Bondage Hands

 

         

 物音一つ聞こえない。

僅かに開く瞼の隙間からは、黒一色の暗黒しか見えない。

気配だけは感じる。

感じたいと願った。

独りではない筈だ。

独りで放置されているのではない筈だ。

男が、在る。

男の気配を探そうとした。

少しでも音が聞こえはしまいか。

少しでも光が見えはしまいか。

女は大の字のまま、ベッドに仰臥っていた。

寝返る事は勿論、身じろぐことすらままならない。

皮の手錠が女の四肢を固定していた。

ふと気配を感じる度、女は見えもしない男を捜し頭を振った。

何分、何時間こうしているのか。

永遠と感じる漆黒と静寂の中、女はひたすら待った。

自分の身に触れる熱を。

光など欲しない。

何かに触れたい。

何かに触れられたい。

くぐもった呻きが消えた瞬間。

体温の無い、裁断された獣の皮膚の束が掠めた。

女の胸にある敏感な部分を。

女はブリッジをするように背を仰け反らせた。

口に含められた布が唾液と声を吸う。

女の肌は粟立っていた。

そして紅に染まっていった。

皮の鞭が執拗に、巧妙な弱さで掠める。

布の容量を超えた唾液が口角から耳朶に向かい糸を引いた。

静寂。

光に解き放たれたい欲求と感触を求める衝動で女はまた頸を振った。

哀願していた。

熱のある感触を求めた。

声にならない声を繰り返した。

男の左口角が上を向いた。

男は振り向き、小さな葉巻型の樹脂を握った。

女には聞こえない振動音。

冷たい振動が女の神経に電流を流した。

上向した電流は脳髄に火花を散らした後一気に下降した。

白濁した粘液が溢れ出る。

男は口角を更に上げた。

粘液の中に漬ける様に樹脂を差し込む。

女は冷たい振動に落胆を感じながらも愉悦をも感じていた。

違う。

けれども。

女は頸を激しく振り更に願った。

熱いものを。

男は声にならない声を聞き取りながらもそのまま樹脂をそっと押さえていた。

女の躰は最早痙攣を起こし始めていた。

大きく揺れたかと思うとすぐに小刻みに震えた。

冷たい振動が女の躰に新たな細波を起こしていた。

その波は瞬時に大波に変化し、女の意識を寸断させた。

幾度とない波の中、女の意識は深い霧の中に入った。

ここに至り男は初めて女の躰を一部分だけ解放した。

絞らずとも水を滴り落とす布を女の口から引き抜いた。

女は大きく息を吐いた。

震える息が何度か部屋と、女の頭の中に響いた。

女は息を震わせたまま哀願を声に出した。

男が女の顎に手をかけると、女は口を開いた。

舌が震えていた。

無意識と有意識の双方から舌は震えていた。

男は女の口の中に入れた。

女は絶望にも似た感情を覚えた。

粘液に光る樹脂が女の口の中にあった。

頸を振って逃れようとした。

顎を掴む力に抗う力は女には無かった。

小刻みに頸を振るわせ必死に抵抗しようとした。

男は手を離し、女からも離れた。

女がそれを察するまでに数秒を要した。

女は悲鳴を挙げるように男の名を呼び、哀願した。

男は待った。 悲鳴が嗚咽に代わるのを。

ゆっくりと音を立てずに女に近寄った。

男は女の右手を掴み手錠を解いた。

女の手は男の躰を捜して彷徨った。

熱を、体温を捜した。

女は男の熱を感じることはなかった。

最も熱い部分を握りながら、女は絶望に悲鳴を挙げ泣いた。

男は堪えきれず笑い始めた。

女の右腕は、肘まで皮の手袋で覆われていた。

 

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