鏡花水月

〜鏡にうつった花と、水にうつった月ということで、両方とも、見ることはできても、手にとることはできない美人や幻のたとえ〜







「おやおや、リナさん達は明日もレイクドラゴン釣りですか。ご苦労様です。」

木の上からいつものようにリナさん達の動向を探りながら様子を伺っていた。
まぁこれが仕事と言えば仕事なんですが・・・些か退屈ですねぇ。

「・・・おや?」

ふと視線をリナさん達が居る方向とは逆へ動かすと、もうひとつ小さな湖があることに気づいた。
それ以外何の変哲も無い筈が、この時はやけに気にかかって・・・

「ふむ、リナさん達はもう大分お疲れのようですし今日は動きませんね。」

それじゃぁ僕も息抜きと言う事で、ちょっとあちらに行ってみましょうか。










瞬間移動をして湖の側に立つと、湖の端に人間の気配を感じた。
白いワンピースを身につけた一人の・・・女性。

「おやおやこんな夜中に、無用心ですねぇ。」

とは言え今の自分には関係ない。
取り敢えず水面を覗いて小さな魚が泳いでいたのを確認すると、それをひょいっと掬い上げて本日の夕飯にする事に決めた。
水面を揺らす事無く捕まえた数匹の魚をあっと言う間に香ばしく焼き上げ、側にあった大きな葉の上に乗せて両手を合わせる。

「イタダキマス。」

1匹目の魚を食べながらふとさっき見た人間がどうしたか気になって、最初に見た方向へ視線を向けると先程と全く変わらぬ姿勢でちょうど湖の中央をじっと見つめていた。
その目は決してそらされる事は無く、真っ直ぐ・・・真っ直ぐ前を見ていた。

「一体何をしているんでしょうねぇ、ホント。」

その人間が気になって食べ終えた後も何となくその場を離れられずにいると、やがて小さな水音と共にその人が水の中へと入っていく姿が見えた。

「なるほど、入水ですか。」

ポンッと手を打って納得した・・・とは言えこの湖はそんなに広くもないし、深さもそんなにあるとは思えない。
しかも錘になるものをつけていなければ沈む事もできない。
まぁゼルガディスさんのように体が碇になるくらい重いのなら別ですけど・・・ね。
足先から膝、膝から腰へと水が浸かってもその目はまだ前を見ている。
ふと、彼女が何を見ているのか気になってその視線の先を辿って行った。

「・・・別に何もありませんねぇ。」

湖の真ん中には特に島があるわけでも、なにか目に付くものがあるわけでもない。
その先を見ても周りにある物と同じ木が生えているだけ。
彼女が見ている物がどうしても気になって、僕は軽く地面を蹴ると湖の真ん中近くに立ち尽くしていた彼女の前に降り立った。

「こんばんは。」

「・・・こんばんは。えっと、何方ですか?」

「僕ですか?僕は謎の神官(プリースト)、ゼロスと言います♪」

てっきり驚いて逃げると思っていたはずの彼女は微動だにせず、むしろ落ち着いた様子で僕を見上げるとにっこり微笑んだ。

「謎のプリースト、ゼロスさんですね?初めまして、私と申します。」

「これはこれは、どうもご丁寧に。」

・・・どう言う人なんでしょうね、この人間。
いくら魔道士や魔法使いが世にはびこる時代とは言え、真夜中に一人で湖の真ん中にいる時に空中から現れた人間にって僕人間じゃないですけど、少しは警戒心とか持ちません?

「あ、ゼロスさん。すみませんがちょっと左に寄って頂けますか?」

「は?」

「月が隠れてしまうんです。」

「月・・・ですか?」

言われて空を見上げると今日は綺麗な満月が何者にも邪魔されずキラキラと輝いていた。

不浄の者が苦手とする輝きを放ちながら・・・。

「月はちゃんとありますよ?」

「いいえ。貴方が隠してしまってるんです。」

「えぇっ!?」

「ほら、そこ・・・」

彼女が指で示す水面に視線を落とすと・・・そこには僕の影によって欠けてしまった月が映っていた。

「避けて下さいますか?」

「あの〜つかぬ事を伺いますが、貴方がさっきから見ていたのはもしかして・・・」

「えぇ月ですよ。」

「しかも、コレ?」

「はい、これです。」

馬鹿らしい、そんな事だったのか・・・。
僕は大きくため息をつくと、そのまま体を反転させてリナさん達の所へ戻ろうとしてひとつだけ彼女に尋ねたい事があって思いとどまった。

「聞いてもいいですか?」

「はい、何でしょう。」

「貴女は何故あの月を見ていたんですか?夜空を見上げればいつでも見ていられる月ではなく、湖に浮かんでいる月を・・・」

「私、月が好きなんです。」

いや、そう言う事を聞きたいんじゃないんですけど。

「いつもは空に浮かんでいる月を見ているんですけど、最近どうしてもこの手に月を手に入れたくて・・・」

「はぁ。」

「だからここに来たんです。」

・・・わからない。
ここに来たからと言って月が落ちてくるわけでも、その欠片がある訳でもない。
本当に人間って言うのはおかしな生き物ですねぇ。

「月は人間がどんなに頑張っても手に入れられる物だとは思いませんけど?」

「いいえ、そんな事ありません。」

「では貴女はどうやって手に入れるつもりなんですか?」

意地悪な質問をして、そのまま別れようとした僕の目の前で彼女は得意げな顔をして両手で皿の形を作ると湖に映っている月をその手で掬った。

「ほら、こうやって。」

そのまま手の間から水が徐々に零れ落ちていくが、彼女の手の平には確かに夜空に浮かぶ月がゆらゆら揺れながらその存在を映し出している。

「・・・でも、すぐ無くなりますね。」

「無くなれば、また手に入れるだけですわ。」

手の平の水を一旦湖に戻し、もう一度手の平で月を掬うと彼女は愛しげに手の中の月を先程と変わらぬ熱い視線で見つめていた。

「ナルホド、それは僕には考え付かなかった。」

「私もついさっき思いついたんです。もう少し早く貴方にさっきの質問をされたら、きっと私答えられませんでしたわ。」

クスクス笑う彼女を見ていたら、何故か僕も胸に込み上げてくるものがあって・・・夜の湖の真ん中で、暫く二人で笑っていた。










「・・・くしゅん。」

「おや?大丈夫ですか?」

「は、はい・・・くしゅん!」

随分長く水の中に居た所為で、彼女の体温が大分下がってしまったようだ。
僕は水面ギリギリの位置まで降りると、彼女の方へそっと手を差し伸べた。

「お嫌でなければ岸までお連れしますよ?さん。」

「ありがとうございます。」

一瞬の躊躇いも無く差し出された手を取り、一気に体を水から引き上げそのまま横抱きに抱きかかえる。
いわゆる『お姫様抱っこ』ってヤツですね。

「濡れちゃいますよ?」

「でもこの距離を腕一本掴んで岸まで移動となると・・・さんの細い腕、肩から外れますよ?」

「それは困ります・・・色々とお気遣いありがとうございます。」

「いえいえ、それじゃぁ行きますよ。」

ふわふわと言う表現が正しいようなゆっくりした飛び方で、湖の中央から岸辺まで戻ると彼女の足先をそっと地面に下ろした。
きちんと両足が地面につくと、彼女は僕の首に回していた腕をほどいて最初に挨拶した時と同じように僕に向かって深々と頭を下げた。

「本当にどうもありがとうございました。おかげで風邪をひかずにすみそうですわ。」

「それは良かったですね、お家は近くなんですか?」

「・・・えぇそう遠くはありません。」

「それじゃぁ、僕はこれで・・・」

「あのっゼロスさん。」

軽く地面を蹴ってフワリと宙に浮かんだが、名前を呼ばれて彼女の方を振り向いた。
水に濡れた衣服をまとい、月明かりを浴びて微笑む彼女は・・・聖なる証のように僕には眩しく、どこか胸に刺すような痛みを感じた。

「今日は、ありがとうございました。」

「今度はもう少し早く岸に上がった方がいいですよ、さん。」

「えぇ、そうします。」

「それでは・・・」

彼女に手を振りながら瞬間移動でリナさん達が野宿をしている湖の側まで戻ってきた。
全員が小さな焚き火を中心に気持ち良さそうに眠っている姿を、空に浮かぶ月と共に暫く眺めていた。

翌日リナさんの不屈の闘志の結果、彼らは念願のレイクドラゴンを手に入れる事に成功した。
うきうき楽しそうに店へ歩いて行ったので、僕もその後について行く。
しかしレイクドラゴンを食べる状態までにするには数ヶ月かかると言う事で、リナさん達はしぶしぶその店を後にした。
まぁリナさんだけはどうしても食べると言って聞かなかったので、アメリアさんに引き摺られて行っちゃいましたけどね。





夜、いつもの二倍以上の食事をしたにも関わらず、宿のベッドに入ってからも呪文のように『レイクドラゴン』の名前を繰り返していたリナさんの声が無くなって、ようやく夜の静けさが戻った時、不意に夜空に浮かぶ月に目がいった。

「・・・不思議な人でしたね。」

月が好きで月を手にしたい・・・と言って水中の月を掬って笑っていた彼女。

「今日もいるんでしょうか。」

宿を見ればリナさん達は昨日のレイクドラゴン釣りの疲れが出ているのか、全員このまま朝まで起きそうも無い。
まぁ起きて移動した所で、リナさん達の居場所なんてすぐ分かりますけどね。
僅かに口元を緩めると僕は瞬間移動で昨日訪れた湖へ向かった。





「・・・おやぁ?いません、ね。」

周囲を見渡し、半径1km以内に人の気配が無いのを確認する。
空を見上げるとここへ来るまでくっきり見えていたはずの月は、突然現れた薄い雲によってその姿を微かに曇らせてしまった。
と言う事は勿論、水面に浮かんでいる月はその輪郭も擦れてしまって微かな形を残しているだけとなった。

彼女の姿は・・・・・・何処にも見当たらない。

僕は唇の端を少し上げてゆっくり目を開けると、空に隠れた月を見つめた。

「・・・・・・月が見せた幻って事にしておきましょうか。人間は良くそーゆう風な感傷に浸るっていいますもんね。」

地面を蹴って湖の真ん中に浮かんでいる月を指先でひと撫ですると、そのまま空高く上がり僕の今あるべき場所へと戻って行った。





「私、月が好きなんです。」

あれは月が魅せた幻か、それとも・・・・・・





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29191hitをゲットされました はにゃ サンへ 贈呈

『月夜の晩にゼロスと出逢いお互いに惹かれあう』と言う事で、お互い気になる存在vと言う感じで書かせて頂きました。
個人的にはこーゆー雰囲気の話大好きなんですが如何でしょうか!?(ドキドキ)
ちょっとアニメスレイヤーズNEXT第7話とリンクしてますがお気になさらず(おいっ)
更に謝罪(おいおい)この話でゼロスは小魚を美味しく食しておりますが、元々魔族は人間の負の感情を食べているので食事はしないと言うのを書き上げてから聞きました。ですが、どうしてもあの場では他にゼロスがその場に留まる理由が思いつかなかったので、取り敢えず・・・食べて貰っちゃいました(笑)と言う理由で、大きな捏造ですが多めに見てもらえると嬉しいです(TT)
はにゃさん、リクエストありがとうございましたv
捏造・謝罪だらけですが、少しでも楽しんで頂けると嬉しいです!
また遊びに来て下さいねvvv