It catches a cold
「あ゛〜・・・体だる〜」
居間の机に突っ伏してさっきから絶えずティッシュで鼻をかんでいる悟浄。
「、洗濯くらい自分で・・・ごほっごほっっ」
自分の使ったタオルや使用済みパジャマを持って洗面所へ向かおうとする八戒の手からそれを奪い取る。
あたしは今日何度目かの台詞を二人に向けて再び叫んだ。
「二人とも風邪の時くらい大人しく寝てなさ―――い!!」
悟浄と八戒の二人を怒鳴りつけるのなんて・・・全く持って初めての経験。
でも・・・この位言わないと今の二人は、大人しく寝る事すらしないんだもん!
こっちに来た時、いつもなら八戒が起こしてくれるはずなんだけど今日はそれが無かった。
おかしいなぁと思いながら居間へ行くと・・・妙に赤い顔した八戒が椅子に座っていた。
「は・・・八戒?」
「おはようございます、。すみません朝食の準備まだなんですよ・・・」
何かおかしい。いつもと同じ笑顔なんだけど、何か何処かおかしい。
「それはいいけど・・・顔、赤いよ?」
「そうですか?そんな事・・・」
言いかけて八戒は急に咳き込み始めた。
慌てて側に行って背中を擦ろうとしたら、八戒があたしとの距離を空けた。
「ダメです・・・にうつったら・・・大変ですから・・・」
そう言うとまた苦しそうに咳をし始めた。
見ているのが辛くて八戒の制止の手を振り払ってその背中を擦る。
暫く咽ていたけど、やがて落ち着いた八戒が苦笑しながらこっちを見た。
「いや〜・・・風邪を引いてしまいました。」
「・・・やっぱり。」
あたしは椅子に座っている八戒の額にそっと手を当てて驚いた。
「熱!熱あるよ、八戒!!」
「それは生きてますから・・・」
「そう言う問題じゃないってば!!」
普通微熱くらいだったらちょっと温かいかなぁと首を傾げるんだけど、今触った八戒の額ははっきり言って熱い!
「今日はもう何もしなくていいから早く部屋に戻って寝て!」
「でも・・・」
「でもも何もないの!」
あたしは八戒の手をがしっと掴むと力いっぱい引っ張って八戒の部屋まで連れて行った。
「次にあたしが来るまでに寝てないと怒るからね!」
どうして八戒は人の事には敏感なのに自分の事になるとこう・・・あーうまく言えない!
「・・・」
「そっそんな声で名前呼んでもダメ!」
とか言って実は今凄くドキドキした。
風邪のせいで少し低くなった声は、いつもの八戒とちょっと違って・・・でもダメ!ここは心を鬼にして・・・
「悟浄の様子を見ないといけないんです。」
「だからダメだって・・・はぁ?」
「3日程前から悟浄も寝込んでいるんです。」
「え゛?」
「・・・うわっ、本当だ。」
一緒に悟浄の様子を見に行くと言っていた八戒を半ば無理矢理部屋に押し込んで隣の悟浄の部屋に入って思わず自分の目を疑った。
「い・・・生きてますかぁ?」
そっとベッドに近づくと、ほぼうつぶせに近い状態で陸揚げされた冷凍マグロのようにピクリともせず眠っている悟浄がいた。
「悟浄?」
本当に生きているのか心配になってベッド脇にしゃがみ込んでその横顔を覗き見た。
微かに口が開いてそこから呼吸が聞こえ、肩が上下しているのを確認するとホッと胸を撫で下ろす。
いつも精力に溢れている悟浄の顔が今日は何処と無く弱々しい。
しかも良く見たら・・・無精ひげ、生えてる。
ヒゲを剃る元気も無いんだ・・・。
「・・・悟浄。」
もう一度声を掛けたら瞼が僅かに動いて目が開いた。起こしちゃったか。
「あ゛ーチャン?」
「起こしてゴメン、具合・・・どう?」
「サ゛イ゛ア゛ク゛〜」
うん、それは見れば分かる。
八戒は咳き込んでたけど悟浄は鼻が大変そう。
鼻づまりの所為で声が全部濁ってる。
あたしに視線を合わせたまま手が何かを探すようにさ迷い始めたので、あたしは側にあったティッシュの箱を渡した。
「これ?」
「ん、ザンギュー♪」
赤鼻のトナカイのように真っ赤になった鼻をかんで、そのティッシュを部屋の隅にあるゴミ箱に向けて放り投げた。
あ〜あ、ゴミ箱いっぱいになって周りに全部散らかっちゃってるじゃん。
「今日はあたしが看病するからゆっくり休んでね。お腹空いてる?」
「・・・腹・・・減った・・・」
「食欲あるのはいい事だよ。何か作ってくるからそれまで休んでて・・・」
「ザンギュ〜」
取り敢えずゴミ箱周りのゴミを拾い集めてゴミ箱に押し込む。
悟浄に必要なのは食べ物と・・・ティッシュと・・・ゴミを入れる袋かな。
考えながら悟浄の部屋を後にすると、さっき『寝ててね』と言った八戒の部屋からやけガサゴソと言う物音が聞こえた。
「・・・八戒?寝てって言ったでしょう?」
「す・・・すみません。」
何の前触れも無く八戒の部屋の扉を開けると、そこには動きを止めてバツが悪そうな顔をした八戒が窓を開けて何故か部屋を掃除していた。
・・・寝てって言ったのにぃ〜!
あたしは八戒が持っていた本を奪うとにっこり笑って声を掛けた。
「何処にしまうの?」
「あ・・・その本棚の開いている所へ・・・」
「じゃぁ片付けておくから・・・寝てくれる?」
八戒?さっき自分がどれだけ具合悪いかあたしに見せちゃったでしょ?
そんな人が部屋の掃除してどうするの!・・・って怒鳴りたい気持ちを一生懸命抑えて本を本棚にしまうとその手を部屋の扉に掛けた。
そのまま無言で出て行こうとして大事な事を言い忘れたのに気付いてくるりと振り向く。
「ジープは今日あたしの部屋でお昼寝させるね。風邪うつっちゃうと大変でしょ?」
「えぇ・・・ごほっ、お願いし・・・げほっ」
あぁぁっほら!そんな状態で部屋の掃除したら埃吸い込んで更に熱上がっちゃうじゃん。
「わ、分かった!あんまり喋んないで!すぐ冷たいタオル持ってくるから・・・今度こそちゃんと寝ててね?」
「・・・分かりました。ご迷惑おかけします。」
そう言って困った顔をしながらペコリと頭を下げた八戒に手を振りながら部屋の扉を閉めた。
「って言ってからまだ数分しか経ってないのに・・・どうして二人ともここにいるの!!」
八戒にタオルを持って行って、悟浄の部屋のゴミを集めて新しいゴミ袋とティッシュの箱を置いてからの事だった。
二人とも食欲はあるようなのでおかゆでも作ろうと台所に入って数分後、ガタガタと言う音が聞こえてひょこっと台所から顔を出すと何故か二人が居間のテーブルについていた。
「だから腹減ったって・・・」
「持っていくから!」
「一人で何かあったら大変じゃないですか。」
「おかゆ作るだけだから大丈夫だってば!」
この二人・・・病人の自覚、あるのか?
かと言ってこれ以上二人と言い争っていたらそれが原因で具合悪化させてしまうかもしれない・・・ここは一つとっととおかゆを食べさせて寝かしてしまおう。
うん、それがいい!
「・・・わかった。それじゃぁおかゆ食べたらちゃんと寝てね?」
「「は〜い」」
・・・大きな子供が二人?
そんな言葉が脳裏を横切った。
二人に気付かれないように小さなため息をついて、あたしは棚から湯飲みを取り出すと後で持って行こうとしていた物をそれに注いでだるそうに座っている二人の前に置いた。
「取り敢えずこれ飲んで体暖かくしてね。」
「おっ酒!」
「たまご酒ですか?」
「うん。」
「・・・結構ウマイ、コレ。チャンお替り!」
「・・・悟浄、飲み屋じゃないんだから。」
それにたまご酒ってそんなに一気に飲んでお替りするような物だっけ?
「ありがとうございます。美味しいです。」
「ホント?八戒にそう言って貰えると嬉しいな♪」
ついさっきその八戒を怒鳴りつけたのは誰だよ・・・と言う突っ込みは置いといて、あたしは二人にたまご酒のお替りを注ぐと再び台所へ戻って行った。
「「ご馳走様でした」」
「はい、お粗末さまでした。」
・・・それにしても二人とも良く食べたなぁ、結構多めに作ったから余ると思ったのに・・・土鍋空っぽだ。
さっすが成年男子!って言うのもおかしいか。
「すみません、。薬を飲むのでお水いただけますか?」
「はーい。悟浄もお水いる?」
そう言って振り返った瞬間、ヤバイと言う顔をした悟浄と目が合った。
その手にはいつも食後に必ず吸っていたモノが当たり前のように指に挟まれていた。
「ごぉーじょーう?」
「いや、その・・・ついクセで?」
「没収!!風邪のクセに煙草吸ってどうするの!!」
「コレは風邪とは別だろ!」
「喉に良くないし、今は八戒も風邪引いてるでしょ?」
「・・・もっと言ってください。悟浄は風邪引きかけの時から僕が何度言っても煙草を止めなかったんです。それから僕が咳をし始めても止めてくれなくて・・・ごほっごほっ」
ちょうど言いタイミングで八戒が咳をした。
病人の前で病人のクセに煙草吸ったの!?
あたしはにっこり笑って悟浄が持っていた煙草とライターを有無を言わさず取り上げた。
「風邪治るまで悟浄、禁煙ね?」
「うっわ〜・・・ヤブヘビ・・・」
ガックリ肩を落としてしまった悟浄はちょっと可哀想だったけど、それも悟浄の体を心配しての事だから許してね?
結局あの後、何とか煙草を取り返そうとする悟浄と暫く揉めたんだけど、最終的に八戒の一言を聞いて悟浄が大人しくなった。
「これ以上に迷惑をかけるようなら・・・永久に寝かせますよ?」
そう言ってにっこり笑った八戒は・・・それはそれは・・・怖かった。
声だけ聞いたあたしですら恐怖のあまり鳥肌が立ったくらいだから、正面からその時の八戒の笑顔を見てしまった悟浄は・・・完璧凍りついてたもんね。
ちょうどいいと言って凍りついた悟浄を部屋に押し込んで、ついでとばかりに悟浄が部屋に置いている新品の煙草も全て探し出して紙袋に入れると八戒がそれをあたしに手渡した。
「はい、これで全部です。」
ちょーっと悟浄が可哀想に思えた一瞬だった。
早く元気になってね、悟浄。
そうしたらすぐにでも煙草、返してあげるから・・・。
「はい、八戒タオル。」
「ありがとうございます。」
ようやく落ち着いてベッドに横になった八戒の額にタオルを絞って乗せる。
「薬効いてる?」
「そうですね、咳もだいぶ落ち着きましたし・・・」
「そうだね。さっきから咳あんまりしてないもんね。」
「普通の人より回復が早いんですよ。多分。」
そう言われて気がついた。
悟浄は半分妖怪の血が入ってるし、八戒は・・・妖怪。
だから体力の回復とか早いのか・・・妙に納得して、ちらりと視線を目の前の八戒に向ける。
妖怪・・・ねぇ・・・どっからどう見ても普通の人だけどなぁ。
今はちょっと元気なくて、顔色も悪いけど・・・はっっ!そう言えばバングル外してる八戒って、考えてみたら初めて?
そう思った瞬間、八戒が体の向きを横にしてじっとあたしの顔を見つめているのに気がついた。
「どっどっどうしたの八戒!」
見慣れない素顔の八戒に動揺して思わずどもってしまった。
「・・・手、握っててもらえますか?」
「手?あ、うんいいよ。」
あたしは伸ばされた八戒の手をそっと両手で包むように握った。
いつもはどちらかと言うと冷たい八戒の手が今日は熱のせいかやけに熱い。
それともあたしの手が緊張して熱いのかな。
「・・・おかしいですね。」
「ん?何が?」
急にクスクス笑い始めた八戒を不思議そうに眺める。
もしかして熱、また上がっちゃった?
「こんな子供みたいな事・・・」
あぁそうか・・・そう言う事か。
八戒の言動の意味を理解したあたしは、少し恥ずかしそうに視線を伏せた八戒の顔をワザと覗き込んでにっこり笑った。
「おかしくなんか無いよ。実はちょっと・・・嬉しいんだ。」
「嬉しい?」
「うん。だっていつもあたし八戒に甘えてばっかりじゃない?だからこうして八戒が何かお願いしてくれるのがすっごく嬉しい。」
握っていた手に少し力を入れると、八戒が凄く驚いた顔をした。
その目はいつもあたしを見守る温かい眼差しと言うよりは、突然の事にどうしていいのかちょっと困った子供のような目をしていて・・・自然と頬が緩む。
「あたしで良ければ病気の時くらい甘えてよ。」
「・・・ありがとうございます。」
そう言ってにっこり笑った八戒は・・・それはもう可愛くて可愛くて・・・。
大人の八戒にそう言うのもおかしいんだろうけど、この時は本当にそう思った。
そのまま手を握っているとやがて八戒の規則正しい寝息が聞こえ始めた。
「・・・寝た・・・かな?」
握っていた八戒の手をゆっくり離して行くと、さっき迄ギュッと握られていた手がするりと抜けた。
「少しは役に立ってるのかな。」
誰に言うでも無く呟きながら八戒の額に置いていたタオルを起こさないよう気をつけながら取って再び氷水に浸けて絞るともう一度額に乗せた。
冷たいタオルが気持ちいいのか、額に乗せた瞬間八戒が少し笑った気がした。
「手を握るくらいいくらでもしてあげるよ。」
あたしは眠っている八戒の横に座ると、もう一度その手を握った。
こんな事で八戒が喜んでくれるなら・・・少しでも楽になれるのなら・・・いくらでも側にいてあげる。
取り敢えず八戒が次に目覚めるまで、眠らないよう頑張るのがあたしの目下の仕事だね。
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『八戒と悟浄を看病する』と言うリクエストでしたが、やけに可愛い八戒が出来上がってしまいました(笑)
しかもやっぱりいつもの如く、悟浄は可哀想な事に(汗)
だって悟浄の看病も真面目にやると・・・この話物凄く長くなるんですよ!!(言い訳?)
一度真面目に書いたら物凄く長くなって・・・挫折して今回のショートバージョンに書き直しました。
看病するのって大変だなぁと思いました!
めぐみさん、リクエストありがとうございましたv
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです!
また遊びに来て下さいねvvv