たまには雲と話をしよう
「んーーーー」
何だか胸がムカムカするって言うか・・・モヤモヤしてる・・・。
さっきまで八戒と一緒にお茶してたんだけど、洗濯機が止まった音を聞いて八戒はそれを干す為外へ行ってしまった。
八戒がいなくなって僅か数分、何故かあたしの気分は一気に下降。
「うぅ・・・やな感じ。」
原因は・・・分かっている、早い話がストレスってヤツ。
一応現実では社会に出ている身、色々と仕事上の責任ってヤツが絡んできてしかもそれに複雑な人間関係も絡んでくる。
誰にも言えず胸に溜め込んでしまった事なんて星の数ほどある。
でもそんな事を八戒達に愚痴りたいなんてこれっぽっちも思わないし、余計な心配も掛けたくない。
事実、八戒や悟浄が側にいる時はそんな事考える暇もない・・・ま、それだけ楽しいって事なんだけどね。
あ゛・・・何か色々考え初めたら胃がキリキリし始めた。
机に突っ伏して八戒が出て行った扉を無意識にじっと見つめる。
「八戒早く戻って来ないかなぁ〜」
「お呼びですか?」
「ひゃぁっ!?」
ポンと肩を叩かれ反射的に後ろを振り向くと、洗濯を干し終えて空になったカゴを持った八戒がくすくす笑いながら立っていた。
思わず何で後ろから声掛けられたのかと思ったけど・・・裏口から入ってきたのか。
その方が庭に出るには便利だもんね。
八戒の笑顔を見ると同時に、現金なあたしの心のモヤモヤは見る見るうちに萎んでいった。
あたしは仕事を終えた母親(笑)が戻ってくるのを待ってました!という子供のように八戒の方に体を向けて見えない尻尾を千切れんばかりに振った。
「洗濯終わった?」
「そうですね、あともう少しって所でしょうか。すみませんがもう少し待っていて下さいね。」
「・・・そっか、うん分かった。」
そう言って物分りのいい人間になるべく、こくりと頷いた。
八戒は口元に手を当ててそんなあたしの顔をじっと眺めていたけど、やがてポンポンと頭を撫でると洗濯機の置いてある方へ急がしそうに走って行った。
手を振りながら八戒の後姿を見つめ、その姿が見えなくなったと同時に振っていた手が力なく膝の上に落ちた。
「はぁ・・・悟浄でもいいから早く起きないかなぁ。」
かなり失礼な発言である。
でも今のあたしはそんな事にも気づかないほど気分が沈んでしまっているらしい。
さっきと同じように机に突っ伏したまま体全体の悪い気を吐き出すかのように大きなため息をついた。
「、少し外に出ましょうか?」
その声に驚いて目を開けると、何故か八戒が目の前にいた。
「あれ?八戒洗濯物は?」
「僕も少し疲れちゃいました。一回洗濯したので大した量残ってませんから、あとは明日にします。それよりも外・・・行きませんか?」
八戒がもう一度にっこり笑ってあたしの様子を伺ってくれる。
そんな八戒に言う言葉は今のあたしにはたった一つ・・・。
「行く!!」
「やっ!ダメ八戒!!」
「大丈夫ですよ、落ち着いてください。」
「でもっ・・・あっ!!」
「大丈夫ですから、ほらもう一度アクセルを踏んで、ゆっくりクラッチを離していって下さい。」
何でこんな事になっているんだろう。
八戒に言われて外に出る準備を整えて、家を出たらジープが「キュ〜♪」って鳴きながら・・・車になって、その運転席に八戒が座った。
少し躊躇いながら助手席に座ると八戒はゆっくり車を走らせた。
いつも歩いてみる景色とはまた違う、少し高い位置から見下ろす町並は何だかとても新鮮で・・・初めて外に連れて行ってもらった時みたいにワクワクした。
暫く走って町を出て人気が無くなった所で八戒がジープを止めた。
「それじゃぁ、運転交代しましょうか?」
「・・・はい?」
そして現在に至る。
「キャァッッ!」
ガックン!
本日何度目かのエンスト。
ハンドルに頭を置いて視線を助手席に座っている八戒に向けるが、八戒の表情は家を出た時から全く変わらない。
「もうダメ!八戒運転変わって!!」
涙目になりながら八戒に訴えるが、八戒はあたしの肩をポンと叩いて正面に見える湖らしきものを指差した。
「あそこの湖までもうちょっとですから頑張って下さい。ここまで来れたじゃないですか。」
「だってジープがっ!ジープが〜!!」
こんなにエンストを繰り返してガクガクしていたらジープの体がおかしくなっちゃう!
そんなあたしの様子を気にして八戒はエンジンルームに向って声を掛けた。
「ジープ?が心配してますけど・・・」
「キュ?」
エンジンルームから普段のジープの声が聞こえる。
「キュ、キュゥ〜♪」
特にあたしがボタンを押した訳でもないのに元気な鳴き声と同時に、ハザードがチカチカと点滅し始めた。
これって端から見るとちょっとヘンな光景かも・・・。
「どういう意味か分かりますか?」
八戒がまるでなぞなぞでも問いかける様にあたしの顔をじっと見つめ囁いた。
ジープのこの声は・・・いつもあたしが遊んであげている時に、嬉しい時にあげる声と同じ。
「・・・大丈夫って言ってる。」
そんなあたしの回答を聞いた八戒はにっこり微笑むと同時に、ハンドルに置いていたあたしの手をそっと包みこんだ。
「あと少し頑張って下さい。さ、もう一度エンジンを切って・・・」
あたしは車のキーに手を置いて一旦エンジンを切った。
それから溢れそうになった涙を手の甲で拭って深呼吸をしてから、もう一度エンジンをスタートさせた。
ゆっくりアクセルと踏み込み、クラッチを徐々に離していく・・・そしてエンジン音が変わったところで思い切りアクセルを踏み込むと、今度は車体を揺らさずジープはスムーズに発進した。
「つ・・・疲れたぁ。」
「お疲れ様でした。でも運転上手じゃないですか。」
「あれで!?」
結局あの後エンストする事はなかったんだけど、坂道が一ヶ所あってあたしはそこでまたやらかしてしまった。
坂道を上りきれずにずるずる後ろに下がっていくというお約束を・・・。
一般道でやったら確実に玉突き事故だわ。
この時ばかりは八戒が助けてくれるかと思いきや・・・やっぱり最後まで一人でやらされた。
でも横で八戒が励ましてくれて、ジープもライトを点滅させたりエンジン音で応援してくれたりして・・・三回目でようやく坂を登る事が出来た。
「はい、お茶をどうぞ。」
「ありがとー。」
久し振りのマニュアル車の運転と緊張でノドはカラカラ。
受け取ると同時に一気に飲み干すと八戒がお替りを入れてくれた。
着いた場所は綺麗な湖の見える丘の上。
以前三蔵に連れてきてもらった草原のさらに先の場所だと八戒は言っていた。
太陽の光が湖面に反射して少し眩しい。
時折頬を撫でる風が、少し汗ばんだ体を冷やしてくれる。
「気持ちい〜v」
「僕も久し振りに来ましたよ。」
「そうなの?」
「えぇ、だって悟浄が昼間にこういう所へ来てくつろぐように見えますか?」
暫しの沈黙・・・そして出た結論。
見えない(笑)
「以前ちょっと遠出した時にここを見つけたんです。隣町とは正反対の方向なのであんまり人も来ませんし、静かで・・・落ち着くんです。」
「そう言えば道中誰にも会わなかったもんね。」
「ですからここに連れてきたのは・・・が初めてです。」
そう言って少し照れたように笑った八戒に思わず見惚れてしまった。
いつもの笑顔…のはずなんだけど、今のは何だかちょっと違って見えた。
それを誤魔化すかのように八戒はカバンの中から何かを取り出すとあたしの目の前に差し出した。
「ちょうどいいからここでお昼にしましょう。サンドイッチをどうぞ。」
「いつの間に作ったの!?」
「昼食にしようと思って朝のうちに作ってあったのをが出かける準備をしているうちに詰めただけですよ。」
そんなあっさりと・・・って言うか、朝食の準備の時に昼の準備までして、その後掃除して洗濯して・・・八戒って凄すぎる。
「たいしたものじゃないんですが・・・」
「そんな事ないよ!いただきます。」
「はい、どうぞ。」
サンドイッチはトマトとハムとレタスのサンドイッチと卵のサンドイッチの2種類。
サンドイッチの入っていた箱の端にはミニトマトや揚げたポテト、から揚げが入っていた。
八戒がたいした事ないと言ったお弁当はあたしにとっては十分すぎるものだった。
青空の下で食べる八戒のお弁当は本当においしくて、悟空ほどとは行かないけどそれくらい勢い良く食べてしまった。
「もーお腹いっぱい!ご馳走様!!」
「お腹空いていたんですね。」
「うん!そうみたい。」
「朝はあまり食欲がなかった様だったので・・・安心しました。」
「そうだったっけ?」
あたし的には普段どおり食べたつもりだけど。
出されたご飯は全部食べたし、食後のお茶もしっかり飲んだんだけどなぁ。
首をかしげるあたしを余所に八戒は一通り散らかった荷物を片付けると、両手を空に向って伸ばすと気持ち良さそうに体全体を芝生の上に倒した。
「今日は本当にいい天気ですね。」
八戒が芝生に寝転ぶなんて事、想像も出来なくて思わずビックリしてしまった。
どちらかと言うと・・・木に寄りかかって座るってイメージだったから。
「どうしました?」
「いや・・・何だか珍しいなぁって。」
「そうですか?」
「うん、八戒がその寝転ぶってあんまりしない感じだから・・・」
「そう言われればそうかもしれませんね。自分でも驚いてます。」
「ほえ?」
芝生に寝転んでいた八戒があたしの方へ寝返りを打つと、肩肘を立ててそこに頭を乗せると少し上体を起こした。
「きっとと一緒だからはしゃいでいるのかも知れませんね。」
あははは・・・と笑う八戒の声が頭のずっと遠くで聞こえる気がする。
どうしよう、物凄く嬉しい!!
自然と赤くなる頬を手で隠し、八戒のまっすぐな視線に耐えられなくなったあたしは体育座りのまま視線を湖の方へと向けた。
それをみてくすくす笑っていた八戒が、ひょいっと体を起こして背中についたであろう草をはらってからあたしの隣に座り直した。
距離にしてちょっとひじを張れば触れてしまうくらい近くに・・・。
それだけでも心臓に悪いのに、八戒は後ろからあたしの肩に腕を回してあたしの体をそっと自分の方に引き寄せた。
それは自然と八戒の方へあたしの体が倒れてしまうって事で・・・あたしは硬直した状態で頭を八戒の左肩に乗せていた。
「はっ八戒?」
「・・・誰にでも失敗はあるものです。」
「え?」
八戒はあたしの方を見ず、視線は湖の方を向いたまま落ち着いた口調で話し始めた。
「失敗を恐れて何かをする前に「ダメ」「出来ない」と言って止めてしまう事は簡単です。でもそれを乗り越えたら必ず何か得る物があるはずです。」
八戒が何を言いたいのか・・・わから・・・ない。
「今日は初めてジープを運転しましたよね?」
「う、うん。」
「いつも乗っている物と違って戸惑っていましたけど、ここまで運転する事・・・出来ましたよね?」
「うん。」
あたしは八戒の肩口に顔を押し付けるように頷いた。
何だか今の顔を八戒には見られたくない気分だったから・・・。
「朝食の時のは笑ってましたけど、どこか無理をしているように見えました。その後も何処か空ろな目をしていて、いつもの元気が見えなかったんです。」
「・・・」
「でもジープを運転して、途中何度も諦めようとしたけど頑張ってここまでたどり着いた時のは・・・いつも以上に楽しそうな嬉しそうな表情でした。」
確かに・・・ジープに乗って何度も失敗したけど、だからここに無事到着できた時は本当に嬉しかった。
「初めにが諦めて、すぐに僕が交代したらきっと今もは無理して笑ってるんでしょうね。心の中のストレスを吐き出せずに・・・」
「八戒!?」
ガバッと顔を上げて驚きの表情で八戒を見ると、穏やかな笑みを浮かべた八戒がそっとあたしの体を抱きしめた。
「分かりますよ、それくらい。いつも見ていますから・・・」
「八戒・・・」
「ジープに乗っては素直に自分の意見を言いましたよね?もうダメだ!出来ない。それに対して僕とジープが励まして、頑張って・・・時折弱音も吐いて・・・でもここまで来ましたよね?」
ここへ来るまでかなりあたしは弱音を吐いた。
もう無理に始まり、もうヤダ!出来ない!八戒変わって!!と言う感じでかなり自己中心的だったと思う。
「ここへついた時、の顔を見て安心しました。凄くすっきりした顔をしていて・・・朝のとは全然違っていました。」
「だって・・・色々叫んだりして・・・すっきりしたから・・・」
「つまり、はもう少し僕らを頼っていいんですよって言いたかったんです。」
「は?」
「例えば何か嫌な事があった。それを一人で抱え込むとストレスになりますよね?でもそれを例えば僕や悟浄に話す事によって少し軽減されると思うんですよ。」
「それは・・・どういう事?」
八戒はあたしを抱きしめていた腕に力を込めて、そっと耳元に囁いた。
「もう少し僕らに・・・いえ、僕に甘えて下さいって事です。」
「でも・・・」
「勿論僕が聞いて分からない事の方が多いと思います。例えばの仕事の話とか人間関係とか・・・それでもが一人で苦しんでいるのを見る方が嫌なんです。」
八戒がここまで自分の心を見せてくれる事・・・あったかなぁ。
ぼんやり考えながらあたしはだんだん目頭が熱くなってくるのを感じた。
「ですから・・・その・・・もし何かあったら、いつでも話して下さいね?」
「・・・うん。」
八戒があたしを抱きしめていた腕を解いたけど、あたしは八戒から離れなかった。
「?」
「・・・もう少しこのままでいてもいい?」
「えぇ・・・」
そう言うと八戒はさっきと同様あたしの体をそっと包み込み、落ち着かせるように背中をとんとんと叩いてくれた。
現実では色々な嫌な事や辛い事があるけれど・・・
ここにくれば八戒が・・・彼等がいる。
そう思うと・・・何だか涙が出てきた。
優しくて暖かな同居人。
これからはどんな事でも話していくから・・・付き合ってね。
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『うたた寝で仕事に疲れたヒロインを癒す八戒』と言うリクエストでしたが、癒されましたでしょうか!?
ちょっとジープの運転の所が怪しいですが(私現在AT所持者なので)その辺は流して頂けると嬉しいです(苦笑)
いつも以上にヒロインを気遣うようにしたつもりですが・・・如何でしょう?
やはり八戒といえば「今日もいい天気ですね」と言う台詞と思い、使ってみました(笑)好きなんです、この台詞。
ねむさん、リクエストありがとうございましたv
遅くなりましたが少しでも楽しんで頂けると嬉しいです!
また遊びに来て下さいねvvv