天使に会った日







「あっ!レシート貰い忘れちゃった・・・」

お店から一歩出た所でいつも八戒に言われているレシートを貰い忘れた事に気づいた。

「どうしよう・・・悟浄。」

「別にイーじゃん、一回くらい。」

「・・・じゃぁ悟浄から八戒に言ってくれる?レシート忘れたって。」

後ろからやって来た悟浄をじっと見ながらそう言うと、何処と無く視線を泳がせていた悟浄が無言で店内へ戻って行った。
前回八戒に頼まれて二人で買い物に来た時もレシートを貰い忘れ、今度は忘れないで下さいね・・・って念押されたんだよね。

「今日忘れたらもうお買い物行かしてくれないかも・・。」

苦笑しながら店から出てくる人の邪魔にならないよう端に避けて悟浄を待っていると、急に足に何かが触れた。

「きゃぁっ!」

「○○・・・」

「ほぇ?」

あたしの足に触れていたのは小さな手。
抱えていた荷物を避けて下を見ると・・・大体2つか3つくらいの小さな男の子があたしの足を両手で抱えるようにしながらこっちを見上げている。

「可愛い〜v幾つ位の子だろう・・・僕、お名前は?」

桃源郷で初めて見る小さな男の子は、しゃがみ込んだあたしの顔を大きな目でじっと見つめゆっくり手を伸ばしてきた。
その手があたしの頬に触れると同時に、その子はにこぉっと頬を緩ませあたしに抱きついてきた。

「○○!」

「えっ!?」

突然抱きつかれてどうすればいいか分からずオロオロしていたら、急に男の子が目の前から消えた。

「あれ?」

「おいガキ!チャンに何してんだよ!!」

男の子の襟首を掴んで目の高さまで持ち上げるとその顔をじっと覗きこむ。

「ちょっと悟浄!何してんの!?」

「教育的指導。かぁチャン以外の女の胸に飛び込むなんて100年早いっつーの!」

だからってそんな睨むような顔したらその子泣いちゃうじゃない!!
でもそんなあたしの心配も余所に、その子はじーっと悟浄の目を見つめるとさっきあたしの顔に触れて笑ったのと同じ様にニコニコ笑い始めた。

「△△♪」

「はぁ?」

「ねぇ悟浄、その子何て言ってるの?さっきから片言で何か喋ってるんだけど何言ってるか分からなくて・・・」

どこかボーゼンとした様子の悟浄がゆっくり子供を地面に下ろしてもう一度確認するかのように子供の肩に両手を置いた。

「も〜一回聞くゼ?・・・・・・何だって?

額から汗を滲ませて、真剣に小さな子供に問い掛ける悟浄の姿は何処か滑稽。
でも当の本人にそんな余裕は無いらしい。
悟浄の真剣な問い掛けに、男の子はさっきと同じ様な言葉を笑顔で返した。

「△△♪」

・・・マジかよ。

「悟浄、何て言ってるの?」

抱えていた荷物を地面に下ろして、悟浄とその子に視線を合わせる。

「ねぇ悟浄ぉー」

「言いたくない。」

「何で?」

「ナンデモ。」

「どうして?」

「どーしても。」

頭にいっぱい?をつけて、地面につきそうなくらいガックリ頭を下げている悟浄の頭を男の子は楽しそうに叩いている。
あーあ、髪引っ張られてるのに悟浄気づいて無いのかな?
流石に思いっきり引っ張ってるのを見たら見てる方が痛い気がしたから、キャッキャッと楽しそうに笑ってる男の子の脇に手を入れてひょいっと抱き上げる。

「ダメだよ。悟浄の髪引っ張っちゃ。」

「○○♪」

「んーさっきもそんな事言ってたね。それ僕の名前かな?」

「○〜○v」

「分かんないなぁ・・・ねェ悟浄ってば!何て言ってるの?この子!」

もう一度しゃがみ込んで地面に『の』の字を書き続けている悟浄の頭を男の子と一緒にペシペシと叩く。

「ほら、さっきの言葉もう一回このお兄ちゃんに言ったげて。」

「△△?」

いや、それは悟浄に向けて言った言葉だよね?
何となくだけど違いは分かるぞ。

「それじゃなくってさっきあたしに言ったじゃない?」

「○○?」

「そうそう、ねぇこの意味・・・」

なぁに?って悟浄に聞こうとしたら悟浄が急にあたしの肩をぐっと掴んだ。

「!?」

「今、このガキ何て言った?」

「ほぇ?」

「おいガキ!さっきチャンの事、ナンつった!!」

悟浄のただならぬ気配に終始笑顔だった男の子の顔がみるみる歪んで、慌ててあたしの方へ体の向き直るとしっかと洋服の裾を掴んで泣き出した。

「○○ー!!」

「ちょっと悟浄!子供相手に何怒って・・・」

男の子の背中を宥めるように撫でながら悟浄をキッと睨みつけたら、何故か悟浄は・・・その場で踊っていた。



さ、さっき迄地面に『の』の字を書いていじけてた人は・・・誰?



「んだよ・・・そっかそっかぁ〜、人違いか〜♪」

尚も浮かれて踊り続けそうな悟浄の服を必死で掴んで別世界への旅立ちを止めて事情を聞く。
ようやく落ち着いたのか、悟浄が今だしゃっくり上げている子供の頭にポンッと手を乗せるとニカッと笑った。

「こいつの名前は江順(こうじゅん)。」

「ふーん、江順くんか・・・」

名前が分かってその名を小さな声で呼ぶと、泣き顔だけど微かに笑ってくれた。
でも悟浄の次の言葉は、危うく抱えていた江順くんを落としそうになるほどあたしを動揺させた。

「んで、チャンがママでオレがパパvだってさ♪」

「・・・はぁぁぁっ!?」




















「・・・要するに迷子って事?」

「そーみたいだな。」

あたし達の荷物は取り敢えず買ったお店に預かってもらって、店内で迷子放送をかけてもらったけど江順くんと呼ばれる男の子のご両親は現れない。
そのお店の人は悟浄とも顔見知りらしくて引き続き迷子放送をかけてくれる事になったから、あたしと悟浄はお店近くのベンチに座って人の流れを見つめていた。
勿論、江順くんはしっかりあたしが抱いている。
すっかりあたしと悟浄に懐いた江順くんはさっきからあたしの腕に抱かれながら、隣に座っている悟浄の髪を楽しそうに引っ張っている。

「ったく、何でコイツオレの髪こんなにひっぱんだよ・・・てててっ!」

「あーっダメだよ江順くん!そんなに引っ張ったら悟浄の触覚抜けちゃうっ!!」

触覚!?ってチャンナニ言って…
痛っ!!

「あー♪」

ゆっくり悟浄の髪から江順くんの小さな手を外してぎゅっと腕に抱きかかえる。
じっとあたしの顔を覗きこむ江順くんの目は、まるで透き通ったビー玉みたいに綺麗だった。
思わず吸い寄せられるように江順くんと額をコツンと合わせると、それが嬉しいのかあたしの服を掴んで楽しそうに笑っていた。
それを見るとあたしもつられるように笑ってしまう。

子供の笑顔って・・・不思議だなぁ。

暫くそんな感じで江順くんを抱きしめたり、手に指を絡ませて遊んでいたら・・・ふと隣から視線を感じて振り向いた。
するとそこには・・・穏やかな表情であたしを見ている、悟浄がいた。

「・・・悟浄?」

「ナンか・・・さ、チャンってスッゲーいいママになりそうだな。」

「?」

「ソイツ・・・本当の母親とはぐれて不安な筈なのに、全然そんなトコ見せないじゃん。」

悟浄があたしの腕の中でキャッキャッと楽しそうに笑っている江順くんの頬を指でつついた。

「ホンと、母親ってスゲーな。」

そう言って笑う悟浄の顔が何となく最初に見た江順くんの不安げな顔に似ていて・・・何とか出来ないかと少ない脳みそを瞬時にフル回転させた。
で、結局出てきた言葉はこれ。
毎度の事ながらワンパターンだけど・・・。

「えっと・・・悟浄!ちょっとお散歩しよう!!」

「・・・は?」

突然の話の展開に目を丸くしている悟浄をベンチに置いて先に歩き始める。

「ちょっ・・・チャン?」

「早くしないと置いてくよ!・・・パパ!」

「・・・へ?」

「ほら、江順くんも・・・」

まだ片言しか喋れないこんな小さい子がその場の空気を読むなんて事、出来ないのは分かってる。
でも江順くんは何の躊躇いも無く悟浄に向かって手を伸ばすと、あたしが今一番望んでいる言葉を大きな声で言ってくれた。

「ぱぁ〜ぱv」

それを聞いた悟浄は呆気に取られた顔をして、ちょっと俯いた後前髪をかきあげながらいつもの笑顔であたし達の方に歩いてきた。

「お待たせ・・・・・・ママ?」

あたしの顔を覗きこんで、様子伺いながら『ママ』と囁いた悟浄は…ちょっと恥ずかしそう。
悟浄の恥かしさが伝染したのか、自分で言っておきながら…返事をするのをちょっと躊躇ってしまった。

「・・・はい。」

悟浄にママって言われるのは名前を呼ばれるよりも不思議な感じ。
でも、嫌な気がしないのは・・・どうしてだろう。





それからあたしと悟浄は江順くんを連れて町中を適当に歩いた。
途中から悟浄が江順くんを抱っこして、時々本当のお父さんみたいに泣き出しそうな江順くんに「高い高〜い」とか言いながら中に投げたり、ポンポンと背中を叩いてあやしたりしてくれた。やがてはしゃぎ疲れた江順くんが眠ってしまったので、公園のベンチに二人で並んで座って暫くその寝顔を眺めていた。

「結構可愛いカモな。コイツ。」

「でしょ?」

眠ってる子供が天使みたいって新米ママさん達が言うのが良く分かる。
だって今・・・江順くんの背中に本当に羽が生えてるように見えるもん。

「お、チャンノド渇かねぇ?オレ江順と遊んでたらノドからから・・・」

「そう言えばあたしも・・・」

「そんじゃママ、江順をヨロシクv」

「はいはい、行ってらっしゃいパパ。」

いつの間にかパパママの関係になってしまったあたしと悟浄。
こんなトコ八戒とか三蔵が見たら・・・また大変だろうな。
苦笑しながら眠っている江順くんを抱き直してその寝顔を見ていたら、嫌な夢でも見ているのか眉を寄せてギュッと手を握り締めていた。
起こすのも可哀想だけどこのまま見てるのも可哀想・・・どうしていいのか分からなかったから、江順くんが起きないよう小声であたしの知っている日本の童謡を歌ってみた。
その意味は分からないだろうけど、童謡はきっと気分を落ち着かせるだろうし・・・あたしの歌でもこれならヘンな風に聞こえないはず。
そんなあたしの想いが通じたのか、暫くすると眉間の皺も無くなり再びすうすうと言う可愛い寝息が聞こえてきた。
調子に乗って別の曲を歌っている所に悟浄が帰ってきた。

「・・・不思議な歌だな。」

「あ、お帰り悟浄。」

歌を止めて顔を上げれば、柔らかい表情であたしと江順くんをみている悟浄と目が合った。

「意味は分かんねぇけど・・・温かい気がする。ほい、ウーロン茶で良かったか?」

「うん、ありがとう。これね、あたしの世界の・・・童謡なんだ。」

「へぇ・・・童謡?」

「んっとねぇ、小さな頃にお母さんが子供に聞かせるような歌・・・って所かな。」

意味は間違えてないよね・・・多分。
悟浄が買ってくれたウーロン茶を一口飲んで隣に置くと、落ちかけていた江順くんの体をもう一度キチンと抱き直す。

「なぁ、もう一回歌ってよ。」

「え?」

「その童謡ってやつ。」

「え!?今?ここで!?」

さっきは悟浄がいなかったから・・・何気なく歌ってたのに、悟浄の前で歌うなんて!!

「江順がもう一回聞きたいって顔してるゼ?ママ?」

くっ!今日はそう言えばあたしが何でもするって思って・・・ママって言えば何でもするって思ってるでしょ!!



・・・当たりだけど。

もうひと口だけウーロン茶を飲むと、さっき悟浄がいない時歌っていたのと同じ曲を
気持ちさっきよりも大きめの声で江順くんの隣にいる大きな子供にも聞こえるように・・・歌った。





夕方近くなって最初のお店に戻ると、悟浄の姿に気付いたお店の人がこっちに向かって走ってきた。
言葉の分からないあたしはお昼寝から目覚めた江順くんを抱いたまま、悟浄が通訳してくれるのを待った。

「・・・チャン、本当のママ見っかったってさ。」

「ホント!?」















本当だったらお母さんに直接返したかったけど、江順くんの本当のお母さんは買い物の最中に貧血で倒れて病院に担ぎ込まれたらしい。
意識を取り戻すのに時間がかかって、ついさっき子供が店にいると言う連絡が来てようやく江順くんの事が伝わった。
あたしは江順くんを病院からのお迎えと言う人へ渡すと今日一日ずっとあたしの服を掴んでいた小さな手を握ってお別れを言った。

「江順くん、バイバイ。」

「まぁ〜ま?」

不思議そうに首を捻る江順くんの頭を悟浄が優しく撫でる。

「オマエのママは・・・チャンじゃねぇよ。ホントのママによろしくな。」

「ぱぁ〜ぱ?」

繋いでいた手を離すと病院からのお迎えの人はペコリと頭を下げるとそのまま車に乗ってその場を去って行ってしまった。
あとに残されたのは・・・大量の買出しの荷物と、ちょっぴりもの寂しい空気に包まれたあたし達。

じっと自分の両手を見つめ、ついさっき迄抱いていた江順くんの姿を思い出す。

「可愛かったなぁ・・・。」

「だな。」

重いはずの荷物を悟浄は全て片手で抱えると、空いている方の手をあたしへ差し出した。

「今日の所は、家に帰るまで夫婦でいてもいいですか?・・・ママ?」

「そうだね・・・・・・パパ。」

お互い顔を見合わせて笑いながら・・・仲良く手を繋いで家まで帰った。

たった一日、たった数時間だけの夫婦だけど・・・公園で江順くんを抱いて二人で座ってるあの時だけは、周りの人達から見たら仲のいい夫婦に見えた・・・って思ってもいいよね。





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47474hitをゲットされました ひーろ サンへ 贈呈

『迷子(捨て子?)の面倒を見るヒロインと、擬似夫婦&親子』と言う事だったんですが、何故かギャグ方向ではなくシリアスな方向へ行き、しんみりしてしまいました。
子供に翻弄される悟浄を期待されていたらスミマセンっっっ!!
江順くんは江流とは関係ありません(笑)いや、ちょっと考えたけど・・・ほら後で家に帰ってそう言う話をした時、三蔵がいたら一瞬動き止るかなって・・・(苦笑)
取り敢えず悟浄と擬似夫婦って事で束の間の「パパ」「ママ」気分になって貰えれば嬉しいですv
ひーろさん、リクエストありがとうございましたv
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです!
また遊びに来て下さいねvvv