身の回りにべったり貼りついていたしがらみから逃れられ、何とも言えない開放感を感じました。特に東京という大都会の喧騒に私の場合、やられてしまったようで、閉塞感を感じていた私は、初めて、大きく深呼吸が出来たような気分を味わいました。

悩みと共に、降り立った、ウィーンのシュヴェヒャート空港。
そこで、大きくまず深呼吸した、私の精神。
そして、今もまだ、歩き続ける、音楽家としての道。

ゲーテの言葉が、今では、心から、共感出来ます。


令和2年7月26日(日)PTNA課題曲チャレンジ

PTNAのC級の課題曲チャレンジを受けられた小学6年生の生徒さんが、「アトラクティブ賞」を頂いたそうです。

「アトラクティブ賞」とは、「あなたの演奏は、心から音楽を楽しみ、音楽に心を寄せて表現しており、あなたの個性をよく表していて、とても魅力的です」。という賞です。素敵な賞ですね!

彼女は、毎日、ものすごい数の曲を練習して頑張っています。スケール、アルペッジョ、ツェルニー、バッハ「シンフォニア」、モーツァルトのソナタ、
ショパンのワルツなどなど、毎週新しい譜読みに取り組んでいます。
沢山の曲をこなしながら、その合間に参加された、PTNAの課題曲チャレンジ、よく頑張られました。おめでとうございます!

←イギリス、ボートン・オン・ザ・ウォーター、家々がはちみつ色で、キラキラ輝く水面に橋がかかり、「小さなベニス」とも呼ばれています。これは、そこで買った絵葉書。

コッツウォルズ地方でも特に人気の高い場所です。おとぎ話の中に出てくるような村でした。

(2013年9月20日撮影)









令和2年7月25日(土)来年の門下生コンサートの曲決め


←フィンランド、ヘルシンキの街並み。(上下共に、2018年8月30日撮影)

中学生の生徒さんが、レッスンノートに「フィンランドに行きたい」と書いていたので、
「フィンランドの何が好きなの?」と尋ねてみました。

フィンランドの民謡が好きなんだそうです。








←ヘルシンキの路面電車。ウィーンは、赤いけれど、ヘルシンキの路面電車は、緑色です。













生徒さん達が、「今度の門下生コンサートは、これが弾きたいです!」と言って、自分で曲を決めて練習を始めています。

来年3月25日(木)、今度は天白文化小劇場で、開催致します。

「曲が重ならないように、希望を言ってもらえば、優先するから、色々考えてみてね」と話してあります。

来年は、もう何と19回にもなります。

どんな門下生コンサートになるのか、ドキドキ、ワクワク・・・・・皆さんの演奏を今から楽しみにしています!


令和2年7月24日(金・祝)言動と行動が伴っているかよく子供は見ている


←小学6年生当時の私が、作成した、「わたしたちの詩集」。

1人1人の詩が集まっています。

クラスのほとんどの子達が、男子も女子もお母さんの事を書いていました。

お母さんのしわがふえたけど、苦労かけてるからかな

お母さんが頭が痛いから代わりに食器を洗ったけど水が冷たかった、
お母さんが食器を洗う苦労がよくわかった、

病院に連れて行ってくれた、

お母さんはいつも疲れているけどいつもおいしいごはんを作ってくれる、私が大人になったら、
今度は私が、おいしいものをつくってあげたい、

お母さんの手は赤ぎれがたくさんある、痛そう、かさかさの手かわいそう、
どうしてこんな手になったの、

もしかしたら、わたしたちのせいかなあ、わたしも大きくなったらこんな手になるのかな・・・・など、男子も女子もお母さんの苦労を子供は、よく見ているなあと改めて感じました。



←小学6年生当時の私の詩はこれ。

お母さん   岩野めぐみ

お母さんは、いろいろ顔が変わる。

ピアノを見てくれているとき
いつもは やさしいお母さんがおにのような顔になる

声も大きくなってくるので
「もっと小さい声で言って」。
とお母さんに注意する。

※つのが見えているお母さんの顔、というのを見て、「ハハハハ~!」と思わず笑ってしまいましたね。

私は、元々怒りっぽい性格ではないため、両親とケンカしたことはありません。勿論友人とも。

しかし、ケンカではないですが、今までに、母との想い出で、心に残っていることがあります。

小学5年生の時、毎コン(全日本学生音楽コンクール)で、西日本大会の本選を迎える前の晩の事でした。コンクールの会場に近い大阪のホテルで、

電気を暗くして、眠ろうとベッドに入りました。

暗闇の中、何か人の気配を感じたので、目を開けると、母がぬ~っと私のベッドの傍で、私を見下ろしています。お化けかと思った(笑)
手が伸びてきて私の顔をなでているので、「どうしたの?なに?」と聞くと、「さっきあんなこと言ったから・・・可哀想になって・・・」と母は言いました。

取り立てて腹の立つような言葉でもなかったと思うのですが、母は、自分の心にとても正直で、誠実な人だから、私に謝ろうとしてくれたんだと思います。

又、もう1つは、私が、まだ、ウィーンから帰って、生徒達を教え始めたばかりの頃でした。
私の生徒に対する指導が悪い、というような話になっていき、私は、若いなりに情熱を持って精一杯やっていましたから、
「私だって、一生懸命これでもやってるんだからね!いっつも私ばかりが悪いみたいに言って!私は、お母さんに対して、これまでに一度だって、お母さんのやり方が気に入らないとか、悪いとか、責めたことは1度もないよ!」
と吐き捨てるように私は言いました。

少したってから、母が、私を又、抱きしめて「そうだった、ごめん・・・」と。

子供は、本当に親をよく見ています。だからこそ、親は、絶対、子供の前では嘘はつけないし、言動と行動が常に伴っているかどうかもすごく厳しくチェックしています。

自分に対して誠実に向き合ってくれる親に対して、子供もやはり、親に対して、裏切ることは絶対出来ないでしょう。

身の回りの事が出来ない小さい子供時代は、親に育てられますが、精神的に親は子供に育てられて大人になっていきます。

初めから何もかもが完璧な人間なら、親になっていないでしょう。又、完璧に育てようとしたためにかえってとんでもない事になっていったりもします。
子供の声に素直に耳を傾けること、そして、子供も親の声に素直に
耳を傾けること、これが、人間関係の全ての基本となっていくと思います。子供も完璧な親はいないと初めから知っておいた方が良いし、親は
子供にも完璧を求めない方が良い。自分が怒る前に、まず相手の言い分を聞こうじゃないか・・・と。

私は、子供はいませんが、代わりに沢山の生徒達によって、育てられました。生徒達が、全てを教えてくれました。

私の足りないところは、生徒達が補ってくれます。

そうやって、不完全な私が、日々修行して、心をピカピカに磨き上げていきたいです。


令和2年7月23日(木・祝))ピアノと共に歩んだ道のり (小学5年生当時)  生徒思いのラントシュ先生~ 心の絆~


←イシュトバーン・ラントシュ先生(ハンガリー・リスト音楽院教授)が、愛知県立芸術大学にいらして、
公開講座のモデル生として選ばれたときの小学5年生の私。(右側)

(1982年3月28日 愛知県芸で、ラントシュ先生と同じ門下の子(左)と共に、レッスン後に撮影)












←この時、メンデルスゾーンのロンド・カプリチオーソを見て頂きました。
県芸の先生方も沢山いらっしゃいましたし、外部のピアノの先生方も一杯で、私の子供時代は、子供も多かったし、どこへ行っても、熱気ムンムンでした。


ラントシュ先生は、私の演奏を聴いて、歌えていないところがあると、「声に出して歌ってごらんなさい」とおっしゃいました。

私は、声を出すだけでも恥ずかしくてたまらず、まともに声が出ませんでした。

この時、ラントシュ先生は、日本の「さくらさくら」をテーマに、ご自分で作曲された演奏を披露して下さいました。

「今、即興で作りました。さくらさくらは、何と美しいのでしょう」とおっしゃられ、私は、びっくり仰天してしまいました。

日本人なら誰でも知っている「さ~くら、さくら~」このテーマが終わって、それがバリエーションになり、どんどん、音の数が増えて、最後は、ダイナミックな壮大な音楽となっていき、小学5年生の頃の事も鮮明に記憶しています。


ラントシュ先生は、ピアニストとして素晴らしいだけでなく、教育者としても大変優れた方で、とても生徒さん達の事を大切にされたそうで、ハンガリー政府の最高賞を頂いた方です。日本で言えば、国民栄誉賞です。

「教え子たちにその熱意を受け継ぐことが出来たことが、自身の人生の中で最も特別な贈り物です。非常に親密な家族のような関係を構築したこと、教師にとって、人生においてこれほど素晴らしい事は恐らくないかもしれません」とおっしゃったそうですが、私も教える立場となり、そのお言葉に心から共感出来ます。

私の所の卒業していった生徒さん達も、もう何年もたつのに、今だに私達家族の事をとても気遣って下さいます。
私の事を想い出して下さるだけでも感謝の気持ちで一杯です。


どの子も、私にとっては、最愛の生徒達であり、幼い頃から育てた生徒達は、いつまでも万感の思いがありますが、こうした関係を続けられること自体、私の職種は、何と幸せなのだろうと思います。

それと同時に相手は、人間、機械相手ではないだけに、苦しみもとても多い職種でもあります。しかし、苦しみが強い分、又、卒業しても、皆さんが、近況を知らせて下さり、生徒さん達の成長の喜びに幸せも大きいです。

音沙汰がなくなってしまった生徒さん達の事は、「あの子、今はどうしているかしらねえ」と話したり、家族も、うちの生徒達の事は全部わかりますから、「いつまでも楽しみが尽きないねえ」と家では、話しています。

心の絆がどの生徒さん達とも取れていることをとても幸せに思います。

きっとラントシュ先生もそんな思いだったに違いありません。


令和2年7月22日(水)今、この瞬間の積み重ねが良い未来を作る


←オランダ、クレラーミュラー美術館で。

印象派の絵画が沢山見れます。
(2015年12月18日撮影)










←ヨーロッパの美術館では、小学生や中学生くらいの子達が、地べたに座り込んで、絵画を真似して書いている光景をよく見かけます。

これは、クレラーミュラー美術館のパンフレットから・・。

(2015年12月18日 オランダ)








先日は、明和高校2年生の子達の専攻実技試験が、ありました。場所は、ウィルあいちです。ウィルあいちと言えば、いつもなら、11月に定演のオーディションがあるのを思い出し、一瞬、季節がわからなくなりました。

他の先生方とも、久しぶりに、御飯を食べることが出来て、思えば、1月のコロナ騒動以降、1度も、外食をしていませんでした。

とにかく、美味しかったです!家で、貧しいものしか食べていないから、そこらへんは、全くこだわりがなく、どこへ行っても、全く好き嫌いなく
何でも食べられるのが私の長所です!


今日は、椙山の対面レッスンがありました。外を歩くと、暑いから、やっぱり夏でした。学生さん達には、授業アンケートや、動画提出など、締め切りに間に合わなくならないように、期日をきちんと守ることを指導しました。

やらなくてはいけないことはその日のうちに・・・。これは、私が一番日々心掛けていることです。後からやろうと思ったら、必ず忘れてしまうから・・・
今、この瞬間を大切に・・・。今の積み重ねが良い未来を作ると思います。


令和2年7月18日(土)スケール、アルペジオ


昨日は、明和高校1年生の専攻試験がありました。モーツァルト、ハイドンのソナタ、ショパン、ラフマニノフ、スクリャービンのエチュードなどを
沢山聴きました。

コロナの年に入ってきた学年の子達なので、その影響があるかなという心配も少しありましたが、そんな不安も吹き飛ぶような、元気で、
活気に満ちた、表情豊かな素晴らしい演奏を沢山聴くことが出来ました。

逆にステイホームで、あらゆる事が制限される今だからこそ、家の中で、ピアノを沢山練習出来て、ステージで弾く機会もあまりないため、周りに流されずに、自分のペースを守り、落ち着いた心で、集中して音楽に向き合えているように感じます。

他の先生方とも約半年ぶりにお話し出来て、とても嬉しかったです。

←この中には、何が入っているでしょう?













←私が作った、スケール、アルペジオのカードが入っています。













←表には、フラット3つ、裏には、Es-durと書いてあります。
平行調のc-mollと同時に覚えてもらうために、生徒さん用に作成したカードです。

「私も、岩野先生のカードと同じように作って、どんな調性でもパッと、弾けるように、頑張っています」。と小学生の生徒さんがレッスンノートに書いていました。

よく頑張っていますね!

自分が努力してきたことは、他のどこにも行かず、確実に自分の身に蓄えられて、備わっていきます。
ピアノ学習者の皆さんは、曲の中のテクニックのほとんどが、スケール、アルペジオで、成り立っていますので、全調、小さい頃から、練習して、慣れておくといいですね。

テクニックだけでなく、カデンツの響きをよく聴くことは、曲の中での和声の自然な流れを感じる和声感も培われるので、とても大切な練習です。


令和2年7月16日(木)クラシック音楽とキリスト教の深い結びつき


←エストニア、タリンにある、アレクサンドル・ネフスキー大聖堂の中で見つけた、
聖母マリア。

ヨーロッパの教会や、大聖堂へ行くと、聖母マリアの像や、天使、キリストとマリアの木彫りの像など、沢山あります。

(2018年9月1日タリン)

















←ドイツ、ドレスデンのアルテマイスター絵画館にある、カルロ・マラッティの
「Die Heilige Nacht(聖夜)」。

ここの絵画館は、コレクションも素晴らしく、とても心に残っていますが、
撮影禁止なので、これは、絵葉書です。

幼子イエスキリストを藁の上に横たえる聖母マリア様の周りに、

羽根の生えた天使が3人キリストを見ていますが、ちょっと意地悪い目つきに見えます。

キリストの将来を暗示しているかのようです。絵画も音と同じく、ただ、漠然と見ているのでなく、どんな表情で描かれているのか、深い「心の目」で見ます。

(2011年12月22日ドレスデン)











先日、大学生の生徒達に、オンラインレッスンしていた際、「クラシック音楽は、キリスト教の聖歌と深いつながりがある」という事をお話しして、
「見える?聖母マリアは、この人ね。イエスキリストを生んだお母さんね」。と写真を見せながら説明すると、
学生さん達は、画面の中をじいっと見つめて聞いていました。

イエス・キリストと聖母マリアの周りには、必ず、天使が、見守り、この天使の話もよく生徒達にします。

ヨーロッパの大聖堂や、教会の中には、必ず、天井画が描かれていて、その下にパイプオルガンが備え付けられています。

音が、その天井に向かって、遠くへ、高く、広がり、天空へ、音がスーッと伸びていき、天使や、神様のところに音が届くように・・・と幼い子供達には、聞かせています。

イエス・キリストは、いいことをしたのに、なぜ、十字架にかけられたの?とか、いつ頃の人?神様の子供なの?とか、病気の人を直したって本当?とか、色々質問を投げかけます。

どの子も???の表情をしています。

キリストの奇跡を起こした事が、真実かどうかは、私も?ですが、それでも、やはり、奇跡を行ったかどうかという事よりも、ある事柄を強く信じることの大切さを、聖書は、物語っているのだと思います。

大人用の聖書は、子供達には難しいので、子供向けの伝記を読んで聞かせています。

バッハの場合、h-mollの調性なら、「キリストの受難」との、結びつきが深いと考えられています。

私が、桐朋時代の学生だった頃、(故)末吉保雄先生が、バッハの「マタイ受難曲」の授業をして下さいました。

マタイ受難曲の歌詞の内容といい、音楽といい、とても印象に残る授業でした。

その授業から、興味を持って、聖書や、讃美歌、絵画なども見るようになったので、生徒達の心に、興味を持たせる1つのきっかけを作ってあげることが今、教える立場となり、つくづく大事な事なんだなと感じています。


令和2年7月14日(火)音の色、表情を聴く耳の訓練


←ポーランド、ワルシャワ、ワジェンキ公園にある、ショパンの像。
柳の下に座るショパンですが、近くで見ると、ものすごい迫力です。
(2010年8月24日撮影)










←オランダ、クレラーミュラー美術館で。
(2015年12月18日撮影)













音の訓練は、音楽家にとって、なくてはならないものです。
それも、絶対音感としてのド、レ、ミが判別出来るというだけの訓練では不十分です。音楽的な音の「色」「表情」を聴く、「耳の訓練」が大切です。

私は、普段、生徒達に「音を光のように、視覚的にとらえて、その光が、空間で弧を描いているように聴くように」。と話して聞かせています。

音は、月の青白い光のように美しく、静寂の中から、浮かび上がるような、宝箱から、キラキラした宝石がこぼれ出てくるようなイメージです。

演奏する前に、頭の中で、その音楽をどう聴いているかによって、イメージした音を出すのにふさわしい、指の発音動作が、決まってきます。

何も考えなしに、音を突然出す事は、よくありません。「どんな音色で出そうか?」じっくり考えることが肝心です。
考えるのは、音を出してからという人も多いです。しかし、それでは、間に合いません。ピアノの音は、出す前が肝心なのです。
はっきり言ってしまえば、弾いていないところ、音のないところに既にあるものが、「音楽」なのです。外にあるものでなくて、心の内面にあるものです。

心の奥底から音が生まれて、又、心の奥底に辿り着く・・・。

音が、空間に浮かび上がったときの頂点、落下点、減衰する音、つまり、音の立ち上がりから終わりまでを聴く集中した耳の訓練、音の中身を聴く訓練は、画家が、どんな色で、この部分を描こうかとまず、頭の中で、創造してから、色を混ぜていくプロセスに似ています。

音楽家を目指す人は、どんなに幼くても、まず、音の色、音の表情を聴ける耳の訓練がとても必要なのです。


令和2年7月12日(日)G級今年は動画審査

PTNAのコンクールのG級の一次予選の結果発表があり、明和高校2年生の生徒さんが、優秀賞で、通過したと喜びの報告がありました。

今年は、動画審査だったため、そのためにスタジオを借り切って、録画したそうで、とても大変だったそうですが、よく頑張られましたね!

おめでとうございます!


令和2年7月10日(金)知らぬが仏

例年なら、今の時期、PTNAのコンクールの審査で、あちこちへ、移動するのですが、今年は、課題曲チャレンジで、参加者の皆さんの演奏を動画で、見せて頂き、私の家のパソコンで、コメントを書きました。

特級の動画も丁度今、配信されているので、見ています。幼稚園生の時の子が、えっ、こんなに大きくなって・・・と自分の生徒でなくても知っているお名前がちらほらありました。いずれにしても、最近のお若い方達は、本当にすごいです。

私達の時代は、ピアノだけに専念していればよかったけれど、今の人達は、こういった、コンピューター関係、楽器も1つだけでなく、2つも3つもやっていたり、バレエ、水泳、お習字、英語、実験教室、サッカー、野球、などのスポーツも・・・・
わあ~頭が壊れそう・・・(笑)今の時代に生まれてこなくて良かった‥‥とつくづく思ったり・・。


私の恩師の(故)田中希代子先生は、私を見て、「貴女達の時代は、可哀想ね。コンクール、コンクールって競争ばっかりで。
音楽ってオリンピックの競技とは違うのよ。身体を壊したら、何もならないよ」。といつもおっしゃっていました。

私は、希代子先生こそ、船で1ヶ月もかかってフランスに留学して、着いたときは、「気胸」という肺に穴が空く病気になられたり、30代頃から、
膠原病で手も足も動かなくなって、車椅子になられて、第一線でご活躍されていた国際的ピアニストでいらした先生だけに、全く、ピアノが弾けなくなってしまう身体になってしまうなんて、本当にお辛かったと思います。
しかし、そういう体験を持っていらっしゃるだけに、希代子先生は、私の身体をいつも心配して下さいました。

今のお若い方達が、大変だと思うのは、YouTubeなどで、あまりにも多すぎる演奏を見て、こんな風に弾けない、どうせ、自分が続けていても無駄だとか思ってしまわないかということが、一番可哀想だと思ったりします。

色んな演奏が聴けて勿論、勉強になることもありますが、一方でやる気を失うもとになったりもするのでは・・・・

「知らぬが仏」で、情熱を持って続けていけることもありますから・・・。


情熱を傾けられる時って、やはり、その世界の事をよく知らないときに一番頑張れるんじゃないかな・・・

大変な時代を生き抜いているお若い学生さん達を応援しています。


























令和2年7月8日(水)幼い時に目にしたもの、耳にしたものは、一生の財産になる


←スイス、チューリッヒの夜景の絵葉書。ウィーン国立音大の修士を終えて、日本に帰る前に、両親への感謝の思いを込めて、一緒に行った心に残る場所です。

(1998年7月1日~5日)










←チューリッヒには、フラウミュンスターという聖母教会があります。
その中に、シャガールが描いたステンドグラスがあり、ひときわ鮮やかなブルーが忘れられない美しさでした。これは、その場所で買った絵葉書です。





















7月に入りましたが、椙山の学生さん達だけは、まだ、ズームでレッスンしています。
今日のズームでのレッスンは、音が途切れて、まるきり固まって動かなくなってしまいました。すぐ直りましたが、直ったと思ったと同時に、私に、
しゃっくりがついて、話すたびに「ウイッ」酔っ払いみたいになって恥ずかしかったです・・・。

学生の皆さん、気づいたかな?今日は、やけに先生の言葉が途切れるな~と不思議そうに画面を見つめていたみたい。

ちなみに、ドイツ語でしゃっくりは、「hicksen(ヒックセン)」と言います。

私がウィーンでの留学生だった時、レッスン中にクシャミが出ると、ケラー先生は、
必ず私に「Gesundheit!(ゲズンドゥハイト!)お大事に!」と弾いている途中でも言って下さいます。

「Gute Besserung!(グーテ ベッセルンク)」も「お大事に」という意味ですが、クシャミをした後のお大事に、とは又、違ったニュアンスなので、これが、生きた、外国語の学習であり、机の上で、単語を丸覚えしただけの勉強とは違う、生きた勉強だと思います。

ピアノレッスンも生きたレッスンが大事です。私が、小学3年生の時、通っていたソルフエージュの先生のお宅には、シャガールの絵画が飾ってあり、私は、いつもそれが気に入ってじっと眺めていました。

私のレッスン室前には、沢山のヨーロッパの写真や、絵画や、絵葉書などを飾ってあるのですが、どの生徒達も、食い入るように見つめています。
私が、小学3年生で、シャガールの絵を知って、実際にチューリッヒに行ったときに、見たときは、感激しました。私の生徒達も、きっと将来、実際にその現場に行ってみて、これ、幼い頃、先生の家で見た写真と同じ風景だな・・・そんな風に自然に影響されて、この子達が大人になったときに、ピアノの技術を教えているだけでなく、人の道や、人の心、その他の音楽だけでない幅広い芸術の点と点がつながっていき、いつかきっと花が咲く・・・・そんな風に私は、1人1人の生徒達の心の中に良い種を沢山蒔いているつもりです。その種がいつかきっと大きく花咲くときが来る、
私は、そう信じています。


令和2年7月7日(火)1つのまとまりとして読む


←ザルツブルグ、ミラベル庭園。
ザルツブルグは、大抵、厚い雲に覆われていますが、珍しく晴れています。

(上下共に2008年8月23日撮影)










←ザルツブルグの大聖堂の中で。モーツァルトが演奏したお部屋もあります。
ハイドンや、モーツァルトなどは、こういうお部屋で弾いていると思ってね、と生徒達に写真を見せながら、よく話して聞かせるのですが、写真や、インターネットでは、伝わりにくいです。

床を踏んだ時のギシギシする音や、自分が話すと、周りに反響して響く声、天井の高さ、閉塞感のない空気感・・・これは、言葉では、説明しがたい音楽と同じです。








譜読みのコツってありますか?とよく質問を受けます。
簡単に言うと、「音符をまとまりで見る」と読みやすいと思います。

言葉でも、「腰掛ける」という言葉を、私達は、そのまま、1つのまとまりとしてごく自然に、話しています。「腰」と「掛ける」の単語の意味を辞書で1つ1つ調べ、2つの意味を合わせても、「腰掛ける」という意味にはなりません。

又、「~を腰掛ける」とか、「~から腰掛ける」とは、どんな子供でもそのようには、話しません。

「~に腰掛ける」というまとまりで、1つの意味を成すという風にごく自然に、言葉を学習していきます。
すごく譜読みに苦労される方は、このように1つ1つを見過ぎている状態になってしまい、先へなかなか進めない「音符の渋滞」になっていきます。

そのうえ、「こ・し・か・け・る」という風に1つ1つ読んでいくので、尚更、意味がわからなくなっていきます。

椅子に腰掛ける、というのが1つの自然なまとまりとして、とらえていくように、音符も1つのまとまりで見ていくと、読みやすくなります。


令和2年7月2日(木)ウィーン留学時代の日記(24歳)から・・・ 23歳当時のユースホステル


←ベルヒテスガーデンのユースホステルで、23歳当時の私。

寝転がったときに星が見える斜めになっている天窓が私のお気に入りです。

(1995年6月28日撮影)









←ウィーンには、エキスタという若い学生向けの旅行会社があり、ここで電車のチケットや、ホテルなど予約していくと安く買えるというので、よく利用しました。
現在も、あるのかしら・・

右は、ユースホステルの規約が書かれた青い冊子。









←26歳以下なら、とても安く泊まれる若い留学生の味方、ユースホステル。

行った先々の場所で、スタンプが押せます。

25年も前のスタンプなのに、結構鮮明に見えます。



















1996年6月26日 24歳当時のウィーン日記から・・・

今日からウィーン国立音大の入試が始まった。私の友人は、夜7時くらいに弾いた。

友人が弾くまでずっと手を握っていてあげた。友人のお母様もとても緊張していた。

バッハ平均律1巻21番、ハイドンEs-durソナタ、ショパンスケルツォ、リスト小人の踊りを弾いていたが、とても綺麗に一生懸命弾いていた。

私は、まるで、自分が弾くときのように緊張していた。

どうぞ受かりますように・・・終わって、友人のママと3人でピザを頂いた。受かるといいな。