不毛な争い






「なぁ悟浄・・・」

「聞こえねぇなぁ。」

「でもさぁ」

「いーからほっとけっつってんだろ!また巻き添え食らいてェのかよ!!」

「それはやだけど・・・」

「・・・続き、やるぞ。」

悟浄が手札を一枚交換し、悟空も手持ちのカードを二枚交換した。
しかしそれはいつものように楽しいものではなく、何かから目を逸らすために行っているようだ。
その証拠に三蔵と八戒の声があがるたびに二人は動きを止め、そっと横目でその様子を伺っているのだ。







ここ最近、宿に入るたびにこの二人は必ず口論している。
その議題はいつも同じ。
一行の紅一点でもあると誰が同室になるかという問題である。
そもそも二人がに対して好意を抱いているのは当の本人以外明白なのだ。
悟空ですらそれに気付いているが、はその事に一切気付いていない。
直接八戒と三蔵に「好き」と言われても、にっこり笑って「私も好きだよ」と二人に言う始末。
恋愛に疎いのかの「好き」は、犬猫や食べ物に言う好きとあまり変わりがない。
そんなの言葉を受けても二人の気持ちは依然変わらない。

「そんなだから好きなんですよ。」

八戒はそう言っていつも以上に柔らかな笑みを携え、の側にいる。

「・・・かまわん。」

そう言って三蔵は誰にも見せた事がないような笑みを浮かべ、を見つめている。







しかしもともと独占欲の強い二人のこと。
道中二人きりになれないことから最近宿に入るたび、このようにの同室者をめぐって口論が行われる。
しかもがいない時に限って…。
今日もは宿の女将さんの好意で、お風呂を借りれる事になり久し振りのお風呂に向かっていった。
それまで和やかだった部屋もが出て行って三分後にはこの状態である。
今まで何度もこのような状態になり悟浄と悟空が仲裁に入ろうとしたが、その都度三途の川を渡りかけてしまい、
最近は自らの保身の為「見ざる・聞かざる・言わざる」を二人の合言葉にしている。





「・・・じゃぁそれでいいんですね?」

「かまわん、今日こそ決着をつけてやる。」

二人が肩で息をしながら部屋の隅にいる悟浄と悟空の方へ同時に視線を向けた。
急に自分達の方へ向いた時限爆弾達に怯えながらも、悟浄と悟空は視線を逸らす事ができなかった。

「ご、ごじょぉ〜 すっげーこえーんだけどっっ」

「ばっ、ばかやろう!アイツラだって簡単に殺しは・・・すっかもしんねーなぁ」

一瞬遠い目をした悟浄の襟首を掴んで悟空は半狂乱になって首を揺さぶる。

「うわぁっ!俺まだ死にたくねぇよぉー」

「馬鹿野郎!オレだってそうだよ!」

混乱し続ける二人を他所に、三蔵は悟空に声を掛けた。

「悟空。」

「は、はいぃっっ」

悟浄の襟首から手を離し立ち上がると、直立不動のまま三蔵の方を振り返る。

「好きなだけメシを食わせてやる。」

「へ?」

「好きなだけメシ食わせてやるからこっちへ来い。」

「はぁ?」

悟空の脳みそは今までにないくらい活動していた。
悟空の動物的本能は三蔵の側へ行く事を止めていた・・・が、悟空の胃袋は急速に三蔵の方へ近づいていった。
体は悟空の本能より食欲に従って行ったため、気付けば三蔵が座っていた椅子の傍らで悟空は見えない尻尾を振って立っていた。

「なぁなぁ!マジで食わせてくれるの!?」

「あぁ」

「何でも!?」

「あぁ、何でも食わせてやる。店一件分でもな。」

「やりぃ!!約束だかんな、三蔵!」

三蔵が八戒に向けてにやりと意地悪そうに笑った。
八戒は余裕の表情で三蔵へ微笑み返すと、いまだ部屋の隅にいる悟浄へ視線を向けた。

「悟浄。」

「スマン!」

「突然どうしたんです?」

「いや・・・つい何となく・・・」

八戒の笑みの裏に何かを感じ取ったのか、悟浄は八戒と目が合った瞬間頭を下げてしまった。
過去の生活から何かを学んでいるのか・・・習慣とは恐ろしいものである。

「明日から僕は貴方の行動に関して一切何も言いません。」

「は?」

「夜間外出するのも、色々な女性に手を出すのも、賭博で生活費を使い込むのも、煙草の本数を制限させるのも、空き缶を灰皿代わりにするのも・・・全て目をつぶります。
だからちょっとこちらに来ていただけませんか?」

あまりの好条件に悟浄はその場で眩暈がして倒れそうだった。
まるで母親のように自分の面倒を見る八戒をありがたく思う反面、煩く感じる事もある。
その八戒がこれからそれらの事に一切口出ししなくなるという。

「・・・オマエ、何企んでる?」

「企むだなんて・・・それらを量りにかけても得るものが大きいと言うだけですよ。」

「あっそ。」

とにかく自分にとって好条件である事に代わりはない。
躊躇している間に八戒の気が変わってしまうかもしれない。
そう思った悟浄が八戒の方へ向きを変えた瞬間、視界に金色のカードが飛び込んできた。

「・・・悟浄。」

「何だかわかんねェが、今回は八戒に付かせて貰うゼ。」

「たまには奢りで死ぬほど飲んでみたいと思わんか?」

そういうと三蔵は手にしていたゴールドカードを悟浄に向けて放り投げた。
反射的に手を出した悟浄はそのカードを受け取るや否や態度を豹変させた。

「も〜っvそう言う事なら早く言えっての、三蔵ちゃ〜んvvv」

普段決して触る事の出来ないゴールドカード・・・三蔵のお墨付きで手渡されたこのカードは悟浄の意思を簡単に変更させてしまった。
悟浄の体が反転したかと思うと、あっという間に三蔵の隣に立ち手にしたゴールドカードに頬擦りをしながらにやにや笑いだした。

「卑怯ですよ、三蔵!!」

「ふん。オマエが言った事だろうが。民主的に多数決で決めると・・・」

どうやらと同室になる権利を多数決で決める事になっていたらしい。
多数決ってこういう事じゃない気もするが・・・と言う一般的な意見を持った人は今この部屋にはいない。

「これで三対一だ。約束どおり俺がアイツと同室だな。」

勝ち誇ったように笑う三蔵と対照的に悔しそうな表情の八戒・・・しかしその目はまだ何かを隠しているようで・・・。
ちょうどそこへお風呂から上がったが部屋に入ってきた。

「ただいまー!!」

「お帰りなさい、。」

「遅かったな。」

今までの冷たい空気は何処へやら・・・部屋中に満ちていた敵意は分散され、今は目の前にいる少女に対しての愛情で満ち溢れている。

「お風呂すっごいすーっごい気持ちよくってついつい長湯しちゃった・・・ごめんね、待たせちゃって。」

「いや、かまわん。」

「そんなに待ってませんよ。がゆっくりできたのならそれでいいです。」

「それで部屋割り決まったの?」

にっこり微笑みながら尋ねるに自分と同室だと言う事を三蔵が告げるよりも早く、八戒がの前に歩み出て少し寂しそうに俯いた。

「・・・見ての通り僕が独りになってしまいました。」

「そうなの?」

その時が見た光景は、自分の前に一人寂しそうに立っている八戒と、珍しく眉間の皺の少ない三蔵の周りで何やら楽しそうにニコニコ笑っている悟浄と悟空。

はどちらの部屋がいいですか?」

「んー四人同室だとベッドの数も足りないし、狭くてゆっくり休めないと思うから・・・私、八戒と同室でいいよ。」

「なっっっ!!」

慌てたのは三蔵である。
しかし慌てる三蔵を他所に八戒はあらかじめ用意してあった荷物を手にするとを廊下へといざなった。

「それじゃぁが湯冷めしてしまうと大変ですから早速部屋に行きましょうか。」

「待て八戒!貴様・・・最初から狙ってやがったな!!」

を先に廊下へ出し、自分の体で扉を押さえた体勢で八戒は三蔵に向かってにっこり微笑んだ。

「人聞きの悪い事言わないで下さい。これはが決めた事で僕は何も言ってませんよ。」

「しっかり言ったじゃねぇか!」

「だから僕は一人ですと言っただけですよ?三対一で負けていたんですから、嘘は付いてません。」

「・・・くっ」

不快指数120%の三蔵から視線を外して、その横に立っていた二人に目を向ける。

「お二人は三蔵と色々約束していたみたいですから、明日の朝食は三蔵とご一緒してくださいね。
僕はと二人で食べますので、お気になさらず・・・それじゃぁ明日も早いのでこれで失礼しますね。」

「八戒〜何してるの?早く早く!」

泊まる部屋の前で待っていたがいつまで経ってもやって来ない八戒を迎えに来た。
扉の隙間からが八戒の服の袖を引っ張っているのが一瞬三蔵の視界に入った。

「それではお休みなさい。」

そう言って扉を閉めた向こうでは八戒との楽しそうな会話が部屋の中にいた三人の耳に微かに届く。





「すみません。お待たせしてしまいましたね。」

「中々来ないんだもん。湯冷めしたら風邪ひいちゃうじゃん!」

「大丈夫ですよ。もし風邪を引いたら僕が寝ずの看病しますから・・・」

「本当?」

「えぇ、本当です。でもちゃんと暖かくしておかないと本当に風邪ひいちゃいますよ。」

「八戒と一緒だから大丈夫!」

「・・・そうですね。」





パタンと奥の部屋の扉が閉まる音が聞こえた。
後に残ったのは爆発寸前の三蔵と思わず三蔵の出した餌に飛びついてしまった哀れな二人。
餌を請求したい気持ちもあるが、暴発しそうな三蔵から逃げたい気持ちの方が今は大きい。
そろりそろりと三蔵から離れ何も言わずベッドに潜り込もうとした・・・が、先程遊んでいたカードが床に散乱していた為
ベッドにたどり着く前にそれに足を取られ悟空が勢いよく転んだ。

「うわっ!!」

大きな音を立てて転んだ悟空につまずき、続いて悟浄もこけた。

「っつ〜・・・ちゃんと足元見て歩けよ、このバカ猿!」

「悟浄がカードほったらかしてっからいけねーんじゃん!!」

「あぁ?自分の事棚に上げてんじゃねぇぞ!」

先程までの慎重さは何処へやら・・・あっと言う間にいつもの小競り合いが始まった。
小さな言い争いから小突きあいに発展した所で、三蔵が・・・切れた。

「じゃっかぁーしぃテメェら!!」

「うわぁっ!三蔵が切れた!!」

「お、落ち着け三蔵!」

「煩い、死ね!」

悟空と悟浄の悲鳴は深夜まで続いていて・・・そことは対照的に、奥の角部屋では幸せそうに眠る二人の姿があったとか・・・。





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600hitをゲットされました 華風珠羅 サンへ 贈呈

『三蔵VS八戒で最終勝利者が八戒さんv』と言うリクエストだったのですが・・・甘くなる所かギャグになってしまいました(おろおろ)
「たまには奢りで死ぬほど飲んでみたいと思わんか?」と言う三蔵様の台詞からできたお話です。
書き終わって八戒さんは敵に回しちゃいけないと心から思いました(苦笑)何だか三蔵様・・・少し可哀想(涙)
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです!遅くなりましたがお受け取り下さい。
珠羅さん、リクエストありがとうございましたv
また遊びに来て下さいねvvv