純白の涙
初めて会った時から、気になってたけど・・・
こんな想い、今まで感じたことが無かったから気付かなかった。
「・・・あ、ガー君!」
「どわぁっ!!」
眼下を歩いていた見知った背中にいつものように勢い良く飛びつくと、ビックリしたように彼が振り返った。
あたしの姿に気付くと、目の前に突きつけていた長い爪を瞬時にしまって肩の力を抜く。
「んだよ・・・か。脅かすなよ・・・」
「こんにちは、ガー君。」
ニッコリ笑ってガー君の背中にギュッと抱きつく。
彼の名前はガートルード。
色んな悪魔のパーツを繋ぎ合わせて作られた人造悪魔。
「仕事か?」
「ううん。休暇中だからふらふら〜っと遊んでるの。」
「相変わらずのん気だな、オマエ。」
「ガー君に言われたくない。」
「ははっ違いねぇ・・・あ、そうだ。時間あるなら家で茶でも飲んでけよ。」
すぐそこだからさ、と言うガー君の言葉に大きく頷く。
「うん!」
「取り敢えず背中から降りて歩け!重いんだよ。」
「天使に体重なんてないのに・・・」
「オマエの力が重いっつってんの。」
「あ〜、ナルホド・・・ちょっと待ってね。」
そもそも天使と悪魔の力は対極、いくら彼が人造悪魔だとしても天使の力を側で感じるのは辛いかもしれない。
ひょいっとガー君の背中から隣に降りて、背中の羽を器用にたたむ。
あとは力を抑えて頭上の輪を消せば、外見だけなら人間と変わりない姿になる。
「・・・相変わらず面白いな。その収納羽と輪っか。」
「何とかショッピングみたいな名前つけないでよ。」
「間違ってねぇだろ?」
「そりゃそうだけど・・・」
「ホラ行くぞ、。」
そう言って歩き出すガー君を慌てて追いかける。
胸が、今まで感じた事のない鼓動で鳴りだす・・・こんな気持ちはガー君の側でしか味わえない。
本来、天使と悪魔は敵対関係にあり、一般的に両者が出会うと戦いになるのが普通。
あたしも散々教え込まれた・・・悪魔に出会ったら躊躇無く、弓を引け・・・と。
でも、ガートルードに出会ってから悪魔にも色々いるんだって分かった。
だからあたしは悪魔が悪さ(人間を騙したり誘惑したりなど)をしない限り、こっちからは手を出さない。
それがあたしが変わり者って言われる由来。
「ガー君!早いっっ!!」
「オマエが遅いんだろ?」
「歩き慣れてないんだもん。」
「いつも飛んでばっかだもんな。」
あははっと笑うガー君・・・その笑顔が、前に見た時とどこかが違う気がする。
何か・・・誰かがガー君を、変えた?
ようやく追いついて彼の隣に立てば、目の前にガー君の手があった。
「?」
「手、貸せよ。」
「え?」
「引っ張ってやるって言ってんだよ。オマエの足に合わせてたら家に帰るまでに日が暮れる。」
「むぅ〜・・・」
「ほら、早くしろよ。」
一度軽く深呼吸をしてからガー君の手に手を乗せる。
・・・皆が見たらビックリするだろうなぁ、悪魔と手を繋いで歩いてるなんて。
そんな事をぼんやり頭で考えながらも、意識は繋いでいる手に集中してる。
この手もガー君の物じゃなくて、誰か他の悪魔の物なんだろうけど・・・でもあたしと手を繋いでいるのは間違いなくガー君だ。
やがて何らかの魔力で目くらましをされた家の前についた。
「ちょっと待ってろ。」
ガー君が手を伸ばしてその目くらましを解除してくれる。
「一応オマエも天使だからな。目くらまし程度でも怪我しちまうだろ。」
「・・・ありがとう。」
本当に悪魔らしくない悪魔だよね。
天使の体を気遣って、目くらましの魔法を解除して自らを危険に追い込む悪魔なんてガー君くらいだよ。
「へー案外広いね。一人で住んでて寂しくない?」
「・・・悪魔にその質問も変わってるだろ。」
ボソリと呟くガー君の声に耳も貸さず、キョロキョロと周囲をもの珍しげに眺める。
庭先に咲き乱れる花、かすかに揺れる木の葉の音、鳥の鳴き声。
どう考えても悪魔の住処としては不似合いなこの家。
「広い所に一人は、誰だって寂しいでしょ。」
「・・・そうだな。けど・・・」
何か続きを言おうとしたガー君の前に、二体の悪魔が騒々しく現れた。
「なんだ、早かったなガートルード。」
「おやつはドーナツだぞ♪」
うわぁ・・・何だか丸くてちょっと可愛い悪魔だなぁ、この二人。
一人はエプロンつけてるし、もう一人は両手にドーナツ握り締めてる。
そう思いながらガー君の方へ視線を向ければ、ニヤッて感じで笑っていた。
「あいにく一人で住んでるんじゃない。」
一瞬の沈黙の後、目の前の二人が何処からともなくまち針を大きくした剣のような物を取り出し戦闘態勢に入った。
「なっっなんで天使がここに!?」
「我々を狩にきたのか!」
「あー・・・コイツは違う。」
「初めまして、天使のです。ガー君にお茶に誘われたのでお邪魔に来ました。」
「「は?」」
「と言うわけだから、マリオット。客間に茶、くれるか・・・こっちだ。」
「うん。」
現状を把握できていない二人の悪魔をその場に残し、あたしは再びガー君の後を追った。
通された客間はキチンと掃除されていて、置いてあるクッションも日に膨らんでいて気持ちいい。
それ以前にこの家は、悪魔の住処としてはやけに日の光が入りすぎている。
「オレの耳を取り返しにきた人形使いの悪魔・・・プッペンとマリオット。けど今はただの大飯ぐらいと飯炊きだ。」
「ふ〜ん・・・だからここ、こんなに居心地いいんだ。」
「そうか?」
「うん。空気が澄んでいて・・・気持ちいいよ。」
「・・・オマエがそう言うならそうなんだろうな。」
「クッションふかふかだし、カーテンは洗濯されてるし、床にゴミは落ちてないし・・・随分マメな子達なんだね。あの二人。」
「結構使えるぜ。」
楽しげに笑いながら人形使いの話をするガートルード。
・・・やっぱり、前みたいな刺々しさがなくなってる。
誰が、ガー君を変えたんだろう。
「ガートルード?お茶持って来たよぉ〜。」
ガチャリと扉が開いてそっちに視線を向けると、人間の女の子が入ってきた。
あたしが入るのに結界を解いたから人間が入ってきちゃったの!?
あ、でもあたしは今羽しまってるから普通の人間にしか見えないか。
それでも内心動揺しているのがガー君に伝わったのか、軽く背中を叩かれて一瞬心臓が飛び跳ねた。
「安心しろ。コイツは信用できる。」
「え?」
「サハラ、学校は終わったのか?」
「うん、今日は午前中だけだったの。だから早めに来たんだけど、来た瞬間マリオットとプッペンにお茶を運ぶよう言われて・・・」
ガー君が、信用できるって言った。
「あいつら・・・安全だって言ったのに疑ってやがるな。」
「んー二人で布団に潜ってたよ?しかも謎の言葉を呟きながら・・・」
「謎の言葉!?」
ガー君が・・・普通に喋る人間の女の子。
普通?ううん、違う。さっきまであたしにも見せた事のない顔して喋ってる。
どこか穏やかで、優しくて・・・眩しい目で・・・。
「天使が来る、天使が来るって・・・」
「ま、しょうがねぇか。以外のヤツは大抵ケンカっぱやい天使が多いからな。」
胸が痛い・・・さっきまでの痛みとは全然違う。
さっきは心臓が早くて止まりそうだったのに、今度は心臓をぎゅっと握られたみたいに痛い。
ガー君のそばでこんな痛みを感じたのは・・・初めてだ。
「サハラ、紹介する。多分今後オマエも会う事になるからな。」
「え?」
「!」
ガー君が・・・呼んでる。
「・・・おい、!!」
誰に呼ばれるよりも嬉しかった名前。
「・・・どうした?」
「・・・なんでも、ない。」
だけど、ガー君・・・ガー君はあたしの名前よりもあのコの名前の方を温かく呼ぶんだね。
隠していた羽と輪を一気に開放して、ガー君の後ろに立っている『サハラ』と呼ばれた女の子へ一礼する。
「初めまして、サハラ。あたしの名前は・・・一応天使よ。」
「・・・・・・」
「普通オレ達悪魔と達天使は敵対関係で、出会い頭に戦闘になるのが当たり前なんだけどな。コイツだけは別・・・オレの・・・」
あたしはガー君の・・・
「オレの・・・何て言うんだ・・・?」
あたしはガー君の・・・
「・・・友達、かな。」
・・・友達。
「へーガートルードにも友達っていたんだ。」
「そう思えるようになったのはオマエと出会ってからだ。それまでは何とも言えない関係だったぞ。」
友達・・・天使と悪魔が友達なんて言うのはガー君くらいだよ?
でもそれを言うなら悪魔の言葉に左右される天使は・・・あたしくらいかもしれないね。
天使の笑みを浮かべながら、なにやら楽しそうに話している二人を見る。
「ふ〜ん・・・じゃぁ最初の友達が彼女なんだね。」
「あぁ・・・そうだ。大事な友達だ・・・な、。」
そう言って振り向いたガー君は、一瞬驚いたような顔であたしを見た。
だからあたしは部屋の窓を開けてそこに足をかけながら、ニッコリ笑顔でガー君の言葉に頷いた。
「そう、大事な友達だよ!ガートルード!」
「!!」
窓から飛び出そうとするあたしの手を掴もうと伸ばしたガー君の手から逃げるように空に舞い上がる。
驚きと戸惑いを隠せない顔、してるね。前のガー君はそんな顔、あたしに見せてもくれなかった。
「仕事入ったの。」
「嘘つけ!オマエ休暇中だって・・・」
「売れっ子だから、あたし。」
「何だよそれ!」
「・・・ガートルード。」
サハラと呼ばれた女の子がガー君の服の裾を引っ張ってる。
やっぱり・・・女の子だね、気付いちゃったのかな。
「離せよサハラ!!」
「じゃぁねガー君。お茶はまた今度飲みに来るよ。」
フワリと羽を羽ばたかせてガー君に背を向ける。
「泣きそうなツラしてんじゃねぇよ!ー!!」
人造悪魔のガートルード。
悪魔なのに、天使の体を気遣う悪魔。
自分の体を守るため、色んな悪魔と戦い続けてきたガートルード。
そんな彼をいつもいつも見ていた。
そしていつしかその瞳に捕らわれてしまった・・・罪深いあたし。
この白い羽が黒くなってしまっても、無くなってしまってもいい。
ガートルードが側にいてくれるならそれでいいと思っていたのに・・・。
ふらふらと舞い降りた先に一軒の小さな店があった。
ガラリとその店の扉が開いて、大きな足音が聞こえ肩を掴まれた。
「美味そうな天使が落ちてるな♪」
肩がまるで焼けるように熱く感じる・・・あぁ、悪魔に捕まったんだ。
悪意のある悪魔は全身火に包まれていると言ってもいい。
ガー君の手は・・・熱いんじゃなくて、温かかったなぁ。
そんな事を思いながらそっと目を閉じた瞬間、肩の熱が急に消えた。
「お客様、この店の前での狼藉はご遠慮願いましょう。」
「店外なら関係ねぇだろう!!」
「それもそうだな。じゃぁ僕の前では止めろ・・・じゃなきゃ・・・」
「なっ何だってんだ!」
「・・・泣かすよ。」
あたしの前に立ちはだかった人の気配が急に強くなる。
・・・でも、この人の気は・・・ガー君と同じ、澄んだ気をしてる。
「やれやれ、僕もだいぶ彼に毒されたか。そこの人、こんな所で行き倒れるのは営業妨害だよ。」
「・・・」
「・・・変わり者天使の、か。」
「・・・」
「悪魔のカーティスだ。今キミにどうこうするつもりはない。信用するなら店でお茶でもだすが・・・どうする?」
座り込んでいるあたしの前に差し出された手。
ガー君以外の悪魔にこんな風に声をかけられた事はない。
そして、ガー君以外の悪魔の手を取った事はない。
迂闊に信じて手を取れば、この身がどうなるかあたしは散々天使長に教え込まれてきた。
「・・・ほぉ、ボクの手を取るのかい。」
「あなたは・・・優しい気を持ってる、カーティス。」
「買いかぶりすぎだよ。」
ぶっきらぼうに言うけれど、あなたの手もガー君と同じ・・・温かいもの。
そう思った瞬間、ずっと堪えていた物が溢れてきた。
それはあたしが始めて目から零した・・・水。
「え?」
「・・・」
目から溢れて手の平にボロボロ零れる水は止まらない。
一体自分の身に何が起きたのかも分からずただ目から零れる水を手の平で受け止めていると、手を引いて立たせてくれた悪魔があたしの体を包むように抱きしめた。
「全く・・・この目で見るまで信じられなかったよ。」
「・・・え?」
「見てごらん、。キミの零した涙は全て真珠に変わっている。」
手の平で受け止めた水はそのままだけど、足元にはキラキラ光る真珠が散らばっている。
「・・・」
「まさか目の前で天使が涙を流すとは思わなかったよ。」
「・・・これが、涙。」
「変わり者の天使以外にも別の名がついたな。」
「え?」
「恋に破れた変わり者の天使・・・それがキミの新しい名前だよ、。」
天使長が戯言のように話していた一説。
恋心を持たない天使が恋に落ちて、失恋した時・・・その涙は七色に輝く真珠に変わる。
――― あたしはガートルードに、恋してた。
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33097hitをゲットされました 香原水月 サンへ 贈呈
『昔ガートルードと知り合った天使の女の子で無自覚ながら恋してる』+悲恋、切ない系!?
・・・さっすが参謀、悲恋で切ない話なんて難しいもんを良くぞリクエストしてくれました(苦笑)
そして最後にカーティスが出てきちゃったのは二人の趣味って事でいいよね?
一応頂いた設定を元にした・・・つもり、なんだけど・・・いかがでございましょう(汗)
天使の涙が真珠になるってのは書いてて唐突に出てきたの。
それだけ想いが純粋って言いたかったんだけどね(苦笑)
参謀なのにキリバン踏まないとリクエストに応えないと言う管理人でゴメンね(苦笑)
懲りずにまた踏んでくれれば何か書くよ!リクエストありがとねv
これからどんどんジャンルが増えると思うので、また世話になります★