epilogue
その日はじわりじわりとやって来た
145、155で車の整備を少しずつ覚え
素人ながら
楽しく車いじりをしていた
そこに
青春時代に熱中した自転車にまたも熱中
ダイエットにもなった
そして
またまた趣味も増えた
バイオリンだ
いまだレポートを書いていないFV8で
ロメパパさんが寝た
モーツアルトの子守唄をたどたどしく弾いた
めちゃ受けた
楽しかった
初めて人前で弾いた時だった
週に何度か練習する
バイオリンは難しい
ぜんぜん上手くならない
子供達も大きくなってきて
155にかける時間は減っていく
確かに他の趣味に力を注いでいたかもしれない
155だけがボクの生活ではないからね
2010年5月5日に開催された第一回鈴鹿8Hエンデューロ春スペシャル
正式名称はコレだったけか?笑
このイベントのアタック240にエントリー
コレは鈴鹿サーキットで240kmを8時間以内に走るイベント
このために4ヶ月間準備してきた
仕事を終えてジムでエアロバイクと筋トレ
土日は山の中を走り回り
体重も絞った
ゴールデンウィークはトゥーランで帰省
愛知に戻って春チャレ240のために買出し、準備
155
なんだか気持ち悪い
違和感たっぷり
そろそろクラッチは整備しないといけない次期だった
タイベルも交換後3万キロ
もうすぐだ
出発直前に嫁様に頼んだ
「なぁ。トゥーラン貸してくれぇ。」
「どないしたん。」
「うーん。なんだか155、不安やねん」
鈴鹿へはトゥーランで行った

アタック240には約200人弱が走り
19位で完走できた
トップからは1時間以上遅れたけれど
招待選手として来ていた
大先輩の飯島さん(BS)、真鍋さん(マトリックス)から40分遅れ程度
大満足だった
(ちなみに真鍋さんは最終的に300kmを走ったそうな・・・)
翌日
会社に出勤して帰路のこと
モクモク・・・
某T自動車会社の技術本館前で煙を吹く
テンショナーのベアリングが固着
その結果エアコンベルトが断裂した
運良く鈴鹿へはトゥーランで行ったのでよかったけど
155で行っていたら・・・
鈴鹿の前日
155がちゃんとボクに
「明日はダメだよ」
そう伝えてくれたんだ
最高だなオマエ!
無事に修理して戻ってきた155
これから整備に掛かる費用を計算してみた
タイベル
タペット
タイヤ
クラッチ
うーん
高額修理ばかりだ
汗
そこから悶々と
修理するか
乗り換えるか
12万キロ走った車に
30万ほどの修理をするのか
1年後にはまた車検がやってくる
すんなり行ってプラス15万くらいか
そこまで修理したら外装も綺麗にしてやりたい
プラス20万くらい?
65万あったら何か買えるんじゃないのか?
少しずつ155もパーツ事情が微妙になってきた
911は欲しい
でも他に乗ってみたい車もある
考えているとドンドン乗り換えの方向に気持ちが揺らぐ
結局は
乗り換えてしまった
155が引き取られていく瞬間
ものすごく後悔した
けど
自分が決めた事

最後の記念写真
購入当時1歳11ヶ月だった駄賃平は小学生2年生
影も形も無かった幸賃は年少さん(3歳)
パパとママはそれ相応
爆

解体業者が取りに来た時
微妙に気持ちが高揚していた
なぜなんだろう

積車に乗せられて
解体業者に引き取られていく後姿は妙に堂々としていた155
オレはオレの使命を果たした
駄賃も自分の使命を果たせ
そう言ってたのかな

155がボクにくれた
たくさんの幸せは残っている
たくさんの友人もいる
たくさんの思い出もある
間違いなく忘れることはない
車自体が持つ
楽しさ、気持ちよさ、実用的なところ
それだけでなく
155に乗る人たちのすばらしさは語っても語りきれない
絶対に
これからも
付き合って行きたいと思う人たち
何よりコレが一番の財産
そういう人たちと出会うきっかけをくれた155

走行距離は120991km。
納車時は27867km
ボクが走ったのは93124km
最高な9万3000kmだった
155に乗り始めた日:2004年6月1日
155を降りた日:2010年7月23日
永久抹消日:2010年7月30日
155、ありがとう
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