幸せな・・・苦痛






「・・・何やってんのお前。」

「今日は僕、この机から一歩も動けないんですよ。」

ニッコリ笑顔で目の前にやってきた上官である捲簾に手を振ると、隣の部屋にいたがその声に気づいて顔だけを此方に出した。

「あー!捲兄、天ちゃんに用事ならまず私に言って。」

「は?」

当然の反応を示す捲簾を無視して、は再び台所に戻って行った。
そうなると自然と捲簾の視線は僕に注がれるんですが、そこでようやく捲簾は気づいたようですね。
僕のメガネがない事に。

「ま、そう言うわけです。」

「だからどう言う訳よ。」










事の始まりは数時間前。

コーヒーを飲もうと台所へ行ったら未使用のカップがなかったのでしょうがなく手近なコップを水で洗い流して使おうとしたらめがねのネジが外れてレンズが落ちてしまった。
やれやれと思いながらそれを拾い上げ、ネジを止めるドライバーが何処にあったかと思い返している間にが本を返しに来たので机の上において貰ったら・・・ちょうどそこにレンズがあって壊れてしまった。

「あ゛」

「あぁ壊れましたか。」

「ゴメン天ちゃん・・・目、見えないよね。」

ぼやけた僕の視界で何かが揺れているのが見える。きっとが目の前で手を振ってるんでしょうね。

「あーまぁちょっと不便ですけど、問題ありませんよ。」



――― 代えのメガネがちゃんとありますから。



と、言うつもりだったんですが・・・が壊れたメガネを見つめながらこんな嬉しい事を言ってくれたので僕はその言葉をあっさり飲み込んでしまいました。

「メガネが直るまであたしが天ちゃんの目になる!」










「はい、捲兄。コーヒーどうぞ。」

「あ、あぁ・・・」

「天ちゃん、コーヒー・・・えっと、持ち手ここね。」

僕の手をしっかり掴んで持ち手の部分を握らせてくれる
このぐらいなら感覚で分かるんですけど、元来視力のいいに目の悪い人の目にどんな風に見えてるかなんて分からないんでしょうね。

「あと何かいるものある?」

「今は大丈夫です。」

「じゃぁあたし台所片付けてるから、何かあったら呼んでね。」

「はい。」

バタバタと離れていく足音を聞きながら渡されたコーヒーを一口飲む。
あぁ・・・やっぱりが入れるコーヒーは絶品ですね。

「おーい、天蓬元帥。」

「はい?」

「アイツのあのカッコは何よ。」

真向かいに座っている捲簾の表情は見えませんが、きっとだらしない顔での方を見てるんでしょうね。

の服が汚れたら大変ですから、僕の白衣を貸してあげたんですよ。」

「お前の!?」

「洗濯済みですよ。」

僕がこの一着だけ着回す訳ないじゃありませんか。未開封の白衣を貸してあげたんです。

「・・・にしては丈が短くねぇか?」

「長くて引き摺ると言ったのではさみで切っちゃいました。」

コーヒーを飲みながらそう言うと捲簾の大きなため息が聞こえた。
何か問題ありましたかねぇ。

「・・・、あの格好で外に出すなよ。」

「出す気はありませんよ。ちょうど貴方も来てくれた事ですし。」

「は?」

「えーっと・・・」

僕は引き出しから壊れたメガネを取り出すとそれを机の上に並べた。
そのついでに横に積んであった書類を取り出しメガネの残骸の横に置く。
更に足元に置いてある古い資料もその書類の上にのせた。

「申し訳ありませんがこれを至急直してもらってきて下さい。それと、昨夜仕上げたこの書類を金蝉の所へ、あと此方の資料は借り物ですので返して来て下さいね。
あと今日ひとつ会議があるんですが僕は体調不良で欠席しますので貴方、僕の代わりに出席してください。」

「お〜い・・・」

、すみませんがミルクを頂けますか。」

何か言おうとした捲簾の言葉を遮って、姿を消していたの名前を呼ぶ。

「はーい!天ちゃんがミルク入れるの珍しいね。」

「何となくそう言う気分なんです。」

手に牛乳を持ったが再び僕らの前に現れる。



ねぇ捲簾、いつもの動きやすい侍女の姿をしたが白衣を着ると・・・何だか看護婦さんのように見えませんか?
動きやすい侍女の服を更に動きやすいようには丈を少し短くしていますから、白衣の裾からそれが見えるか見えないかくらいの長さなんですよ。
そんな彼女を、貴方は他の人たちの目に触れるような事・・・しませんよね。



そう言う意味を込めた視線を捲簾に向けニッコリ微笑むと、手に持っていたコーヒーを一気に飲み干し机に置いた書類と資料、そして壊れたメガネを手に捲簾が席を立った。

「優秀な副官を持ってオレは本当に幸せだよ。」

「僕も有能な上司に仕えられて幸せですよ。」

ひらひらと手を振りながら扉へ向かう大きな黒い固まりを見送る。

「捲兄やけに不機嫌だったね。」

「そうですか?僕は嬉しそうに見えましたけど・・・」

「天ちゃん、やっぱり目、悪いんだよ。」

そう言って僕の顔をじっと見つめるの顔だけは、くっきり見えるんですよ・・・不思議な事に。

「そうだ。天ちゃん、お風呂掃除終わったからお風呂入ったら?」

「えーいいですよ、目も見えませんし。」

「ダメ!洗い物やお風呂の状況から天ちゃん、またお風呂暫く入ってないでしょ!絶対入んなきゃダメ。」

やれやれ、今日のはやけに強気ですね。

「でも?僕、今目が見えないんですよ?貴女がお手伝いしてくださるんですか?」

「いいけど、何すればいいの。」

・・・まさかそんな答えが返って来るとは思いませんでした。



一瞬の間のあと、の手を借りて風呂場においてある物の配置を教えて貰ってから・・・綺麗に掃除された風呂に1人で入りました。

「湯加減どう?」

「ちょうどいいですよ、ありがとうございます。」

「お風呂入ってる間に机回り掃除しとくね!」

「ありがとうございます。」

擦りガラスに映っていた影が消えたと同時に、明るい声も消えた。
全身の力が抜けるほど大きく息を吐くと、僕の手は自然と風呂場に浮かんでいる黄色い物体へと伸ばされた。

「・・・やれやれ、純粋さが時に残酷だって事、体感しましたよ。」

手に触れたのは硬くて冷たい・・・アヒルの人形。
がどこかで見つけてきて、僕ら全員に同じ物を配ってくれた。
悟空がこれと一緒にお風呂に入る姿は用意に想像できるんですが、金蝉や捲簾もアヒルを浮かべてるんでしょうか。
そんな風にアヒルを見ながらボーッと考え事をしていると、急に浴室の扉が開いた。

「天ちゃん!」

「はい?」

「メガネあったよ!」

「・・・え?」

突然目の前に差し出された物、それが何だか分からなくて濡れた手で目元を擦っているとの手が僕の顔にそっと触れ・・・気づけば僕の視界はいつもと同じ様にクリアな物になった。

「机を掃除してたら床と机の隙間に落ちてたの!ひょっとしてこれ予備かと思って持ってきたんだけど・・・」



・・・そんな所にあったんですね、代えのメガネ。



確か何処かにある、と言うのは分かっていたんですが、まさか机の下にあるとは思っても見ませんでした。

「これで天ちゃん目が見えるようになったね。」

「・・・そうですね。」

はぁ、もう少しと二人っきりでいたかったんですがこれが見つかっちゃったらしょうがないですね。

「天ちゃん、メガネ真っ白だよ。」

「・・・曇ってますね。」

「あははっじゃぁ私がお風呂上がるまで持っててあげる。」

「お願いします。」

「あ、ゴメンね邪魔しちゃって。湯上りに麦茶用意してあるから、あとで一緒に飲もう。」

そう言うと再び僕の顔にかけられているメガネに手を伸ばし、それを持って彼女は浴室から出て行った。

「はぁ・・・、分かってるんですか。」

今日一番のため息をついて僕はお湯を手ですくいそれを顔にかける。





最初は目が見えない僕の為に色々世話を焼いてくれるが可愛くて仕方がなかった。
でも、こんな風に異性として意識されず世話を焼かれるのは・・・逆に苦痛ですよ。

「そろそろこの遊びも終わりにしましょう。」

適当に体を洗い流し、浴室を出てが用意してくれた着替えを身につけ、白衣を羽織った瞬間・・・本が崩れるような音が聞こえた。

!?」

手探りで部屋に戻ると・・・中央で立ち尽くしているが手に何か光る物を持って立ち尽くしていた。
ゆっくり彼女に近づいて行くと、急に彼女が僕に抱きついてきた。

?」

「ごめんなさい天ちゃん!!」

謝りながら目の前に差し出されたのは・・・先程発見された予備のメガネ、但しメガネの柄の部分が綺麗に折れてしまっている。





僕の幸せな苦痛は、まだ当分続くようですね。





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71000hitをゲットされました めぐみ サンへ 贈呈

『天ちゃんの眼鏡を壊しちゃったお詫びに面倒を見る』+天ちゃんの部屋と風呂場のアヒル(笑)
キリバンマスターめぐみさん、初の天ちゃんリクエスト!!
白衣をちょん切った所で看護婦さんのように見えるのかどうか謎ですが、二人の目にはそう見えるみたいです(苦笑)
そんな格好でうろつかれて金蝉にでも見つかったら大変ですよね♪
・・・久しぶりの天ちゃんでリクエストに応えられているかどうかちょっと心配です(汗)
めぐみさん、リクエストありがとうございましたv
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです!
また遊びに来て下さいねvvv