夢のゆりかご
今日は三蔵と悟空が夕食を一緒に食べたからいつもより数倍も賑やかな食卓だった。
悟浄と悟空がおかずの取り合いをしたり、そこに何故かあたしも巻き込まれちゃって三蔵にハリセンでまとめて叩かれて・・・八戒がにっこり笑顔でその場を収めた。
そんな風に本でしか見れなかった光景の中に今、自分は・・・いる。
目を閉じて眠ってしまえばいつもの、自分の世界が広がる中で日常が始まる。
「・・・それが当たり前、なんだけど・・・」
今日みたいに楽しい出来事があった日は、こうしてひとり部屋に戻ると急に寂しく感じる時がある。
「子供かあたしは。」
フッと口元を緩めながら立ち上がって何気なく窓の外を見れば、見慣れた触覚が目に入った。
夜遊びにでも行くのかなぁって思ってその頭を眺めていたらあたしの視線に気付いたのか、急に振り返ってこっちに歩いてきた。
サク サク サク・・・
昼間八戒が一生懸命手入れをしていた庭の芝生の音が夜の静けさの中に響く。
それは悟浄がやってくる歩幅にあわせてまるで楽器のように鳴っている。
軽く窓を叩かれたので鍵を外して窓を開けると、悟浄がそこから顔を出した。
「眠れねェの?」
「ん、ちょっとね・・・悟浄は?」
「オレ?オレはちょーっと一服。」
「部屋で吸わないの?」
「気分よ、気分。」
ニカッと笑って煙草を口に咥えると、あたしの方に煙が流れていかないよう風下に向かって煙を吐き出した。
暗闇に溶けていく煙・・・それが何だかやけに寂しげで、まるであたしが向こうに帰る時消えていくような感じに見えてしまった。
「・・・ふぅ」
「チャン?」
あっ!無意識にため息ついちゃった!!
反射的に口元に手を置いて視線だけを窓辺に立ってる悟浄に向けると、一旦視線を空へ向け手に持っていた煙草を口に咥えたままこっちに手が差し伸べられた。
「?」
「・・・来いよ。」
「え?」
悟浄の突然のお誘いの意味が分からず首を傾げていると、さらに悟浄は手を伸ばしてきた。
「夜の散歩、しようゼv」
「お散歩?」
「そ、しかもカッコイイ悟浄さんと一緒に♪」
言うと同時に器用にウィンクをする悟浄を見て自然と笑みが零れる。
本当だったら悟浄とこんな夜に二人で外出なんて何があるか想像できるから断るのが当たり前なんだけど、でも・・・今日は・・・・・・
「・・・行こうかな。」
「そーこなくっちゃ!」
差し出された悟浄の手を取ってパジャマのまま窓を乗り越え庭に出る。
素足で触れた芝生がちょっとチクチクしてるけど、その冷たさは気持ちいい。
「でかいけど裸足よりマシだろ。」
「え?でもこれ悟浄のサンダルでしょ?」
足先に並べて置かれた黒いサンダルと悟浄を交互に眺める。
あたしがこれ履いちゃったら悟浄が裸足になっちゃうじゃん。
「オレは男の子だから、気にすんなって。」
「気にするよ!怪我とかしたら大変じゃん!」
「怪我なんかしねェって。」
「でも・・・」
暫くサンダルを巡って小声でギャーギャー騒いでいたら、悟浄が両手を上げて降参のポーズを取った。
「わーった!コレはオレが履きます。」
「うんv」
悟浄に口で勝った事が嬉しくてうんうんと大きく頷いていると、その場に座り込んだ悟浄の目が怪しく光った。
「その代わり・・・」
「?・・・きゃぁっ!!」
あたしが逃げるよりも先に悟浄はあたしの体をひょいっと抱き上げると、鼻歌を歌いながら歩き始めた。
「ごっごっごじょっ!!」
「はぁ〜いぃ〜♪」
「下ろしてよー!!」
「んじゃサンダル履く?」
「それはダメ!」
「じゃぁオレもチャンのお願い聞けねェな。」
「悟浄〜ぉ」
抱き上げられたままの体勢で悟浄の胸をポカポカ叩くけど、悟浄はイイマッサージだとか言って笑ってるだけ。
暫くそんな風に抵抗してたけど、悟浄があんまりにも笑顔だったから・・・諦めた。
実際恥ずかしいだけで嫌って訳じゃ・・・ないから。
家から5分ほど歩いた森の中で、一部だけ空が開けた場所があった。
そこへ着くと真ん中にあった切り株の上にあたしをそっと下ろして悟浄もその切り株に寄りかかるように座って小さく息を吐いた。
「ゴメンね悟浄、重かったでしょ?」
「ん?ぜーんぜん♪」
「素直に靴、玄関から持って来れば良かったね。」
「ンな事したら他のヤツラに気付かれちまうって!」
「ほぇ?」
「たまには二人っきりってのもいいンでない?」
「っ!!」
顔を近づけてそんな風に笑われたら・・・顔、顔赤くなっちゃうよっ!!
慌てて顔を反らして下を向いたあたしを見て、悟浄はゲラゲラ笑いながらいつものように頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
「そんなに警戒すんなって、別に取って食ったりしねェから。」
「ん〜」
それ、本当!?日頃の行いって言うのも変だけど、それを考えると・・・ちょっと信じられない。
「・・・元気な時に、口説かせてもらいます。」
「・・・は?」
「んにゃ、こっちの話。それより空見てみろよ。」
「空?」
「ここから見る星、オレけっこー好きだゼ。」
そう言われて今まで地面を見つめていた視線を180度反対の空へ向けてみる。
「うっわぁ〜・・・」
森の木々に囲まれている中で、あたしの座っている真上だけがちょうど開けて綺麗に空が見える。
今日は天気がいいので雲がなく、まるで湖を覗き込むみたいに広がる空の海に綺麗な星が輝いていた。
「・・・・・・」
声が出ない。
人間って感動すると声を上げるって言うより声が出なくなるのかもしれないなぁ。
しかもキラキラ輝く星はひとつやふたつじゃない。
ビーズの箱を零したかのように大小さまざまな星が輝いている。
向こうの世界でこんな風に星が見える場所ってあるのかな・・・。
こんな夜空・・・今まで見た事無い。
ふと背中に温かいものを感じて振り向くと、切り株の反対側に悟浄が腰掛けてあたしの背中に寄りかかっていた。
「どーよ!この夜空。」
「凄く綺麗・・・あたしのいる世界じゃこんな綺麗に見えるトコ多分無いよ。」
あたしも悟浄の背中にちょっとだけ体重をかけて、夜空を眺める事にした。
背中から伝わる熱が・・・本当だったら熱いはずなのに、今は凄く温かい。
・・・あれ?あれれれれ???
何故か空を眺めている視界がぼやけてきた。
ヤダ・・・貧血?ううん違う・・・これは・・・もしかして・・・・・・
「ナーニ泣いてンだよ。」
夜空を見上げていたあたしの顔をちょうど後ろから悟浄が苦笑しながら覗き込んでる。
「え?あたし泣いてる?」
「しっかりな。」
悟浄が後ろからあたしの体をギュッと抱きしめながら器用にその手で目元の涙を拭ってくれた。
「どした?」
「ん・・・分かんないけど、なんか夜空見てたら急にこう胸が締め付けられるような感じになって・・・涙が・・・・・・」
「せーっかくここにこんなイイ男がいんだから、ンな時は声かけろよ。」
ふうっと大きなため息をつきながら悟浄はあたしの体を器用に反転させるとその腕でギュッと抱きしめてくれた。
背中で感じていた時よりも温かい・・・人の熱、それと同時に香る今じゃ嗅ぎなれた煙草の・・・ハイライトの香り。
震える手を悟浄の背中に回してシャツをぎゅっと掴む。
「・・・悟浄、汗臭い。」
何だか照れくさくてヘンな事しか言えない。
だって今何か言ったらあたし・・・声あげて泣いちゃいそうだもん。
そんな雰囲気、悟浄は分かってくれるから・・・必要以上に明るい声で笑って答えてくれる。
「あー・・・ちっと緊張してっからな。」
「緊張?」
「そ、チャンがこーして抱きついてくれる事なんてそうないじゃん?さすがの悟浄さんでもドッキドキ♪」
「・・・ぷっ」
その言い方がヤケに可笑しくて思わず笑っちゃった。
「あはははっっ!」
「そりゃ笑いすぎでしょ。」
涙を流しながら笑うあたしの体を抱きしめながら、悟浄はわざと大きくため息をついた。
本当に・・・優しいんだから、悟浄は・・・。
悟浄が先に切り株に座ってその膝にあたしを抱きかかえるように座り直して、もう一度二人で夜空を見上げた。
綺麗に光る天の川をあたしの世界の空気の澄んだ場所で見た事があったなぁなんて思いながら、悟浄の胸に体を預けながらボーッと眺めていると、やがて悟浄の鼓動だけがあたしの耳に聞こえてきた。
トクン トクン トクン・・・
その音がやけに心地よくてそのまま耳を傾けていたら、あたしの瞼は何時の間にか半分くらい閉じてしまった。
このまま寝たら悟浄が大変、頑張って起きてなきゃ・・・
目元をゴシゴシ手で擦ったらその手を悟浄に掴まれて、元々置いていた膝の上にポンと戻された。
「?」
「眠かったらそのまま寝ちまいな。抱いててやるから・・・」
「ご・・・じょう?」
「今なら、寝れるだろ?」
そう言って悟浄はポンポンと頭を撫でると、さっきと同じ様に空を見上げて時折鼻歌を歌ったりしていた。
最初から悟浄には分かってたんだ。
あたしが・・・寂しかったって事。
だからこうして連れ出して、一緒にいてくれたんだね。
「また、明日なチャン。」
「・・・うん。」
「おやすみ、イイ夢・・・見ろよ?」
「これ以上イイ夢なんて・・・見れないよ。」
閉じかけた瞼を微かに開けて最後に見た悟浄の表情は、とっても柔らかい笑顔だった。
悟浄の鼓動と肌の温もりに包まれて眠ったあたしが見た夢は・・・いつもと同じ、皆と一緒にご飯を食べてる夢だった。
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45454hitをゲットされました 春綺 サンへ 贈呈
『夜寂しくて眠れない時に・・・』と言うリクエスト+癒し系v
お相手はお任せしますと言う事で、今回悟浄で書かせて頂きました。
どうもこう言った遠まわしな優しさ!?は悟浄が書きやすいみたいですね。
もしくは私の趣味と言うのがデカイ気もしますが(苦笑)
最近悟浄の・・・と言うか平田さんの「はーい」と言うのがマイブームみたいです(笑)
だから・・・ほら、ここにも出てくるでしょ?この台詞があるのは大抵同時期に書いてます(笑)
春綺さん、リクエストありがとうございましたv
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです!
また遊びに来て下さいねvvv