Gentle nursing
「うううっ・・・あたしの馬鹿。」
「言っても熱は下がりませんよ・・・はい、体温計。」
ベッド脇にある椅子に座って八戒が体温計を差し出してくれたので、大人しくそれを口に咥える。
あーこっちの体温計は口に咥えるんだねぇ。
脇の下で測ったり、耳温計みたいのないんだ・・・。
そんな事を考えているうちに良く聞く機械音がなったので、咥えていた体温計を取り出して画面を見ようとしたら横から伸びてきた手に取り上げられた。
「ほぇ?」
「自覚すると急激に体力が落ちちゃいますから、見ちゃダメですよ。」
ね?って言いながら八戒が優しく頭を撫でてくれるから、無理に覗き込んだり聞こうと言う気が無くなった。
風邪で弱ってるのか、それとも八戒に弱いからなのか・・・あー頭がボーっとしてて考えられない。
「微熱・・・と言う所ですね。食欲はありますか?」
「・・・あんまり。」
ノドが乾燥したみたいになってて空気を吸い込むだけで咽そうになる。
あたしって気管支が弱いから熱よりもノドにくるんだよね。
堪えきれなくなって背中を丸めて咳をすれば八戒がそっと背中を擦ってくれる。
今は恥ずかしいとかそんな事言う余裕無いって感じなんだけど、ちょっと嬉しい。
そんな事を思った罰なのか、八戒が背中を撫でてくれているにも関わらず咳は暫く止まらなかった。
ようやく咳が治まった所で八戒が氷の無くなった洗面器を持って立ち上がった。
「食べないと元気が出ませんし、薬も飲めませんから・・・何か消化のいいもの作ってきます。」
「・・・ん。」
「眠れないと思いますけど無理に起きたりしないで下さいね。」
「・・・・・・」
声を出すのがちょっと辛くてコクコクと首を縦に振ると八戒はにっこり笑顔で部屋の扉を閉めた。
八戒が出ていった後暫く前の廊下を人の足音がバタバタしてた。
でも次第に静かになったから寝たままの体勢でボーっと天井を眺めてたらコンコンと窓を叩く音が聞こえて来た。
何か物が当たってる?って思ってそっちを見ると、そこに悟空がいた。
何で悟空が…!?遊びに来たのかな…。
でも遊びに来たのなら玄関から入ってくるはずだし、今まで一度だってあたしの部屋に窓からやって来た事は無い。
熱でだるい体を気力で起こして窓を開けると悟空の笑顔がいつもよりちょっと曇って見えた。
「悟空どうしたの?」
「、平気?」
「え?」
「風邪ひいたって聞いたから三蔵と一緒にお見舞いに来た!」
悟空と三蔵が…お見舞い!誰の!?…ってあたし以外誰がいる。
「本当は八戒と交代しようと思ったんだけど…悟浄と三蔵に止められたんだ。」
「あぁ、風邪うつっちゃうからね。」
ゲホゲホと口元を押さえて咳をすると目の前の悟空は首を横に振った。
「ううん、馬鹿は風邪引かないから大丈夫とか言われた。」
…三蔵か?そんな事言って悟空が風邪引いたら一番心配するの自分なのに…。
「俺が騒ぐとが大変だから静かにしてろって言われて追い出された。」
「……」
何度か分からない熱を持った頭ではどうコメントしていいのか良い答えが出て来ない。
苦笑しながら悟空を見ていると急に何か思い出したかのように洋服のあちこちに手を入れてその中を探り始めた。
「・・・悟空?」
「俺これに渡そうと思って来たんだ!!」
ようやく探し物が見つかったのか、ズボンのポケットに手を突っ込んで何かを取り出すとそれを掴んだ手を握ったままあたしの前に差し出した。
「なに?」
「手、出して。」
「手?」
握った手の下にあたしが言われたとおり手を差し出すと、悟空はその手をゆっくり開いていった。
「俺からのおみまい。」
開いた悟空の手から落ちてきた物は…小さな数個の飴玉。
「ここ来る前買い物した店で貰ったんだ。1つだけ食っちゃったけど…スゲー美味いから!だから…えっと……早く元気になってな!!」
「悟空…」
「んっとそんだけ!じゃ!!」
ちょっと照れたような笑顔を見せて駈け出そうとした悟空に慌ててお礼を言う。
「ありがとう、悟空!!」
喉が痛くてあんまり大きな声が出せなかったけど、それでもあたしの気持ちは悟空に届いたみたい。
大きく手を振ってこっちを見ながら走る悟空にあたしも小さく手を振り返す。
窓を閉めて、もらった黄色い飴を1つ包みから取り出して口に入れると、レモンの味が口いっぱいに広がり乾いたノドに潤いを与えてくれた。
「・・・オイシイv」
それを口の中でコロコロ転がして悟空が走って行った方向をジーッと見ていると急に部屋の扉がノックされたので慌てて布団の中にもぐりこむ。
八戒に寝てなさいって言われたのに起きてるのばれたら怒られちゃう!!
頭まで布団を被って寝たフリをしていると、もう一度部屋の扉がノックされた。
八戒じゃないのかな?八戒だったら一回目のノックで入ってくるもんね。
布団の中で首を捻って考えていると、聞き覚えのある声が扉の向こうから聞こえてきた。
「・・・入るぞ。」
・・・え!?この声って、ま・・・まさかっ!!
クルリと体の向きを変えて扉の方へ視線を向けると、そこには・・・三蔵がいた。
「・・・三蔵。」
ポツリとその名を呟くと、三蔵が無言でこっちに近づいてきて側にあった椅子に腰掛けてじっとあたしの顔を見つめた。
何!?何でそんなにじっと顔見るの!?
三蔵から視線を反らすなんて事出来なくて、蛇に睨まれた蛙宜しく硬直していたら・・・急に三蔵の口元が緩んだ。
「案外元気そうだな。」
「え?」
「夏風邪をひくヤツは馬鹿だって言う話だが・・・」
「うぅ・・・どーせ馬鹿だもん。」
悟空は三蔵と一緒にお見舞いに来たって言ってたけど、これは見舞い?
お見舞いと言うよりイジメじゃないか!!
頬を膨らませてそっぽを向くと、頭の上にポンッと手を置かれた。
「最後まで話を聞け。」
「?」
三蔵の態度がいつもと違うので視線を元に戻すと何時の間にかベッドサイドに小さな花かごが置いてあった。
「今年の夏は馬鹿以外もひくらしい、早く元気になれ。」
ポンポンと頭を撫でた後、三蔵はこっちを見ずに席を立ってしまった。
えっ!ちょっちょっともう行っちゃうの!?この花かごは?
さっき迄なかったのに・・・もしかしてこれお見舞い!?
パニックしながらも慌てて三蔵を呼び止める。
「三蔵!!」
「何だ。」
声をかけてもこっちを振り向いてくれない。
でも・・・気付いちゃったから、三蔵の耳がホンのちょっと赤くなってるの・・・。
だから振り向けないんだよね?
「お花、どうもありがとね。」
「・・・ついでだ。」
パタンと言う音と同時に足音が足早に部屋から離れていく。
「花かごを何のついでに買ったんだろうね、三蔵ってば・・・」
くすくす笑いながら寝転がって花を眺めれば、今まで見た事が無いような綺麗な花がいっぱいかごに詰まっていた。
最高僧である三蔵がお花屋さんで花を買う・・・一体どんな顔して買ったんだか。
その光景を想像したらどうしても笑いが込み上げてきて、暫く布団の中でお腹を抱えて笑っていた。
「・・・にしても、眠くても寝れないって結構辛い。」
悟空と三蔵がお見舞いに来てくれてから30分くらい経った頃、喋らなかった所為でノドの痛みは大分引いた。
額に手を当てて熱を測ろうとするけど、手が温かい所為で良くわからない。
「ヒ〜マ〜」
病人の一番の仕事、眠る事ができないとなるとやる事が無い。
ゴーロゴーロとベッドを右から左へと転がっていると明るい声が扉の向こうから聞こえてきた。
「もしもぉーし♪氷枕の出前いかがっすかぁ〜」
「悟浄!」
片手に氷枕を持って部屋にやって来た悟浄に自然と笑顔になる。
悟浄もお見舞いに来てくれるなんてっ!
たまにこっちで風邪引くのも悪くない・・・と不謹慎にも思ってしまった。
「よっ!具合どうよ?」
「大分落ち着いたよ。咳もあんまり出ないし。」
「熱は?」
ベッドに腰掛けてあたしの前髪をひょいっとかきあげて大きな手があたしの額を覆った。
あー・・・氷枕持ってた所為かな、悟浄の手冷たくて気持ちいい〜。
その冷たさに目を細めてたら急に手が離れていった。
・・・もうちょっと触ってくれててもいいのに。
「ちぃ〜っとまだ熱いな。ほら氷枕作ってきてやったから頭の下入れときな。」
「ありがとう・・・ごめんね悟浄。」
「ん?」
「皆に色々気使わせちゃって・・・」
「ナーニ言ってんだか。熱で頭沸騰してンな?」
ビシッと額を指で突付かれて思わず顔が仰け反る。
軽くやったつもりなんだろうケド、結構痛かった。
そんな目で悟浄をキッと睨んだら、普段見せない心配そうな顔でこっちを見てたから・・・怒鳴ろうとした口は開いたまま悟浄をじっと見てしまった。
そんなあたしを普段の悟浄だったらお腹を抱えて笑うのに、今日は全然笑わない。
そっと手を伸ばしてあたしの頭に触れたと思うと優しい声でまるで子供に言い聞かせるように話しかけてきた。
「んな事気にせず、早く元気になれよ。ナ?」
「・・・うん。」
頭を撫でられながらそんな優しい事言われたら・・・何か泣きそうだよ、悟浄。
風邪で涙腺緩んでるのかな、それとも病気で弱気になってるの?
目元から零れそうになってる涙を悟浄が指でそっと拭うと、急にその表情が変わった。
何と言うか・・・イタズラを思いついた子供、って感じ?
「ま、手っ取り早く風邪を治す方法が無い訳でもねーんだけど・・・」
「ほぇ?」
何となく嫌な予感がして悟浄と距離を開けようとしたら、それよりも早くギシッとベッドが少し軋む音がして、顔の両脇に悟浄が手をついた。
「その風邪、もらってやろうか?」
「っ!?」
何かを企んでるとしか思えない笑顔のまま悟浄の顔が近づいてくる。
すぐに起き上がるか体勢を変えるかすればいいのに、熱が一気に上がってるのか頭がボーっとして動く事が出来ない。
うわぁっ!どうすればいいのっ!?
オロオロと横になったまま首だけ左右に振っていたら、悟浄の右手がそっと頬に添えられて・・・思わずギュッと目を瞑っちゃったら、何とも言えない鈍い音が部屋に響いた。
それを文字にするなら・・・ゴンって言う感じ。
「・・・ゴン?」
その言葉を口に出しながらゆっくり片目ずつ開けて周りを見れば後頭部を押さえてその場にうずくまっている悟浄と、お盆に土鍋を乗せた八戒がこちらに背を向けて立っていた。
「・・・は病人なんですよ?」
「っつー・・・」
「貴方の場合風邪を貰うよりも悪化させてしまいかねませんからね、早く部屋から出てください。」
「は、八戒?」
あたしの微かな声に八戒の肩が僅かに動いた。
でもすぐにはこっちを向いてくれなくて、今だ頭を押さえてる悟浄に向かってとどめのひと言が投げられていた。
「後でお話がありますから・・・絶対に出掛けないで下さいね?」
まるで死の宣告を受けたかのように肩を落として部屋を出て行く悟浄にかける言葉が見つからない。
今言える事は・・・多分これだけ。
ご、ご愁傷様です。
多分空耳だろうけど チーン って言う鐘の音が遠くから聞こえた気がした。
「お待たせしている間に随分枕元がにぎやかになりましたね。」
「え?」
サイドテーブルにトレイを置いた八戒が花かごと飴に目をやった。
「三蔵と悟空がね、お見舞いって持ってきてくれたの。」
「そうですか・・・悟浄はちゃんと氷枕持って来ましたか?」
「うん!ほらちゃーんとここにあるよ。」
起き上がって枕を指差すと八戒はホンの少し表情を曇らせた。
「・・・人選間違えましたね。」
「ほぇ?」
「いいえ。何でもありません。それより雑炊を作ったんですが・・・食べられそうですか?」
八戒が小さな土鍋のフタを開けるとそこから美味しそうな雑炊が姿を現した。
湯気の向こうに柔らかそうな卵が浮いていてそこにネギも散らされている。
それをみたら急にお腹が減った気がして、コクコクと何度も頷いた。
あたしが頷いたのを見ると八戒が柔らかい笑みを浮かべながら小さなお椀に雑炊をついでくれた。
「熱いですから気をつけて下さいね。」
「うん。いただきます。」
ついさっきまでは食欲なんて全然なかった。
体がだるくて水を飲むのも精一杯って状態だったのに・・・悟空が飴を、三蔵がお花を持ってお見舞いに来てくれた。
そして悟浄が体を気遣って氷枕を作ってくれて、今八戒がこうして雑炊を作ってきてくれた。
こんなに皆に心配をかけてるのに、どうしてだろう・・・申し訳ないと思う気持ちよりも嬉しいって気持ちの方が大きい。
「食べられます?」
手が途中で止まっていたのに気付いたのは、八戒が心配そうに声をかけてくれた時だった。
頭が余計な事考えてたから思わず手、止まっちゃったよ。
「う、うん。」
遅れを取り戻すかのように一生懸命もぐもぐ口を動かしていると八戒がそっと手をこっちに伸ばしてきた。
「?」
「動かないでください。」
ドキドキしながら動きを止めていると八戒の指が頬をかすめていった。
何!?何なの!?
「ご飯粒、ついてましたよ。」
にっこり笑った八戒はそれをそのまま自分の口へと運んでいってしまった。
・・・あぁ〜ご飯粒ね、どうもありがとう・・・って今それあたしが食べてた雑炊!?
慌ててレンゲをお椀に置いてさっき八戒が触れた頬を空いた手で触る。
も、もう他にはついて無いよね!!
慌しく頬を触っているあたしを見て目の前の八戒が突然吹き出した。
「八戒?」
「いえ、その・・・す、すみません・・・」
謝りながらも八戒は口元を押さえて、その目はいつもより細められている。
あたし・・・まだ何処かにご飯粒つけてるのかなぁ?
「の顔が熱を測った時よりも真っ赤になってるのが・・・あまりに可愛らしくて、つい。」
「っっ・・・」
だって八戒が急にそんな事するからっ・・・だからこんなに真っ赤になっちゃったんじゃないかぁー!!何て今のあたしに言えるはず無い。
笑っている八戒を横目に取り敢えず今あたしが果さなければならないのは・・・もらった雑炊をしっかり食べ切る事、だよね。
再びレンゲを手に取るとその中身をせっせと口に運んだ。
何とかご飯を食べ終わると八戒に渡された薬を飲んで、膨れるお腹を抱えてベッドに倒れこんだ。
ん〜お腹いっぱいになったらちょっと眠くなってきた。
そんな風にトロトロし始めたあたしの額に新しく冷えたタオルを乗せながら八戒の声が聞こえた。
「他に何か欲しい物とかして欲しい事とかありますか?」
「ん〜」
「僕に出来る事なら何でもしますよ?」
本当は側にいてって言いたいけど、でも八戒も忙しいだろうから・・・
「リンゴジュース、飲みたいな。」
「・・・わかりました。」
子供みたいな我侭も八戒はそれを笑顔で受け取ってくれる。
いつも以上に優しい笑顔で・・・。
あたしが願いを言ったからすぐに八戒は部屋から出て行っちゃうだろうって思ってたのに何故か、八戒は側の椅子に腰掛けて布団から出ていたあたしの手をそっと包むように握り締めた。
「・・・八戒?」
「が眠ったらジュースを買いに行って来ます。」
「でも・・・」
「貴女が眠るまでここにいますから・・・安心してお休みなさい。」
優しい、優しい八戒。
あたしが隠していた気持ちなんてすっかりバレバレだったんだ。
「・・・お休み、八戒。」
「はい、お休みなさい・・・。」
恥ずかしいから布団をぐっと引き上げて、八戒から顔を隠すようにして目を閉じた。
それでも繋がっている手から、八戒の温かさが感じられる。
キュッと握り締めれば同じ様に手を握り返してくれる。
皆、どうもありがとね。
もし今度皆が風邪を引いたら、あたしがちゃんとお見舞いしてあげるから・・・
だから・・・今日はホントにどうもありがとう。
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34000hitをゲットされました 朝凪卯月 サンへ 贈呈
『病気の所を八戒に看病してもらう+お見舞い』と言うリクエストだったので、欲張りな私は全員に見舞いに来させました(笑)
しかも全員土産持参(笑)
悟浄の場合氷枕以外に命もかけてるみたいですが(苦笑)
結局あの後どうなったのかは・・・私にも分かりません。
どうしても話のオチに悟浄を使ってしまうクセは抜けないみたいですね。
卯月さん、リクエストありがとうございましたv
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです!
また遊びに来て下さいねvvv