コージ、危機一髪!
それは2003年5月、天然マイペース犬、コージに起こった事件であった。
その日、電車で出かけた(ちょっと離れた動物病院まで)コージ一家は、コジパパがコージのクレートを運び、コジママが小さなハンドバッグとコージのリードを持って、交通量の多い交差点で信号待ちをしていた。
その間、何故、かがんでハンドバッグとリードを持ち替えようとしたのかは、コケコッコなみの記憶力しか持ち合わせていないコジママにはとんと記憶がない。
(しかし、これから先の事件は、映画の回想シーンのごとくスローモーション画像となり、以後、コジママの脳裏に焼きつくのであった)
コジママがかがんでいる間に信号が青になった。
遅れずに渡らねば・・・と思い、リードを持ち替えようとした。
その瞬間!
するりと手の間を抜け、路面をすべり去るリード・・・
走り行く、能天気うさぎ犬・・・
はたはたとはためく丸いお尻・・・・
うさぎ犬の行く手には、悪鬼のような自動車軍団の群れが待ち構えていた!
ああれえ・・・いや、、いかにぃぃ・・・
しかし、そのとき、天はうさぎ犬を助け給うた!
昼行灯と噂され、波間に漂うくらげのごとくのコジママ脳細胞に、突如として光通信も真っ青な電流が流れたのであった。死んでいると思われていた脳が、永い眠りから覚醒し、高速回転を始めたのだ。
呆然と車道へ飛び出すうさぎ犬を見つめているかに思われたコジママであったが、俄然、活性化されたコジママの脳細胞は、瞬時にあらゆる器官へと命令を下しはじめていたのだ。
叫べ!
何でもいいから、ただ、叫べ!と。
それは、コジママが未だかつて発したことのない悲痛な叫びであった、と思う。
やめてぇぇぇぇぇ!!!!
おそらく、コジママの脳は「叫べ」と同時に「走れ」とも指令したのであろうと思われるが、いかんせん、コジママの反射神経は鈍い。おまけに、鈍足である。悲しくも足は悲鳴の後に動き出した。
その瞬間も、能天気うさぎ犬は、一直線に横断歩道をはずれ、信号待ちから解き放された、戦車よろしく走り出す車の群れに向けてダッシュを続けていた。
はからずもその日は神田明神祭の最中で、一柱のお神輿様ご一行が、歩道側手前の車道を占拠され、交差点を渡ろうとされていた鼻先へ、ダッシュうさぎ犬はウリボウのごとく突進していたのである。
トテトテトテトテトテ・・・・
最も車道寄りを歩いていた半被姿の男性の足元にうさぎ犬がさしかかったとき、うさぎ犬は、自分の守役(うさぎ犬はコジママのことをそう思っていると思われる)の騒音をかき消さんがほどの、ただならぬ奇声にいぶかしく思い、
ピタリ、と足を止めた。
「どうしたの?そんな声出して・・・」
と言わんばかり、首を傾げ、数歩ばかりトコトコとコジママの方へ気の毒なほど短い足を進めた。
そのわずかな一瞬をコジママは逃がさなかった!
すかさず膝まづき、興味深げに近づいてきたうさぎ犬の腰に抱きつき、捕獲したのであった。
お神輿ご一行様、多くの通行人たちが唖然として見守る中、見事うさぎ犬の捕獲に成功したコジママは、人目を気にすることもなく(他人の存在を忘れていたが正しい)、うさぎ犬を抱きかかえたまま、歩道へと走ったのであった。
(うさぎ犬?)
(そんなこと、ありましたっけ?)
そのとき、
コジパパは覚悟をしたと言う。(何の覚悟じゃ!!)
コジママは、心臓に毛が生えているのか、動じることもなく、極めて冷静だった。火事場の馬鹿力よろしく、頭はギンギンに冴えていた。(後のことはご想像にお任せ)
うさぎ犬コージは、そのときも、その後も、何が我が身に起こっていたかも気づかない、能天気、お気楽犬であった。
後に、コジママの右膝には巨大なアザができていた。コージ捕獲の際にひざまずいたためである。
アザに気づくまでは痛くもなんともなかったが、気づいた途端、激しい痛みを感じた。人間の知覚とはしょせんこんなものである。
この事件によってコジママは教訓を得た。
1.リード以外の手荷物は一切持つなかれ
2.犬を信用するなかれ(あっちふらふら、こっちふらふらの子供と同じである)
3.外では、周囲の環境や意見に惑わされることなく、犬のみに集中せよ
我がふりを かまう暇無し コージ連れ (コジママ)