最近の研究テーマ(東北大学)

 

 真核細胞の細胞内では、様々な物質が小胞などの膜に包まれてダイナミック且つ複雑なネットワークで輸送されています。この細胞内の物流システムは様々な生理現象に重要な役割を果たすため、小胞(膜)輸送(メンブレントラフィック)機構の破綻はヒトの疾患・病態とも密接に関連しています。従って、小胞輸送の制御メカニズムの解明は生命科学における重要な研究課題の一つであり、2013年度のノーベル医学生理学賞[コメント]の対象ともなっています。

 私達の研究室では、細胞生物学という視点から哺乳動物に見られる小胞輸送の分子機構を解明することにより、高次生命現象を分子レベルで理解することを目指しています。具体的には、小胞輸送の普遍的制御因子である低分子量G蛋白質Rab(ラブ)に焦点を当て、以下の七つのテーマに挑んでいます。

 

1. メラノサイト(色素細胞)における小胞輸送機構の解明

 メラノサイトは、私達の肌や髪の毛の色の源であるメラニン色素を産生する特殊な細胞です。メラニン色素はメラノソームと呼ばれる特殊なオルガネラで産生され、このメラノソームが隣接するケラチノサイトや毛母細胞に受け渡されることによって、肌や髪の毛の暗色化が起こります。すなわち、日焼けが起こるためには、メラニン合成酵素(チロシナーゼなど)のメラノソームへの輸送や細胞骨格に沿ったメラノソームの輸送が不可欠です。私達はこれらの分子機構の一端の解明に成功しており、その成果を利用した美白化粧品への応用も行われています[リンク]

代表論文J. Biol. Chem. (2002) 277, 12432-12436; Mol. Cell. Biol. (2003) 23, 5245-5255; Nature Cell Biol. (2004) 6, 1195-1203; J. Biol. Chem. (2006) 281, 31823-31831; Mol. Biol. Cell (2009) 20, 2900-2908; Mol. Biol. Cell (2012) 23, 669-678; J. Cell Sci. (2012) 125, 1508-1518; J. Cell Sci. (2012) 125, 5177-5187; J. Invest. Dermatol. (2013) 133, 2237-2246; J. Biol. Chem. (2014) 289, 11059-11067; Biol. Open (2015) 4, 267-275; Sci. Rep. (2015) 5, 8238; J. Biol. Chem. (2016) 291, 1427-1440; J. Invest. Dermatol. (2016) 136, 1672-1680; J. Biochem. (2017) 161, 323-326; J. Biol. Chem. (2019) 294, 6912-6922; Cell Struct. Funct.(2020) 45,45-55; Front. Immunol. (2020) 11, 612977; Int. J. Mol. Sci. (2020) 21, 8514; J. Biol. Chem. (2022) 298, 102508; Int. J. Mol. Sci. (2022) 23, 14144; Sci. Rep. (2024) 14, 2529

 

2. 神経回路網形成における小胞輸送機構の解明(神経科学)

 記憶・学習など私達の高次脳機能を司る神経回路網は、神経細胞同士が二種類の神経突起(軸索と樹状突起)を伸ばし、シナプスを形成することによって成り立っています。神経突起を伸長するためには、突起伸長分の脂質膜の供給(細胞体からの小胞輸送による膜の供給)が不可欠と考えられています。また、軸索と樹状突起に運命決定された後には(極性の獲得)、シナプス小胞などは軸索に、神経伝達物質受容体は樹状突起へと選択的に輸送されます。これらの過程には小胞輸送機構が重要と考えられていますが、その詳細な仕組みはまだ良く分かっていません。私達は、神経突起伸長軸索・樹状突起の形態形成に重要なRab分子の同定とその機能解析を通して、神経回路網形成やその破綻による神経疾患(精神遅延など)発症の分子基盤の解明を目指しています。

代表論文PNAS (2008) 105, 16003-16008; J. Cell Sci. (2012) 125, 2235-2243; J. Biol. Chem. (2012) 287, 8963-8973; J. Biol. Chem. (2013) 288, 9835-9847; J. Cell Sci. (2013) 126, 2424-2435; Biol. Open (2014) 3, 803-814; J. Biol. Chem. (2015) 290, 9064-9074; Mol. Biol. Cell (2016) 27, 2107-2118; PLoS One (2017) 12, e0174883; Neurosci. Lett. (2018) 662, 324-330

 

3. オートファジーにおける膜ダイナミクスの制御機構の解明

 オートファジー(自食)は、全ての真核生物に普遍的に保存された生理現象で、飢餓時におけるエネルギーの産生、細胞内の異物(蛋白質凝集塊、細胞内に侵入した菌など)の除去に利用されるだけでなく、個体発生におけるプログラム細胞死やがん化抑制にも寄与しています。このため、オートファジーの破綻はヒトの病態(異常な蛋白質の凝集による神経変性疾患の発症、腫瘍の形成など)とも密接な関連があり、近年多くの注目を集めています。オートファジーの基本的な仕組みは既に知られており、まず細胞質に出現した二重膜構造を持つ隔離膜が伸長し、細胞質、オルガネラ、タンパク質凝集塊あるいは細胞に侵入した菌などをとり囲み、オートファゴソームを形成します。次に、オートファゴソームはリソソームと融合することにより、内容物が消化・分解されます。私達は、オートファジーの際起こるダイナミックな膜の動態に興味を持ち、Rabという独自の切り口からオートファゴソームの形成・成熟の分子機構の解明に挑んでいます。

代表論文Mol. Biol. Cell (2009) 19, 2916-2925; J. Cell Biol. (2011) 192, 839-853; Autophagy (2011) 7, 1500-1513; Mol. Biol. Cell (2012) 23, 3193-3202; EMBO Rep. (2013) 14, 450-457; J. Biol. Chem. (2014) 289, 13986-13995; Autophagy (2016) 12, 312-326; eLife (2017) 6, e23367; J. Cell Sci. (2018) 131, jcs215442

 

4. 上皮細胞の極性形成を司る輸送機構の解明

 消化管や腎臓尿細管の管腔面(管の内側)に見られる上皮細胞は、基底膜上にサイズの揃った細胞が互いに接着しながら一層に並んだ構造をしています。このような上皮細胞は、基底膜や隣接する細胞と接する側底膜、いずれとも接しない頂端膜を持ち、頂端部基底部軸に沿った極性を有しています。頂端膜と側底膜の境界部には密着結合が存在するため、それを境に特異的な脂質や蛋白質が方向性を持って極性輸送されています。極性形成の破綻はがん化とも密接に関連することから、極性形成・輸送の分子機構の解明は生物学・医科学における重要な研究課題の一つです。私達は、イヌ腎臓尿細管上皮細胞由来のMDCK II細胞をモデル系に用いて、二次元培養細胞及び三次元培養細胞(シスト)における極性輸送機構の解明とその破綻による疾患発症との関連性を明らかにすることを目指しています。

代表論文Mol. Biol. Cell (2012) 23, 3229-3239; Nature Cell Biol. (2012) 14, 838-849; J. Cell Sci. (2014) 127, 557-570; BBRC (2015) 460, 896-902; J. Cell Biol. (2016) 213, 355-369; J. Cell Biol. (2019) 218, 2035-2050; J. Biol. Chem. (2020) 295, 3652-3663; J. Cell Sci. (2021) 134, jcs257311; BBRC (2021) 561, 151-157

 

5. エクソソームの輸送・分泌機構の解明(CREST

 私達の体を構成する細胞は、様々な物質を包み込んだエクソソーム30-100 nm程度)と呼ばれる小胞を細胞外に放出し、細胞間のコミュニケーションを図っています。近年では、がんや神経変性疾患などヒトの病態と密接に関連することが明らかとなり、エクソソームの生理作用に多くの注目が集まっています。一方で、エクソソームによる生体応答の詳細な仕組みはもちろん、大きさや内容物の異なる小胞がそもそも何種類存在するのか(『異質性』)といった基本的な問題すらも解明されていません。私達は、上皮細胞(MDCK II細胞)をモデル系に用いて、エクソソームの輸送・分泌とその異質性を生み出す分子基盤の解明を目指しています。

代表論文Nature Cell Biol. (2010) 12, 19-30; EMBO Rep. (2021) 22, e51475; Cell Rep. (2022) 39, 110875; Cell Struct. Funct. (2023) 48, 187198

 

6. エンドソーム-リソソーム系における輸送・分解機構の解明

 エンドソーム(初期エンドソーム[EE]、後期エンドソーム[LE]、リサイクリングエンドソームRE]など)は細胞内に取り込まれた物質の選別・輸送を担うオルガネラで、取り込んだ物質のリソソーム[LY]での分解(EE LE LY)や細胞膜[PM]へのリサイクル(EE RE PM)に重要な役割を果たしています。このため、エンドソーム-リソソーム系の機能破綻は様々な疾患(例えば、パーキンソン病などの神経疾患)の原因ともなりうることが明らかになりつつあります。私達は、Rabファミリーによるエンドソーム-リソソーム系の輸送制御に興味を持ち、その分子機構の解明に取り組んでいます。これまでに、Rab12を介したREからリソソームへの新規分解経路の同定などに成功しています。

代表論文Traffic (2011) 12, 1432-1443; J. Cell Sci. (2019) 132, jcs226977; Cell Rep. (2021) 37, 109945; J. Cell Sci. (2021) 134, jcs259184; J. Cell Biol. (2022) 221, e202201114J. Cell Sci. (2023) 136, jcs260522

 

7. シリア(一次繊毛)形成における小胞輸送機構の解明

 シリア(一次繊毛はほぼ全ての哺乳動物細胞に存在する、細胞膜から突き出た不動性の毛のような突起物です。シリアには様々な受容体やイオンチャネルが存在し、外界からのシグナルなどを感知するアンテナと考えられています。特に、発生・分化の過程でシリアは重要な役割を果たしているため、シリアに関わる遺伝子の変異により「繊毛病」と総称される重篤な症状(網膜色素変性、嚢胞腎、多指症、内臓逆位など)を示すことが知られています。シリアの形成過程では、繊毛小胞の形成・輸送など小胞輸送の関与が示唆されていますが、その詳細な仕組みはこれまで十分に解明されていません。私達は、ヒト不死化網膜色素上皮(hTERT-RPE1)細胞やMDCK-II細胞のRabノックアウト株の解析などにより、シリア形成における小胞輸送機構の解明を目指しています。

代表論文Dev. Cell (2010) 18, 237-247; EMBO J. (2013) 32, 874-885; J. Biol. Chem. (2020) 295, 12674-12685; Curr. Biol. (2021) 31, 2895-2905; Small GTPases (2022) 13, 77-83

 

[ホームへ戻る]