胸に吹く風






季節はまだ夏でも初夏でもないのに・・・ここ、桃源郷はやけに暑い。
そしてその暑さの中、いつものように黒のハイネックに法衣を着ている三蔵。
・・・見てるだけでも暑そう。

「ねぇ、三蔵。」

「なんだ。」

「・・・暑くないの?」

「あぁ?」

あたしの言った意味が分からなかったのか、それとも新聞を読むのに集中していた所為で話が通じなかったのか分からないけど、とにかく三蔵は新聞から目を離してあたしの方へ視線を向けた。



――― びっみょぉ〜に不機嫌って感じ?



「どういう意味だ。」

「いや、だからその格好で暑くないのかなって・・・」

「・・・」

無言・・・だけど、視線だけはこっちを見てるからあたしは話を続ける。

「ほら、今日って珍しく暑いじゃない。悟空も悟浄も半袖だし、八戒も袖まくってたし・・・でも三蔵いつものままだから暑くないのかなぁって思って。」

「・・・だからなんだ。」

「え?」

八戒が入れてくれたアイスコーヒーを一口飲むと、三蔵は再び視線を新聞へ戻してしまった。

「別に俺が暑かろうと寒かろうとてめぇには関係ねぇだろうが。」

「んー・・・まぁそれはそうなんだけど。」

「じゃぁ無駄口叩かず静かにしてろ。」

不機嫌そうにそう言うと三蔵は新聞を持ったままあたしに背中を向けた。
いつもホットコーヒーを飲む三蔵が今日はアイスコーヒーを飲んでいる。
窓を開けると外で遊んでる悟空の声が煩いから普段は開けないのに、今日は開けている。



・・・やっぱ暑いんじゃん。



それでもそれを口にしないのは三蔵法師の法衣を着てるからなのかな?
あ〜っでも例え着ている服が三蔵法師の正装だとしても、やっぱり見てると・・・暑い。
せめて上に着てる法衣だけでも脱いでくれればそんなに暑苦しく見えないのに!!
でも間違っても『脱げ』なんて言えないしなぁ。
背中を向けている三蔵を見ながら腕を組んで考えていると、机の上に置いてある物に気付いた。

「・・・♪」




















・・・ったく、なんだってこんなに蒸し暑いんだ。

カランと涼しげな音を立ててアイスコーヒーに入っていた氷が揺れる。
まだ初夏には遠い4月だと言うのに、桃源郷は妖怪だけじゃなく気候までおかしくなったのか?
窓を開けても入ってくる風は僅かで、広げている新聞もただの日よけにしかなってねぇ。
寺院であればもう少し涼しいが、この家は日差しだけは馬鹿みたいに入ってきやがる。
机に置いてある煙草に手を伸ばしてそれを口に銜え火をつけ、煙を空気中に吐き出す。
何もかもが・・・面倒クセェ。

舌打ちをして再び煙草を口に銜えると、その煙が妙な動きをし始めた。
風の無い部屋の中で煙草の煙は上に昇るはずが・・・真横に流れている。
それを意識した瞬間、背後からそよ風のようなものが流れているのに気付き視線をそちらへ向けると・・・が机に肘をつきながら俺を団扇で扇いでいた。

「あ」

振り向いた俺と視線があってもの手は風を送るのを止めない。

「・・・何をしてる。」

「仰いでるの。」

・・・誰がそんな事を聞いてる、それくらいわざわざ口に出さなくても見れば分かる。

「そうじゃねぇ・・・」

俺が聞きたいのは、何故お前が俺を仰いでるのかって事だ!
頭を抱えながらため息をついて再度正しく問う前に、は正確な意図を俺に告げた。

「あ、えーっと三蔵が暑そうだったから仰いでるの。」

「・・・何だと。」

「今日暑いでしょ?でも窓開けても風入らないから・・・あたしが仰いでるの。」

「・・・」

「ね、少しは涼しい?」

ニコニコ笑顔で額にうっすらと汗をにじませて、団扇で俺に向かって風を送り続ける。



・・・馬鹿が、てめぇがそんな風に一生懸命やらずとも俺が法衣を脱げばいいだけの話だろうが。



けれどは俺が眉間に皺を寄せた事を、曲解したらしく今度は両手で団扇を持って仰ぎ始めた。
少し長めの前髪が・・・が生み出す風によって僅かに揺れる。
さっきまで鬱陶しく感じた熱さが、今は心地よいものに変化している。
それは・・・コイツが、が風を起こしているから・・・か?

「三蔵?涼しくない?それとも鬱陶しい?」

いつまでも返事をしない俺を不安そうに見つめながら、手に持っていた団扇で風を送るのを止める。



・・・ったく、俺よりもてめぇの方が暑苦しいぞ。



微かに口元を緩め、口に銜えていた煙草を灰皿に置き、新聞をそのままテーブルに置く。

「・・・貸せ。」

「え?」

が握っていた団扇を奪うように手にすると、さっきまでコイツがやっていた事をそのまま・・・やってやった。

「さ、三蔵ぉ!?」

「てめぇの方が暑そうだろうが。」

「で、でも・・・」

「・・・礼だ。」

自分でもらしくねぇと思う。
だが、額に汗をにじませて俺を仰いでいたコイツの姿を見ていたら・・・自然と手が団扇に伸びた。
俺なんかの為にお前がそこまでする必要はない・・・と。





暫く静かな部屋の中で団扇が動く音だけがやけに響いていた。
そんな静寂の中、が俺の名を呼んだ。

「三蔵。」

「何だ。」

「・・・ありがとう。」

そう言って笑ったお前を見た瞬間、仰いでいた手を止めた・・・いや、俺自身の動きが止まったと言うのが正しいのかもしれん。
コイツの笑顔なんて数え切れねぇくらい見ているくせに、何故かこの時の笑顔は・・・いつまでも俺の目を惹きつけてやまない。



ただ、ほんの僅かに口元を緩めただけ。
そして、その笑顔を向けられたのが・・・俺ひとりだと言うだけで、何故こんなにも俺の目を引き付ける。




俺がじっとの目を見つめていると、首を傾げながら不思議そうに俺の顔を見つめ返してきた。
何も、いつもとコイツは変わりないのに、何故・・・?

「随分長い間仰いで貰ったから今度は交代ね。」

がそう言って俺の手にある団扇を取ろうとした瞬間、ようやく意識が戻った。

「・・・構わん。」

「え?でも三蔵も顔赤いよ?暑いんでしょう?」

に言われて初めて自分の顔がいつもより熱い事に気付いた。
何だって俺がコイツ相手に赤面しなきゃならねぇんだ!

「暑くねぇ。」

「え?でも・・・」

「暑くねぇって言ってんだろうが!」

ワザと声を荒げてハリセンを取り出せば、団扇に伸びていたの手が瞬時に引っ込み頭を抱え防御の体勢を取った。
そのままいつもならこのまま振り下ろすはずのハリセンが、何故か今日は振り下ろせない。
その代わりにハリセンを持っていない方の手をの頭に乗せ、小さな声で名前を呼んだ。

「・・・。」

「・・・ほぇ?」

恐る恐る顔を上げたが、ただでさえでかい目を更に大きく広げて俺を見ている。




今、俺がどんな表情をしているのか・・・自分でも分からん。
だが・・・今までに無いほど、穏やかな気持ちでコイツを見ていると言う事だけは分かる。



「少し寝る。アイツラが帰って来たら起こせ。」

「あ・・・うん。」

に背を向けたままソファーへ向かい、腰を下ろして目を閉じる。





俺も暑さに・・・やられたのか?
だが、アイツをこの手に抱きしめたいと思った気持ちは
・・・この妙な暑さの所為だけじゃ説明がつかねぇな。





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『三蔵と仲良くお話+表情を崩してみたい』と言う事だったので最後に多少頑張ってみましたが・・・三蔵様は崩れにくいですねぇ(苦笑)
季節が更新日と違いますが・・・その辺は多めに見てください、書いていたのが4月だったんです(汗)
急に暑くなった時に黒のハイネックに法衣って暑く見えません?(私だけ?)
と言う訳で団扇で扇いでみました・・・すみません、甘みが少なくて(汗)
JINさん、リクエストありがとうございましたv
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです!
また遊びに来て下さいねvvv