備えあれば憂い無し







天気が崩れそうだったので早めに宿を取った私達は、早々に食事を済ませ部屋に戻った。
今日は2人部屋1つしか空いていなかった為、全員が雑魚寝状態になる事が決定した。
本来ならベッドが2つあったんだけど、それだと全員が横になれないと言う事で宿の人が気を利かせて布団を床に敷き詰めてくれた。
三蔵様は何だか不機嫌だったけど、悟空は枕投げが出来るって言って嬉しそうだった。
八戒さんは部屋に入ると唯一置いてある机に地図を広げ、三蔵様と明日のルートの打ち合わせを始めた。
二人とも疲れてるはずなのにしっかりしてるなぁ・・・。
悟浄兄さんはちょっと出てくるって言って外に出たまま、まだ戻ってこない。
また綺麗なお姉さんとお話でもしてるのかな?
悟空は枕投げの相手が私しかいないのが不満らしく、部屋の端で枕を胸に抱えたまま布団の上で丸くなっているジープの側でごろごろしていた。
私は・・・と言えば、八戒さんの代わりに荷物の整理や、宿の人にお願いする洗濯物をまとめたりして時間を潰していた。





暫くすると部屋の扉が開いて、何やら上機嫌な悟浄兄さんが帰ってきた。

「おや?早かったですね、悟浄。」

にっこり笑顔の八戒さん。

「帰らんでも良かったがな。」

眉間に皺を寄せて本当にそう思っているのか不安に思える三蔵様。

「冷てーヤツラ・・・。」

「お帰りなさい。悟浄兄さん。」

手にした荷物を一旦横に置いて、にっこり笑顔を向ける。

「タダイマ〜v」

そう言いながら抱きついてきた悟浄兄さんからは、いつもとは違う数種類のタバコの匂いとお酒の匂い、そしてきつい香水の香りがしている。

「上機嫌ね。勝ったの?」

「おー勝った勝った!面白いぐらいにナ。最後は笑いが止まんなかったゼ」

楽しそうに笑う悟浄兄さんの前に八戒さんが笑顔でやってきた。
その顔は笑っているんだけど、目は笑っていなくって・・・ちょっと寒気を感じる。

「で、そのお金は何処から出たんですか?」

「オレの金に決まってんだろ!」

「・・・悟浄、貴方僕に借金があったの覚えていますか?」

「しゃ・・・きん?」

「えぇこの間の町で大敗して・・・僕に立て替えてくれって言いましたよね?」

「あー・・・そんな事も・・・アッタカモ」

冷や汗を流しながら八戒さんから目線を反らす悟浄兄さんは、何処か落ち着かない様子で・・・。

「それだけ勝ったなら借金帳消しに出来そうですね。」

八戒さんの白くて細い手がスッと悟浄兄さんの前に出された。
悟浄兄さんは私の背に隠れるととぼけた顔で宿の天井を見つめた。

「・・・悟浄?」

「ワリィ・・・その金で・・・豪遊しちまった。」



チーン



あれ?今、何処かで鐘が鳴った?
キョロキョロ周りを見渡すと、視界に入ったのは・・・静かに立ち上がった八戒さんの手に気が集められ、それを悟浄兄さんに向けている光景。
止めるべきかどうするべきかおろおろしている私の手を、今まで傍観していた三蔵様に引っ張られその背に庇われる。

「貴方には常識と言うものが無いんですか?」

「借金のコト忘れてたんだからしょうがねェだろ!」

「大体いつも貴方は物事に関して大雑把過ぎます!」

「オマエが細かいだけだろ!」

二人の争いを他所に三蔵様は安全地帯に私を連れて移動すると、我関せずと言った様子で備え付けの新聞を読み始めた。

兄さんってば・・・今日、妖怪に襲撃された時のドタバタでお財布が無くなって八戒さんの機嫌が悪いって事知ってるはずなのに・・・相変らずタイミング悪いよ。
取り敢えず私には二人の争いを止められるほどの力は無いので、ため息をついてから三蔵様の向いの席に座ると窓から見える町の明かりをボーっと眺めていた。










「キュ――――――ッッ!!!」

暫く八戒さんと悟浄兄さんの声しかしなかった部屋に、ジープの鳴き声が響いた。
しかもその声は何か恐怖に怯えているもので、急を要する感じ・・・。
皆の視線が部屋の隅で悟空の隣で大人しく眠っていたはずのジープに向くと、そこには世にも恐ろしい光景が広がっていた。

「・・・ご、悟空・・・」



仲良く眠っていたはずの一人と一匹。
しかし良く見るとジープの尻尾が途中から消えている。
恐ろしい事に悟空の口の中へ・・・。



あまりの事に誰も動けなかった中、三蔵様が悟空の側に行くと迷わずハリセンを振り下ろした。

「何食ってやがる!」

バシーンと言う音と共に、飛び起きた悟空。
正気に戻った八戒さんが慌ててジープの元へ駆け寄りその腕に抱きかかえる。
私も八戒さんの元へ行き腕の中のジープの様子を見た。

「大丈夫ですか、ジープ?」

「キュ・・・キュ〜ッ」

ぐったりとした様子で八戒さんの腕に抱かれているジープの体には・・・所々に悟空の歯形らしきものがあって・・・どうやら一回噛んだだけではない事が読み取れる。
私はポケットに入れていたハンカチでジープの額を拭いてあげた。

これは・・・冷や汗?

「どうしてこんな・・・」

背中の部分を労わるようにそっと撫でるとジープは八戒さんの手に顔を摺り寄せ、気持ちよさそうに目を細める。
八戒さんは手に気を集めると、先程悟浄兄さんに向けていたのとは全く別の使用法でジープに当て始めた。

「ジープ食っちまったら明日からどーやって移動すんだよ!」

「そういう問題じゃねぇ!!」

悟浄兄さんに足で蹴られ、三蔵様にハリセンで連打されていた悟空がようやく口を開いた。

「ジープなんて食ってねぇよ!!俺が食ったのは鶏肉だもん!」

「「鶏肉・・・?」」

思わず悟空に向けていた手足を止めた二人がチラリとジープの方を見た。
私も二人につられるようにジープをじっと見つめた。

羽が生えたジープは確かに鳥と言えなくも無いけど・・・。

「夢ん中ですっげー美味そうな鶏肉の丸焼きがあってさvようやく食べれるって所で三蔵にハリセンで叩かれて邪魔されて・・・あー思い出したらまた腹減ってきた。」

「・・・夢と現実の区別ぐらいつけろ、このバカ猿がっっ!!」

バシーンと宿全体を揺るがすようなハリセンの音でその晩は幕を閉じた。










翌日ジープは車に変身することは無く、私達は珍しく徒歩で隣町まで移動する事になった。
徒歩・・・と言う事で荷物は各自が持つ事になるはずなんだけれど・・・。

「なぁ!何で俺だけこんな荷物あって皆は手ぶらなんだよ!!」

「誰の所為でこんな目にあってると思う。」

「誰かサンが考え無しにジープを食おうとしたからだろ?」

「考え無しと言うのは悟空一人に言える事じゃないと思いますが?」

「・・・はいはいはいはい、ドーモすみませんね!」

「返すものさえ返していただければ何も言いませんよ。」

ジープを抱いてにっこり笑顔の八戒さんとは裏腹に悟浄兄さんの表情はどんどん暗くなっていく。
悟浄兄さんの借金はどうやら二倍返しで昨日の内に話がついたみたい。
一体いくら借りちゃったんだろう、兄さんってば。



「よ、ようやく着いた。」

背中の大きなリュックと手に下げたカバンを地面に下ろすと、悟空が一気に崩れ落ちた。

「それじゃぁ僕はジープの薬を買って来ますから、皆さんは先に宿へ行ってください。」

「あぁ。」

「ほらサル行くぞ!」

「も〜腹へって動けねぇよ〜!」

そんな兄さん達のやりとりを横目で見つつ、一人買い出しに向かう八戒さんに声をかける。

「八戒さん私も行きます。」

「大丈夫ですよ。もう日も暮れますし・・・」

「でも・・・」

「それじゃぁ、ジープをお願いしていいですか?」

八戒さんの腕の中で眠っていたジープが目をぱちぱちさせて私と八戒さんの顔を交互に見た。

「ジープ、すぐに戻りますからと一緒に待っていて下さいね?」

「キュ?」

首を傾げたまま八戒さんはジープを私の腕の中へと移動させる。
いまだ寝ぼけた様子のジープは首を傾げたまま。

「すぐに戻りますから、ジープをお願いします。」

「わかりました。行ってらっしゃい!」

にっこり笑顔で手を振ってくれる八戒さんに同様に手を振り返すと、私は踵を返して前方で騒がしく歩いている皆の元へ向かった。















「さて・・・果たして普通の傷薬でいいものでしょうか?」

薬局へ着いたはいいがジープに人間の薬を用いてもいいものかどうか八戒が思案していると、背後に人の気配を感じて振り向いた。
そこには意外な人物が立っていた。

「八百鼡さん?」

「八戒殿?」

「「どうしてここに!?」」

一瞬の空白のあと、お互い苦笑しながら本日の目的を話した。

「李厘様が腹痛を訴えられたんですがお恥ずかしい事に胃薬を切らしてしまいまして・・・」

「おや?手持ちが無いんですか?」

「普段ならすぐに調合できるだけの材料を持っているんですが、生憎今日は視察の日で・・・出先で全て使い切ってしまったんです。」

シュンと肩を落とす八百鼡に八戒は手持ちの箱から胃薬を数個取り出し八百鼡の前に差し出した。

「宜しければこちらをお持ち下さい。悟空が食べ過ぎた時に使用しているものなので、効果はかなりあると思います。」

「え?でも・・・宜しいのですか?」

「勿論です。困った時はお互い様ですから。」

「八戒殿・・・ありがとうございます。」

笑顔でその薬を受け取った八百鼡は八戒が手にしている傷薬に目を止めた。

「八戒殿は傷薬をお買いにいらしたのですか?」

「いえ・・・それが恥ずかしい話なのですが・・・」

そう言うと八戒は昨夜の話をかなり掻い摘んで八百鼡に聞かせた。
皆まで聞くと八百鼡は腰に下げていた袋から小さなケースを取り出した。

「どうぞこちらをお持ち下さい。私が調合した傷薬で、以前飛竜に使った事があります。」

「八百鼡さんは竜用のお薬も作られるんですか?」

真剣に驚いた八戒を見て、八百鼡は周囲をチラリと見てからその耳元へ囁いた。

「以前寝ぼけた李厘様が・・・その、飛竜の背中に噛み付いた事がありまして・・・その味を覚えてしまったのかそれ以来飛竜に生傷が耐えなくて、仕方なく薬の調合を・・・」

「・・・貴方達も結構苦労しているんですね。」

「えぇ・・・まぁ・・・」

お互い無差別で食欲旺盛な仲間を持った事に苦笑しながら薬局を離れた。

「それでは、ありがたく使わせていただきます。」

「こちらこそ・・・お大事に。」

「李厘さんにもお大事にとお伝え下さい。」

「えぇ、それでは失礼致します。」

深々と頭を下げると八百鼡はその場から姿を消した。





「八戒さん、その薬ジープにも使えるんですか?」

宿に帰ってきた八戒さんは手ぶらで、私の隣にそっと腰を下ろすとポケットから小さな白いケースを取り出した。

「親切な方にお会いしまして、胃薬と竜用のこの傷薬を交換していただきました。」

「そうですか・・・良かったですね。」

「えぇ。」

ジープのしっぽをそっと持つと、八戒さんはケースのフタを開けてその中に入っていたクリームのような物をジープのしっぽに塗りこんだ。
最初は痛みがあったのか体を小刻みに震わせていたジープだけれど、やがて目を細めて私の胸にコトンと頭を置いて小さな寝息を立て始めた。

「効いてるみたいですね。」

「そうですね。」

「なぁ八戒・・・さっき言ってた胃薬って・・・サル用の?」

それまで側でタバコを吸っていた悟浄兄さんが、不安げな顔でこっちを見ていた。
悟空用の胃薬なんてあった事を知らない私は小さく首をかしげた。

「えぇそうですけど、何か問題ありますか?」

「・・・普通の人間にゃちとあの薬はキツイんでない?」

「大丈夫ですよ・・・多分。」

そう言ってにっこり笑った八戒さんの笑顔は、今まで見た事が無いくらい綺麗だった。

窓辺に座っていた三蔵様も、お腹が空いたと歌っていた悟空も、そして側にいた悟浄兄さんも・・・
その笑顔を見た瞬間に一気に顔が青ざめて見えたのは気のせいだったのかな。




















おまけ

「李厘様?具合は如何ですか?」

「んー・・・うん!大丈夫!よ〜し、まだまだ食べるぞぉ!」

大きく伸びをすると、李厘は広い森に向かって元気に駆け出して行った。

「良かったわ。元気になられて・・・」

ほっと胸を撫で下ろす八百鼡の隣で腕を組んで首を捻っている独角ジ。

「・・・元気にはなったけど、ありゃ元気になりすぎなんじゃねぇか?」

遠くで聞こえるのは獣達の怯えた鳴き声と必死で逃げる足音、そして李厘の雄叫び。

李厘はすっかり元気になった・・・らしい。





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2323hitをゲットされました 由加里 サンへ 贈呈

『ジープと四人を観察する』と言うリクエストでしたが、観察と言うより日常のひとコマと言う風になってしまいました(TT)
でも一度は書いてみたかった悟空が寝ぼけてジープを食べると言う話(笑)
ジープにとっては恐怖としか言えないんですけどね(苦笑)
一応皆が普段何してるのかなぁと言うのを考えながら書いたんですが、如何でしょうか!?
由加里さん、リクエストありがとうございましたv遅くなってしまってどうもスミマセンm(_ _)m
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです!
また遊びに来て下さいねvvv