大人の雪遊び
「外、すっかり積もりましたね。」
「そーだねぇ・・・」
昨日から降り出した雪は今朝なってようやく止み、過去二番目の積雪量を記録したとニュースでは伝えていた。
そんな中、いつものように出勤してきたカフェ吉祥寺のスタッフは朝のミーティングもそこそこに他愛無い話をしている。
今は徳美の家事情の話で盛り上がっていた。
「オレのアパートの隣の部屋の屋根、雪の重みでぶち抜けたんスよ!」
「あーお前んとこのアパートボロイもんな。」
徳のアパートは築50年。
木造モルタル二階建て、四畳半一間。
風呂無し、トイレ共同。
周囲にはマンションが立ち並び、日照条件が守られているのか微妙なくらい日当たりが悪い。
そんな彼の部屋に“暖房器具”と名前をつけられる物は、以前太郎から譲り受けたコタツくらいしかない。
しかもそのコタツも光熱費節約と称してただの布団付テーブルとなっている。
「お前良く死なねぇな・・・」
「全くだ。」
「寝るまでは寒くてツライっスけど、一回寝たら朝まで起きないから大丈夫っス!!」
「・・・あと一歩で凍死、だね。」
ふふふっと怪しげな笑い声を発している皆川の膝の上ではスケキヨが大きな欠伸をしていた。
「徳美くんって体丈夫だね。」
「いや、さん。それ感心する所じゃないから・・・」
何処かずれたカフェ吉祥寺唯一の女性店員が感心している所へ、店長でもあるマスターが奥から顔を出した。
「おい、お前達。開店前に店の周囲の雪かきしてくれんか。」
マスターの一言に、店内で談笑していたスタッフの声がピタリと止み、一部から抗議の声が上がった。
「えーっ!」
――― 勿論真希である。
「このままじゃ店も開けられんだろう。」
「じゃぁ今日はこのまま休みって事で!お先失礼し・・・」
勝手に臨時休業と決めてネクタイを緩めかけた真希の後頭部に銀トレイが綺麗にヒットした。
「勝手に休みにするな。」
「・・・っつ〜!てめぇ毎回毎回人の頭を何だと思ってやがる!!」
「ただの的の方が静かでいいな。」
「何だと!!」
太郎が銀トレイを構え、真希が自らの体を武器として戦いを始めようとした瞬間、皆川が懐から二対のわら人形を取り出しおもむろに床に投げつけた。
「「ぐあっっ」」
「ほらほら、太郎ちゃんも真希ちゃんも仲良くしなきゃダメだよ〜?」
床に落ちたわら人形と同じ体勢で床に這いつくばる太郎と真希。
「皆川さん、それこの間作っていた新作のお人形さんですか?」
「うん、そう。あー触らない方がいいよ?今ちょぉっとその人形には念が込めてあるからね。」
――― 念ってなんだ!?
その場にいた全員の脳裏に浮かんだ言葉だが、それを口に出来る者はいなかった。
皆川の素晴らしい統率力により、それぞれ厚着をして店の周囲の雪かきを始める事となった。
店の表の雪かきは人通りもある事からあまり苦労はしなかったが、裏口側は人通りがない上日陰なので雪がほとんど溶けていない。
それを見た真希が徳を巻き込んで雪合戦を始め、その玉が真面目に雪かきをしていた太郎の頭にぶつかり・・・いつの間にか三人でカフェ吉杯、雪合戦大会を繰り広げる事になっていた。
そうなると真面目に雪かきをする意味もなくなってしまい、被害にあわなそうな所で純とは二人でその様子を眺めていた。
「皆さん元気ですね。」
大人気なく雪合戦に熱中する三人をカシミアコートを着込んだ純が眺めている。
その側では先程からせっせと白い雪を集めて何かを形作っているがいた。
「でーきた!」
「あ、雪うさぎですか?」
「うん。久し振りに作ったけど・・・」
「とっても可愛いですよ。」
「ありがとう!」
一生懸命作った雪うさぎを褒められて喜ぶの背後から、大きな黒い塊が現れた。
「んーでもちょっと何か足りないかな。」
「「皆川さん」」
まるでロシアのエスキモーのように毛皮のコートと帽子を身に付けた皆川が、じーっとが作った雪うさぎを見つめ何か思いついたように手を叩いた。
「あぁそうだ。目が赤くないから物足りないんだね。」
「あ、そっか。」
「うさぎの目は赤いですもんね。さすが皆川さんです!」
「じゃ、これなんかどう?」
何処から取り出したのか赤い木の実をの前に差し出す。
「いいんですか?」
「うん。ケーキの材料にしようかと思ったけど、これ・・・一般の人には食用じゃなかったんだよね。」
「美味しそうなのに残念ですね。」
皆川の台詞をサラリと流した純だが、この話を聞いたのが他のスタッフであればもう少し対応が違っていただろう。
しかし今の皆川の台詞を聞いたのは純とだけなので、この不吉な言葉はあっさり流されてしまった。
「皆川さん、出来ました!」
「うんうん、可愛いね。」
「やっぱりうさぎの目は赤に限りますね。」
皆がの作った雪うさぎを絶賛していると、その言葉に反応するかのように雪うさぎの赤い目が急にキラリと光り出した。
「・・・あれ?」
見る見るうちに卵形に形作られた雪うさぎは、まるで犬猫のように体を小さく震わせて余分な雪を払いのけると、自らの体を弾ませるかのようにぴょんぴょんと雪の上を飛び跳ね始めた。
「へぇー雪うさぎって動くんですね。僕初めて見ました。」
「・・・普通は動かない物だと思うけど。」
「きっとのお願いが届いたんだねぇ〜」
「「え?」」
二人が同時に皆川の方を振り向くと、一部では悪魔の微笑とも言われるような黒い空気を伴う皆川がそれはもう綺麗な笑みを浮かべ笑っていた。
「動くといいなぁって思わなかった?」
その笑みのままの隣に腰を下ろすと、自然との頬が朱に染まる。
彼女から見れば悪魔の微笑みも憧れの人の笑顔に変わるらしい。
「・・・お、思いました。動くと可愛いかなって。」
「うん。だからね、きっとその心が雪うさぎに通じたんだよ。」
これが皆川の台詞でなければ心温まるいい話で終わるのだろうが、仕掛けた犯人が皆川であるのならば・・・このまま平和に終わるはずはない。
「さて、それじゃぁここの雪かきはこの雪うさぎにお願いしようかな。」
「そんな事出来るんですか?」
「うん・・・雪うさぎ1号〜ちょっとおいで〜。」
ネーミングセンスは如何なものかと思われるが、の側でぴょんぴょんはねていた雪うさぎが皆川の元へやってきた。
「この実をキミに預けるから、お友達を増やしてここの雪かきしてくれるかな?」
真っ白な雪の上に小さな袋に入った赤い実を置くと、雪ウサギは大きくその場でジャンプしてすぐに雪上で仲間を作り始めた。
「・・・お友達、作り始めましたね。」
「そ〜だねぇ〜・・・」
「うわぁっ見る見るうちに雪うさぎが増えていきますね!」
「これであの子も寂しくないね。」
「・・・でも、多すぎませんか?」
の目の前には既に数え切れないほどの雪うさぎが所狭しと跳ね回っている.
雪かきの必要など何処にあるのか、既に達の周囲の雪は殆どない。
しかしまだ達から少し離れた場所では、こっちの状況など知らない真希達が白熱した雪合戦を続けている。
「真希先輩達に教えなくてもいいんですか?」
「んー折角楽しそうに遊んでるんだから・・・言わなくてもいいんじゃないかな。」
「でも・・・」
一歩前に踏み出したの肩をポンポンと叩いて皆川は胸に抱いていたスケキヨをに手渡した。
「それよりもスケキヨが寒そうだから、中であったか〜いお茶でも飲んで一休みしない?勿論、純も一緒に。」
「そう言われてみれば僕も少し体冷えたみたいです。」
「うん、僕も少し寒いんだ。」
・・・カシミヤのコートと、毛皮のコートを着ている人間がダッフルコートを着ている人間より体が冷えると言うことはあるのだろうか。
「それにも雪に触ったから・・・ほら、手が冷たくなってるよ。」
スケキヨを抱いている手に軽く触れると、がピクリと反応した。
「・・・ね、一緒にお茶飲もう。」
「は、はい。」
「じゃぁ行こうか。」
「はーい。」
さり気なくスケキヨを抱いたの肩を抱いて店に入る皆川。
パタンと閉められた裏口の扉の前では、既に雪ウサギの大群が今だ雪の残る真紀達の足元めがけて進行し始めた。
それから5分後、けたたましい悲鳴が店の裏から聞こえたが、皆川特製リラックスティーを満喫していた店内の人間にその悲鳴は届く事はなかった。
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『皆川さんと一緒に雪遊びw』リクエストされた時期が分かりますね(苦笑)
思いっきりお待たせして申し訳ありませんでした!
でも皆川さんらしさが出て、ちょっと楽しい物が書けたかなとは思っています(おいっ)
スケキヨが出てくるのはまぁ書いたのが私、と言う事でお許しくださいませm(_ _)m
リクエストにちゃんと応えられているのか不安ですが、どうぞお受け取りくださいませ!
更紗さん、リクエストありがとうございましたv
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです!
また遊びに来て下さいねvvv