TOYOTA CUP 2003

ACミラン VS ボカ・ジュニオールズ

 久しぶりに自宅/TVでの観戦となるTOYOTA CUPである。

忘年会のビンゴで得たモエ・エ・シャンドンをコップで呑みながらTV前に陣取る。

息子よ、今日だけはお前と遊ぶわけにはいかないのだ。許せ。

  欧州代表はACミラン(以下ミラン)。

プレッシングフットボールを完成させ最強の名を欲しいままにしたのも今は昔ながら

レアルに負けず劣らずのスター軍団である。

  南米代表はボカ・ジュニオールズ(以下ボカJ)。

表記が変わったのは気にしないように(笑)

基本的にその国の発音に似せたいだけである。

わしはボカJの監督であるお茶の水博士ビアンチをこそ名将と呼びたい。

チラベルトを擁しTOYOTA CUPで優勝したベレス・サルスフィエルドを率いたのも、

わずか数分であのレアルを沈め3年前のTOYOTA CUPを制したボカJを率いたのも彼である。

一昨年はデルガドの退場により苦杯を嘗めたが・・・

ベレスにしろボカJにしろ、徹底したチーム戦術、戦略は観る度にわしを唸らせてくれる。

徹頭徹尾リアリストなのがビアンチ監督なのである。

 

 笛が吹かれた瞬間、ミランの選手はハーフウェイラインを越えボカJへのプレスをかける。

最近プレッシングしてたっけと訝るがまあ最初だしかましとけ、という感じだったのだろう。

読み通り、経時的にプレスは緩んでいく。

というよりも、ボカJが合わせない以上、緩めざるを得ないのだろう。

ましてボカJはアルゼンチンのチームであり、 カウンターは得意中の得意である。

カウンター二発でレアルを沈めたのも極最近の話である。

余談ながらミランがナシオナル・メデジン(コロンビア)と対戦した第10回大会は素晴らしかった。

ミランのプレッシングを敢然と受けて立ち、互角の戦いを見せたナシオナル。

中盤での攻防があれほどまでにスペクタクルだとは思いもよらなかった。

 ボカJは頑なに自らのペース、戦術を譲らない。

プレスをかけられても自分たちのスペースをきっちり作り、

過剰なプレス、狭い範囲での奪い合い〜10回大会のような〜にはつき合いませんよ、

そう言いたげにDFラインからFWへの距離を保つ。

ボカJのバタグリア、ミランのセードルフは献身的にスペースを埋め、

且つ先を読んだプレイで傍目には簡単にボールを奪い、

攻撃に移ろうとするが逆に相手のボランチの網にかかる、 そんな攻防が目を引く。

ミランが長いボールを入れてもスキアビは容易に跳ね返し、

裏に出しても統率の取れたトラップでオフサイドを奪う。

 対してボカJは攻めに人数をかけない。勝利へのリアリズム。

右30メートルほどで得たフリーキック。

端から見たらこれほど判りやすい構図はないというほどのスペースの作り方。

ニアに走り込むボカJの選手に釣られた格好のミランDF陣。

数メートル後方に下がり反転してファーに走り込んだドネは完全にフリーでボレー。

わしはこの段階でボカJがペースを掴んだと判断。

ボカJは攻撃も守備もプラン通りに進めていたと断ずる。

  そんな事を思っていたら裏をかかれた(汗)

バタグリアからボールを奪い、ミラン・ピルロの長いパス。

シェフチェンコがスルー。 ワンチャンスをモノにする強さ。

トマソンのシュートはアボンダンシエリを見切った素晴らしいシュート。

しかし長いな、こいつの名前↑ 背中にはPATOとしか書いてない癖に・・・・ ま、それはそれとして。

ミランも伊達にチャンピオンになったわけではなく、

メンバーだけでもレアル・ドリーム・マドリーに劣るものではない。

「ここ一番」を決める強さを持たなければ強豪とは呼べないのだなと改めて実感させてくれる。

 などと思うのも束の間、わずか5分で追いつくボカJ。

わしはこのクロスを上げたギジェルモがかなり好きなのだが、

このクロスを上げるまでのギジェの動きは素晴らしい。

まるでエアポケットに入ったかのように「すぽ」とフリーになってはパスを出し

最後にはクロスまできっちりと上げる。

この一連の動きだけでも観た甲斐があったというもの。

丁寧なクロスはイアルレイの足、ジダの手を掠めドネの前に。

こちらも狙い澄ましてDFとGKの隙間にシュート。

同点。

ペースを相手に渡さないとするボカJの力をまざまざと見せつけた。

  この直後にはカカのミドル。 完全にGKの守備範囲を回り込んだがポストに嫌われる。

ミランからすれば、このシュートさえ・・・という感じだろう。

決定機はこれが最後だったかもしれない。

もちろんシュートシーンはあったが、お互いの固い守備はシュートコースを消し、

「入るかもしれない」と思わせるシーンはほぼ無かったといっていい。

剣道で言えば間合いを狭めて踏み込んだ時には既に敵は守りの構えを採っているようなものだった。

鍔迫り合いという程間合いが狭い訳でもない。

展開的には地味だったかも知れない。

 

  まあ評論家ならぬ表論家にはつまらない試合だったことだろう。

観ていて前のめりになるのは確かにシュートシーンだ。

しかしこのような間合いでも面白みは存分にある。

ポジショニングの巧さ、ボールに向かうタイミングの妙、 パスコースの消し方、

観るべき処など無数にある。

特にボカJのカバーリングの美しさは溜息ものである。

カーニャ、バタグリア、ブルディソ、クレメンテのシンクロした動きは絶品だった。

やっぱし生で観るべきじゃったなあ・・・・

 インザーギ、テベス、ルイ・コスタの登場もゲーム展開を変えることなどなかった。

膠着状態のまま延長後半に入り、シェフチェンコのシュートも防がれる。

インザーギのヘディングはネットを揺らしたがボカJの完璧なトラップ。

インザーギのポジションは微妙であったが 他にあれだけ最終バックラインを踏み越えている、

否、最終バックライン前方に取り残されボールに向かう選手がいては

新ルールであろうがなかろうがオフサイド以外の何ものでもない。

 

 そしてタイムアップの笛が鳴った。

 

 PK戦。

ボカJ・スキアビが決めた瞬間にわしはボカJの勝利を八割方確信した。

最高のPKをといっていいだろう。

ミラン・セードルフが外した瞬間、わしは十二割確信した。

同じく中盤のキーであったボカJ・バタグリアも外したが意味が大きく違う。

この日、両チームのボランチは攻守に健闘していた。

ボランチの鑑と言っても決して過言ではない。

中盤の底でボールをすくい取っては前線にボールを供給し、

自らも前方へ移動し攻撃の一翼を成す。

どちらもMVP級の働きである。

しかしこのPKでは意味が違った。

ボカJの場合、PK戦で勝負を決する意志は試合当初からあったとわしは思う。

その意味でボカJは切り替えができていたのではないか。

三年前書いたように、ボカJには時間によりゲーム展開を換える戦術がある。

その一環として、PK戦があった。

言うなれば。

前半から後半に折り返すのが当然のように、延長の後にPK戦があった。

対してミランはどうだったか。

終始ボカJにゲームを支配され、PKにつき合わざるを得なかったという様相ではなかったか。

この点でゲームからの切り替えができていたかどうか。

わしはできていなかったと思う。

だからこそ、セードルフが外した瞬間に決着が付いたと感じた。

ゲームの中心となり信頼に応えるプレイを見せた選手が外す事はつまり、

中心が崩れ、ゲームが崩れることに他ならない。

しかしボカJはすでに切り替えており、 PK戦に入った段階でバタグリアは既に中心にない。

しかもバタグリアは攻守の中心に見えるが

その実全体の動きの中で中心に位置することが多かっただけだ。

 

  果たして、ミランはコスタクルタも外してしまい、 4本目で決着がついた。

ビアンチ三度目のワールドチャンピオンである。

勝利へのリアリズムを徹底したボカJに栄冠がもたらされた。

 

 

 

  さてこれぐらいで終わるはずもなく(笑)、

以後、そのリアリズムを公式記録を参考にしながら検証したい。

アルゼンチンのフットボールは、代表がそうであるように、

「負けないためには得点を与えない」をフットボールが得意である。

1990年のワールドカップイタリア大会でも顕著であったように、

頑なにゴールを守りPK戦に持ち込み勝利を得る、 というのが一つの勝ちパターンですらある。

これこそがアルゼンチンの、そしてビアンチのフットボールの中核である。

では得点を与えないためにはどうするか、 この試合ではどうしたのか、

幾つか拾い上げてみよう。

 

 まず、公式記録によると、シュート数はボカJ14本、ミラン12本である。

ここで注目したいのは、ミランのシュート12本の内、

セリエAのみならず世界でもトップクラスのストライカーである

シェフチェンコが何本のシュートを打ったか、である。

極大雑把な言い方をすれば、眼前にDFがいても僅かなシュートコースを見出し

正確なシュートで得点を上げることができる、 というよりむしろ、

そのような展開からのシュートが得意なストライカーである。

従ってゴール方向に向いてさえいればシュートを放つことができる選手なのである。

その彼が、一体何本のシュートを打てたであろうか。

ここまで言えば、試合を観ていなかったとしても、

勘のいい人はシュート数が少なかったであろう事は想像できるだろう。

解答は、ただの一本、である。

目の前にDFがいるにも関わらずシュートを放ち、得点を上げる筈の選手が、である。

この数字はボカJのDFが如何に巧くシェフチェンコを封じたかを如実に物語っている。

ハードに過ぎるDFを誇るアルゼンチンの選手とはいえ、

これほどまでにシェフチェンコが前を向かせず、 シュートコースも与えないとは驚嘆に値する。

裏を取ろうにもボカJのトラップは巧妙かつ大胆しかも正確無比であった。

足下に受けては振り向けず、裏を取ろうにも罠にかかり、 頭で競ろうにも跳ね返され・・・・・

シェフチェンコは完璧に押さえ込まれていた。

ちなみに得点を上げたトマソンでさえ、シュートは得点となった一本のみである。

トマソンに代わったインザーギに至っては0である。 (ヘディングシュートの前にオフサイドの判定があったため)

対してボカJはどうだったか。

元来チャンスメーカーとしての側面が大きく、

しかも被ファール数は両チーム合わせて最多の7であるギジェルモは0だったが、

イアルレイ、ギジェに代わったテベスの二人で4本である。

奇遇にも総シュート数の差はFW登録の選手のシュート数の差に等しい。

あまり差がないようにも見えるが、ここでボカJの攻撃戦術を忘れてはいけない。

リードすることがなかったこの試合、大半がカウンターでの攻撃である。

ボカJが如何に巧く相手の攻撃を抑えつつ、その裏側で攻撃のチャンスを

虎視眈々と狙っていたかを物語る数字ではないだろうか。

皮肉なことに、ミランの得点はトマソンとシェフチェンコが二人で前を向いた

〜オフサイドトラップにかからずに〜唯一と言っていい場面で生じ、

逆にボカJの得点は巧妙なボールキープから

ギジェのクロスにより生まれたものだったのだが。

 

 次は中盤以下の攻撃をどう防いだかについて述べてみたい。

中盤の守備はMF登録4人の内少なくとも3人が当たり、

且つDFラインとの距離をとることでミランMFの攻撃のビルドアップを抑えていた。

特にカシーニ、バタグリアのチェックのスピードは素晴らしく、

またFWへのパスコースを消しながらのものであった。

カカ、ピルロ、ガットゥーゾ、セードルフのミランMFは

パスコースを迷い、キープに苦しみ、結果ボールを奪われる事を繰り返した。

ただしボカJの中盤のボールキープも人数をかけるものではなかったため、

数的不利な状況が多く、これまたボールを奪われ、

全体として 中盤でのボールの奪い合いが多い展開となったのだが。

  昨年のTOYOTA CUP、オリンピアがMFとDFの距離を詰め、

レアルの中盤でのキープを自由にさせていたのとは好対照である。

 このようなフォアチェックを行うリスクとして、

フォアチェックを行う選手がドリブルで抜き去られた場合に

相手攻撃の自由度が飛躍的に向上してしまうのだが、

それに対してもボカJの守備は二重に保険をかけていた。

数的有利が確実な場合はフォアチェックの後にMF、

例えばバタグリアの後方にカシーニ、といったように

抜かれてもすぐチェックにかかれる選手を用意し、

men to manの体勢を大前提としていたことが一つ、

そしてダブルチェックがかけられず、MFが抜き去られた場合には

直後にブルディソを主としたDFの選手が飛び出してきてチェックに当たり、

そこにはサイドのDFや抜かれたMFが入り込んでフォローしていたことがもう一つ、である。

このMFとDFが一体となったフォローの動きの美しさは、

先にも述べたが本当に素晴らしいと思う。

誰一人としてタイミングのずれる者がいないのだ。

地味な試合だと酷評する表論家も多いが、

彼らには審美眼というものが無いと断じて良い。

メンバーが織りなす幾何学模様の流れる様を認める目がないのだ。

わしがめ○らと罵りたくなるのも道理である。←言い過ぎ

 

 それはそうとして、中盤までの守備を書くだけではまだ足りない。

ミランにはロベルト・カルロスとブラジルの両翼を成すカフーがいるではないか。

 ちなみに93年の第14回大会で優勝したサンパウロの右サイドバックとしてカフーは出場している。

ついでにカフーはこの試合でアシストを決めているが、

翌年行われたワールドカップアメリカ大会でこのアシストと全く同じ様なクロスを上げたものの

ロマーリオが外してしまうというシーンがあったのはわしの記憶には新しい。

 更にもう一つついでを言えばこの93年大会の相手は現在所属するACミランであり

対面にいるマルディーニとのマッチアップはエキサイティングだった・・・本題に戻そう。

 カフーがいるからにはサイドのカフーにパス→クロス→シュートシーン

という展開を期待するのは当然である。

しかしこの日、カフーが上げたクロスはわずか数本。

パスを受けるシーンも少なかった。

これを如実に物語る記録がある。

カフーの被ファール数である。

チャンス、逆に言えばボカJのピンチになればファールを受ける回数は自ずと増える。

それが少ないと言うことは即ち、チャンスに絡んでいない事の証となる。

カフーの被ファール数は、わずかに1、であった。

 ではなぜカフーともあろう者がチャンスに絡めなかったのか。

もちろんボカJの守備の巧妙さ故、である。

この試合で何度も見受けられたシーンがある。

左サイドにボールがある時、逆サイドにはスペースが生まれる。

カフーは当然の如くそのスペースを伺う。

しかしロングフィードは出ない。

何故か。

カーニャがいたからである。

常にカフーの真正面のスペースを埋めるようにしてカーニャが構えていたのである。

またも昨年のとの比較になるが、中央に人数を集めてサイドを空けても構わない様相で、

尚且つフォアチェックはさほど激しく行わない守備をオリンピアは採用していた。

だからこそレアルは大きくサイドチェンジを行うパスを出せ、

且つ受けることができたのである。

しかしボカJのフォアチェックは迅速であり、 尚且つ逆サイドへの監視も怠ってはいない。

これではパスを出そうにも、であろう。

ましてカーニャも攻撃力は甚大である。

ボカJの得点を生み出したパスワークにも絡んでおり、

攻撃を仕掛ける時のスピードは十分に鋭い選手である。

薄くなった逆サイドでカウンターの巧いボカJに 万が一ボールを奪われたらどういう結果になるか。

パスなど出せる筈がないという結論に至っても何ら不思議はない。

 

 このようにボカJは徹底した守備戦術により クラブ世界一の称号を手にした。

負けないためには徹底的に守備とカウンターを極めるというリアリズムの勝利である。

しかし、リードした時のスペクタクルな攻撃もまた感嘆に値するものである。

今回は残念ながらTV観戦であったが、

わしはビアンチのフットボールを 生で三回も観ているからこそ言い切れる。 ←ちょっと自慢

次回は是非、リードして相手DFを翻弄するボカJを観てみたい。

 

 

 余談であるが、後半終了を待たずしてモエ・エ・シャンドンは空になっていた。

 

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