平成23年12月30日(金)北東ドイツ(その4)

リューベック音大も見ましたが、以外と小さな建物でした。

ハンブルクは今も昔も大都会ですが、港町で、ブラームスがよく酒場でピアノを弾くバイトを幼い頃からしていたというのを聞いて、昔の人はつくづく大変だったと思いました。

ポツダムにある
サンスーシー宮殿の音楽の間では、バッハの息子のカール・フィリップ・エマニュエル・バッハが弾いたというハンマークラヴィアが置いてあり、その横には、この宮殿を建てたフリードリッヒ大王が吹いたといわれる、フルートがあり、こういうところでの響きはさぞや、美しい響きで聴こえただろうなと思いました。

ドイツの音大は、今現在は変わったかもしれませんが、私達が留学する頃は、ドイツの中に23校あるうちの、ハノーファー、ケルン、ミュンヘンの3つの音大が非常にレベルが高く、入学するのは至難の業だといわれていました。

ドイツ人は、自分の入りたい音楽大学が有名だからという理由ではなく、就きたい先生がその大学にいるから、その大学を選ぶといいます。
日本では、まだやはり、学校の名前で、自分の志望校を決めている感じがありますね。

あと、ライプツイッヒのバッハ博物館で、子ども達が作ったと言うバッハの像がありました。
その像の
バッハのもじゃもじゃの髪の毛は何とトイレットペーパー!!アイデアが素晴らしいと思いました。

さて、まだまだ書き足りない事は沢山あるのですが、今日で、今年最後の生徒達とのレッスンが終わりました。

ドイツから帰ってすぐに年賀状を書いたりバタバタしている間にあっという間に今年も終わりを迎えようとしています。

今年も私を支えて下さる沢山の方々のおかげで、本当に楽しい、充実した一年でありました。

毎日の生徒達とのレッスンの楽しい時間、そして、自分のリサイタル、最後は、ドイツ語がさび付かないよう、ドイツに勉強に行って、ドイツ語を久しぶりに使う事ができ、今年も最高の一年となりました。

又、更にもっと難解なドイツ語も理解できるようになりたい、又、ライプツィッヒを訪れて、私が4年間住んだ、ウイーンの音楽の都とは又違うドイツの音楽の都を訪れる事が出来たのは、大きな収穫でした。

今後もドイツ音楽、バッハやメンデルスゾーン、シューマンの研究をもっと深くしていきたいというモチベーションをさらに高める事が出来ました。

来年は次から次へと長年育ててきた音楽高校、音楽大学の受験生ラッシュです。

辛い事ばかり考えるのではなく、常に明るい未来像を思い描いて下さいね。

そうすることで必ず運が向いてきますから、皆さんも幸せな良いお年をお迎えください。


平成23年12月29日(木)北東ドイツ(その3)

私が日本に帰ってきてから、生徒達がどの子もドイツの話が聞きたい、とレッスンノートに書いているので、日記に出来るだけ書いていこうと思います。

小学生の生徒達もバッハが大好き、カンタータを聴いています、とか、ドイツのクリスマスに興味があります、とか、色んなことを思って書いてくれています。

又、先日は、中学生の子にウェーバーが活躍したドレスデンのお話をすると、とても興味深そうに聞き入っていました。

そういったまず、興味を持つというところから、本当の意味で勉強したい、ピアノを一生懸命学んでいきたいという意欲がわくようになると思うので、私の体験を生徒達に伝えていく事はとても大切だと実感しています。

なぜ、自分はピアノを弾いているのか?

私のそもそも留学したいと思ったきっかけは、4,5歳の頃よく読んでいた、グリム童話。

その中に私が今回訪れたハーメルンの笛吹き男の話や、ブレーメンの音楽隊など、その文章は勿論の事、ヨーロッパの典型的な木組みの家や日本にはない、お城や宮殿、そういった挿絵に心を奪われて1日中本にかじりつくような子供でした。

又、その頃はやっていたのが、アルプスの少女ハイジ。

私の給食袋からコップから何もかもハイジの世界に取り囲まれていたのです。(笑い)

そこで、その国では何語が話されているのかという興味に変わっていき、もう少したってから、そういうおとぎ話の世界が描かれている国はどうもドイツ語らしいということがわかってきました。

そこで、音楽高校に入るやいなや、真っ先にドイツ語をとって必死で勉強するようになりました。

ドイツ語が話せれば、それを話しているドイツやオーストリア、スイスに行ける!!そしてヨーロッパで住むには音楽大学に合格しなければ住めないということもわかり、ピアノにもより熱が入るようになっていきました。
↑ブレーメンの音楽隊
子供が考えている単純な夢といえば、夢ですが、やはり馬鹿には出来ません。

夢を持っていると、実現しますからね。

だから、私は子供達の夢は出来るだけ大切にしてあげたいと思っています。

私の場合も単純にグリム童話、ハイジ、そういう世界を知るにはピアノを一生懸命練習してドイツに行こう!!なんて思いでここまで来てしまいましたから、本当に憧れとか、夢っていうのは大事だとつくづく思っています。

私がヨーロッパの中で、ドイツやオーストリアが一番好きな理由はやはり、使われている言語のドイツ語が大好きだからというのも一つの理由です。

2年前行ったフランスでは、全くドイツ語は通じませんし、ポーランドでもあまり通じません。

しかし、今回訪れたドイツなら確実に通じる。

地元の人とお話できてコミュニケーションとれるということは何にもまして、その国を愛せるようになる一つの条件になるのだと思います。

それは母国語である日本語でもよくわかります。

生徒達も私とお話出来るようになってくると、ピアノレッスンだけでなくて、コミュニケーションの面白さを体感できるようになってきて、レッスン自体が楽しいと感じるようになってくる、
そして、お話すると、その人に興味がわくようになってきて、結果的にピアノも楽しいなと感じられるようになります。
↑ハーメルンの笛吹き男
だから、体験するということはとても大切。

私は、自分が職業柄あちこちで学生達に講義をしたり、お話したりする機会が多く、常に勉強していなくてはならない立場にあります。

ヨーロッパはとにかく遠いですし、仕事も忙しくて、一年に1度くらいしか行けませんが、今後も出来るだけ訪れて、私の体験を生徒の皆さんに提供していければいいなと思っています。

そして、私の話が生徒達に少しでも興味を持ってもらえて、私もピアノを一生懸命練習してヨーロッパに行きたい!!そんな風に思ってもらえたら、そして実現できるまで、ピアノの道を歩み続けてもらえればこんなに嬉しい事はありません。

次回へ続く


平成23年12月28日(水)北東ドイツ(その2)

東ドイツの方では、1枚の絵を見るだけでも勝手に写真をとってはいけないところや、料金がかかるところが多かったりします。

しかし、それだけで文化遺産を大切にしている証拠だと感じました。
芸術を仕事にしている人達が生み出した芸術作品に対して、敬意を払い、きちんと料金を支払う制度はさすがに文化の高いお国柄といえます。

あと、ドイツの首都であるベルリンもとても心に残りました

東西ドイツが統一してから、もうかれこれ、20年以上がたちますが、私が日本にいた学生のとき、大騒ぎで壁をこわしていた映像は記憶に新しいです。

ベルリンの壁、イーストサイドギャラリーには世界中のアーティストの絵がずらり、又チェックポイントチャーリーの検問所や、ベルリンの壁博物館など、東から西へ逃げようとしてつかまり殺された様子など、当時の様子を写真や映像で詳しく見ることが出来ました。

昨年の夏訪れた、ポーランドのアウシュビッツ強制収容所と同様、過去の過ちを2度と繰り返さないためにも、これからの世代を担う若い人達に是非見てもらいたい場所です。

私が留学した頃の1994年頃はまだ、ポーランドやベルリンなどヨーロッパの東側は経済状態も悪く大変に治安が悪いから、住みにくく、そういう国には留学しない方が良いとピアノの先生方、先輩から幾度となくいわれ続け、何となく避けてきた国でしたが、今や東側も西側と変わらないほど、立派になっているなあという印象を受けました。
↑ベルリンの壁、以外と薄かったイーストサイドギャラリー
↓ベルリンの象徴、ブランデンブルク門


常に世は移り変わり、今やドイツで一番活気のあるホットな場所が正にベルリンですね。
ベルリンフィルハーモニーも金色に輝いてとても立派でした。

日本人に特に人気のあるロマンチック街道沿いの南部のミュンヘンやローテンブルク、ノイシュバンシュタイン城等は、昔から行きやすい場所でしたが、今回初めて訪れた、ドレスデンやライプツィッヒなどは、一昔前は、大変に行きにくい場所であったわけです。

しかし、壁がこわれたために私達も自由に東側へ入ることができるようになり、つくづく過去の人達の上に幸せな現代の私達の生活があるのだなあと心から感謝するばかりでした。

本当のドイツを良く知るには、北や東が一番ドイツらしく、中世の古都がそのまま残っており、古い遺産が沢山保存されている場所でもあるので、今回本当に訪れて良かったなあと思いました。

次回へ続く


平成23年12月27日(火)北東ドイツ(その1)

皆さん、お久しぶりです。ドイツから帰ってきました。

今日から早速生徒達とのレッスンが始まり、1人1人の生徒達の元気な姿を見られるのがとても楽しみです。

ドイツ滞在中は、今年は暖かかったようで、雪も全く降らず、平均気温は2度くらい。
ドイツはお部屋の暖房がバッチリなので、むしろ名古屋の方が寒く感じます。

今回訪れた場所は、北東ドイツでした。

ハノーファー、ハーメルン、ブレーメン、リューベック、ハンブルク、ベルリン、ポツダム、ライプツィッヒ、ドレスデン、その中でも、やはり、心に残った街は、ライプツィッヒとドレスデンです。

↓ドレスデン フラウエン教会


ライプツィッヒはバッハが約30年間過ごし、オルガン奏者として働いていた聖トーマス教会があり、バッハが弾いていたというオルガンもありました。

↓聖トーマス教会前のバッハ

祭壇前には、バッハが眠っている立派なお墓があります。
バッハ博物館は体験出来る博物館。バッハ一族が使っていた金庫も残っており、随分大きくて立派なものでした。又、バッハの書いた自筆譜も沢山あり、とても興味深かったです。遠い海を越えてバッハが生まれたドイツで、受験生達が必死で練習している、平均律を聴くと何だかすごく懐かしく美しく聴こえます。

家系図があるのですが、これがすごい。バッハの父もその前のおじいさんもその前も・・・・・というように代々受け継がれてきた音楽家の血筋は、日本の歌舞伎俳優みたいに、代々受け継がれてきたのだなあと感動。
音楽家のDNAがずっとあるわけだから、当然なるべくしてなった音楽家なんだなあと改めて思いました。

 
  聖トーマス教会の中では、神聖なオルガンの響きが聴こえ、300年近くも前からこういった崇高な響きを幼い頃から、常に耳にしている国の人々には、到底、かなわない世界だとヨーロッパを訪れるたび強く感じます。

ドレスデンは私がウィーンに住んでいた頃、訪れたチェコのプラハに良く似た街でした。

ツヴィンガー宮殿のアルテマイスター美術館にあるラファエロが描いた「システィーナのマドンナ」に強く心惹かれました。
深緑のカーテンをくぐり抜けると、思わず、ため息が出る神々しさ、美しさ。

又、リオタールの「チョコレートの少女」そして、フェルメールの「窓辺で手紙を読む少女」も素晴らしかったです。
「チョコレートの少女」は、世界で一番美しいといわれるパステル画だそうですが、エプロンの生地とその下のサテンのドレスの生地の違いは見事で、ピアノの音作りにつくづく似ていると思いました。

私はよく生徒達に「遠近感」「色のパレット」「表と裏」の音色の違いの話をします。

それと同じで、偉大な画家はどこまでも、多彩な表現を追求していったのだなあと感じました。

音楽も美術も現実にはない、人間の憧れ、夢、願望の世界を描くことこそが、「芸術の本質」であり、人間が常に追い求めてやまない世界なんだと思います。

そういう意味で、ヨーロッパを訪れるたび常に感じるのが、「神々しい」という言葉。

ピアノ演奏には、「神々しさ」「気高い精神」が宿っていなくてはならないからです。

又、チョコレートの少女」はその頃チョコレートは熱くして飲むものだったそうですが、ショパンもホットチョコレートをよく飲んでいたと言う事を思い出して、絵っていいなあ、と思いました。

ピアノと同じで色々と見る人に自由に想像力を与えてくれます。

あと、有名な絵ではないですが、個人的には、クラヴィコードを弾いている女性の絵がとても気に入りました。

なぜかといえば、その女性の頭の上には、天使の輪が、輝いていたからです。実際そんな輪は見えないはずだけれど、その絵を描いた人の心の目には、演奏する女性が聖母マリア様のような天使の輪が光って見えたのでしょう。

描いた人の心の中に宿っている「神々しさ」「気高い精神」が私の心にもまっすぐ訴えかけてきました。

文化遺産、芸術の宝庫であるヨーロッパを訪れるたび強く感じることは、音楽家も画家も彫刻家もいわゆるアートを職業にしている人達のことを国はとても大切にしているなあという印象です。

次回へ続く


平成23年12月15日(木)ドイツ研修へ・・・

今日で、レッスンを終え、これから、ドイツ研修の準備をしなくてはと思っているところです。

今年は、リサイタルを控えていたので、夏にヨーロッパに行けなかったので、今回は冬という事に・・・・。

留学中住んでいたウイーンから近いドイツはいつも、南部のバイエルン地方の、ロマンテイック街道や、アルペン街道のいわゆる皆さんが思い起こすドイツの赤い屋根の木組みの家、のような所ばかり留学中何回か訪れていたので、今回は北や東の方に勉強に行きます。

今回研究に訪れたいのは、ライプツイッヒにあるバッハが30年過ごした、聖トーマス教会。

バッハが弾いていたオルガンや、博物館なども訪れます。

何といってもバッハは私にとって神様のような存在。

さまざまな曲を弾いていても最終的には、バッハを弾くと本当に心が浄化されて安らぎます。

又、私の大好きなシューマンやメンデルスゾーンなども活躍したライプツイッヒですから、文化の薫り高い空気を肌で感じるつもりです。

ハンブルクはブラームスが生まれた場所、ドレスデンは、ショパンが恋人にプロポーズした場所・・・・。

本で読むだけでは、絶対にわからないその土地の空気感。音楽には空気感がものすごく大切です。

今、現在のドイツの最高気温は3度、しかも午後3時半には暗くなってしまいます。

電気は暗いし、すごく物寂しいのですが、その気分が本当にどよーんと暗くなってしまうそういう感じも私は大好きなのです。本当のヨーロッパの空気感を味わうためには、暗くてものすごく寒い冬が一番ヨーロッパらしいからです。

憂鬱とか、憂愁とか言う言葉がピッタリくる、シューマンやブラームス。

ああ、これぞドイツ音楽、と思わせてくれるような、沈んだ感じを充分身体にしみ込ませてこようと思います。

又、皆さんに帰国してお会いできることを楽しみにしています。


平成23年12月8日(木)聴くことを好きになって

ピアノが上手くなりたい、そう願う学習者の皆さんは多いと思います。

ピアノは毎日の練習が必要不可欠なことは既に皆さんわかっていると思います。
しかし、それ以上に大切な事があります。それは、他の人の演奏を良く聴く、といったことです。
私のところに来る生徒さん達もそういった意味で、レッスンに来る前に、前もって自分が弾く曲のCDを聴いて持ってくる子と全く聴かないで持って来る子とでは、上達度が全く違います。

「ああ、この子はCD聴いていないな」というのはこちらもすぐわかります。
それは、CDを聴いてこない生徒の場合、曲想が全くおかしいということ。
テンポ感や、リズムの取り方、ルバートなど、アゴーギクの取り方、フレーズの歌わせ方全てにおいて、その音楽が持っている常識では、考えられないというような、変てこな音楽にして持って来る子がいます。

勿論、CDを聴いていないという体験のなさとその曲の事を無知だということで、そんな風に弾いてしまうわけですが、1週間に1度の私とのレッスンだけで、その歌わせ方を身につけるには、少なすぎてしまいます。

だから、あとの6日間は出来るだけいろんなCDを聴きなさいね、と全ての生徒に勧めています。

つい先日もなかなか音楽がつかめず、よくなってこない生徒がいたので、CDを良く聴いている?と聴いたらあまり聴いていないようでしたので、聴くように勧めました。それからは随分曲らしくなってきて私もほっとしているところです。

私達は、”さくらさくら”、や、”君が代”など日本の歌はそれがどのようなテンポで、どのような雰囲気で歌われるかという事を誰に教わったわけでもないけれど日本人なら自然に、知っています。

それは、お米が白いものでこんな味がして、という事を体験によって良く知っている事と同じ事なのです。

それも、同じお米なのに、新米は美味しくて、古米は、美味しくないというような味の違いまで、わかっています。
しかし、おいしいお米を食べたことがなかったりすれば、おいしいお米とおいしくないお米の違いもわかるわけはないのです。

自分の身体で体験しなければ、違いを感じる事は出来ません。
演奏もそれと同じ。体験していることが、本物と、偽物を判断する力になっていきます。

だから、音楽を知らないという場合は、その曲に対して無知であり、体験がないということがいえるのです。
そういう人達に何も書いていないバッハの原典版のような楽譜を与えて、自分の頭でよく考えなさい、とか、自分で音楽をつくって持ってきなさいなどと言ったとしても無理な話です。

無からは何も生まれません。無から生まれるとすれば、生まれつき音楽的才能のある持ち主です。
しかし、モーツアルトだって、お父さんは素晴らしいヴァイオリニストで音楽家でしたし、生まれる前から、超一流の音楽に接していたわけですから、
生まれる前から、音楽を生み出す遺伝子はすでに備わっていて音楽を聴いていた、体験があったという事につながるでしょう。

私が生徒達にピアノを練習する時にいつも、良い演奏の理想を持って練習しなさい、とよく言うのは、そういう理由からなのです。

初めて弾く曲のCDも聴かず、良い演奏の理想も持たず自分の指をただわけもなく動かしていても、上達する事はありません。
自分が練習している曲のCDを何枚も比べて聴くと、先程書いたお米の違いみたいな事がよーくわかってきます。
それで、この曲ならこのピアニストがいい、とか判断できるようになってきます。

いろんな演奏を聴いて耳を肥やすのです。それには、良い演奏も悪い演奏も含めて沢山聴いてみなければ、いいかどうかも判断する事は出来ません。
又、無知の初心者の方に多い事ですが、悪い演奏をそのまま、真似てしまう場合は注意が必要です。

例えば、バッハの演奏、グレングールド、素晴らしいピアニストでどの声部も全て聴こえるといった大天才ですが、これをそっくりそのまま、まねて(素晴らしすぎて、まねなど絶対に出来ないけれど)、コンクールなり、受験なり受けたとしたら、間違いなく落とされるのは確実。

演奏する人の頭脳の中から出てきた本物なら、天才!!として、勿論受け入れられますが、その人の頭脳からは出されていない、表面だけまねしたのもすぐわかってしまうので、そういう演奏はよくありません。

したがって学生さんにとって良いピアニストの演奏、ピアニストが聴いて良いピアニストの演奏という違いもあります。

初心者の方がここまでの文章を読まれると、さらに頭が混乱してわからなくなったかもしれません。

しかし、何事も本物か偽物か見分けるには長い長い体験が必要だと言う事も、よくおわかり頂けたと思います。


平成23年12月4日(日)10周年記念の門下生コンサートのチラシが出来上がって

今日早速、今年の幹事さんがチラシを作成してわざわざ持って来て下さいました。


何ともスピーディな仕上がり!!綺麗に編集していただいて嬉しいやら、驚くやら、本当に幹事さんの皆様には感謝しております。
午前中、お昼間の生徒さんには、間に合いませんでしたが、夕方以降の生徒さんからお配りしています。

又、保護者の皆様には、お近くのホールへ持って行って下さるようにお願いすると思いますが、よろしくお願い致します。

又、今日は、小学2年生の生徒がベーテンコンクールで金賞、同じく小学1年生の生徒が銀賞を頂き、ヨーロッパ国際コンクールインジャパンの全国大会で、中学2年生が銀賞を受賞しました。

皆さん、おめでとうございました。


平成23年12月1日(木)愛は育むもの

あっという間に今年も最後の月となりました。本当に月日がたつのは早いなあ、そして普段の日常は変わらないようでいて確実に移り変わることを感じます。
私の大好きだったポチたまのだいすけくん(BSジャパン)が亡くなったことを昨日知り、涙、涙・・・・。嫌な番組も多い中、唯一安心して見られる笑いと暖かい気持ちをもらえる番組だったので、本当に淋しいし、悲しいです。言葉になりません・・・・・・。私達を暖かくしてくれるため、必死で働いてくれた、だいすけくんのご冥福を心からお祈りします。誰かの存在というのはそれだけであったかいのだけど、私にとって、だいすけくんは暖かい光の一つでした。

ところで、来年の10周年記念門下生コンサートのプログラムの原稿を整理しました。

1人1人の学年や演奏する曲目を一つ一つ慣れないタイプで打っていきます。ピアノと違ってタイプライターは難しい!!(笑い)
しかし、打つたびに1人1人の笑顔が浮かんできます。
初めて私に出会った時のこと、お人形さんみたいにちっちゃくて可愛かったあの子がもうこんな大曲を弾けるようになったこと、あんなこともあった、こんなこともあった、いろんな想い出がよみがえります。
1人1人の生徒の存在は正に暖かい光そのもので、今もなお、私を照らし続けてくれています。

今回は、10周年ということで、何と5部まであります。
新しいフレッシュなまだ右も左もわからないような生徒さんも沢山いますし、3、4年たってちょっと、ピアノに慣れてきたかなという子、7年以上、8年、9年たったベテランの生徒も沢山おります。
7年以上たつ子は、私がもう何か言う前に大体の事は予測できるみたいに、お互いの気持ちがわかりあえてきている事にただただ、嬉しく幸せを感じております。

ピアノと一緒で、歴史はとても大切です。
ピアノも3、4年習ったくらいでは、その先生が言わんとする意味も、音楽がどういうことなのかもさっぱりわからないままになってしまいます。
ましてや、愛を育むことすら出来ません。
私がとても嬉しいのは、7年以上続いている子が多く、私と一緒に音楽の世界を築きあげてくることが出来たその長い歴史です。

最近は、世の中の流れが速すぎて自分が好きだと思ったものに飛びついてもあっという間にちがうものに変えたり、飽きて続かなくなってしまったりする傾向のように思えるのですが、歴史が長いと、そう簡単にはやめる事は出来なくなります。

私もそうでした。どんなに辛いときも苦しい時も、いつもピアノを弾いていたから、ピアノにまつわる想い出や、お世話になった先生方のことも、そのどれもが私にとっては貴重な財産です。
年数が経てばたつほど、ピアノにまつわる想い出深いその財産は増えていきます。

だいすけくんも初めは何かおもしろくて愉快だなあと思って見ていたのが、そのうちなくてはならないあったかい存在になってきた・・・・
それが、愛なんだと思います。正に愛は歴史を経て長い時間をかけて育まれるものです。

そのあまりある愛を私に沢山くれた生徒達が長い歴史を経て立派に成長し、ソロ演奏やコンチェルト演奏を披露してくれます。新しい生徒さん達のデビューと共に、今から楽しみでなりません。


平成23年11月25日(金)寒くなって・・・

冬本番という感じになってきました。
今日も本当に寒かったです。先日浜松に行った時に、26度もあり、ステージ衣装の上から何も着なくてもノースリーブのまま1日中うろちょろしておりましたので何だかおかしな気候です。

今日は年に数回ある、講師会議があり、久しぶりに皆さんとお会い出来てとても嬉しかったです。

来年の入試の事が一番のテーマでしたが、その他は、現在の生徒の状況など聞く事が出来ました。

最近の傾向で、コンクールがあまりにも増えすぎて、受けにいくために、学校を休むといったことが、当たり前のような状態になっているとかで、コンクールのためなどで、学校を休まないように先生方から、指導して頂きたいとのお話も聞きました。

私の学生時代を振り返ると小学・中学時代は、やはり、普通の学校だったもので、ピアノの事で、外部に出なくてはならない事が多々あり、何かとお休みしなくてはならない事が多くありましたが、音楽高校に入ってからは、一日も欠席したことはありません。

大学に入ってからも、普通は大学3年くらいになると授業を少なくとれば良いのですが、学生という時代は人生の中で、2度とこない、社会に出たら、勉強する時間も、なくなるのだという強い信念を持っていたので、普通の人の多分倍くらい授業をとっていました。

出来がいいかは別として、学校で、先生から教えて頂く、という体験は卒業すればもう2度とこないわけですから、いつでも、今やらなくてはならない事に専念してこれたことは、幸せだったなあと思います。

だから、よく、「あーあ、もっと若い時にしっかり勉強しておけば良かったなあ」と言われる方がいますが、そういった後悔が現在全くないのは、本当に有難い事だと思っています。

私の意志と共に、私を助けてくれた周りの方々に真っ先に御礼を言いたいといつも感謝しています。

そして、今日のお話では、学生達がもっとたくましくあってほしいという事も話題になっていました。

ピアノ人生を送るには、1に体力、2に体力、というくらい、体力、精神面の他、ものすごく強い意志が必要です。

最近新しく入ってきた、小学3年生の女の子がすごく健康そうで、こんな感じだとちょっとや、そっとで、へこたれたりしないだろうなあというのがすごくよくわかって嬉しくなりました。

やはり、注意しようと思っても、何だか鼻がぐしゅぐしゅ、咳コンコン、と言う感じで、具合悪そうにしていると、可哀相で、こちらも、思い切りレッスンしてその子に要求出来なくなってしまいます。

第一その子自体辛いでしょうし、体力がないと、ピアノも勉強も頭がぼーっとして身がはいりませんから、心身共に健やかであるというのは、勉強やピアノの成績が良い事以上に最も大切な点です。

又、昔から「病は気から」といわれるように、気持ちが弱くなっていると、病気になったりもします。
常に、物事を良い方向、良い方向へ考えて、気持ちを明るく、楽観的に過ごすことが大切ですね。

悲観主義者は気分や感情に振り回される人に多く、楽観主義者は強い意志の力で、物事の良い方面を見ると聞いた事がありますが、正にその通りです。

悲観する事は、すぐにでも出来るけれど、楽観する事はすごく強い意志がいるというのは「病は気から」と同じ事かなと思いました。
寒くなっても、心は暖かく、物事の良いところを見て、いつも楽観的にとらえて行きたいと毎日思っています。
勿論思うだけでなく、実行する事が私の毎日の目標です。


平成23年11月20日(日)YPF課題曲コンサート・浜松アオイ楽器店で

今日も又、浜松でYPFコンサートがあり、演奏、アドヴァイスにいってきました。

日曜日ということもあって、沢山の方々にお集まり頂き、お子様や、ご父兄の方々、ピアノの先生など、皆さんすごく真剣に聴いて下さってとても嬉しかったです。有難うございました!

浜松は、20年以上も前の学生時代に、調律師さんの卵の方ばかりを集められたテクニカルアカデミーホールで、ソロリサイタルをさせて頂いたことや、レッスンやコンクールなどでもちょこちょこ訪れたりしていましたので、想い出深い場所です。
20年ぶりに浜松の駅を見て随分変わったなあ!とびっくりしました。

今日は、事前にリクエスト曲があり、その曲に絞って演奏、アドヴァイスしましたが、本当は全曲演奏したかったです。

しかし、それでなくとも2時間以上越えてしまいますし、スタッフの方々にご迷惑をおかけする事になるので、時間の配分にとても苦労しました。

A、B部門の始めの方をゆっくりやっていると、C、D部門が少なくなってしまうことになりますし、時間が足りないと思うと早口になったり、もっといろんなことをお話したいのに、とてもじゃないけれど、1時間半では、演奏もして、お話も入れて難しいなあとつくづく感じました。

今日は、やはり、ステージという事もあってお客さんとも距離が少しあり、「ご質問ありませんか?」とお聞きした時、皆さん遠慮されているようでした。
ペダルの踏み方がわかりませんとか、音の出し方がわかりませんとか、とにかく何でも意見を言って下さるのが私はとても嬉しいです。

感想を頂けるのはとても嬉しい事なので、私はレストランに入ったりしても、「美味しかったです!」とか、必ず、お店の人に感想を言うように心がけています。

私の母がよく話していたことです。実家の母が(私からすれば、祖母)まだ生きていた頃、色々な食べ物を送ってくれたりしてくれたそうなんですが、
その食べ物が美味しかったのかまずかったのか、届いたのか、いずれにしても何か感想が欲しいとよく言っていた、あげた方は相手がどう感じただろうかとすごく気になるものだから、何かして頂いたら必ず感想をいうようにしないといけないよ、と言われてきました。

皆さんにとても親切にして頂いて本当に嬉しかったです。又、是非浜松を訪れたいと思っています。
皆さん、本番頑張って下さいね。応援していますよ!!

そういえば、昨日、桐朋の高校、大学時代の同級生から、メールを頂きました。

あれから、20年以上もたち、ものすごく懐かしくて嬉しかったです。
彼女とは、高校時代の寮でも同じで、夜中に彼女の部屋におしかけていって、恋の話やファッションの話、ピアノレッスンの話など、夜を徹しておしゃべりしたなあとかつい昨日の事のように思い出されます。

最近、やはり、折り返し地点になったからでしょうか。
妙に昔の学生時代の友人や、お世話になった先生方に会いたくてたまらなくなることがよくあります。

桐朋時代の友人にも会いたいし、ウィーン時代の友人の事もすごく懐かしくてたまりません。
ウィーンで、国際結婚された友人もいますし、お子さんもいらっしゃったり、皆立派にそれぞれの道を歩まれています。

私のブログを楽しみに見て下さっている方達が世界中にいるのかなと思うと、インターネットの力はすごいなと改めて感じます。

丁度私達の年代なら、子育てひと段落されている方が多いと思います。

世界中のどこかで、仲良くさせて頂いた友人の皆様がいつまでも健康で、ご活躍されますように皆様の幸せを心からお祈りいたします。


平成23年11月17日(木)YPF課題曲コンサート

今日は、朝から、鈴鹿の第一楽器で、YPF課題曲全曲コンサートの仕事があり、演奏、そして1曲ごとアドヴァイスをしてきました。

聴いて下さるのは、皆さん、ピアノの先生方ばかり。皆さん、楽譜を持って私が話しをするたびに、深くうなずいて必死で書き込みをされています。
私の演奏や話を、一生懸命聴いて下さる、先生方の熱心さに、感動してしまいました!!こんな熱心な先生方にご指導して頂けるなんて生徒さん達はつくづく幸せだなあと感じました。

チャレンジ部門、A、B、C、D部門全曲弾くと40分以上はかかります。

演奏をするだけでなく、やはり、全ての方々が聞きたい、と思うのは、どうすれば、予選を通過出来るのか、コンクールで、賞をとるには、どうすれば賞に入るのか、そういったことが一番聞きたいことだと思います。

コンクールの本番までの過程も大切だけれど、結果を出すには?そういう具体的なノウハウを演奏を交えながらお話しました。

時間も大幅に延長してしまい、スタッフの皆さんにご迷惑をおかけしたのではないかしらと思いましたが、終演後も皆さん積極的に質問を出して下さいましたし、私がお昼を頂いた後、更に待っていらして、ここはどのように弾くんでしょうか?とか私が弾いたあるパッセージを右でとったり、左でとったりする方法を楽譜に書き込んだり、アゴーギクのつけ方とか、何から何まで、学びたいという熱い想いを頂いて本当に嬉しかったです。

つい先日明和高校にいらして下さった、ブルーノ・リグット先生がロシアで、マスタークラスを開いた時に、聴いて下さった皆さんが、楽譜にペダルの踏み方をリグット先生が踏んでいる通りに一生懸命楽譜に書き込んでいるのを見てリグット先生はすごく緊張したと話されていたのを思い出しました。

音楽っていろいろありだと思うけれど、結局は理屈を超えて、その演奏にパワーがあり、こういう演奏ならどんな審査員も納得出来る!!とか、心に残ったなあ、心に届いたという演奏なら皆さん一同、審査員でなくとも、共感出来ると思います。
その道の専門家でなくても、いいものはいい、わけです。

私は、皆さんが共感出来る演奏のノウハウを出来るだけ生徒達に具体的に伝えるようにしています。

脱力の仕方、ペダルはどういうときに濁って聴こえるのか、踏まなくてもいいところ、踏まなければならないところ、色彩感の出し方・・・・・
とても、2時間や3時間では伝えられないのが残念でしたが、皆さんに「本当に感動しました!!又、是非鈴鹿にいらして下さい!!」と言って頂き、疲れも吹っ飛びました。皆さん、本当に有難うございました!

20日(日)は浜松で、今日と同じように又、全曲コンサートをします。コンクールの賞に選ばれるコツを何でもお教えします。

楽しみにしていて下さい!!。


平成23年11月10日(木)ピアノの魅力

少しずつ寒くなってきました。マンションは気密性が高くいつまでも暑かったので、つい最近まで半そでを着ていましたが、さすがに今日は長袖を初めて着ました。

寒くなると風邪引きさんが多くなってきますので、皆さん気をつけて下さいね。

来週は、2回も遠隔地で、YPF課題曲全曲コンサートをしなくてはならないので、私もしっかり、体調管理に努めています。

昨日は大学生の子達の試験前のリハーサルをした後「みんな、ピアノの魅力って何だと思う?」と聞いてみました。

「自分の思いが自由に表現出来ること」とか、「他の楽器と違って、一度に沢山の音が鳴るから、オーケストラを一人で、合奏しているみたいな感じを味わえる」とか、さまざまな感想を言ってくれました。
その中で、「ピアノの音が一番癒されるなあ」と答えてくれた学生もいました。
その学生に「なぜ、ピアノの音は癒されるのかな?」と尋ねてみました。すると、?の顔をして答えに困っている感じ。

私は、「ピアノの音の魅力は、やはりその消えていく音にあるような気がする。でも消えるというのは、ピアノの欠点でもあるよね?」と話しました。

ピアノの音をポーンと鳴らすと、一瞬音が高く上に上がってすぐ下がってしまいます。
まるで、雪が土にとけていくみたいに降っては消え、降っては消えていきます。

「だから、音はガツガツつかまえて追いかけていくのでなく、消えていく音を慈しむように、懐かしい想いを込めて弾いていこうよ」
と学生達に話しました。

癒されるのは、ピアノの音がすぐ消えるからなんだと思います。

それを一番に生かした作曲家がショパンだと思いますが、減衰していく音にショパンの音楽の世界があります。

私が、生徒達に音の余韻をよく聴きなさいというのもその理由からです。
音そのものより、音が消えていく時、音のないところに、私はすごくピアノの魅力を感じます。


平成23年11月3日(木)美しい心も育った生徒達

今日は、来年の10周年記念門下生コンサートで演奏する生徒達のコンチェルトの合わせを初めてしました。
曲はモーツァルトの20番第1楽章。名曲中の名曲で本当に美しい曲です。

モーツァルトのコンチェルトはやはり、20番以降が素晴らしいですね。
21番も美しいし、23番の2楽章はバレエのソロの振り付けにもなっていて、マラーホフの踊りに大感激。
又、26番の戴冠式は私が昔、愛知文化講堂(今の愛知芸術劇場のコンサートホール)で、中学2年生の時初めてオーケストラと共演した想い出深い曲。

オーケストラが思った以上に重くて重くて、いかに自分勝手に先走って弾いていたかも思い知らされました。

特にモーツァルトは16分音符などの細かい音が多く、勝手に指が走っていったりすると、実際オーケストラとは全く合わなくなってしまうので、それをイメージしながらの練習が必要ですし、スコアを見ながら、ここはオーボエが鳴っているとか、クラリネットが響いているとか研究しておかなくてはなりません。

20番と同様、私が一番好きなのはやはり、27番。

ウィーン国立音大の修士を終了するリサイタル試験で、ケラー先生がセカンドを弾いて下さった曲で、これも、懐かしい曲。

あの美しい2楽章はもうこの世のものとは思えません!!。天使の声を書きとめた作曲家モーツァルト、正にここにありと言った感じで、あの、清らかな清澄さといい、崇高さといい、天国にいってしまう感じがします。

20番はどちらかといえば、ベートーヴェンに近い感じで、深い悲しみを湛えたところが、私は大好きです。

モーツァルトの音楽は走り去る悲しみとよく言われていますが、どんなに曲調が明るくてもどこか悲しい。
それも、ゆっくりしたテンポの中に悲しみがあるのでなく、テンポが速くて、その中で、悲しみを湛えたメロディが全く苦労もなく描けていると言った感じがします。

ベートーヴェンとか、ブラームスとかは何か作曲している時から、血がにじむような生みの苦しみがあるような作曲の仕方に感じるのですが、モーツァルトは何にも苦労せず、メロデイが浮かんでいると思います。
本当の天才というのは、そんな感じなんだろうなーと思います。

今日弾いてくれた2人の生徒達は初めて合わせをしたのですが、とても上手に弾いてくれて感心しました。

私のところで、8年、9年たつような長い門下生達です。
2人ともピアノが好きでたまらないと言った感じ。

本当に成長してくれたことが、嬉しくてたまりません。

もう一つ私がすごく嬉しく思っていることがあります。
幼い頃から、通っている生徒達全てがピアノ演奏だけでなく、「心」が育っていると言う事が私にとって、一番嬉しく、誇りに感じていることです。

ピアノ演奏は心が育たなければ、絶対いい演奏は出来ません。
ましてや、人を感動させるような演奏は絶対出来ないのです。
どの子も「心」が本当に美しく、そのまま、演奏に表れている感じが私は嬉しいです。

どんな職業でも、心が育っていなければ、成功出来ないからです。

愛を感じさせない仕事など考えられません。私は、自分の職業を愛し、生徒1人1人を愛しています。

長年私と共に歩み心も美しく育った門下生達の演奏が今からとても楽しみです。


平成23年11月1日(火)青春時代

今日から11月。新しく入会される生徒さんのお世話や、今月開催予定の課題曲コンサートの準備に追われているうちに、風のように10月は過ぎ去っていきました。

昨日は、高校で、ブルーノ・リグット先生の公開レッスンがありました。
オーディションによって、受講者が3人選ばれて、そのうちの1人が私の生徒でしたので、聴きに行ってきました。
公開レッスンは、全校生徒の前で、きちんと弾かなきゃ、というプレッシャーと先生の指示を皆から見られている前で反応しなければならないので、大変です。
大体レッスンというものは、レッスンを受けている当本人よりも、客観的に聴いている第三者の方が先生のおっしゃる意味がよくわかるものです。

だから、家に帰って子供に「ほらそこ先生がこうおっしゃっていたじゃない、何で直さないの!」とお母様が注意すると、けんかになったりするのはよくあること。

私も学生の時、弾けない母の方が音楽的に理解出来ていて、私は弾く事で精一杯なんだから、そう弾きたいけど指が思うようにいかないの!と反抗することはよくありましたから、聴いているお母様の気持ち、又実際演奏する生徒の気持ち、その両方がよくわかります。

こんな感じー、とピアノを実際弾かない人がイメージすることは簡単ですけれど、実際それをピアノで再現するのは、至難の業ですからね。
個人個人の指の質一つとっても、硬すぎる、柔らかすぎる、指が早く動かない、手の開きが悪いためにオクターブの音がどうしてもはずれてしまう、あるいは、指の動きが良すぎて、勝手に早く回りすぎて、歌にならないために、テンポ感が悪いなどなど。
ピアノの音は肉体から生み出されるので、肉体がもたらす影響力はやはりものすごく大きいです。

昨日の生徒は、リグット先生から随分とお褒めのお言葉を頂戴し、きっと励みになったのではと生徒共々喜んでいます。

私も何十年も前の昔の高校1年生の時、やはり、学内の公開レッスンでシューマンのコンチェルトイ短調の全楽章を見て頂いた時のことを思い出しました。
この曲の美しさにうっとりしてあの時代は体力が何といってもありましたから、夜中じゅう練習して、カラスやスズメが鳴き始める頃、布団に入ったなあ・・・・今から思えばあんな無茶なことは、中学生、高校生位の若い時でなければとても出来ません!

昨日の彼女も夜中の3時頃までずっと練習しているそうです。
ピアノは身体が資本だから、決して身体を壊すほど練習してはいけないけれど、若い時の数年くらいは、それくらいやるとやはり、将来違ってきますね。

それも、義務感でやるのではなく、身体中から溢れてくるエネルギーをピアノの音にぶつけていってほしいです。
音楽をしたい!ピアノで歌いたい!身体が燃え尽きるまで頑張ってみたい!なんかそういう意欲に溢れている年頃ですから、彼女達を見ていると、正に青春を謳歌しているといった感じで意欲満々だった昔の私を思い出してこちらまで嬉しくなってしまいます。

この前来た中学生の子にも話したんですけれど、私が中学生の頃眠る時間がなくて、制服を着たまま毎晩寝ていたようなハチャメチャな生活を送っていたけれど、大丈夫、若いから無理をしても死にはしないわよ、と言ったら、笑っていました。
すごく、励まされたようです。若い皆さん、とにかく、音楽に対して情熱があれば、どんなに大変な時代も乗り越えられますよ。
体力があるっていうのは、本当に素晴らしい時代です。
そういう時代はもう2度と戻ってこないのだと心して頑張って下さいね。