ささやかなる望み







「全く・・・はどうしてこう忘れ物が多いかなぁ・・・。」

前日にキチンと準備しているのにも関わらず、朝になると大抵何かひとつ忘れていく事が多い。
今日も昨夜一生懸命書いていた書類を机の上に忘れて行ってしまった。

「もしかして・・・こうして届けに行く俺が甘いのか?」

そんな事を考えながら医局へ向かい、がいる部屋へカードキーを差し込もうとした時、中から男女の声が聞こえてきた。



「な?いいだろ?」

「ダメです。前回もばれそうになって大変だったんですから。」

「お前なら大丈夫だって、な?」

「・・・無理です。」



この声は・・・とディアッカか?二人で何を話してるんだろう。
俺と話をする時とは違うが何だか新鮮で、カードキーを通そうとしていた手がそのまま止まってしまった。



「第一前回はお礼の意味も兼ねていたんですから!今はディアッカに何も貸しは無いはずです!」



・・・一体ディアッカはに何を頼んでるんだ?
しかもこの会話の内容からすると、普通に手に入れられないような物をに持って来させるようにも聞こえるが・・・。



「俺達、友達だろ?」

「友達だからちゃんとしないとダメなんです!」

「前みたいにあんなヘンな注文はつけないって!」

「って事は、今回も注文つける気なんですね!?」

「あ、ばれた?」



俺・・・出直してきた方がいいのか?
何だか凄く情けない事をしている気がしてきた。
が珍しくディアッカと仲良く話をしてるんだ・・・書類はもう少し経ってから届けに来れば良いよな。
トントンと書類で肩を叩いて扉から離れようとした俺の足が、中から聞こえてきた明るい声が耳に届くと同時にピタリと止まった。



「ディアッカそれ本当!?」

「あぁ、ちゃんと礼はするって♪ホラ前見てみたいって言ってたろ?荷物整理してたら一式出てきたから・・・お前が非番の時、見せてやるよ。」

「嬉しい!ありがとうディアッカ!!」

「うわっ・・・いきなり飛びつくなよ。」

「だって嬉しいんだもん♪」



俺の足を地に縫いつけたのは・・・嬉しそうに笑うの声と、困った様子ながらまんざらでもないディアッカの声。

胸がやけにざわつく。

まるでシュミレーションの最中、遠方から徐々に敵がこちらへ距離を縮めてくるかのようなそんな感じ。
そして胃に何か重い物が落ちてくるような嫌な感覚。



「んじゃア・レ頼むな?。」

「うん分かった。少し時間かかるかも知れないけど・・・」

「あぁ、かまわねぇよ。今度ヒマな時部屋に来いよな?」

「うん!」

「んで。イザークいない時、狙って来いよ。」

「え?何で?」

「そりゃ・・・」



ディアッカの言葉を最期まで聞く前に俺は力を振り絞ってその場を離れると、まるで何かに追われているかのように一目散に部屋へ帰りドアをロックした。

「はぁっ・・・はぁ・・・ど、どうしたんだ、俺。」

胸が苦しい・・・ムカムカする。
ディアッカと楽しそうに話しているの姿を想像するだけで、何かモヤモヤした物が体の奥底から込み上げてくる。
気付けば手にしていたへ渡すはずの書類をクリアファイルごと握り締めてしまっていて皺が寄ってしまった。
慌てて机に置いて側にあった本を重しにして紙を伸ばすと、その場に崩れるようにしゃがみ込んだ。

「・・・ちくしょう!」

握った拳を床にぶつけ、もう片方の手で前髪をぎゅっと握り締める。

「落ち着け・・・別に大した事じゃ、ないだろう!あんな・・・事!!」

ダンッと言う大きな音を立てて拳が床を叩く。
痛みよりも胸に押し寄せる深くて暗い波の方が・・・今の俺には辛い。

それからシュミレーションまでの暫くの間、俺は自分の中のわけの分からない感情をもてあましながらそれを振り払うかのように拳を床にぶつけ続けた。




















「あ、アスランお帰りなさい!」

先に部屋に帰っていたがいつものように笑顔でこちらへやってくる。
いつもならホッと一息つくはずのその笑顔が、今日は何だか・・・辛い。

「・・・ただいま。」

いつもだったら俺に飛びついてくるの体をしっかり抱きしめてあげるんだけど、今はそんな気分じゃない。
飛びつこうとしていたの頭をポンポンと軽く撫でると、そのまま横を通り抜けてベッドへ横になった。
そんな俺の態度を不思議そうにしていただけど、すぐにいつもの調子でベッドの脇にしゃがみ込むと服の裾を引っ張り始めた。

「ねぇねぇアスラン。美味しいお茶、ディアッカから貰ったんだけど・・・飲まない?」

ディアッカ・・・から、ね。

「いらない。」

「珍しいお茶なんだよ?あのね、何かこんな丸い固まりなんだけどお茶入れると白い花が咲くんだって!」

「・・・。」

「自分はこんなの飲まないからってくれたんだけど・・・アスラン一緒に飲まない?」

「いいよ。俺は。」

いいからこれ以上俺を困らせないでくれ!
がどんな顔をしてるかなんて、顔を見なくても長い付き合いだから分かる。
酷くガッカリした顔をしているんだろうけど、今は・・・せめて今日だけはこれ以上俺を困らせないで・・・。

「えっと、それじゃぁ・・・さ。せめてお菓子食べない?生菓子だからあんまり日持ちしないってディアッカが」

またディアッカ・・・か?

「いらないって言ってるだろう!」

自分でも驚くくらい声を荒げてしまい、慌てて口元を押さえての方を振り向くと・・・目を大きく開けて、手には可愛らしい小さな箱のフタを開けかけたまま動きを止めた彼女の姿。



・・・しまった。



そう俺が思った時には彼女の体は小刻みに震え始め、見開かれている瞳は徐々に潤み始めてしまった。
何と言って謝ればいいのか。ちょうどいい言葉が見つからなくて戸惑っていると、俺が声を掛けるよりも先に震えるような小さな声が俺の耳に届いた。

「ごめんなさい。疲れてる所・・・また今度お茶飲もう!アスランが・・・疲れてない時、に。」

・・・その・・・」

「お菓子は・・・悪くなるから、食べちゃう・・・ね。うん。」

開け掛けていたお菓子のフタを一旦閉じると、一生懸命涙を堪えながらがニコリと笑った。

「じゃぁあたし、ちょっと医局に忘れ物したの・・・思い出したから取ってくる。」

「ちょっ・・・!」

「アスランは先に寝てて。」

そう言うと椅子に掛けてあった白衣を手に部屋を出て行こうとしたので、俺は慌ててベッドから起き上がるとの手を掴んだ。

!ちょっと待って!」

少しだけ力をいれての手を引くと、彼女の小さな体は俺に向かって倒れてくる。
そのまま逃げられないように、そして俺の今の顔を見られないように腕の中にしっかり抱きしめた。

「ゴメン。・・・、ゴメン。俺・・・今日ちょっと調子悪くて・・・」

「・・・調・・・子?」

「うん。その所為でいろんな事失敗して、イザークとの勝負にも・・・負けてね。」

「・・・チェス?」

「そう。頭が上手く回らなくて・・・中盤、イザークのペースに巻き込まれたんだろうな。」

本当は中盤どころか前半から頭が回ってなくて、散々イザークに注意されたくらいだった。
そんなゲーム、イザークも好きじゃないだろうから途中で投了したんだけど・・・負けは負けだよな。

「だからちょっと機嫌悪かっただけなんだ。に当たったりして・・・本当にごめん。」

腕の中にいるの頭に自分の額を軽く乗せて何度も謝る。



は全然悪くない・・・悪くないんだ。



「そう・・・だったんだ。」

「・・・あぁ。」

「アスランでもそんな事あるんだね。」

「当たり前だろ。俺だって一人の人間なんだから・・・」

「そっか・・・」

今までまっすぐ床に伸ばされていたの手がゆっくり俺の腰に回されたと思うと、思い切り強く抱きしめられた。

「いっ痛っ痛いよ!」

「あたしが何かやったかと思ってビックリした分のお返し!!」

ぎゅーっと言う擬音を発しながら、は俺にピッタリと体をくっつけて一生懸命か弱い力で俺にまとわりついてくる。
暫くそんな風にじゃれあいながら、ようやく俺にお返しをし終えて落ち着いたはふと俺の手を見て驚きの声を上げた。

「うわっアスラン!手!!どうしたの!?」

「え?手?」

に言われて右手を見れば・・・昼間無意識に床にぶつけていた部分が赤くはれ上がって軽くうっ血している事に気付いた。
ベッドの下から簡易救急箱を取り出したが手早く消毒し、その上に冷却シートを貼ると丁寧に包帯を巻き始めた。

「こんなに酷い手で今日一日過ごしたの?」

「・・・んーそうみたい、だな。」

「誰か何か言わなかった?」

「いや、別に・・・」

「普段だったらニコルとか気付きそうなのに・・・」

独り言のように呟くの言葉を聞いて、そう言えば今日は行く先々で右手を指差されていたのがこれを指していた事に気付く。

「でもアスランの怪我を治すのはあたしの役目だからいいけどね。・・・はい、終わり。」

キュッと包帯を結んで救急箱を元の場所へ置きに行く。
そんなの後姿を見ていたら自然と口元が緩み、眉間に寄っていたはずの皺もなくなってしまった。

不思議だな。
さっき迄あんなにモヤモヤした気持ちだったのに、今は何だか凄く穏やかな気持ちだ。
普段と同じ・・・いや、もしかしたらいつもより調子がいいくらいかもしれない。

「また怪我したらすぐにあたしの所に来てね?他の人の所に行っちゃダメだからね?」

「はいはい。」

「絶対だよ!その為にあたしお医者さん目指してるんだから!!」

真っ直ぐ俺の目を見て笑うを見たら・・・胃にあった黒い固まりも、体の奥底から湧き上がってくるようなヘンな気持ちも全部消えてしまった。



凄いな、は本当に名医みたいだ。



「・・・アスラン?何笑ってるの?」

「いや、は凄い名医だと思って・・・」

「え!?何で!?」

もしかしたら、俺は時々あんな気分になってしまうのかもしれない。
でもそれを直せるのは・・・、君だけだと分かったから。
今度はすぐに、の所へ行くよ。





胸がざわついて、胃に何か重い物が落ちてくるような・・・そんなヘンな感覚。
それが“嫉妬”と言う物だと言う事を、この時の俺はまだ知らなかった。





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31600hitをゲットされました シオン サンへ 贈呈

『アスラン嫉妬・・・で甘い話』と言うリクエストでしたが、私の中でアスランは不器用と言うのがあるみたいですね。
徐々に恋心に気付いていく中で嫉妬が生まれて苦悩するアスランを書くのはちょっと楽しかったですv
ちなみに作中ディアッカが「一式出てきた」と言うのは日本舞踊の道具一式です。
何処かでディアッカが戦争前に日本舞踊をキチンと師匠について習ってたと言うのをみたので使ってみました。
更に「イザークのいない時〜」と言っているのは、いるとイチイチツッコミが入って煩いと言うだけで下心があるわけではありません(笑)全く無いとも言いませんが♪
シオンさん、リクエストありがとうございましたv
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです!
また遊びに来て下さいねvvv