ふれる響き
机の上に転がっていたペンで何気なく名前を書いてみる。
現代で家族、友達、沢山の人が呼んでくれた名前。
でも、こっちに来てこの名前の意味が変わってきた気がする。
「・・・気のせい、かもしんないんだけどね。」
書いた名前をぐしゃぐしゃと消して、新しい場所に同居人である二人の名前を書いてみる。
悟浄 八戒
そしてその隣に、同居人ではないけれど時折遊びに来る二人の名前も書く。
三蔵 悟空
自然と緩む頬、これは現代で本を読んでいる時と変わらない。
けれどこっち ――― 桃源郷 ――― に来て、紙に書くのと口にするのじゃ意味が全然違う。
桃源郷では紙に書いた名前を口にすると・・・返事が返って来る、と言う事。
ま、それは当たり前。桃源郷での彼らは実在の人物なんだから。
現代で彼らの名を呼ぶのは、辛い事があった時だった。
側にいて欲しい、話を聞いて欲しい、抱きしめて欲しい・・・そんな時、自然と口に出たのは近くにいる友達の名前じゃなくてみんなの名前。
ドウスレバイイ タスケテ ツライ ヤメタイ
そんな言葉を思いながら自分の体を抱きしめて、必ず最後には誰かの名前を呼んでいた。
中でもこの言葉の後に紡いだ言葉が多いのは・・・彼の名前。
サミシイヨ・・・悟浄
孤独を感じた時、何故か口に出たのは悟浄の名前だった。
最高僧である三蔵や、年下の悟空の名を呼ぶ事もあったけど、無意識のうちではなかった。
そして誰よりも笑顔で優しく受け止めてくれるであろう八戒の名前も、無意識のうちには出なかった。
「・・・なんでだろ?」
首を捻りながら悟浄の名前をペンでぐるぐると丸をしてみる。
そうすると他のみんなと違って、その名前だけ上に浮き出したように見えた。
それでもやっぱりこの名前だけ口にしたのが何故か、と言われるとはっきり理由が分からない。
「悟浄だけ、なんだよねぇ・・・」
ポツリと呟いて再び悟浄の名前を書くと、不意に紙面上に影が落ちたので顔をあげる。
「オレが何?」
「うわぁっ!!」
さっきまで考えてた人物が急に目の前に現れたので驚いて椅子から落ちそうになった。
八戒じゃないんだから気配消して現れるのやめてよ!!
けれど悟浄はそんなあたしの気持ちなどいつものようにお構い無しで、紙に書かれた自分の名前を面白そうに眺めている。
「ナニ?オレの名前だけ丸してくれちゃって・・・ひょっとして何かに選ばれた?」
「違う。」
キッパリ言い切ると悟浄はちょっと残念そうに肩を落として目の前の椅子を引き寄せて座った。
「チャンも随分キッパリ物事言うようになったよな。」
「ここにいれば嫌でもそうなると思うけど?」
「・・・ま、それもそっか。」
「ちゃんと言わないと怒る人もいるし・・・ね。」
今頃寺院で書類にハンコ押しながらくしゃみしてるだろうな・・・三蔵。
「違いねェ。」
顔をくしゃっと歪めて笑う悟浄の笑顔・・・あたし、この笑顔好きだなぁ。
椅子から落ちそうなほど大笑いする悟浄も、口元をちょっとだけ緩めて笑う悟浄もいいけど、いつもと違って子供みたいな顔で笑う悟浄って現代で読んでた本じゃあんまり見れなかったから・・・。
「・・・悟浄。」
「ん?」
どした?とでも言いたそうな顔であたしの目をまっすぐ見てくれる。
その目を逸らさないようあたしもじっと見つめ、もう一度悟浄の名前を呼んだ。
「悟浄。」
「チャン?」
少し眉を寄せた悟浄に近づくようテーブルに身を乗り出して、にっこり笑う。
「・・・呼んでみたかっただけ。」
「はぁ?」
「だから、ちょっと悟浄って呼びたくなったの。」
「いっつも呼んでンじゃん。」
「んー・・・まぁね。でも今、呼びたかったの。」
「あっそ・・・」
訳が分からないって顔をして、テーブルに置いてあった灰皿に手を伸ばす。
意味不明な行動取って機嫌悪くなっちゃったカナ。
不安になるなら止めればいいのに、さっきはどうしても悟浄の名前が呼びたかった。
呼べば返って来る声がある。
それって凄く嬉しいなって思ったから。
でも呼ばれた相手は困るだけだよね。
突然呼ばれてなんでもないって言われたら・・・。
そう考えると悟浄に悪い事したなって思って謝ろうと顔をあげたら、不意に名前を呼ばれた。
「・・・チャン。」
「何?」
「べェ〜つにィ〜?」
「?」
怒って・・・ないのかな?
不安げにチラリと視線を向ければ、悟浄は煙草をくわえたまま同じようにこっちを見ていた。
それを受けてあたしもゆっくり口を開いて悟浄の名前を呼ぶ。
「悟浄。」
すると返って来たのは・・・いつもの台詞。
「はーい。」
あたしが悟浄の名前を呼ぶと、いつしかこんな風に返事を返してくれるようになった。
それはいつでも、どんな時でも変わらない。
「・・・悟浄?」
「はーい。」
どうしよう、あたしすっごく幸せかもしんない。
嬉しくて今にも笑い出しそうなあたしを見て、悟浄も目を細める。
「チャン。」
「はーい。」
「・・・いつもと逆じゃん。」
「うん、たまには言ってみたくなったから。」
「でも、あれだな。」
「ん?」
口にくわえていた火のついていない煙草を灰皿に戻すと、軽くウィンクをして悟浄が机の上に置いていたあたしの手を取った。
「名前を呼んだ相手が手の届くトコにいるのって結構気持ちいいナ♪」
「・・・うん!!」
本当は気持ちいい、なんて言葉で言い尽くせないんだけどね。
だって本当だったらこうして触れ合う事も、名前を呼び合うことも出来ない相手。
それが今、こうして目の前にいて、触れる事が出来て・・・名前を呼ぶ事が出来る。
「悟浄があたしの名前呼んでくれるの、すっごく嬉しいよ!」
「オレもチャンが名前呼んでくれるのバリ嬉しいぜ?」
「あははっじゃぁずっと呼んでようかな。ごーじょう♪」
「はーい♪・・・ってキリねェだろ!」
「いいじゃん、たまには。」
握られた手を空いている方の手でペシペシ叩くと、今度はその手を掴まれてそのまま悟浄に引き寄せられた。
「じゃぁワガママなお姫サマの望みのままに・・・」
「ほぇ?」
「チャンが望めば、いっくらでも呼んでやるゼ?」
テーブルを挟んで抱きしめられたあたしの耳元に今日一番の甘い声が落とされる。
それは初めて呼ばれたあたしの名前。
・・・
机の上に置いてあった紙が、窓から入った風に吹かれてゆっくりと床に・・・落ちた。
BACK

78000hitをゲットされました 春綺 サンへ 贈呈
『ひたすら相手の名前を呼ぶ(呼び合う)』と言うリクエストでした。
が、いくらなんでもそれだけじゃ話にならないので、うんうん唸っていたら出来上がったのがこの話。
・・・甘っ(笑)でも個人的には大好きです!悟浄とのこういう雰囲気大好きだから(笑)
ただそれがリクエストに応えられてるのかどうかって事になると・・・謎ですけどね(汗)
春綺さん、リクエストありがとうございましたv
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです!
また遊びに来て下さいねvvv