運輸審議会

           
       運賃認可に利用者の参画必要 
    
 
  東京モノレールの運賃が四月二十四日から大幅値上げされた。普通運賃は平均3・4%の値上げであるが、定期
運賃は平均49・2%もの値上げ(上限運賃)である。東京モノレールは、京浜急行空港線の羽田空港への乗り入れで
乗客が激減したため、値上げしても同線に乗り移る恐れの少ない定期客を狙って大幅値上げすることで、減収分を補
おうとしたのである。
 
  現在、鉄道運賃は運輸審議会が運輸相の諮問を受けて答申を出し、運輸相がそれを尊重して認可する仕組みで
ある。このケースでは運輸審議会は東京モノレールの申請どおりに認可することが妥当と答申した。運輸審議会規則
では、運輸審議会はできる限り公聴会を開催しなければならないと定めているが、今回の答申では開催されなかった。
「利害関係人」からの申し出がある場合は、必ず開催しなければならないが、運輸審議会は利用者を「利害関係人」と
みなしていない。今回は競争関係にある事業者などの「利害関係人」からの申し出がなかったのだという。したがって、
沿線住民や従業員の定期券代を負担している空港関連企業には異議申し立てする機会が与えられなかったことにな
る。

  現在、規制緩和が進み、航空業界では新規参入が実現している。鉄道では線路の敷設が必要なため、新たな競争
相手は登場しにくい。今回のケースでは競争は起きたが、乗り移りできない乗客が一方的に犠牲となった形である。競
争相手が現れたときに値上げが可能というのは鉄道の特徴であろう。このような特殊性から決定プロセスへの消費者
の参画が重要であるが、多くの問題がある。
 
  利用者が「利害関係人」とみなされないため異議申し立てできないケース以外に、そもそも運輸審議会の審議事項
でない場合、あるいは審議事項であるが、軽微な事案として認定され、審議されない場合も、利用者が認可に参画でき
ない。

  前者の例は、西武鉄道新宿線複々線化工事の突然の無期延期(実質的な中止)である。西武鉄道は、特定都市鉄
道整備促進特別措置法により、運賃に特別加算する形で、同線の複々線化工事費用を利用者から七年間にわたり先
取り徴収(総額百五十五億円)していたが、住民らへの説明なしに突然、工事開始の延期を申請し、運輸相は
九五年三月二十日に認可した。この計画の延期は、運賃の改定を伴うので、運賃の改定について運輸審議会に諮ら
れた。だが、公聴会が開かれたのは計画延期認可の二日後であった。特別措置法に基づく工事計画は運輸審議会事
項ではないため、公聴会の前に認可してしまっているのである。
 
  次に、軽微な事案として審議、公聴会が行われなかったケースは、京浜急行空港線の羽田空港までの延伸にかか
わる運賃認可である。延伸部分の利用については通常の区間キロ数運賃に百七十円特別加算することが同社より申
請された。運輸審議会は昨年十月二十日、これを「軽微な事案」と認定して審議せず、翌日に運輸相が申請どお
り認可した。例えば、品川駅から羽田空港駅まで二百三十円のところ、特別加算して四百円としたのである。同社は利
用者への特別加算の積算根拠開示を拒否した。開通式では、運輸相までもが参加しており、この開通の影響力の大
きさがうかがえる。それが軽微な事案として処理されたのである。
 
  このように、鉄道運賃の認可にあたって、利用者参画の機会が確保されていないケースが多い。また、公聴会が開
かれても、「単なるセレモニー出席の役割を務めさせられたような疲労感を感じる」と公述のむなしさを語る消費者団体
幹部もいる。公聴会自体は公開されているが、運輸審議会の議事は非公開であるために、利用者の意見がどのよう
に反映されたのかがわからないからである。
 
  運輸審議会は常設のため、委員は国家公務員特別職である。俸給月額は百十七万円余であり、現在の構成は、
官僚OB三名、弁護士一名、運輸会社等OB二名、現職事務次官の計七名となっている。委員に消費者団体代表はい
ない。
 
  現在の鉄道のサービス、運賃に不満を持つ消費者は少なくないであろう。利便性の向上を理由に値上げが繰り返
されながら、それを実感できないことも多い。消費者重視の政策が叫ばれているが、消費者の政策決定への実質的参
画がその遂行には不可欠である。現行制度の改善が求められよう。

(読売新聞「論点」 1999年8月19日朝刊掲載 米ワイオミング大学客員研究員 細川幸一)


   Topへ      Back