花霞
「ん〜・・・あれ?ここ何処?」
キョロキョロ周りを見渡すと、目に入るのは淀んだ空と緑の森だけ。
「何となくやーな予感。」
この空の色に覚えがある・・・気がする。
確実に分かるのは、悟浄達の家の近所ではないと言う事。
「取り敢えず・・・歩くか。」
誰に言うでもなく呟いて、よっと反動をつけて立ち上がるとすぐ側の茂みが揺れた。
自然と体が緊張で動かなくなる。
それもそのはず、ここは自分のいる世界じゃないから何が起きるか分からない。
場所について知っているだけに、その恐怖も身近に感じてしまう。
「まさか・・・ね。うっウサギだよ、ウサギ!」
誰に言ってるんだ?と言う突っ込みは置いといて、あたしはじりじりと後ろに下がろうとして、お間抜けにも小さな石に躓いてしまい転んでしまった。
茂みの揺れはどんどん大きくなる。
もしも目の前に現れるのが妖怪だったら今度こそ確実に死んでしまう・・・今度こそ?
何であたしはこんな事思ってるんだろう。
そう思った瞬間黒い影が目の前に現れた。
「きゃぁ―――――!!!」
目をつぶってこれ以上出ないくらい大声で叫ぶ。
足音はそれに驚いて一瞬その場で止まったが、すぐにこちらに近づいてきてあたしの腕を掴んだ。
「いやぁー!」
「おい、待て!落ち着け!!」
「ふぇ?」
「俺は別に危害を加えるつもりはない。」
聞き覚えのある声にゆっくり目を開けて声の人物を見ると、そこには少し困惑した表情の一人の男の人が立っていた。
赤い髪に頬にあるアザ、耳には三角のピアス・・・覚えが無い訳はない。
以前一度出会った事がある・・・その時は吠登城の中だったけど・・・。
「紅・・・孩児?」
「そうだが・・・お前は?」
あ、覚えてない・・・そりゃそうだ。
羅刹女の部屋でちょっと会っただけだもんね。
覚えてるとしても・・・頭ぶつけてぶっ倒れた間抜けな女として記憶に残ってるだろうから、どちらかと言うと忘れておいて貰った方が嬉しいかも。
「あの、と言います。その・・・悲鳴あげちゃって、ご、ごめんなさい。」
勢い良く地面につきそうな勢いで頭を下げる。
とにかく謝らなきゃ!ここで彼の機嫌を損ねたらどうなるかわかんない!!
「いや、こっちこそ突然驚かせてしまってすまない。」
紅孩児が頭をかきながら少しすまなそうに頭を下げた。
うーん、この様子からするとまだ三蔵達には会ってない・・・と言うかまだ経文争奪戦は行われてないのかな、洗脳もまだされていないみたいだし・・・。
地面に座り込んだまま紅孩児の顔を凝視していると、ふいに紅孩児の視線が別の方向へ向いた。
「・・・と言ったな。もしこの先に用があるなら早く行った方がいい。」
「え?」
「ここはあまり人間と話のできる妖怪がいるような場所じゃない。」
「それは・・・もしかして・・・」
顔から血の気が引いていくのが分かった。
もし出会ったのが紅孩児じゃなかったら、もしかしてあたしは今頃・・・
「あぁ確実に殺されていただろう。この辺にオンナや子供が迷い込む事はそうないからな。」
がーん!やっぱり!!
ショックを受けたあたしに紅孩児は手を差し伸べて、まるで安心させるかのように軽く微笑んだ。
「立てるか?」
「は、はい・・・重ね重ねすみません。」
震える足を気力で立たせ、紅孩児の手を借りてようやく立ち上がった。
「よければ家の近所まで送ろう。この先に飛竜が置いてある。」
飛竜?飛竜って言うと李厘が三蔵達の所に来る時乗ってたやつ!?
「もしお前が俺を信用するのであれ・・・」
「乗ります乗ります!乗せてください!!」
あまりの嬉しさに紅孩児の続きの言葉を遮ってしまった。
もしかしてこれって・・・やばい?
「くっ・・・」
「あっ・・・あの、紅孩児・・・さん?」
「あはははっ!」
わ、笑った。
紅孩児が笑った!?
ボーゼンと紅孩児の笑う姿を眺めていると、口元を抑えながら紅孩児がこちらを見た。
涙流して笑ってるよ、この人。
「いや、その・・・すまん。あまりに・・・その・・・うちには妹がいるんだが、その妹を初めて飛竜に乗せようとした時と反応が同じだったもので、つい・・・」
って事は何?あたしは李厘と同じ反応を示した・・・と?
しかも今よりも幼い李厘と!?
「いえ・・・お気になさらず。」
そう言うあたしの表情は若干引き攣っている。
一体あたしの外見年齢はこっち(桃源郷)では幾つになってるんだろうと真剣に考えてしまった。
それから笑いの落ち着いた紅孩児に連れられて、ちょっと開けた水辺へ行くとそこに大きな竜が目を閉じて休んでいた。
・・・おかしい。
本で見たら李厘よりちょっと大きいくらいに思えたのに、これは・・・やけに大きくないか?
「さて、お前の家は何処だ。」
「ほえ?」
「いや、お前の家の方向は・・・どちらだ?」
あっ、そうだった!!悟浄の家ってここからどっち?って言うか紅孩児と悟浄が出会ったらマズイでしょ!まだ旅は始まってないんだから!!かと言って適当な事言って適当な所に下ろしてもらうのもまずいだろうし・・・。
「?」
あー名前呼んでくれてるvって喜んでる場合じゃないって!何とか考えなきゃ・・・。
そしてジャスト1分後。
「実はあたし夢遊病の気があって、目が覚めると知らない所にいる事が多いんです。」
あたしの考えた理由はこんなトコ、これ以上難しい事とかある事ない事でっち上げでもしたら、恐らくあたしの頭がついて来なくて結局嘘がばれちゃいそう。
まぁあながち嘘とも言えないし・・・ね?
日本人独特の困った時には笑っとけ、とでも言うような笑顔で紅孩児にそう告げると、紅孩児は口元に手をあて何やら考え始めた。
もしかして・・・嘘がばれた?
ま、まさか突然炎獄鬼とか召還したりしないよね!?
人間パニックに陥るとすぐに最悪の事態を想定する。
今のあたしがまさにその状態。
しかしそんなあたしの心配とは裏腹に、紅孩児は飛竜の側に置いてあった地図を取り出しそれを見始めた。
迷子になってるわけじゃないよね?
恐る恐る大きな竜の側にいる紅孩児の隣に立ち、声を掛けてみた。
「あの・・・紅孩児?」
「女の足でここまで来たのだから恐らく平坦な道を来たのだろう。しかしこの近辺に村はない。もしかしたら道中誰かに連れられて来てしまったかも知れないのだが・・・何か覚えていないか?」
じっと目を見つめられて思わず声が出なくなった。
この人・・・本気で心配してくれてる。
何も言わない事をどう取ったのか、紅孩児は手にしていた地図を丸めて元に戻すと飛竜の上に飛び乗った。
「少しこの辺りを上から見てみれば知ってる景色があるかもしれない。一緒に来るか?」
そう言って差し出された手にあたしは躊躇うことなく自分の手を重ねた。
この優しくて温かい王子様を信じて・・・。
「・・・」
「・・・だ、大丈夫か?」
上空は風が強くて、結構揺れる・・・初めての感覚に自然と体は硬直し震えてしまう。
それも当たり前の話、あたしが乗った事あるのは竜は竜でもジープだけだから・・・空なんて飛んだ記憶は一回もない。
紅孩児の手を取って飛竜の前に乗せてもらったはいいけど・・・肝心な事を忘れてた。
あたしってば実は、高い所あんまり得意じゃないんだよねぇ。
木の上とかならまだ平気なんだけど、さすがに飛竜で飛んでいるこの高さは・・・木よりも全然高い。
「おい、。」
「・・・は、はい?」
飛竜の首をまるで丸太か枕でも抱きこむように抱えているんだけど、そのはるか下はもう断崖絶壁。
全く安定感と言うか安心感と言うものがこの飛竜にはない。
最初首の紐を持てと言われたんだけど、飛んだ瞬間に離しちゃって結局飛竜の首に掴まるような形になってしまった。
だから紅孩児に呼ばれた時も、まるで壊れて錆びてしまった人形の首を動かすかのようにギリギリ音を立てながら振り向くような感じだった。
紅孩児はそれを見ると大きなため息をついた。
この時、ごめんなさい・・・余計なお荷物拾わせて、と心から謝りたくなったのは言うまでも無い。
「・・・そのままゆっくり体を起こせ。」
「?」
「絶対に受け止めてやる。だからこちらに体を倒せ。」
こんな空の上じゃ思考も働かず、紅孩児の声に導かれるようにゆっくり飛竜の首からじりじりと後ろへ下がり紅孩児に近づく。
次に震える手で上体を僅かに起こすと紅孩児の腕があたしの腰に回され、あたしは紅孩児の胸に引き寄せられた。
「そのまま俺の首に腕を回して、怖ければ目を瞑っていろ。何か目印のようなものがあれば俺が教えてやる。」
今の体勢・・・紅孩児に抱きついていると言うのが一番簡単な説明かもしれない。
恐怖感なんてものはさっき紅孩児の腕があたしの腰に回された瞬間に何処か遠くに行ってしまった。
今あるのは・・・少し照れたような紅孩児の横顔と破裂しそうなあたしの心臓だけ。
「・・・大丈夫か?」
「はい・・・大丈夫です。」
それから暫く飛竜であたしがいた近くを飛んで、紅孩児が見えるものを教えてくれたけどあたしが思い当たるものがあるはずはない。
あたしがいる世界は・・・本来いる場所はここではないから。
やがてピンク色で染まった部分が見えてきて、一旦飛竜を休ませる為そこへ降りた。
そこは一面桜が植えられていて、風が吹くと満開を過ぎた桜の花びらが風に乗って綺麗に舞っていた。
「うわぁ〜!綺麗!!」
「珍しい色の花だな。」
「え?桜って珍しいの?」
ふと地面に落ちていた桜を一輪拾って紅孩児の目の前に差し出すと、何か壊れ物でも触るかのようにおずおず手を伸ばしてきた。
「吠登城の周りにあまり花は咲かないからな・・・」
そう言えばそうだ。
あの周囲は色にすると何となくだけど灰色っぽくて、こういうパステル系の微妙な色ってなさそうだもんね。
「そうか・・・これはサクラと言うのか。」
「うん、春に咲く花で色々な品種があるんだよ。これは花びらが5枚だから一般的な桜だね。」
「ほぉ・・・」
とは言えこっちにソメイヨシノだとか八重桜だとかそう言った品種があるのかは知らないけどね。
紅孩児は上の方をじっと見つめ、桜の花びらが風になびくのを愛しそうに眺めていた。
やがて桜からあたしに視線を戻してから飛竜の方へ向かって歩き出した。
「少しここで休もう、飛竜も休ませなければならないからな。」
「あっ・・・そうだね。ごめんなさい色々迷惑かけて・・・」
飛竜の首にかかっていたバッグから水筒のような物を取り出している紅孩児に謝る。
本当ならとっくの昔に紅孩児は吠登城に帰ってるはずなんだよね。
「俺も人探しをしながら飛んでいる。だからあまり気にするな。」
そう言うと水筒についているコップにお茶を入れてくれてそれをあたしに渡してくれた。
緑茶のような色をした飲み物は、飛行中悲鳴を上げ続けた喉にとても優しい味がした。
その後二人で桜の木の根元に座り、桜を眺めながら他愛も無い話をした。
「妹は無鉄砲な所があってよく城を勝手に抜け出すんだ。その度に俺や他の者が探して歩くんだが・・・妹と言うものは皆そう言う者なんだろうか?」
「あたしは一人っ子だから良く分からないけど、でも探しに来てくれる事が実は嬉しいのかも知れないですよ?」
「そ、そうか?」
あ、紅孩児ちょっと嬉しそう。
この人は本当に妹を・・・李厘を大切に思ってるんだなって言うのが伝わってくる。
本当にどうしてこの人と三蔵達が争わなきゃいけないんだろう。
「紅孩児は優しいね。」
「何だ突然?」
「今だってこんな見知らぬあたしの事なんかほっといて妹さんを探しに行けばいいのに、こうして付き合ってくれてる。紅孩児は優しいよ。」
今迄は緊張したり、怖かったり、誤魔化したりでちゃんと笑えなかったけど今はキチンと笑える。
あたしはにっこり笑ってもう一度紅孩児にお礼を言った。
「本当にありがとう。出会えたのが紅孩児で本当に良かった。」
「・・・不思議な人間だな、は。」
「え?」
「吠登城で初めて会った時は・・・その、おかしなヤツだと思った。」
こ、紅孩児覚えてるの!?
たった一回、しかも羅刹女の部屋に無断で侵入したあたしの事を!?
「妙に引き攣った笑顔で何か隠した素振りで部屋を出て行こうとしたら真っ直ぐ壁にぶつかって怪我をして・・・八百鼡を連れて戻った時にはもう姿は無かった。」
「えっと・・・その・・・」
「お前とは何か不思議な縁のようなものがある気がする。」
じっとあたしを見つめる紅孩児の目は、今までに見た事がないくらいまっすぐで・・・思わずその目に吸い込まれるかのようにあたしも紅孩児を見つめた。
「もしの帰る場所が分からなければ・・・その・・・お、俺とだな・・・」
「紅孩児と?」
何故か頬を赤らめてどもり始めた紅孩児を不思議そうに眺めていたら、急に手を握られた。
「俺と一緒に・・・」
紅孩児が何かを必死に言おうとしたその声を何処か遠くから聞こえる少女の声がふさいでしまった。
遠くにいてもはっきり聞こえる・・・あの元気な声は・・・。
「お兄ちゃーん!」
「・・・李厘。」
がっくり肩を落として声のする方向を振り向くと、飛竜が一足先にこちらに向かってやってきた。
しかしその背に声の主は乗っておらず、心配そうな表情で紅孩児の顔を覗きこんでいた。
あたしでも理解できる(ジープで慣れたって気もするけど)李厘に何かあったんだと。
「いや・・・しかし・・・」
「あたしはここにいるから大丈夫。早く李厘の所に行ってあげて・・・ね?」
「・・・分かった。戻ったらさっきの続き・・・聞いてもらえるか?」
「・・・うん、分かった。」
「そうか!では行ってくる!」
「行ってらっしゃい。」
李厘を乗せて来たと思われる飛竜の背に飛び乗ると、あたしが一緒の時とはまるで違うスピードで飛んで行った。
「紅孩児って・・・いい人だなぁ。」
今日一日一緒にいて思った事。
やっぱり紅孩児は優しいなぁって・・・でも、紅孩児は何を言いたかったんだろう?
そんな事を考えながら頭上の桜を眺めていたら、だんだん気が遠くなっていくのが分かった。
紅孩児が帰って来るまで待ってなきゃいけないのに・・・そう思った時には既に目の前の桜はどんどん霞んでいって、瞳を閉じたあたしの脳裏に浮かんだのは舞い散る桜の向こうで照れた様に笑っていた紅孩児の姿だった。
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9500hitをゲットされました 彩花 サンへ 贈呈
『うたた寝で紅孩児とお花見』と言うリクエストでした。
しかし・・・お花見と言いながら、ちょっとしか桜を見れませんでした(TT)
うたた寝ではあまり紅孩児とお話してないよなぁ・・・
と思ったらこんな事になってしまいましたが如何でしたでしょうか!?
取り敢えず頑張ってお持ち帰りしようとする王子様を楽しんで頂けると嬉しいです。
彩花さん、リクエストありがとうございましたv
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです!
また遊びに来て下さいねvvv