声にならない〜The voice of the heart〜
普段なら夕食が終わった後、八戒達と一緒にお喋りしたりカードをやったりするんだけど・・・あたしの声が出なくなってから各自勝手に過ごすようになっていた。
八戒はテーブルでお茶を飲みながら家計簿つけてるし、悟浄は八戒の目の前で新聞を読みながら時折何か呟いている。
――― 部屋に戻ればいいのに誰も戻らない。
話が出来なくてもこうして同じ所に皆がいるのって何かいいなぁと思いながら、あたしは眠っているジープの背中を撫でていた。
「・・・はぁ。」
あー八戒がため息ついてる。
何だかさっきから同じ伝票見ながら電卓叩いてるけど計算合わないのかな?
それとも・・・あたしがいるから食費がかかるとか思ってるのかな!?
そう思ったら思わずジープの背を撫でていた手が止まった。
(ね、ジープどう思う?)
そう言ってもジープはぐっすりお休み中で返事なんて出来ない。
(分かってたけど・・・)
がっくり頭を垂れて拗ねたようにジープの頭を指で突付いていたら、八戒の声が聞こえた。
「今決めましたから明日からよろしくお願いしますね。」
「・・・悟浄がっかり。」
(えーっとあたしは関係ないのかな?)
暫く二人の様子を伺っていたけど、どうやらあたしは関係ないらしい。
ホッと胸を撫で下ろし、いまだ気持ち良さそうに瞳を閉じて眠っているジープにこっそり話しかけてみた。
(やっぱり八戒家計簿つけてるんだね。)
頷いてくれるわけ無いけど、時折ピクピク動く耳が話を聞いてくれているみたいで嬉しい。
調子に乗って眠っているジープに顔を近づけてまるで内緒話でもしているように声をかける。
(悟浄、またパズル解いてるのかな?でもあれやってると必ず誰かに邪魔されちゃうんだよね♪この間は・・・悟空が遊びに来て新聞破いたんだっけ。)
思わずその場面が頭に思い浮かんで吹き出しそうになる。
だって外見があんなにカッコいいのに、たかが新聞についてるパズルを解くの邪魔されたくらいで怒るなんて・・・面白すぎる。
ジープの背中に置いていた手を口元にあて、これ以上笑い出さないよう必死で堪える。
(でもね、そんな可愛い悟浄も結構好きなんだv)
思わずポロリと出た言葉に・・・自分でも驚いた。
そして慌てて顔を上げて二人の方を見る。
・・・聞えて、ないよね?
ホッと胸を撫で下ろして思わずピタリと動きを止める。
待て待て、あたし今声出せないんだから何喋っても二人には分からないじゃん!
今更その事に気付くのもどうよって気がするんだけど、妙に安心したあたしはジープとの内緒話を続けた。
それがこの先とんでもない事態を招く事になるとは、この時のあたしには想像もつかなかった。
(ジープvちょっとお話聞いてね♪この間、八戒が洗濯物を干してる所部屋から見てたんだ。そしたらね、干し終わった瞬間すっごく満足そうな笑顔で洗濯物見てたのvそれが何だかすっごく爽やかな笑顔でドキドキしちゃったv)
「ゲホッ!」
(ん?)
「・・・ナーニ咽てんだよ。」
「す、すみません・・・」
め、珍しい・・・八戒が咳き込んでる。
しかも持っていたらしいお茶がこぼれちゃって、悟浄がティッシュで机を拭いている。
いつもと逆の光景って・・・何だか新鮮。そのまま見てると悪いなぁって思ってジープの方へ視線を戻すと、八戒の咳で目が覚めたのか赤い目がじーっと八戒の方を見ていた。
(起きちゃったの?ジープ。)
「キュゥゥ〜〜」
どこか心配そうなジープの身体をひょいっと抱き上げて視線を合わせる。
(八戒は大丈夫だよ、ジープ。)
「キュ。」
あたしの声にならない声が分かるのか、目をキラキラ輝かせ大きく頷いた。
ジープって声出なくてもあたしの言ってる事分かるのかな?
それが何だか嬉しくて、あたしはジープの体をソファーの上に下ろすと視線を合わせるようにその場にコロンと寝転んだ。
(これから言う事は二人には内緒だよ?)
「キュv」
了解した!とでも言うように頷くジープの頭を指で撫でながら、あたしは今まで言いたくても言えなかった事を・・・ジープに話した。
(ジープは悟浄の寝顔って見た事ある?)
「・・・キュ!」
(同じお家だから見た事あるか。あたしもこの間初めて見たんだけど・・・)
その光景を思い出して思わず笑みがこぼれる。
(悟浄って起きてる時すっごくカッコいいじゃない?でもね・・・寝てる時の悟浄って何だか子供みたいで可愛いんだ。)
「キュゥ〜?」
(男の人に可愛いって言うのも変だけど、可愛い悟浄も好きだなぁってその時思ったの。)
あたしがジープにそう告げた瞬間・・・テーブルで何かを吹き出したような音が聞こえた。
「アッチ!」
悟浄が勢い良くコーヒーを吹き出して、新聞を茶色に染めていた。
どれだけ勢い良く吹き出したのか分からないけど、悟浄の着ている白いシャツも茶色い斑点がついてしまっている。
あーあ、洗濯めんどくさそう。
「・・・ちゃんと・・・拭いて下さい。コーヒーは染みになるんですから・・・」
(あれ?)
普段ならすぐに怒りそうな八戒が、笑いを堪えながら濡れタオルを差し出している。
八戒が笑うような勢いで吹いたのか?
それとも何か面白い事でもあったのかな?
ジープと一緒に首を傾げながらソファーの上でゴロゴロしていて、ふと妙な違和感を感じだ。
(悟浄、熱いって言ってたけど・・・コーヒーいれたのって随分前だよね?)
試しに一緒にいれて貰ったコーヒーを一口飲んでみたけど、猫舌のあたしでも余裕で飲めるほど冷めている。
(あたしがジープと遊んでる間にお替りでも貰ったのかな。)
あたしの話を催促するかのようにジープが服を掴んで引っ張るので、悟浄のコーヒーの事はそれ以上考えず話の続きをジープに聞かせることにした。
(寝顔って言えば八戒の寝顔も見た事あるよvあ、でもジープは毎日見てるんだよね?)
「キュv」
肯定するかのように首を縦に振ったジープの頭を指で撫でる。
(いいなぁ・・・あたし一回しか見た事ないけど、すっごく綺麗な寝顔だよね八戒って。)
「キュ。」
ソファーから落ちないよう気をつけながらジープをお腹の上に乗せて、口パクで話しかける。
(あたしの好きな八戒ってどんな時か教えてあげようか?)
「キュ♪」
目を細めて頷くジープに気を良くして、背中を撫でながら口を開く。
(あのね・・・「行ってきます」とか「お願いします」って挨拶する時にちょっと微笑んでくれるの、凄く好きなんだ・・・)
「キュ〜♪」
(優しい声と、あの笑顔で言われたら絶対断れないよね!)
「キュ!!」
同意してくれたらしいジープを再び抱きしめていたら・・・テーブルに座っていた八戒がさっき以上に咳き込み始め、悟浄は反対に笑い始めた。
(???)
「だぁーっはっはっはっ!」
「ご、悟浄・・・笑い・・・過ぎです・・・ゴホッ!」
八戒、顔真っ赤だよ?
お茶が器官にでも入っちゃったのかな?
さすがに心配になってジープを抱いたまま二人の側に行くと・・・何故か二人があたしから視線をそらしていた。
(・・・何?)
「いえ・・・別に・・・何も。」
「そ、そうそうナンも無いぜ♪」
何も無いと言っても八戒は視線を微妙にあたしから反らしてるし、悟浄にいたっては声がひっくり返ってる。
――― どう考えてもおかしい ―――
(二人とも何か隠してるでしょう!!)
「いえ、何も隠しては・・・」
(え?)
何気なく言葉を返してきた八戒だけど・・・その内容がおかしい。
だってあたしの声は擦れていて今も口を動かしただけだよ?
それなのに何であたしが「隠してる」って言った事が分かるの!?
眉を寄せて八戒にその真意を確かめようとしたら、向かいにいた悟浄が八戒の手を掴んで急に立ち上がった。
「八戒!新しい賭場が出来たんだ、最近儲けが少ねェから一緒来い!」
「え、あ・・・あぁそうですね。じゃぁ行きましょうか。」
(えええっ!?)
そう言うと二人が同時に立ち上がって椅子にかけてある上着を羽織って玄関へ向かった。
(ちょっちょっと待って!)
慌てて八戒の服の裾を掴んで出て行くのを止める。
振り向いた八戒はさっきまでとは全然違う、いつもと同じ笑顔を携えていた。
「すみません。このままじゃ今度が来た時に飲む紅茶が買えなくなりそうなんです。」
(えええええっ!?・・・そ、そんなに切迫してたのかこの家の家計!)
・・・そう言えば八戒さっき家計簿つけてるときため息ついてたっけ。
それじゃぁこの手を離さざるを得ないけど、でも・・・さっき吹き出した理由だけは聞きたいな。
そう思って顔を上げたら・・・あたしの大好きな笑顔をした八戒がニッコリ笑顔でこう言った。
「・・・行ってきます。」
そんな風に言われたら、あたしはこう言わざるを得ない。
(行って・・・らっしゃい。)
「勝ったらナンかいいモンお土産に買ってきてやるから、イイ子で待ってろよ?」
いつも見せる不適な笑み、じゃない。
いたずらっ子のような顔をした悟浄があたしの頭をポンポンッと叩いて、二人は外へ出て行った。
真っ赤な顔をしたあたしが意識を取り戻したのはそれから5分後。
結局二人が突然笑い出したり、吹き出した理由は分からないけど・・・帰ってきたらその理由教えてくれるかな?
「悟浄があそこで笑いだすからですよ?」
「お前だって吹いたろうが!!」
二人とも家を出て、家の様子が伺える場所で立ち止まり小声で話し続ける。
そう・・・がジープと口パクで喋っていた事を、二人は知っていたのだ。
否、話している言葉が口を見ていたら分かったのである。
「そのあと貴方が妙に裏返った声で話すからが怪しんだんじゃないですか。」
「あのままオレが黙ってたら怪しまなかったってか!?」
しばしの沈黙の後、八戒は小さく首を横に振った。
「・・・いいえ。既に怪しんでいましたから、貴方が何も言わなければ余計怪しまれたでしょうね。」
「だろ?だーからお前も連れ出してやったんじゃねェか。」
思わず出そうになるくしゃみを手で押さえ、森に響かないよう気をつける。
「それにしても・・・今度会った時どうしましょう。」
「絶対問い詰められるよなぁ・・・」
「そうですよね。」
普段なら、明るい声が聞こえるはずの夕食後のひと時。
がノドを痛めているため、話しかける事も出来ず結局それぞれが時間を潰す事にした。
でも・・・声が出なくても眠っているジープに一生懸命話かけている彼女の様子は微笑ましくて、つい二人ともそっちに視線が向いてしまった。
は口をはっきり動かして喋るので、声が出なくても口は大きく動いている。
そのおかげで悟浄も八戒もの口元を見れば大抵何を言っているのか・・・分かる事が出来るのである。
二人が咳き込んだり、視線をそらしたりしたのは・・・彼女が自分の事を好きだと言ってくれたから、しかも満面の笑みで。
「・・・誤魔化すしかねェな。」
「そうですね。」
寒風吹きすさぶ森の中で出た結論。
彼女がジープに話していた事は、内緒事・・・自分達は知らないと言う事に決めた。
「今度彼女が来た時には好きな料理を作ります。」
「んじゃオレケーキでも買ってくるわ。」
二人がそれぞれどうするかを決めた所で八戒がチラリと家の方を見た。
「・・・で、これからどうします?」
「手ぶらで帰るわけにはいかないっしょ?」
「近くにあるんですか?」
「あぁ、いいカモがいる店が。」
白い息を吐きながらニッと笑う悟浄と月明かりの下、綺麗な笑みを浮かべる八戒。
「それじゃぁさっさと行ってさっさと帰りましょうか。」
「おう。」
二人同時に明かりの灯った家の窓をチラリと眺めてから、ゆっくり森の中へ足を進める。
互いの胸に宿るのは、温かな彼女の笑顔。
そして声にはなっていなかったけれど、胸に届いたあの言葉。
――― 好き
それさえあれば、どんな寒い場所でも凍える事は・・・ない。
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『声が出ないヒロインが調子にのって色々喋る』と言う無音リクエスト(笑)←違うっ
相手がいないとモノローグか台詞か区別つかなくなったので急遽ジープを話し相手として投入w
八戒達にばれてるかどうかの判断は任せて貰いましたので、ばれてない方向で・・・と言うかばれたけど誤魔化されたまま終わっちゃいました(苦笑)
相変わらずのんびりほのぼの話ですが、宜しければお受け取り下さいm(_ _)m
はつえさん、リクエストありがとうございましたv
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです!
また遊びに来て下さいねvvv
追記:この話にはオマケがあります。
本当はこの話の前置きとするはずでしたが、上手く繋がらなかったのでオマケに回しました。
声が出なくなった最初の頃の話とお考え下さい(でも量は本編とほぼ同じ(苦笑))
