The girl of the library







「・・・ここにもいない・・・か。」

俺は吠登城内にある李厘の部屋の扉を静かに閉めて部屋を後にした。
目的の人物は日中大抵李厘と共に過ごしているので此処を訪ねてきたが見当たらない。
まぁもっとも李厘が一箇所に落ち着いているは食事の時と昼寝の時くらいしかないが・・・。
昼食を終えた今は恐らく何処かで遊んでいるのだろう。

「全く・・・少しは大人しくしていられないのか。」

「どうかなさいましたか、紅孩児様?」

李厘の部屋を背に立っていた俺に八百鼡が声を掛けてきた。
八百鼡ならば李厘とアイツの行方を知っているだろうか。

「八百鼡、どこかでを見なかったか?」

・・・ですか?」

八百鼡が少し驚いた表情で俺を見た。
俺は何かおかしな事を言っただろうか?
しかしすぐにいつもの微笑を携えて、ちょうど自分が歩いてきた廊下の先を指差して的確にその場所を伝えた。

「先程李厘様は私の部屋でお昼寝をされていましたので、一人の時はきっと書物庫にいらっしゃると思います。」

「書物庫?何故そんな所に?」

あそこには今はもう必要のない書物や古語で書かれていて誰も読む事が出来ない本が山と積まれているだけだ。
以前不容易にあそこを開けた部下が雪崩にあい怪我を負った事もある危険な場所だ。
そんな所に小さな少女が入ったら・・・軽症じゃ済まん!

「紅孩児様、ご心配なさらずとも今はそんなに危険ではありません。」

顔に出ていたのか、八百鼡が安全性を強調する。

「何がどう変わったのだ?」

「口でご説明するのは難しいので・・・書物庫を実際にご覧になるほうがよろしいかと・・・」

「そうだな、時間を取らせた。またすぐ忙しくなると思うから八百鼡も今のうちに休むように。」

「はい、紅孩児様。」

それだけ言うと八百鼡はペコリと頭を下げて先程俺が扉を開けた李厘の部屋へと入って行った。










俺が探しているという名の少女は1ヶ月ほど前、李厘が吠登城へ連れてきた妖怪の少女だ。
李厘にとってはいつもの事なのだが、飛竜で勝手に城を抜け出して散歩をしている最中に傷だらけの何かを見つけたらしい。
遠目で見た時は獣の肉だと思ったらしく、嬉しそうに近づいたら・・・それは自分と同じくらいの少女だった。
慌てた李厘は少女に声を掛け、まだ息があるのを確認すると飛竜に乗せて一目散に城へ戻ってきた。
ちょうどその時、俺と独角ジ、そして八百鼡はいつものように行方をくらましてしまった李厘を探すべく城中を走り回っていた。
俺が李厘の名を呼ぶよりも大きな声が外から聞こえたと思うと窓から飛竜と共に腕に血の固まりのようなものを抱えた李厘が飛び込んできた。
李厘が怪我をしたのかと慌てて近寄ると、李厘の両手と服についている血は他人の物だとすぐに気づいた。
そしてその血の主が李厘が腕に抱いている少女だという事も・・・。
李厘は半分泣きながら少女の様子を伝えた。
俺はすぐ八百鼡に指示を出し、ニィ健一に見つからないよう何処かで治療するように言い渡した。
勿論・・・玉面公主にも知らせず。

それから3日。
出血量のわりに大した怪我もなかった少女はその名をと言い、何度も俺達・・・特に李厘に礼を言った。
それから僅か1週間ほどで城内を李厘と一緒に駆け回れるくらい元気になり、今ではすっかり李厘の遊び相手として城内を闊歩している。

気質が李厘と似ている事からたまにケンカをする事もあるようだが、俺達相手ではそんな事もした事がない李厘にとってはいい経験だ。
現に李厘は以前よりも人の話をちゃんと聞くようになっている・・・気がする。





そんな事を考えながら歩いていたらいつの間にか目的の書物庫の前に到着した。
俺は扉に手をかけると、本が崩れてきてもいいように注意しながらそっと中を覗きこんだ。

「・・・これは!?」

扉を全開にしても、本が崩れてくる事はない。
むしろ・・・足場すら出来ていて中に入ることが出来る。

「一体何が・・・?」

「あっ、紅ちゃん!」

本の山の向こうから探していた人物の声が聞こえた。
身長が小さいので俺の背くらいまで積み上げられた本の山の中では声しか聞こえない。

か?何処にいる。」

「こっちこっち!!手、見える〜?」

どうやら手を振っているらしいが・・・どんなに目を凝らしても、手の欠片すら見つける事が出来ない。

「すまん。何処にいるのかわからない。」

「わかった!今そっちに行くから!!」

そう言うと俺が探している方向とは全く逆側で本が揺れたのに気付いてそちらへ視線を向けると、体中埃まみれになったが現われた。

「紅ちゃんってば全然違う方向見てるんだもん。」

頬を膨らませて怒ったような顔をしているの耳を掴むと、まるで李厘を叱るかのように俺は声を大にしての耳元に叫んだ。

「お前は一体ここで何をしている!ここは危険な場所だから入るなと最初に言っておいただろう!」

「一応レディなんだから耳掴むのやめてよぉ!!」

「・・・あぁ、すまん。」

ハッと気づいたようにその手を離す。
いくら李厘と同じくらいの年齢とは言え妹ではないのだ。
俺がここまでやっていい権利はない。

は引っ張られた耳を手で撫でながら目に涙を浮かべ、キッと俺を睨んだ。

「片付けてるんだからしょうがないでしょ!」

「片付ける?・・・何をだ。」

「紅ちゃん・・・バカ?書物庫で本を片付けなくて何片付けるの?」

・・・ふと疑問に思うんだが、俺は何故に此処まで言われても嫌な気がしないのか。
八百鼡はともかく独角ジでさえ俺の名を呼び捨てる事はあっても「バカ」とまでは言わんのだが・・・。

黙り込んだ俺の態度をどう取ったのか、は小脇に抱えていた本の一冊を手に取ると紙切れが挟んである部分を開いて俺の前に差し出した。

「はい、これ。ここの・・・えっと79ページに経文の事って言うか『三蔵法師』について載ってたから・・・」

「何!」

俺はから本を奪うように手にすると、開かれた部分を食い入るように眺めた。
所々染みがあったり虫に食われたりしてはいたが確かに『三蔵法師』と言う単語が見て取れる。
じっくり読めばが言うように何か他の事も載っているのかも知れない。

「あとこれ。経文について一文しかないけど、何かの役に立つ?」

・・・まさかお前、この為にこの部屋を?」

度肝を抜かれた気分だった。
李厘と同じくらいの年齢の少女。
時折見る姿は李厘を追いかけたり追いかけられたりして遊んでいる姿だけ。
それが本当に今、俺の目の前にいる少女なのか?

「ただあたしは本が読みたくてここを片付けただけ。そんで片っ端から読んでたら紅ちゃんが言ってた『三蔵』とか『経文』って言葉が載ってる本があったからよけてただけだよ。」

「だがここまでするのは大変だったろう。」

「んーまぁねv」

こんな小さな少女一人に片付けさせてしまうとは・・・気づかなかったとしても情けない。

「すまない、今からでも何か手伝う事はあるか?」

少し頭を下げてからの顔を見ると、ビックリしたような顔で大きく口を開けていた。

「・・・?どうした?」

「紅ちゃんってさぁ・・・本当に王子様?」

「位だけで言えばそうだが、別に俺は自分がそうだと思ってはいない。」

「・・・だろうね。こんな身元も知れないあたしをお城に置いてくれた上、勝手に入るなって言われた部屋に入ったあたしに頭下げてしかも手伝う事はないか?なんて・・・ちょっとヘン。」

本当には・・・自分の思いを隠さない。
聞いている方がすっきりするくらいストレートに物事を口にする。
そうか、だから俺はが何を言っても怒る気が起きないんだ。

「まぁそう思うなら思っていろ。今日は俺もヒマだから何か手伝う事があれば手伝うぞ。」

俺は洋服の袖をグッと上に上げて側に積んであった本を取ろうと手を伸ばした。

「あっ!紅ちゃんその本ダメ!!」

「何?」

しかし時すでに遅し。

どうやらその本は側に積んであった本の支えになっていたらしく、俺がその中の数冊を手にした事でバランスを崩した本は一気に横に流れてしまった。
大げさな音を立てて崩れていく本を見て、俺の体は石のように固まってしまった。

手伝いを申し出たつもりが、用事を増やしてしまった。
何とか口を開いて出たのはありきたりの謝罪の言葉。

「その・・・・・・すまない。」

「・・・いいよ・・・すぐ、戻せる・・・から・・・」

俯いて頭を垂れたの肩が僅かに震えている。
当然だ。俺は今までが一生懸命築き上げたものを一瞬にして崩してしまったのだから・・・例え半分とは言え。

「本当にすまない。」

俺がそう言った瞬間、隣に立っていたが突然吹き出した。

?」

「あーもうダメ!!耐えらんないっ!あははははっっ!紅ちゃん真面目〜♪」

洋服が汚れるのも気にせずは床にうずくまり腹を抱えて笑い始めた。
俺はわけも分からずその場に立ち尽くす。

「紅ちゃんの背くらい積んであるんだから、例えば廊下で独角が走ったとしても崩れるの!それなのにそんなっ、悲痛なっ・・・顔しなくてもっ・・・あっはっはっ!!」

は涙を流しながら床を転がっている。

「そんなものか・・・知らなかった。」

「だからそんな真剣にならなくてもいいってば!あー面白かった。」

笑いすぎて零れる涙を手の甲で拭った事での顔に煤がついていた。
俺はの頬についた埃を手で拭ってやるとそのまま手を肩の上に置いた。

「頑張るのはいいが少しは身なりも気をつけろ。せっかくの美人が台無しだろう?」

「びっ!美人って誰が!?」

珍しく真剣な表情で俺の服を掴む。
俺はの頭についていたクモの巣を取りながらの質問に答えた。

「この部屋に以外に誰がいる。」

「・・・嘘。」

は俺が嘘を言うと思うのか?」

そうだとしたら少し寂しい・・・寂しい?
何故俺はそう思うんだ?

「・・・思わない。」

そう呟くは今まで見たこともない表情で・・・李厘と同じようにやんちゃな子供と思っていたはずが、今目の前で恥ずかしそうに俯いているのは・・・一体・・・誰だ?

「将来の為にも大きな怪我をしないよう気をつけろ。さてこの山はどうやって積み直せばいいんだ?」

「あっ・・・えっと・・・じゃぁそこの大きな本を下にしてその上に同じ表紙の本を積んで・・・」

まだ少しの頬が赤いのは・・・今は聞かないでおこう。





しかし5分も立てばさっきの大人しいは姿を消して、いつものが俺に向けて言葉をぶつけてくる。

「あー!!違うってばそれはこっち!紅ちゃん何処見て分類してるの!!」

「一体何処が違うんだ!」

「本の背表紙についてる模様が違うでしょ?中見れば更に分かるじゃない!!」

本の背表紙の模様と言うのは・・・この上の方に描かれている小さな紋章の事か?
しかも中に書いてある言葉はどう見ても何処かの地域の言葉で、どれもたいして差は無いぞ!?

「ほ〜ら、早くしないと今日中にさっきの山に戻せないぞ!」

「・・・分かった!」















「よ、八百鼡。紅のヤツ見なかったか?」

「あら独角。お昼過ぎに李厘様のお部屋の前で見かけたのだけど・・・」

お昼寝から目を覚ました李厘の相手を終えた八百鼡が李厘が昼寝に使ったと思われる毛布を片手に持ちながら自室から出てきた。

「いや、紅の使いで出掛けててな。帰ったら部屋に来いって言われてたから行ったんだが・・・」

「いらっしゃらないのですか?」

「あぁ。オレと違って真面目な紅の事だから今日はずっと部屋にいると思ったんだけどな。」

「そう言えば昼間、を探していらっしゃったけど・・・」

「あぁ、ンじゃあそこか。」

「えぇ多分。」

二人は何も言わずに納得したかのように頷いている。

「そんじゃそこ行って見るわ。一応八百鼡も何処かで紅を見かけたら部屋に戻るよう言っておいてくれ。」

「わかりました・・・あ、独角!がまたあそこで休んでいたら大変だから、これを・・・」

そう言うと八百鼡は持っていた毛布を独角ジに手渡した。

「アイツ熱中しすぎるとある時電池が切れたみたいに寝るからな。」

「えぇ、日が落ちるとあの部屋だいぶ冷えるから・・・」

「オッケー。そんじゃ〜な。」

「もしも書物庫にがいなかったらそれ洗い場へお願いしますね。」

「・・・オーケー。」

大人しそうに見えてもしっかりしている同僚に手を振りながら、独角ジは毛布を片手に目的の人物がいそうな場所へと向った。





「おーい、!紅!いるのか?」

書物庫の扉を軽く叩いてみるが中からは一切返事がない。
以前を呼びに来た時に思い切り叩いたら、の返事より先に本が崩れる音が聞こえた事からこの部屋の前を通る時と扉を叩く時はかなり慎重に行動するようにしている。

「入るぞ・・・って・・・何やってんだコイツラ?」

扉を開けてそこで独角ジが見たものは・・・綺麗に詰まれた本の山の間に座り込んで眠っている紅孩児と読みかけの本のページを押さえたまま紅孩児の肩に頭を置いて眠り込んでいるの姿だった。

「・・・ったく、しょうがねぇなぁ。」

そう呟くと独角ジはの膝の上に落ちている本をそっと抜き取り、側の本が崩れないよう気を使いながら八百鼡に渡された毛布でそっと二人を包み込んだ。
そして今日、紅孩児に頼まれたある物の入った箱を紅孩児の横に置くと静かに書物庫の扉を閉めた。





紅孩児に頼まれた独角ジのお使い。
それは李厘の着れなくなった服を用に仕立て直すよう頼んでいた服を取りに行く事。

が着ている服は城で仕えている者達と同じもの。
そうではなく、の為に服を用意してやりたい。
紅孩児が初めて異性に贈るプレゼント。





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7900hitをゲットされました 香香 サンへ 贈呈

『お相手紅孩児で甘々』と言うリクエストで、風見初の紅孩児ドリームです!!
一応頂いた設定をそのまま使ってしまいましたので、タイトルもそのまんま・・・捻りも何も無いです、ハイ(苦笑)
そして紅孩児を何と呼べばいいのかも分からなかった私は、香香さんが呼んでいるままヒロインに呼ばせてしまいました!
こんな感じになりましたが・・・い、如何でしょうか?独角ジの出番少なくてスミマセン(TT)でも何気にオイシイ位置ではある(笑)
香香さん、リクエストありがとうございましたv
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです!
また遊びに来て下さいねvvv