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2005年7月9日〜10日に名古屋大学で行われた国際シンポジウム「アジアの環境法―法の整備から執行・遵守の
確保へ」で環境省幹部が興味深いことを言っていた。環境法制の制定に関しての発言であるが、法は罪人を作り出す ために制定するのではないから、規制を受ける側等々とよくよく話しあってコンセンサスを得て制定されるべきものであ る…そんな趣旨であった。
なるほどと思う反面、日本では立法プロセスでコンセンサス重視の姿勢が強すぎ、結果として、消費者法等の制定
がなかなか進まなかったり、あるいは内容が不十分であるような局面が多いのではと思う。日本に比べて米国などを見 ると規制される側のコンセンサスを得た上で立法をしていくというより、まずは直面している問題の解決を最優先に立 法をして、それに異議を唱える者があれば、司法判断によって修正していく…それによって社会的コンセンサスを形成 していくというスタンスのように感じる。
立法府・行政府と規制される事業側が司法の場で対峙する形で社会規範を形成していく例を米国にみてみよう。
米国ブッシュ政権は、不招請電話勧誘を望まない消費者がFTCにその電話番号を登録すれば、一切それを拒否で
きる全米規模のDo Not Call Registry制度導入の権限をFTCに与えることを決めた(2003年10月1日から実施)。これ は、登録電話番号に不招請電話勧誘をした業者に非刑事の金銭罰/civil penaltyを課す制度である。
すぐに連邦議会は「2003年度包括歳出決議」で、当該年度の同意制度立ち上げ費用を1800万ドルと見積もり、そ
の費用を企業から徴収する権限をFTCに与えた(不招請勧誘をしようとする企業は、それを望まない旨FTCに申し出 られた電話番号リストをFTCから購入しなければならない)。
ところが、実施開始を8日後に控えた、2003年9月23日、テレマーケティング業界が、FTCはDo Not Call Registry制
度を創設する権限を持っていないと主張していた裁判でオクラホマ西部地区連邦地裁はその主張を認めたのである
( U.S.Security v.FTC, 282 F.Supp.2d.1285)。
これに猛反発した連邦議会は翌日、FTCにその権限を与える法案を提出し、25日には上下両院で圧倒的多数によ
りこれを可決したのである(FTC Do-not-Call Registry Implementation Act, Pub.L.108-82, 15.U.S.C.6102)。ところが、 同日、コロラド州地区連邦地裁が、同制度は合衆国憲法第一修正(信教、言論、出版及び集会の自由)に反し、違憲 であるとして、実施差止めの判決を下した(Mainstream Marketing Services, Inc. v. FTC, 283 F.Supp.2d. 1151, 1158- 1168)。
この地裁判決を不服として控訴したFTCは、控訴期間中の差止判決の執行停止を原審のコロラド州地区連邦地裁
に申し立てたが退けられ、控訴審の第10巡回区連邦控訴裁に同様の申し立てをしたところ、控訴審での勝訴可能性を 理由にそれが認められ、2004年2月には逆転判決が下った(Mainstream Marketing Services, Inc. v. FTC, 2004 U.S.A. Lexis 2564, at 15-47(10th Cir)。
その後、本件は連邦最高裁で係争中であるが、立法府、行政府、それに規制を受ける側がそれぞれの主張を行
い、司法判断を得ながら妥当な社会規範を形成している典型のような事案である。
隣国・韓国でも日本に比べ消費者法制の進展は非常に早い。1980年に「消費者保護法」が制定され、それは日本
の消費者保護基本法〈1968年〉類似のものであったが、わずか6年後の1986年には大改正をして、消費者の権利の明 示、それを受けての政府の消費者被害救済制度の創設等を政府の責任において創設した。その後の何回かの改正 によって、消費者団体による企業への情報提供請求権、政府による企業の消費者対する補償基準の策定等、日本で は考えらないような施策を次々に打ち出した。また、公正取引委員会による米国類似の不招請勧誘禁止法制も創設し ており(訪問販売法による)、事業者サイドの圧力がないのかと思えるほどである。
単純な話では決してないが、これらの例が示すように、必要と思われる法律はまずは作る…そんなイメージを持つ。
一方発展途上国でよく見られる、法律はあるが、執行されていない、遵守もされていない…そんな状況も問題である。 そういう意味ではコンセンサスを通じた法の理解・浸透、遵守精神の養成も必要なことではある。しかし、あまりにそれ に重きを置きすぎると、法が理念どまりとなり、実効性が確保されず、問題を放置し続けることとなる。
規制緩和による市場原理を基調とした経済秩序を目指す今日、法を犯す者には厳しい制裁を与える法の整備を行
わないと、悪質リフォーム被害のように、社会的に弱い立場にあるお年寄り等が餌食になる。
ずる賢い者が儲かるだけの「free trade」を目指すのではなく、「fair trade」により公正で自由闊達な取引を促し、消
費者、事業者ともに潤う社会を目指すべきである。
細川幸一
(参考文献)
三枝健治「電話勧誘規制:全米 Do-not call 制度の導入可能性の検討」 国民生活研究 第44巻第1号(2004年6月)
李種仁・細川幸一「韓国における消費者政策の進展と日本への示唆」ESP 2005年2月号(PDF)
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