2002年 ワールドカップ 準決勝
ブラジル-トルコ戦
平成14年6月30日。
そぼ降る雨の中、キックオフ。
守備に重点を置く等と曰い、 メンバー表にもDF4人を並べたドイツ。
それが三味線であると開始とほぼ同時に明らかになる。
もちろん守備を疎かにすることなど無いが、 準決勝同様に厳しくフォアチェックをかける。
如何に個人技に優れたブラジルの選手といえど、
スペースを消されればおいそれと突破できるものではない。
前に二人三人詰め寄られ、ロナウジーニョ、リバウドはボールキープまではできても
効果的な展開へは持ち込めない。
ロナウジーニョとリバウド、更にロナウドまでも、
ポジションを後方に下げることが目立った。
そしてスペースを作り、ボランチのクレベルソンが積極的に飛び込む。
しかしそう簡単にチャンスは生まれない。
前半終了間際のループシュートは惜しかったが。
ならば、とサイドを使ってもカフー、ロベルト・カルロスが自由にクロスを上げるには至らない。
上げたところでドイツの3バックは確実にスペースを埋め、 シュートコースを消していた。
結果として、ブラジルが得た数少ないシュートチャンスは確実にワンサイドを削られているか、
カーンの素晴らしいポジショニングに遮られる形となった。
前半終了間際、ロベルト・カルロスの鋭いクロスをロナウドがトラップ。
しかしカーンは既にポジションを取っており、
シュートコースなど残っておらず、カーンの足がシュートを弾き出す。
対してブラジルは準決勝のようなフォアチェックはかけない。
コースを少しずつ削りながら、ラインを下げて対応しようとしている。
両サイドのカフー、ロベルト・カルロスは豊富な運動量をもって
サイドからのクロスを上げさせないように詰め寄る。
この日、特に前半、ドイツの持ち味であり
最大の武器であるクロスはほとんど上げられずに終わった。
クレベルソン、ジウベルト・シルバ、カフー、ロベルト・カルロスが
献身的にシュナイダー、ボーデらクロスの名手を遮る。
それでも何本かのクロスは上がる。
クローゼ、ノイビルのブラジルDFを引きつける動きは
最低限の、しかし最高のスペースを作り出す。
前半半ば、左サイドにスペースを作りだしたドイツの動きは最高だった。
攻撃においても、ドイツ選手は組織として連動し、 簡単にスペースを作り出す。
フリーでボールを扱ってしまえば、個人技の差など霧散してしまう。
MFにボールを預けたFWがサイドに開く振りをして中に切れ込む。
逆サイドのFWも連動しドイツ攻撃陣は右寄りになる。
ブラジルのDFはそれに釣られ、中から右、自陣から見て左にシフトする。
結果として、ドイツの左前方には広大なスペースが口を開ける。
誰もいなくなったスペースにボールを転がす。
走り込むMF。
美しい。
感嘆の溜息が口をつく。
このようにサイドを抉るもののブラジルも自らの弱点は熟知している。
DFの三人は寄り添うようにゴール前のスペースを守り、得点は与えない。
それでも何度かヘディングを当てられたが、 GKマルコスは必死に手を伸ばし防ぐ。
鍔迫り合いからいきなり切り込むような攻防。
守備だけに集中するのではなく、 守備を念頭において、
如何に攻めるか、如何に得点を挙げるか。
虎視眈々と狙う両チームの攻防。
素晴らしい展開だった。
後半に入る。
早々、ブラジルのペナルティエリア前でFK。
ノイビルの左足から弧を描きシュートが放たれる。
ブラジルの壁を避け、ボールが枠を捉える。
素晴らしいFKだ。
名手ロベルト・カルロスに負けじと、 アウトサイドにかけたボールは枠を捉えた。
マルコスのフィスティング。
ポストが弾く。
数mmの攻防。
僅かなズレが、ゴールを生み、ファインセーブを生む。
後者だった。
鍔迫り合いが続く中、カフーが鋭いクロスを打ち込むもリバウドは二歩及ばず、
ノイビルがスルーパスに反応するもシュートには至らず。
後半も半ばにさしかかる。
ドイツのペナルティエリア付近で奪い合い。
ロナウドがボールキープ。
素早いパスがリバウドに渡る。
左のコースは消されている。
シュート。
残されたコースへカーンが反応する。
無回転のボールが急激に変化する。
鋭く曲がり。落ちる。
カーンは一旦飛びそうになった躰を抑えながら、
急激に落ちるボールに食らいつく。
弾く。
弾いた先に猛然と飛び込むカナリア色のユニフォーム。
ロナウドだった。
軽くいなすように、ゴールへ、流し込む。
先取点を上げたのは、ブラジルだった。
ロナウドは得点王を決定づける、7点目のゴール。
ボールを零したカーン。
ミスというには。 リバウドのシュートは素晴らしすぎる。
あの位置から、あのDFのポジショニングで、
あのコースに飛んでくるシュートを見て、左サイドに反応しないGKなどいない。
いるとすれば、代表になど入るべくもないレベルのGKだろう。
そのようなGKであれば、もしかするとキャッチできたかもしれない。
無能だからこそシュートを止められたかもしれないというパラドックス。
そして更にボールの変化で逆を突かれたのにも関わらず、
躰を押しとどめ手で触ることができるGKなど世界にどれほどいるか。
むしろシュートが変化している事に気づくのが遅ければ、
足で弾き出す事ができたかもしれないというパラドックスがまた生じる。
二重の逆説から導き出される結論は。
カーンが有能だからこそ、理論立てたGKだからこそ、
更に雨中の決戦であったからこそ生じた失点だったのだ。
リバウドのシュートが理論を打ち崩すだけのものであったからこそ、
ロナウドの得点が生じたのだ。
カーンのミス、と端的に言える者はいない。
言える者は、カーンより有能なGKか、
フットボール、そしてGKの事を解さない者の何れかである。
一応断れば、今現在において。
カーンより優れたゴールキーピングを見せる選手をわしは知らない。
言うまでもないことだろうが。
準決勝におけるロナウドのゴールをわしは絶賛したが、
それに優るとも劣らない素晴らしいシュートをリバウドが放ったのだ。
そして約束事を守るように零れた先に走り込む
ロナウドがいたからこそ、 生じたゴールだったのだ。
リバウドの卓越した個人技と、ロナウドの規律に準じたダッシュから生じたゴールなのだ。
個人技と組織力の調和が、ゴールを生んだのだ。
後半30分を前にして、スペースを作る動きは良かったものの
ボールにほとんど触らせてもらえなかったクローゼがビアホフに交代。
更にイェレーミスをアサモアに交代。
一点のビハインドを返すため、攻撃的にならざるを得ないドイツ。
チャンスを作り出そうとするが、形にならない。
ブラジルは更に守備的になっていた。
しかしただ守るのではない。
相変わらず、隙を狙っていた。
この日いつになく何度も攻撃を仕掛けたクレベルソンが右サイドをドリブル。
前方にはカフー、中央にはリバウドがクレベルソンを追い越すように切り込む。
リバウドにパスが出る。
スルーで後方に流すリバウド。
リバウドは完全にマークされていた。
ロナウドがフリーでボールを受ける。
アサモアは完全に遅れている。
お気づきだろうか。
同じ様な展開がこの試合にあったことに。
ボールを出した位置は違えど、 引きつけてスペースを作る動きがあったことに。
そしてそれはここに明記してあることに。
更に。その動きを見せたのがドイツであったことに。
組織の動きでブラジルはドイツの守備を破壊していたのだ。
ロナウドがボールをトラップした瞬間、
アサモアを除けばゴールを守るべきものはカーン以外になかった。
ロナウドは丁寧に右隅を狙ったシュートを、
カーンの守備範囲を超える弧を描くシュートを放つ。
決めた。
しかし試合はまだ決まっていない。
86年の決勝で2点のビハインドを覆して延長に持ち込んだのは他ならぬドイツだ。
そして2点目のゴールを決めたのは、指揮を執るルディ・フェラーだった。
懸命にブラジルゴールを目指すドイツ。
ブラジルは完全に守備にまわった。
カフー、ロベルト・カルロスの二人はDFラインに入り込んでいた。
ビアホフのシュートがゴールに向かう。
マルコスが防ぐ。
ロナウジーニョ、ロナウドを下げ、
ジュニーニョ・パウリスタ、 デニウソンがピッチに立つ。
単発的にドリブラー二人を起点としてカウンターを仕掛けるが、
ドイツもこれ以上点は挙げさせない。
ややブラジルが引き気味になった鍔迫り合い。
時間が、過ぎていった。
ロナウドが涙を流す。
地獄を彷徨ってきた男が、這い上がろうとしていた。
タイム・アップ。
ブラジルの優勝が決まった。
走り出すブラジルの選手、スタッフ。
カーンが水を口にする。
グローブをゴールの中に投げ入れる。
自らのミス、オリバー・カーンのみが認めうるミスを噛み締めるように、 歯を食いしばっていた。
メンバーが肩を叩いても、表情は変わらない。
敗者には栄光はない。
ただ、残酷な結果のみがそこにある。
素晴らしい試合だった。
専守に陥らず、双方とも最高のパフォーマンスだった。
攻撃、守備、個人技、組織力。
飽くことなくゴールを目指し、献身的にゴールを守った両チーム。
本大会最高の2チームだった。
何かが、運とでもいうものが傾いていたら。
結果はどうなったか判らない。
逆の結果であっても、誰も驚きはしないだろう。
それほど両者の間に差はなかった。
本当に素晴らしい試合だった。
このような素晴らしい決勝が日本で行われたことを、 嬉しく、また誇りに思う。
両チームの選手、スタッフに最大限の賛辞を送りたい。
そして、いつか、この舞台に我が代表が立つことを祈りたい。