柔らかな蕾






「・・・で、何故俺達まで呼ばれる。」

「ナニ?見たくないの?可愛いチャン。」

「そう言う意味じゃねぇ。」

あからさまに不機嫌そうな三蔵と相反して、悟空は椅子に座りながら落ち着き無く足をじたばたさせてはいるが、その大きな瞳だけはが入って行った扉へ固定されている。
やがて待ちきれなくなったのか声をあげた。

「なぁなぁ、まだ?」

「オンナの支度には時間がかかるんだよ。ま、オコサマなお前にはまだそう言うの分かんねェか♪」

「オコサマ言うな!!このエロ河童!

いつもの台詞にいつもの喧嘩。
それを横目で見ながら、未だ不機嫌そうな三蔵に声をかける。

「三蔵、コーヒーのお替りは如何ですか?」

「あぁ」

暴れる二人の被害に合わない場所にカップを置いて、お替りを入れる。
置いてあった新聞を開く三蔵に、コーヒーを差し出しながら声をかけた。

「お忙しかったですか?」

「いや・・・だが、呼び出した理由はなんだ。」

「あれ?悟浄が説明しませんでしたか?」

「河童語は分からん。」

早い話、悟浄は説明無しに三蔵を呼んで・・・いえ、強引に連れて来たんですね。
ため息をつきながらここ数週間、が美冷さんのメイクの練習に付き合っていた事と、今日はその総仕上げの意味を兼ねて僕らの意見を聞きたいという事を伝えた。

「・・・そういう事か。」

「ご理解いただけました?」

「くだらねぇ。」

「でも、三蔵も興味あるでしょう?はいつもノーメイクですから。」

「・・・」

貴方の沈黙は肯定の意味を持っている事に僕が気付かない訳無いじゃないですか。
それに文句を言いながらも家に来て、こうして座っていると言う事は実は三蔵も期待しているって事ですよね。















お待たせしました。美冷最高傑作!!

メイク室として提供していた僕の部屋の扉が開いて、まず美冷さんが出てきました。

「いよっ!待ってました!」

悟空と髪を掴んで取っ組み合いをしていた悟浄が、その手を離してわざとらしく口笛を吹き、悟空もその場に座って目を輝かせた。
三蔵は気のないフリをしながらも視線は扉へ向いている。僕は・・・と言えば、まるで幼い子供のように胸をときめかせながら扉からが出てくるのを待ちました。

ほら、早く♪

「う、うん。」





カツンという高いヒールの音と共に僕らの前に現れたのは・・・一人の美しい女性。



コンセプトは初恋の女性ひと



美冷さんの声が、どこか遠くで聞こえる。
普段のはどちらかと言うとラフな服装が多いが、それが彼女の愛らしさを損なうような事はない。
ジーンズにTシャツと言うシンプルな服装でも彼女の笑顔さえあれば、それすらも彼女を引き立てる衣装に早変わりする。
それに元々の衣服を選ぶ時には必ずと言ってもいいほど悟浄が同行しているので、いつも季節感のある趣味のいい服を着ているのだけれど・・・今、目の前に立っているはあまりに普段と違っていて・・・目が離せない。

本当はメイクだけのつもりだったけど、折角だから服もコーディネートさせて貰ったわ。



美冷さんの声だけが、部屋に響く。
まだ、誰も・・・声を発しない。



普段なら一番に口を開くであろう悟浄も、驚きの声を上げるであろう悟空も、さっきまで文句を言っていた三蔵も・・・

・・・って、感想無し?

「やっぱりあたしが似合わないんですよ!美冷さん!」

何言ってるの?こんな綺麗な肌にあたしが念入りに手を加えてここまでやって感想も無しなんて言わせないわよっっ!! 
――― 悟浄!!

カーンという音が部屋に響いて、ようやく僕の意識が現実へ戻ってきた。
それは美冷さんが持っていたメイク道具が悟浄の額に当たった音だった。

普段酒場で女を口説く口はお飾りだったの!?

「っつ〜・・・」

「似合ってないんだってば!もうあたし着替える!」

そう言って踵を返そうとしたの手を、無意識に掴む。

「八戒?」

「あの・・・」

驚いて振り返ったの視線がまっすぐ僕を見ていて、普段なら何て事のない仕草が今の僕にはとても刺激的で・・・戸惑ってしまう。

「上手い言葉が浮かばないんですが・・・」

「・・・?」

「目のやり場に困ってしまうくらい、綺麗です。」

そう言って微笑むと、いつものようにの顔が赤くなって思わずほっとしてしまった。
どんなに綺麗に着飾って別人のように見えても、やっぱり中身はいつもの恥ずかしがり屋の彼女なのだと。
そう思うとさっきまでの落ち着かなかった気持ちが嘘のように落ち着いて、改めて彼女の美しさをたたえようとした僕の横から悟空がひょっこり顔を出して正面からを見つめた。
けれど真正面から見つめられたに余程驚いたのか、悟空は水揚げされたばかりの魚のように口をパクパクさせて必死に息を紡いでいる。

「大丈夫ですか、悟空?」

落ち着かせるように背中をトントンと叩くと、悟空は両手をギュッと握って声を発した。

綺麗!!」

「・・・ありがとう、悟空。」

「普段のもすっげー好きだけど、綺麗なもすっげー好き!」

「あははっ中身は一緒だけどね。」

「うん!だから好き!」

素直に好きだと言える、その純粋さは・・・羨ましいですね。
そんなほのぼのとした二人の間を割るように、低い声が飛び込んできた。

「邪魔だ。」

バシッと音がして悟空がその場に潰れると、それを乗り越えて三蔵がやって来た。
眉間に少し皺を寄せて僕の隣に立った三蔵の微妙な変化に気付き、思わず口元を押さえて数歩後ろに下がる。



三蔵・・・ポーカーフェイスを装ってるつもりでしょうけど、耳が赤いですよ。



笑い声を堪えている僕の側では、口調だけはいつも通りの三蔵がいる。

「馬子にも衣装だな。」

「あはは、言うと思った。」

「だが口を開かなけりゃ・・・多少見れる女になったな。」

「・・・褒めてるんだよね、それ?」

「さぁな。」



――― それは三蔵的には最大の賛辞だと思いますよ。



ようやくいつもの調子を取り戻した僕は、未だ美冷さんに首を締め上げられている悟浄の元へ行き、その肩を叩いた。

「これならコンテストも優勝出来るんじゃないですか。」

「・・・どうかしらね。」

話し相手がやってきた事で悟浄の首を締め上げていた手を緩めると、悟浄は転がるようにの元へ駆け寄り三蔵を押しのけ彼女と話し始めた。
僕はその様子を横目で見ながら美冷さんと話を続ける。

「何か不安要素が?」

「モデルがどんな子になるか当日にならないと分からないからね。今日はあの子だったからあそこまで出来たのよ。」

「そう、なんですか?」

「えぇ。あの子は普段メイクしないでしょう?だからある意味真っ白、原石だったから私流に磨く事が出来たの。でもコンテスト当日、モデルになる子が元々磨いている子だったらそれを生かすメイクをしないといけない・・・これが不安要素かもしれないわ。」

口ではそう言いながらも自らの手で仕上げたの様子を眺めている美冷さんの表情からは、不安など感じられない。

「でも、あの子見たら・・・いける気がするの。」

「そうですね。」

「だってほら、あの悟浄がの肩を抱かないでしょう?」

クスクス楽しそうに笑いながら悟浄を指差す美冷さんに疑問の声を投げかける。

「どういう意味ですか?」

「最初に言ったでしょう?コンセプトは『初恋の女性』だって。どんな男でも初恋の女性には容易く手が出せないのよ。」

「・・・そういうものですか?」

「悟浄やその周りにいるお友達がいい証拠だと思うけど?」

今までしか見ていなかったので気付かなかったが、悟浄だけでなく三蔵も・・・悟空もに指一本触れていない。
悟浄は腰を落としてと視線を合わせて話をしているが、いつもならすぐに彼女の肩に回される手は膝に置かれたままだ。
三蔵はいつものように腕を組んでの隣に立ったまま、悟空はまるで絵でも眺めるかのように穴が開きそうなほどを見つめている。
まるでに触れられないよう、薄い膜でも張られているみたいだ。
そんな風に皆を見ている僕を美冷さんが見ている事に気付いて、視線を元に戻す。
すると美冷さんは酷く満足そうな笑みを浮かべ、ポンポンと僕の肩を叩いた。

「美冷さん?」

意味深な笑顔の意味が知りたくて名前を呼んだが、既に彼女はの元へ向かい誰も触れられなかった彼女の肩に腕を回すとギュッとその身体を抱き寄せた。

全員悩殺出来た、という事でご協力感謝。

「「「「は?」」」」

「???」

美冷さんの言葉に首を傾げる僕らと、一人言葉が分からず首を傾げている

いやぁ案外も罪な女だったのね♪

「おい、美冷!」

なぁに?カワイイの肩抱いてるのが羨ましい?それとも・・・こうしてギューッと抱きしめてるのが羨ましい?

苦虫を噛み潰している悟浄の顔を酷く楽しそうに眺めながら、美冷さんはこれでもかというほどの体を抱きしめた。
その様子を苦笑しながら見ていたけれど、慣れないピンヒールを履いていたが床の僅かな隙間にヒールを引っ掛けて体勢を崩しかけたのが目に入った瞬間、反射的に手を伸ばした。

「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」

よろめいたに伸ばされた手は・・・4本。
全員が同時にの体を支えるべく、手を伸ばしていた。
それを見た美冷さんは、もう耐えられないといった勢いで笑い始め、僕らの手を支えにしていたも驚きながら礼を言い体勢を元に戻した。



やれやれ、皆さん同じ気持ちなんですね。



気づかれないようため息をつきつつも、立ったままの状態でいればまたいつが躓いてしまうか分からないので、お茶でも飲んで休憩をしましょうと全員に提案してから僕は台所へ向かった。
三蔵と悟浄にはいつものコーヒーを、悟空にはジュースを・・・そして今日の功労者である美冷さんと華であるにはローズヒップティーを用意しましょう。

「何だか今日のお茶は忘れられないお茶になりそうですね。」

薔薇の香りが立ち込める中、そう呟くと同時に・・・居間から柔らかな声で僕の名が呼ばれた。

「今行きます。」

コーヒーとジュースとローズヒップ、それに彼女の大好きなクッキーを持って僕は賑やかな居間へと戻っていった。



いつも彼女の隣に座りますけど、今日だけは・・・目の前に座りたい気分ですね。





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67000hitをゲットされました はつえ サンへ 贈呈

『初めてフルメイクしたヒロインを見た三蔵一行又は悟浄と八戒』なのに、誰かいますね(苦笑)
実はうたた寝本編に出てくる前に、こっちに登場していたんですよ(笑)
え〜っと一応美冷さんとは顔見知りになって、何となく言ってる事が分かるくらい仲良くなってると思って下さい。
ヒロインが聞いている場合、美冷の台詞が斜めになっていて、それ以外の所では普通に表示しています。(一応区別してみた、らしい?)
本当に長らくお待たせしましたが、どうぞお受け取り下さい。
はつえさん、リクエストありがとうございましたv
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです!
また遊びに来て下さいねvvv






追記:この話にはオマケがあります。
美冷さんがどうやって八戒達の手から、ヒロインを奪って・・・もとい、口説いて練習につき合わせたかと言う話です。
大した話じゃありませんが、この話の前置きとして書き始めたので、折角だからこちらもどうぞ(笑)