Egoist

 

 私見であるが、甲斐よしひろの音楽生活を通じ、

完成度は非常に高い作品であると思う。

曲それぞれの音、アレンジ、詩、曲同士のバランス・・・・

できあがっているといっても過言ではないだろう。  

 しかし甲斐よしひろはこのアルバムの否定をよく口にする。

それはスタジオミュージシャンと自身との姿勢の違いという内容で表現されることが多いが、

わしはこれを情動的側面の相違と見る。

スタジオミュージシャンは技術を供給するものであり、

理性に働きかけるものである。

ステージミュージシャンはパフォーマンスを供給するものであり、

感情に働きかけるものである。

こう言えばわしの言いたいことが理解して貰えるだろうか。

骨の髄からステージミュージシャンである甲斐よしひろにとっては、

スタジオミュージシャンばかりを用い創ったアルバムには、

感情的に訴える部分が少ないと感じられるのであろう。  

則ち、先に述べた完成度とはあくまで理性的判断の代物である。

 

 これだけで結んでしまっていい作品ではないので、続けよう。

甲斐よしひろの音楽生活において理性的側面に偏向した作品ではあるが、

音創りという点に関しては、非常に興味深い点があるのだ。

甲斐よしひろの音楽史というものがあるとして、

その流れを見るに一つのポイントとなりうるアルバムなのである。

 

 甲斐バンドを解散する以前から、甲斐よしひろは曲のミックスを

N.Yのエンジニアに委ねてきた。

ボブ・クリアマウンテン、ジェイソン・コルサロである。

ジェイソンの言葉がある。

アレンジが緻密で、同じ音を二つの楽器で出していたりする、と。

ジェイソンの言葉は、当時の甲斐よしひろの音創りを端的に表現し得ている。

アルバム「Love minus Zero」「ストレートライフ」を聴くにつけ、

スピーカーないしヘッドフォンからは 隙間を感じさせない

緻密且つ複雑な音の絡まりが響いてくる。

この結果、前者のタイトル・チューンである「Love minus Zero」において

顕著なように、 これを聴くTPOにより異なった音の響きを表現することにすらなった。

こう感じるのはわしだけかもしれないが(笑)。

少なくとも、この二つのアルバムが

緻密な音の絡まりで構成されていることに異論はないだろう。

 

 続くアルバムが、「Chaos」である。

初めてこれを聴いた時、わしは強い違和感を憶えた。

隙間なく音が詰め込まれていた前作までと明らかに異なっていた。

そこには、音のない隙間が存在している。

なんのために隙間を設けたのか。

 

 これを解く鍵は、この翌年から始まるアコースティック・ライヴである。

つかしん Tent inにて甲斐よしひろはこう言った。

「隙間に音が広がっていった」と。

JR大阪駅でのアコースティックイベントに関する言葉である。

音の固形物としての音楽ではなく、 音を含む空間としての音楽、とでも表現しようか。

その方向に傾倒していった事は否めない事実であろう。

わしは「Chaos」が過渡期である、とよく口にする。

音創りの変化の真っ最中であるという意味で。

ではその結果は。

 もちろん、「Egoist」である。

隙間を活かした音創りの帰結として、「Egoist」があるのだ。

一度これを聴けば、わしの言わんとするところがご理解いただけるだろう。

一つ一つの楽器の音が明瞭に聴こえてくる。

その音はそれぞれが太い。

シンプル且つ、強力。

 そして更に、周りの空間に滲み渡り、広がる様が手に取るように見える。

これを表現するが為に、技術力のあるスタジオミュージシャンを数多く用いたのか、

そういうスタッフだから為し得た表現なのかは判らない。  

 いずれにしろ、一つ一つの音だけでなく、

その周りの空間をも活かした多次元の音を創り出そうとしたのは間違いなかろう。

 

 ただし、甲斐よしひろが不満を憶えたのは明らかである。

それは上記の理由、情動的側面の欠如という点からでもあるが、

もう一つ、KAI FIVEの結成という点からも明らかである。

KAI FIVEにおいて甲斐よしひろが為し得ようとしたのは、

「Egoist」において憶えた不満を解消することではなかったか。

シンプルな構成において、高い技術を持つステージミュージシャンと組み、

情動的、感情的な詩を唄い上げていたあのユニットは、

正に理性感情ともに訴えかける事の可能な

パフォーマンスの構築を目指したものではなかったか。

 

 その結果は・・・・次回以降に譲ろう。

どんな順番で書くか、全くの未定であるからというよりもむしろ

全く考えていないので何時になるか判りませんが・・・・・(笑)      

KAI Records