いのちを消費する者としての責任
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消費者の権利に加え、消費者の責任が議論されている。豊かで便利な社会の裏側で犠牲になっているものに我々消
費者は無関心すぎるように思う。食べ放題の焼肉や、しゃぶしゃぶが盛況だが、それはいのちの食べ放題、すなわち、 いのちを好きなだけ殺しますということである。
食肉とは牛、豚、鶏などの生き物をと殺して製造されたものであり、その前段階には家畜を飼育する畜産が必ず存在
する。しかし、現在の消費者はパックされた食肉や加工食品が数日前までには生きていた動物であったことを忘れてし まいがちであり、畜産の実態への関心は低い。食品加工業と同様に畜産もコスト削減のための効率が追求され、家畜 は大量生産のための「畜産工場」とも言える閉所で飼育されている実態がある。そこでは家畜は単なる産業動物として 扱われ、動物らしい行動を抑制され、一生狭い折に閉じ込められ、劣悪な環境で飼育されることもある。
そうした中、家畜福祉(animal welfare、動物福祉)という考えが登場している。ペットについては殺処分数を減らすな
ど、動物愛護の理解がある程度進んでいる。しかし、家畜は人間が肉や毛皮をとるために最後にはと殺する目的で飼 育するものであるから、動物愛護とは言い難い。そこで、せめて生きている間は動物らしい活動を行うことができる環 境等の配慮を求める家畜福祉がヨーロッパを中心として主張されてきている。日本では、「家畜の健康と福祉の原則」 として農業研究者等で組織する「農業と動物福祉の研究会」(JFAWI)等が以下の五つの自由の実現を追求している。
・十分な餌と水があること(飢えと渇きからの自由)
・快適な飼育環境であること(不快からの自由)
・傷害や病気は治療されること(傷害・病気からの自由)
・恐怖や苦痛にさらされないこと(恐怖・苦痛からの自由)
・正常行動ができる広さ・刺激があり、仲間がいること(正常行動への自由)
また、日本では2007年から2010年にかけて、6つの畜種別(乳用牛、肉用牛、豚、採卵鶏、ブロイラー、馬)に科学的
知見を踏まえ、「アニマルウエルフェアの考え方に対応した飼養管理指針」を社団法人畜産技術協会が策定している。
人類は地球上で唯一ずば抜けた知能を有しており、それゆえ、他の動物を支配してきた。動物を殺して食することは
人間が生きていくためには当然という主張が一般的である。しかし、本来の畜産は工業のような「モノを造る」のではな く、「生物を育てる」産業であることを再確認する必要がある。畜産における大量生産システムは、同時に、BSE牛肉、 鳥インフルエンザ、SARS、口蹄疫などの動物の感染症を発生させやすく、グローバル化により人類への大規模感染が 危惧されている。適切は環境で健康に育った家畜の肉はより安全であり、家畜福祉の配慮は食の安全にもつながる。
家畜福祉に配慮した畜産は結果として大量生産システムの見直しにつながり、安全性が増す一方、当然、コストがか
かる。しかし、鶏肉が100グラム50円程度で売られている現状は妥当であろうか。このように安い食肉を見ると、はたし て、この肉が生き物であったときに、人間からどのような扱いを受けてきたのか、想像せずにはいられない。食肉の価 格の上昇は低所得者層の生活を脅かすとの指摘もあるので、まずは、家畜福祉配慮食品の認定マーク制度を提唱し たい。それによって家畜福祉への消費者の理解が進み、消費者に選択肢を示すことができる。
「いただきます」とは自らが生きながらえるためにありがたく他のいのちをいただくという意味であることを消費者は再
認識し、いのちを消費する者としての権利と責任を自覚する必要がある。
細川幸一
(2014年8月21日付朝日新聞朝刊「私の視点」に上記要約的内容が掲載)
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