国民生活センター調査室長補佐 細川幸一
悪徳商法がはびこっている。不正行為に対する制裁が甘いからである。違法行為があれば、行政はそれを是正さ
せるために差し止め命令や事業者名の公表、罰則といった制裁を行う。だが、事業者から不当に得た利益を吐き出さ せる権限まではもっていない。
一方、消費者には、民法あるいは消費者契約法といった民事ルールを活用して司法の場で自らの被害を回復する
道が開かれている。しかし、立証責任は重く簡単ではない。また、ある消費者が裁判に訴え、賠償金を得たとしても、裁 判所は訴えを起こさなかった多くの消費者への賠償金の支払い命令を出せないため、事業者はやり得のままだ。行政 罰、罰金刑を受けても、簡単に会社名を変えてまた新たな悪徳商法をする事業者にとって、日本はまさに天国である。
これに対し、米国の消費者法は、消費者個人の損害賠償請求権を認めるとともに、行政が違法行為の差し止めを
行い、消費者に代わって民事裁判を起こして賠償金を取り立てる「父権訴訟」を行う権限まで与えている。「行政は市民 の親」という考え方だ。子供が権利・利益を侵害されたのなら親がその回復のために行動するのは当たり前という思想 が基になっている。
米国は「規制緩和が進んだ自由競争の国」「消費者自立の国」のイメージがあるが、公益のために必要な政府介
入は容赦なく行って、善意の市民を守り、違法行為のやり得は認めないという発想が強い。そうすることで市場が健全 に発展し、消費者も事業者も潤うという考え方だ。
そこで、日本にも「父権訴訟」に類似した制度を導入することを提案したい。まず悪徳商法を取り締まる分野での公
正取引委員会の権限を強化し、排除命令の内容に消費者への損害賠償を含めることを検討すべきである。また、行 政だけが公益のために活動できるわけではない。国民生活審議会は5月、消費者団体に消費者に不利な契約内容な どを是正させるための訴権を与えることを提案した。さらに、契約内容の是正だけでなく、被害を受けた消費者に代わ って損害賠償請求する権利を与えることも検討してよかろう。
予想される反論は、大勢の消費者に賠償金を分配することは不可能ではないか、ということだ。確かにその一面は
否めないが、米国では一定期間告示し、被害を受けた消費者の申し出によって分配する仕組み仕組みになっている。 また、一人ひとりの被害額が少なく、分配にあまり意味のない場合には、裁判所の裁量で、賠償金を消費者団体など の消費者啓発活動に使うことを認めることができる。
分配手続きが煩雑とか、悪質な消費者が不当に利益を得る可能性があるといった理由をつけて反対するのはやさ
しい。だからといって不正のやり得を放置するべきではない。
悪徳商法がはびこる市場は、消費者からの信頼を失い、結果として健全な事業者の活動を委縮させる。一方、悪
徳商法が政府の正当な介入によって排除され、消費者が安心して商品やサービスを購入できる市場は発展し、健全な 事業者の活動機会は増えるだろう。
「父権訴訟」は、決して政府による不当な民事介入ではない。善意の者が救われ悪意の者は妥当な裁きを受ける
公正な経済社会を形成するのに必要なものだ。そのための知恵をしぼる努力を惜しんではならない。 |