ユーロ2012 総評
毎度の事ながらわしの体力をも削るユーロも終わった。いや実際に戦っている選手にしてみれば屁のような疲労ではあるが。
それほどまでにこの時季の短期決戦は選手を消耗させる。スペインの独り勝ち的な雰囲気になってしまったのもそこに最大の原因がある。確かにスペインは強かった。個人技とパスワークでひたすらキープし、針の穴を通すようなスルーパスでチャンスメイクする。繰り返すがイタリアがあれ程無惨に失点するシーンなど見た事が無い。
しかし両者の差は、日程的なもの、つまりは疲労回復に明らかな差があった事が一点、準決勝での疲弊の差が一点、更には、イタリアの戦術的な遅れが一点、これらが合わさった事に依るものと思われる。第一の日程的なものは言ってもしょうがない事かもしれないが。中三日と四日なら疲労回復には差はさほど生じないが、中二日と中三日では全然違う。それを如実に示した決勝ではなかったか。準決勝のような内容をイタリアが見せる事ができれば、少なくとも一点勝負の好ゲームになったのは間違いないし、ともすればイタリアが勝つ事もあっただろう。それほどに準決勝のイタリアは良かった。しかしその代償としてイタリアは疲れきる事になった。これが二点目である。あのドイツよりも多く走り、尚且つ猛攻と呼ぶにふさわしいドイツの攻撃を凌ぎきったのだ。後半残り10分にはイタリアは青息吐息になりつつも凌ぎきった。中二日の試合では体力だけでなく筋肉の疲労も癒されまい。キエッリーニの負傷は筋肉疲労の結果としか考えられない。モッタもドイツ戦で出場してもほとんど守備に追われる事が多く、あの30分程度の出場でも疲弊は免れまい。足の止まるチームメイトを庇うように走り続けたのだ。このダメージはあまりにも大き過ぎた。更にはイタリアの戦術的遅滞も疲弊を倍増させる事になった。遅滞とはいえ、あくまでもスペイン、ドイツに比較して、の話であるが。攻撃的、且つポゼッション能力も上げては来たが、スペインに対峙して中盤で凌ぎを削るレベルではなかった。互角に戦う為には、体力を温存しつつ自チームのポゼッションを保ち、且つスペインの攻撃/ポゼッションに対応しなければならないのだ。その戦術がスペインと戦えるレベルではなかったのだ。決勝におけるイタリアは有効打を一手すら打てずに終わってしまったのは、これら負の条件が全て揃ってしまったためだ。どれか一つの条件がなければ、もう少し好ゲームになっただろうに残念である。
そんなイタリアに敗れたドイツは、言ってみれば決勝で勝つために準決勝で負けてしまったという体だ。スペインに互角以上の戦いを挑むためには、準決勝での体力温存を考慮に入れざるを得なかった。無論準決勝での体力温存第一の戦い方は伝統である。しかしイタリアはそれを考慮に入れず、決勝に出るためだけに戦った。「だけに」は言い過ぎかも知れないが、対比してみればそんなものだろう。そしてリードしてしまえば、伝統的に堅牢な守備を誇り、且つゾーンディフェンスに関してはユースレベルから徹底されているように、ドイツより一日以上の長があるイタリアである。ドイツは攻め立てながらも、得意技である鋭いクロスは躰を張るイタリアの守備に封じ込められ、鋭いはずの楔への縦パスもイタリアの守備に絡めとられてしまった。この辺りのライン、ゾーンの調整はさすがにイタリアだった。開始当初から攻め立て、前半で勝負を決めるぐらいの意識で試合に臨めば全く違った結果になったようにも思うのだが。結局ここまでの順風満帆が嘘のような負け方でユーロを終える事になってしまった。これもまた日程が歯車を狂わせてしまったと言えるだろう。中二日でスペインと対峙する、この事実が消極的な戦術を取らざるを得なくしてしまったのだ。
また一方、スペインに敗れたポルトガルは、スペインの守備にまんまと嵌まり込んでしまった。PKにまでもつれたのはスペインの計算内だろう。スペインとて走らないフットボールではなく、決勝に比べれば明らかに消極的な攻撃だったのだから。とにかく負けない試合をする、延長でも一日のアドバンテージがある、そんな余裕すら見えた。そしてCロナウドを中央から右にシフトさせ、脅威を半減しつつ他にはしっかり目を配り、ピンチらしいピンチもなく試合を乗り切った。ポルトガルはスペイン、ドイツ、いやイタリアに比してすら中盤の厚みに物足りなさを感じさせた。MFの攻撃への絡みが薄いのだ。あと一枚、攻撃に於いて脅威となるMFがいれば、そう思わせてしまう。Cロナウドを抑えられるとそれだけで脅威が半減するようでは勝ち残れないのは道理だろう。PKでの敗退ではあったが、差は厳然として存在していた。
ベスト8敗退のチーム以下についてはほとんど興味はない。引きこもりのイングランドとフランスはそのままでいいし、ギリシャの汚さ加減には嫌悪感すら抱く。守備的なチームは勝ち上がれない、それをまたも証明した大会であった。ベスト8以下で唯一興味を持てたのはデンマークだ。サイドからの躍動的な攻撃は観ていて楽しい。強豪国の集まったリーグでは守備的にならざるを得ないが、それでもあの攻撃を見せてくれた事には今後の期待が持てる。
常々わしが言って来た潮流、攻撃的/積極的なチームが勝つ、それを正に証明した大会であった。積極的/攻撃的な試合を続けて来たにも関わらず、準決勝では決勝を見越して消極的になったドイツが敗れたのはその象徴であるし、攻撃的な戦術にシフトしたイタリアが勝ち上がり、ドイツに土をつけたのもまた同様であるし、何より優勝したスペインは積極的なポゼッションと守備でボールの支配はもとより、ゲームの支配もほぼ譲らずに優勝に至った。ゲームの支配を一部でも譲ったのは唯一、初戦のイタリアだけだろう。この潮流はいつまで続くのだろう。次回WCまで続き、ブラジルが戦術構築を一つ間違えるようなことでもあれば、イタリア、ドイツ、スペインのいずれかが優勝するような事態になるかもしれない。いずれにしろ、現代のフットボールに於いて、守備は二層構造を保つ事が最重要であり、攻撃に於いてはその間の僅かなスペースをどう作るか、どう使うかが最重要である。スペイン、ドイツはMF-DFの間の使い方に於いて頭一つ抜けている。前者はトラップと同時のターンで前を向く技術力があるのは自明だが、後者には速く鋭い楔へのパスを送り、余裕があればターン、出来なくても誰かがシザースまたは壁パスを貰いに行くという形を構築して来た。これに続く形を見せるのはどの国か。次のWCで勝ち上がるのはこの守備と攻撃を兼ね備えたチームになる事は間違いない。既にワクワクしてしまう気の早い後厄のおっさんであった。