真剣勝負
「ねぇ〜悟浄ぉ〜」
「いーやーだ!ゼッテェ行かねェ!」
「でもあたし一人じゃ注文できないよ…」
「だから他の店なら連れてってやるって!」
「でも…」
「とにかくこの店だけはパス!」
さっきからとある店の前でチャンと繰り返している問答。
のんびりソファーでタバコを吸ってたら、チャンが珍しく自分から寄ってきて小首傾げながら「買い物に行こう」って誘ってきたから二つ返事で起き上がった。
八戒の書いたメモをオレに預け、ついでに財布も預かろうとしたらチャンは財布を大事そーに胸に抱えてこう言った。
「八戒がコレだけは悟浄に渡しちゃいけませんって言ったから!」
どーせオレは宵越しの金なんて持っちゃいませんよ。
ま、それでも珍しく二人で出掛けるんでオレもちょいと浮かれてたワケよ。
少しでもチャンと一緒にいれたらと思って遠回りしたのがまずかった。
この道には…オレの鬼門とも言うべき、あの店がある。
でもそれに気付いた時はもうチャンがその店を発見したあとで…。
「あっ…可愛いこのお店!!」
チャンが見つけたのは…オレがバレンタインのお返しにケーキを買った…あの素敵なネーミングセンスを持った洋菓子屋。
あの時もう二度と来ないと胸に誓ったはずのその店の前に、オレは再び立ってしまった。
「あー…まぁ…」
真っ白な外壁に綺麗に整えられた庭。
その庭はオープンテラスとしてお茶を飲んでいく客の為にテーブルと椅子が並べられており、数人の女達が茶を飲んでいるのが僅かに見える。
この辺では珍しく色とりどりの花が咲き乱れており、男のオレですら一瞬目を奪われる。
それはまだいい。
店の入口へと続くレンガの小道(この辺がもうオレにはついていけない)
その脇にはいかにも女が喜びそうな小さな花の鉢植えが綺麗に並んでいる。
そして入り口のドアには手作り風の黒板に今日のメニューが書かれていて、店内は・・・もうあえて何も言うまい。
なんつーの?白いレースのカーテンに白で統一された椅子とテーブル。
女の夢であり、ヤローにとっちゃ一生縁なさそうな家具がキレーに並べられている。
殺風景な町の中にこんな少女趣味な店があっても誰も入らないだろうと思っていたら…結構客足が多く、あちこちでも噂を呼び今ではこの町の名物にもなっている。
だからオレもあの時恥を忍んで買いに来たんだけど…。
そんな店だから勿論、普段あまり外に出る機会が無いチャンの目はあっという間にその店にくぎづけになって…オレは一瞬嫌な予感がした。
「ねっ可愛いね、このお店!」
「そ、だな。さて買いモン買いモン。」
不吉な予感が現実の物となら無い様、オレはわざと足早にその店の前を通りすぎようとしたが、そんなオレの腕を普段では考えられないような力で誰かが引きとめた。
誰かって言っても一人しかいねェけど…。
「…チャン?」
振り返れば視線だけしっかり店に向けたまま、全体重をかけてオレの進行を何とか止めようと足を踏ん張るチャンの姿。
「ネ…お茶して行こう?」
悟浄サンの予感…大当たりィ〜。
じっとオレの目を見つめて、まるで捨てられてた子犬のような目でこっちを見る…あー、オレがそう言う目に弱いの知っててやってンのかぁ?
って言ったトコでチャンがそんな策士な面を持ってるなんてサルの脳みそほども思ってない。
よく今まで無事だったと思えるほど、天然な女のコ…だからな。
でも、今日はオレも譲れない。
またあのボケたオバチャンに会った日にゃどうすりゃいい?!
オレは踏ん張るチャンの体をズルズル引き摺りながら一歩、また一歩と店から離れて行った。
「ごぉーじょーおぉー!!」
「ダーメ。今日は買い物行くんだろ?遅くなると八戒に怒られるゼ。」
普段のオレの行動は棚の上。八戒の名を出せばチャンが大人しくなるのはわかりきった事。
思ったとおりオレの腕を掴んでいた手を離すと、チャンはすたすた歩いてオレの前にやって来た。
ほ〜ら…思った通り…?
「八戒、町内会長さんの所に行ったから時間はあるよvね?お茶して行こうv」
…八戒、頼むからオマエの予定はオマエの中だけで留めておいてくれ。
チャンは鼻歌を歌いながらもう一度オレの手を取ると今来た道を戻って行く。
このままじゃ…またあの店の中に入る事になる。
そう思った瞬間、ホワイトデーの悪夢が走馬灯の様に頭の中を巡る。
マズイ…それだけはマズイ!
オレは思わず思い切りブレーキをかける様に立ち止まると、オレの手を掴んで前を歩いていたチャンがその反動でバランスを崩してオレの方に倒れ掛かってきた。
余裕でその体を受けとめると、チャンの耳が真っ赤に染まっているのが見えた。
相変らず、男慣れしてない所が何とも初々しい。
オレの周りの女(ヤツ)なんて、密着するのなんか当たり前って感じになってるからナ。
「あ、ありがと悟浄。」
「ドーいたしましてv」
とか言いながらオレは背後からチャンの腰を抱いて自分の方へ引き寄せたまま手を離さない。
「…ごっごっごじょ?」
「んー?」
わざととぼけたフリをする。
チャンはオレに体がくっつかないよう前に動くと、チャンの腰にオレの手があるので当たってしまう。
それに驚いて慌てて後ろに下がるとオレの胸元にチャンがスッポリはまる。
オレ的にはどっちもオイシイ位置。
暫く無意味な運動を繰り返していたチャンが、体を反転させてじっとオレの目を見た。
ちょっと潤んだ目がやけに綺麗に光ってて、一瞬目を奪われた。
少し潤みがちな目が上目遣いでオレを見つめる。
こんな往来じゃなかったらなぁと不埒な事を考えるオレにチャンが指を突き付けた。
「ジャンケンで勝負だ!」
「…はい?」
何ゆえこの状況で突然ジャンケン?!
動揺の為緩んでしまった手からチャンが抜け出して…でも指はオレに突き付けたまま。
「あたしがジャンケンで勝ったら、悟浄の奢りでこのお店でお茶!」
ってお嬢さん?アナタお金持ってないでしょう…って言うツッコミは次のチャンの言葉を聞いてあっという間に遠い遠いお国まで飛んで行ってしまった。
「悟浄が勝ったら何でも一個だけ言う事聞く!」
棚からボタモチ…の展開に自然とオレは口の端が上がっていく事に気付いた。
「真剣勝負だな?」
「もちろん!その代わり勝ったらケーキ奢ってね!!」
「勝ったらナ。チャンこそ約束忘れンなよ?」
ニヤリと笑うオレを見て、チャンは何だか急に慌て始めた。
「えっ、うん。でもお金無いからあたしに出来る事で、だよ?」
少し怯えた顔してるけど、賭けをふっかけたのはチャンの方…こんなオイシイ賭け、この悟浄サマが負ける訳にはいかないでしょ♪
「一回勝負?三回勝負?チャンに選ばしてヤルゼ♪」
「一発勝負に決まってるでしょ!!ぜーっったい勝つもん!」
おーおーマジになっちゃって、カワイイったらねェな。
「いっくよー!」
「いつでもドウゾ。」
青空の下、昼も過ぎた午後三時。
人通りも多い道の往来で一体何してんだ?と思う気持ちは置いといて、今は目の前の勝負に集中しましょうか。
「じゃんけんポン!」
お互い出した手はチョキ。いわゆるあいこってヤツだな。
ホッと胸を撫で下ろすチャンを見てかなり緊張してるのがわかる。
たかがジャンケンにそこまで熱くなるかねェ。
「よーし、もう一回!じゃんけんポン!」
今度はお互いグウ、再びあいこ。
「ホイ、あいこでショ!」
オレから声をかけて再び続けるが今度はお互いにパァ…三回連続同じか。
「何で悟浄同じの出すの!?」
「チャンがオレと同じの出してるんだろ?」
「うぅ〜違うもん!行くよ、あいこで…」
それから何度あいこを繰り返したかわからない。
何度やり直しても同じ手が繰り返されて、流石のオレも段々熱くなってきた。
「悟浄・・・もしかしてわざとあいこにしてる?」
「んな器用な事八戒じゃあるまいし出来ねェよ!」
「もーいい加減違うの出してよ!」
「それはこっちのセリフ!ジャンケン・・・」
そして出されたのは…やはり同じ、パァであった。
ふと気付けば流れていたはずの人波はピタッと止まり、いつの間にかオレとチャンを中心に何層にも重なった人垣が出来ていた。
いくらジャンケンに集中してたとは言えこんなに人が集まる迄気付かないとは・・・そんだけマジになってるってコトか?
「あの兄ちゃんと姉ちゃんよっぽど気が合うんだな。」
「あぁ、さっきからずっとあいこだ。」
「兄ちゃん勝つ気あんのかぁ?」
しかもワザとこっちに聞こえるようにくだらない野次を飛ばしてくるバカヤロウもいる。
外野は黙ってろ!と言わんばかりにオレがチラリと視線を走らせそちらを睨みつけると、騒がしかった外野は一気に口をつぐんだ。
「…仕切り直しだ。さっきのセリフ、間違いはねェな?」
さっきのセリフとはオレが勝ったら何でも言う事を聞くという事。
「女に二言は無い!悟浄も忘れないでね!お持ち帰り付きだからね!!」
「…増えてんじゃん。」
「いっくよー!!じゃんけん…」
一瞬時が止まったかのようだった。
周りのざわめきも、人の声も何も耳に入らない。
ただ目に映るのは目の前の結果だけ…。
「いよっしゃー!オレの勝ちぃ!!」
さすがに数分間続いたジャンケンの勝利はただ一回するだけのジャンケンとは勝利の味が違う。
周囲のギャラリーが拍手をしてくれていたので、思わず上機嫌でその拍手に応えた。
「よ、兄ちゃんオメデトー!」
「嬢ちゃんもよーやった。」
ガクリと膝をついて頭を垂れているチャンの肩を軽く叩くと、この世の終りとでも言うような顔でオレを見上げた。
うっわー…本気でショック受けてら。
「くっ…悔しいっ!!やっぱり最後はパァにしとけばよかったぁー!!」
「ま、実力の差ってヤツだな♪また今度出直して来な♪」
ってオレは何を偉そうにしてるんだ?単なるジャンケンに勝ったってだけなのに、今までのどんな賭けに勝った時よりも嬉しいなんて…。
「で、悟浄のお願いって…何?」
「え?」
「だから、ジャンケンに勝ったら悟浄のお願い一つ聞くって言ったじゃん。だからお願いはなぁに?」
まてまて…こんなギャラリーがいる中でそれを聞くか!?
ジャンケンが終ってキリがついたもんだと思って離れかけていたギャラリーが、再び耳をダンボにして戻ってきた。
当たり前だよな…多分オレが逆の立場なら、やっぱり戻ってくるわ。
こんなオイシそうな話、酒のつまみには持ってこいだ。
「ね、悟浄?」
チャンは何も言わないオレを不思議に思ったのか、服の裾を掴みながらいつもの様に首を傾げた。
その仕草が今のオレには目の毒。
オレが口元に手を当ててどうやってこの人込みを抜け様かと思案していると、それをどうとったのか周りのギャラリーが騒ぎ始めた。
「兄ちゃん!姉ちゃんが待ってるぞ!!」
「そうだそうだ!男ならビシッと言っちまえ!」
「ほらほら、彼女が心配してるわよ♪」
ジャンケンの時はそれに集中していた所為で周りが目に入っていなかったようだが、冷静になってようやく自分が話題の中心になっている事に気付いたチャンは、見る間に顔を赤らめるとオレの服の袖をぎゅっと握って視線を落としてしまった。
「お姉ちゃん大丈夫か?」
「ほら兄ちゃん!早く言えよ」
「何なら俺が代わりに言って…」
「ウルセェ!外野は黙ってろ!!」
自分でも何処からこんな声が出たのか不思議だった。
ただいつも元気なチャンが俯いて、しょんぼりしている姿を見るのが…嫌だった。
オレの声に驚いたギャラリーが硬直している間に、オレはチャンの手を引いてある店の方へすたすたと歩いて行った。
そしてそのまま小さな花達が並んだレンガの小道を通りぬけて、綺麗な鈴のような音が鳴って白で統一された店の中に入ったと同時に、少し屈んでチャンの耳元に囁いた。
「ここでオレとお茶、してくれますか?」
まだ自分が何処にいるのか、イマイチ把握できていないのか視線をキョロキョロ泳がせていたチャンがオレに視線を合わせると、今日一番の笑顔を見せてくれた。
「喜んで!!」
「ま、こーゆートコは入っちまえばどうにでもなるもんだよな。」
チャンが店の奥の席を指差した時には正直驚いた。
てっきり庭のオープンテラスの一番イートコに行くと思ってたから…。
「ありがとね悟浄vケーキもお茶もおいしいv」
「そりゃドーモ。」
チャンは贅沢セットとか言う本日のお勧めケーキが四種類のった物を注文した。
いつもはそんなに食わないのに、どうしてこう言う時だけ胃がでかくなるのか…ホントオンナって不思議な体してんなぁ。
「悟浄のケーキもおいしそうだね。何だっけ…ソレ?」
「月のカケラ…だとさ。」
『月のカケラ』って名前だけど、実際の商品は他店で良く見かけるレアチーズケーキ。
それなら最初っからその名前にしとけっつーの!!それでも前回の『天使の告白』ってネーミングよりはマシか…。
小さく溜息をついてからオレはコーヒーを一口飲んだ。
「ねぇ悟浄、そのケーキひとくち頂戴v」
そう言って向かいの席にいたチャンが『月のカケラ』に手を伸ばした。
オレはその手をやんわりと止めると、ケーキを一口サイズに切ってフォークに突き刺すと目の前に座っているチャンの口元に差し出した。
「ほい、あーん。」
そう言えばてっきり照れて逃げるだろうと思っていたのに、チャンは少し躊躇った後「あーん」と言ってオレの手から月のカケラを…食べた。
「…オイシイ。」
そう言って笑い返してくれる笑顔は、今まで見たどんなオンナよりも綺麗で…。
「あ…そ…」
「じゃぁお返し、悟浄あんまり甘いのダメだよね。コレはあんまり甘くないから…」
わかっててやった事なのに、何でオレがこんなに動揺しなきゃならないんだ!?
そしてチャンは更にオレに追い討ちをかける。
「はい、悟浄。あーん。」
「え゛?」
「ほらっ、シフォンケーキのクリーム落ちちゃう!」
「お、おうっ」
オレはまるで親鳥から餌を貰うヒナの様に口を開けると、チャンはその口にケーキを「エイッ」と言って放りこんだ。
「美味しいでしょうv」
そう言って満足そうに笑うチャンを見たら、何故か言葉が出なかった。
やべェ…マジ可愛いかも。
チャンの表情、仕草…それらを何一つ逃さない様じっとその動きを目で追う。
ふとチャンと目が合うと、オレの頬にチャンがそっと手を伸ばしてきた。
「なっ!」
「動いちゃダメ。」
金縛りにあったように動きを止めていると、チャンが指についたクリームをオレに見せた。
「…ついてたよ。」
その後の行動はほとんど無意識だったと思う。
チャンが何か言うのも気にせず、オレはチャンの手を掴むとクリームのついた指に唇を寄せてそのクリームを舐めとった。
我に返ったのはオレを呼ぶチャンの声。
「ごっごっ悟浄!何してんの!?」
「はい?」
「悟空じゃないんだからっ!欲しいんならちゃんと言ってよ!!」
目の前に真っ赤な顔でオレを睨むチャン、その手は微かに震えている。
「最後の一口…あげるからっ!早く手っ、離してっっ!!」
「あ、ワリィ。」
人間無意識の行動ほど素直だって…誰かが言ってたな。誰だっけか?
オレが手を離すと今度はチャンのケーキの皿が目の前に差し出された。
「はい…アゲル。」
「いいよ、オレもう腹いっぱい。チャンこれもあと任せた。」
そう言って『月のカケラ』をチャンの前に置くと、オレは懐にしまっていたタバコとライターを取り出して火をつけた。
煙草の煙は今のオレの気分を表すかのように天井までゆっくりゆっくり上っていく。
今日の天気は晴れ、そろそろ太陽もオレンジ色に変わる頃。
オレは目の前で嬉しそうにケーキを食うオンナの顔を見つめながら、オレにしては不似合いな店の中でやけに穏かな気分で過ごしていた。
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1900hitをゲットされました 高屋翼 サンへ 贈呈
『ラブラブ甘甘バカップル』と言うリクエストでしたが・・・如何でしょうか!?(ドキドキ)
本人達にしてはいたって真剣勝負なんですが、端から見ると・・・どう見えるんでしょう?
「何やってんだあの二人?」と言う風に見えるといいんですが・・・。
甘甘のはずが前半思いっきりギャグ調になってしまったので、後半甘めにしてみました。
甘みが足りなかったらすみません(TT)以後精進致します!
翼さん、リクエストありがとうございましたv
遅くなりましたが少しでも楽しんで頂けると嬉しいです!
また遊びに来て下さいねvvv私も遊びに行きます!!
追記:この話にはオマケがあります。(+αの部分になりますね。)
こちらはリクエストではなく、話を書いていく内に思いついたので私が勝手に書いたもの(笑)
興味がある方は覗いてみて下さい。
ホワイトデーに出てきた「アノ人」が再登場しています(笑)
スイマセン、遊んでます。
読んでくださる方はこちらからどうぞ・・・。
