想い出のポートレート
「はぁ〜・・・」
大きな鏡の前に座らされ、あっという間にシャツを脱がされると肌を隠すように大きなタオルがかけられた。
そして驚く間もなく整えられた顔・・・早い話が化粧。
「・・・凄い、早い、綺麗。」
鏡に映った自分に顔を寄せてじっと見つめる。
眉も綺麗に整えてくれて、キラキラ光る粉も顔についている。
普段化粧を全くしないあたしとしては、それすらも新鮮だ。
マジマジと鏡を眺めている間に、今度はオバちゃんがブラシとクシを持ってあたしの後ろにやってきたかと思うと、適当にまとめていた髪のゴムを解いて弄り始めた。
「あいたた・・・」
絡まっているのか微妙に引きつる頭に声を上げながらも、言葉が通じないあたしは相手に身を任せて大人しくしているしかない。
「ほ、本気なのかな・・・?」
ことの始まりは数時間前。
いつものように夕飯の献立を八戒と考えながら町へ買い物に来た時、人の良さそうなおじさんが八戒に声をかけてきた。
「あぁ、いつもお世話になっています。」
そんな風に八戒がおじさんと話し始めたので、何となく手持ち無沙汰になったあたしは側の壁に寄り掛かりながらボーっと空を眺めていた。
いい天気だなぁ、青空見るの久し振り・・・なんていう風に、空を流れる雲を眺めていたら不意に肩を叩かれて振り返ると八戒が笑みを浮かべていた。
「、今日ちょっと夕飯遅くなっても大丈夫ですか?」
「うん、あたしは全然構わないよ。」
ご飯を作るのは主に八戒で、あたしはその手伝いだもん。
それに八戒が本気を出せば夕飯なんて有り合わせでも30分あれば出来ちゃうし、それくらいなら悟浄も待ってくれるでしょ。
「じゃぁちょっと付き合って貰えますか?」
「いいよ。」
何処かのお店に寄り道するんだと思って頷いたあたしの肩を抱き寄せると、八戒はそりゃもう綺麗な笑顔で目の前にいたおじさんにキッパリこう言った。
「彼女が相手なら、お引き受けしますよ。」
「は?」
――― 一体あたしが何の相手をするって!?
けれどその疑問を解消する前に、あたしは八戒とおじさんに引きずられるまま一件の店に連れて来られてしまった。
引き摺られるままに連れて来られた場所は小さな写真屋さん。
店の外にはここで撮ったと思われる人々の写真が飾られている。
家族写真だったり、赤ちゃんの写真だったり・・・この辺あたしの世界と同じだなぁと思いながら見ていたら、その隣に黄ばんだ結婚写真が一枚あった。
「・・・何でこれだけ古いの?」
「この町に結婚式場が無くなってもう随分経つんだそうです。だからこういった写真を飾ろうとしても誰も写真を撮りに来ないそうなんですよ。」
「へぇ〜・・・他の写真は何だか凄く温かい感じがするのに、残念だね。」
「そうですね。」
そんな話をしながら八戒が店の扉を開けてくれたので、遠慮なく中に足を進めたあたしの目に飛び込んできたのは・・・真っ白なウェディングドレス。
「うわぁ〜・・・」
「綺麗ですね。」
「うん。」
まるでその服に魅入られたかのようにじっと見つめ、後ろから前から横からとぐるぐる回りながらそのドレスを見つめた。
いいなぁ、綺麗だなぁ・・・やっぱりこういうドレス、一度は着てみたいよね。
ちょうど鏡が側にあったからドレスの隣に並んで自分を映してみた。
ひょっとしてこれサイズちょうどいいんじゃない?
でも身長が足りないか・・・あ、でも高いヒール履けば問題ないかも。
自分が着るわけでもないのに真剣にそんな事を考えていたあたしの名を八戒が呼んだ。
「?」
「あ、あぁゴメン八戒。」
「よっぽど気に入ったみたいですね、そのドレス。」
「うん!だってやっぱり女に生まれたからにはウェディングドレスには憧れるから・・・」
「・・・着てみますか?」
「え?」
にっこり笑顔でドレスを指差され、一瞬耳を疑った。
「今、何て?」
「このドレス、さえ良ければ着てみませんか?勿論、キチンとメイクもして。」
――― 夢?
いやいや既に桃源郷に来て八戒にウェディングドレスを勧められるって事自体が夢みたいなもんだ。
ペシペシと頬を叩いて意識を元に戻すと、八戒は続けてこう言った。
「相手が僕じゃ不満かもしれませんが、一緒にモデルになってもらえませんか?」
「・・・はぁ?」
そのまま八戒のあの眩しい笑顔とウェディングドレスの魔力に引っかかったあたしは、こうして店の中で色々されているのである。
そしてついに、飾られていたドレスに袖を通す時間が来た。
真っ白なドレスは意外に胸元が大きく開いていて、ちょっと屈むと谷間が見えそうになる。
・・・まぁコルセットで体のラインを整えてあるから、綺麗に谷間も出来てるんだけどってのは乙女の秘密。
胸元を中心として肩と腕の付け根の部分に向かって、綺麗なレースが伸びていてそれが肩に引っかかるような感じだ。
胴回りは手触りのいいサテンの生地でくるりと覆っていて、肩にかかっているのと同じレースがサテン生地の上を覆っている。
ちなみに後ろはどうなってるかと言うと、背中の真ん中までV字のように大きく開いている。
「うわっ・・・結構露出多い。」
真夏でキャミソールを着るくらいしか露出しないあたしとしてはかなり恥ずかしいけど、頭からベールをかぶってしまえば背中が大きく開いているのも気にならない。
腰の下から広がるドレスの裾、正面は至ってシンプルだけど後ろの部分からフワリとレースが広がっていて綺麗に床に波打っているのがこのドレスの特徴なのかな。
ベールがショートなのはドレスの裾の広がりを綺麗に見せるため、らしい。
ひとつひとつにあたしが感動している間にベールがつけられ、更にその上にはお姫様がつけるような可愛らしいティアラが頭に乗せられた。
胸元には大きめの宝石がついた真珠のネックレス。
耳には同じ真珠を使ったイヤリングをつけ、最後に白い花で作られたブーケを持って完成。
「・・・」
――― 言葉が、出ない。
いつかあたしがお嫁に行く時には着てみたい、と思っていたドレスを身に着けて鏡の前に立っている。
ゆっくり立ち上がり、長いドレスの裾を僅かにつまみゆっくり後ろを見ると、普段の自分とは思えないセクシーな後姿。
「うわ・・・」
着るのを手伝ってくれたオバちゃんも満足そうに頷いてくれてる。
結婚式の花嫁さんが綺麗なの・・・分かる気がする。
大好きな人の為に、この日の為だけに真っ白なドレスに袖を通すんだもんね。
別にあたしが結婚するわけでもないのに、何故か胸が熱くなって涙が零れそうになった。
・・・馬鹿だ、あたし。
苦笑しながらオバちゃんが差し出してくれたティッシュで目元をそっと押さえると、コンコンと扉が叩かれた。
誰だろう、と思って扉が開くのを待っていると、そこから現れたのは真っ白なタキシードに身を包んだ・・・
「・・・八戒」
驚いて思わず手に持っていたブーケを落としてしまったけど、それを拾うのも忘れて八戒をじっと見つめる。
いつもかけているメガネを外して、モノクルもつけていない素顔の八戒。
微かに微笑む八戒の姿は本当に本当にほんっとうにカッコよくて・・・今にも心臓が止まりそうだ。
「何だか・・・照れますね。」
気を利かせてくれたのか、それとも他の準備があるのか分からないけど、いつの間にか部屋の中にはあたしと八戒しかいなくなっていて、急に心臓の音がいつもの何倍も大きく聞こえてきた。
なっ何照れてんのあたし!
別に本当に結婚式あげるわけじゃないのに!!
とは言え、大好きな八戒のタキシード姿を目の前にして落ち着けるはずも無く、名前を呼ぶ声も微かに震えてしまいそうだ。
そんなあたしの緊張を感じ取ったのか、八戒が床に落ちていたブーケを拾うとあたしの前に差し出して優しく微笑んでくれた。
「良くお似合いですよ。」
「あ、ありが・・・と。」
「まさか僕が新郎の格好をする日が来るとは思いませんでしたよ。」
苦笑しながら頬をかく姿すら、まるで一枚の絵のようだ。
窓から差し込む日に輝く八戒は、普段とはまた違う魅力を見せている。
ふと穏やかな笑みを浮かべていた八戒が真剣な表情を見せたかと思うと、少し低めの声で名前を呼ばれた。
「・・・。」
「なっ何?」
「綺麗ですよ。」
「ほぇ?」
「今まで色々なを見てきましたけど、今日が一番・・・綺麗です。」
――― 我が人生に悔いなし!
脳裏をそんな言葉が横切っていった。
八戒にそんな風に言われるなんて・・・思わなかった。
けれどそんな事に喜んでる場合じゃない事態は続く。
八戒が左腕を僅かにまげてあたしの方へ差し出すと、そこを指差した。
「ここにつかまって下さい。」
「えぇ!?」
「折角ですから僕にエスコートさせて下さい。」
・・・エ、エスコォト!?
もうこれ以上驚く事は無いかもしれないってくらい驚いて、恐る恐る八戒の腕にそっと手を乗せた。
これだけでもう足が震えそうだよ。
「・・・初々しい花嫁さんですね。」
「はっ花嫁さん?!」
「今のの姿を見て、花嫁さん以外の何に見えますか?」
「・・・た、確かに。」
あっさり頷くと八戒は満足そうに微笑み、一歩前に踏み出してこう言った。
「今この時だけ、僕らは幸せな新郎新婦ですよ。」
真っ赤になって動揺しているあたしを見て、八戒はいつも以上に楽しそうに笑ってる。
「だから、僕だけを見ていてくださいね。」
そう言うと、八戒が部屋の扉を開けて狭い店内を器用にエスコートしてくれた。
いつも以上に温かな眼差しで、ゆっくりゆっくりカメラの前まで誘ってくれた八戒はまさに花嫁の新郎、だった。
カメラ前に立つと、八戒に写真をお願いしたオジさんとあたしの着替えを手伝ってくれたオバちゃんがまるで祝福するかのように笑顔で拍手をしてくれた。
――― 本当に結婚するみたい。
チラリと横目で八戒を見れば、いつも見せてくれる穏やかな笑顔。
この時、それが凄く、凄く嬉しくてあたしも自然と笑顔になった。
ポーズを変え、立ち位置を変えてとった数枚の写真は・・・数日後、町の写真屋さんの店頭の一番目立つ所に飾られた。
しかし、その写真を欲しがる人が町内で続出したため、やむなく元の黄ばんだ写真が店頭に飾られ、噂の写真は店内のドレスの側に定位置として飾られる事となった。
たった数時間だったけど、八戒の隣に新婦としていられたあの瞬間を・・・あたしは一生忘れない。
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123456hitをゲットされました めぐみ サンへ 贈呈
『八戒さんをお相手にウエディングドレスを着る』と言う、まさに乙女の為にあるリクエストでした(笑)
かと言って桃源郷で本当に結婚する、となるとどうなるんだろう?と言う事で、こんな風になりましたが如何でしょうか?
ドレスの表現とか色々と上手く出来なくて申し訳ないっ(><)
一応参考にしたドレスはあるんですが・・・えぇ私が着たドレスの写真を見ながら書いたんです(笑)
試着も沢山したんですけど、やっぱり人気の高かったドレスの方が良かろうと思って頑張りました!お目汚しすみません(汗)
めぐみさん、リクエストありがとうございましたv
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです!
また遊びに来て下さいねvvv