ここと次の国際飯店は人民公園に面した建物。
もとは1926年竣工の保険会社の本社ビルであり、当時はChaina United Apartmentsと呼ばれ、内部でアパートメントハウスが経営されていたそうです。
その後1935年に金門飯店、1958年に華僑飯店と名前を変えます。
80年代のガイドブックを見ると、この華僑飯店は中国人専用ホテルと書かれていますが、現在は金門大酒店という名前で、日本人の宿泊も可能。この間に大きな組織変更があったと思われるのですが… 私の力では調べがつきませんでした。
個人的には、大げさな時計塔が気に入っており、一度、宿泊してみたい場所だなと思いました。
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