消費者教育

読売新聞「論点」2005年2月11日


消費者教育 適切知識、学校で教えよう

                                               日本女子大学助教授   細川幸一


  架空請求や悪質な訪問販売等による消費者被害が後を絶たない。国民生活センターによると、全国の消費生活セ
ンターに寄せられた消費者相談は、二〇〇一年度に六十六万件であったものが、二〇〇三年度には百三十七万件と
二倍になり、今年度はそれを大幅に超える勢いであるという。もうこれは特定の事業者の問題というより、国民経済の
不健全さを物語る由々しき事態であると考える。

  この解決策として、まず、違法な行為を働く業者に対して刑事罰等の制裁を加えることが考えられる。しかし、それ
は必然的に事後になるし、すべての違法行為者を制裁することは不可能である。そこで、消費者自身が賢くなり、被害
者とならないことが求められる。

  だが、消費者に、ただ賢くなれと言っても、それは困難である。消費者が情報を正しく分析し、適切な行動を取るた
めの知識や能力を身につけさせることを目的とした消費者教育の実施は、行政や学校の義務である。
 
 従来もその重要性が叫ばれてきたが、その声は十分に文部科学省や教育の現場に届いていない。第六次学習指導
要領(一九八九年)で、消費者教育関連の学習項目が社会科(公民)および家庭科に、部分的にではあるが、一度は
書き込まれたものの、第七次指導要領(九八年)では、完全学校週五日制の導入等のあおりを受けて、社会科系統か
らは削除され、家庭科でも後退している。

  教育現場では、社会の横断的な問題を扱う消費者教育は、いろんな科目に関連はするものの、どの科目でも力を
入れていない状況にある。受験に関係ないことは軽んじるという風潮もあり、ほとんど消費者教育を受けずに、悪徳商
法がはびこる社会に放り出されている若者も多い。

  消費者が賢明な経済主体として自立できるようにすることは、健全な経済社会をつくるための不可欠の要件だ。こ
の認識に立って、政府は消費者教育に本腰を入れて取り組むべき時に来ている。

  昨年六月、消費者保護基本法が、制定から三十六年ぶりに改正された。名称は消費者基本法となり、「消費者の
権利」がうたわれるとともに、消費者教育の必要性等が強調され、消費者施策の指針となる「消費者基本計画」が消費
者政策会議により策定されることになった。会議の会長は首相が務める。事務局の内閣府国民生活局はすでに同計
画の素案を公表しており、三月中に策定するとしている。

  日本消費者教育学会は昨年十二月、計画に盛り込むべき消費者教育関連施策に関して提言書を同局長に提出し
た。系統的・計画的な消費者教育が欠如しているために消費者被害が拡大しているとの認識を示した上で、対策とし
て、消費者教育のための基本指針の策定、学校での消費者教育の必修化、関係省庁による消費者教育連絡会議の
設置等を提案している。
 
  内閣府の素案を見る限り、学会の提案とは程遠い。消費者政策全体の主務官庁は内閣府だが、具体的に実施す
るのは各省庁である。学校教育は文科省の所管であり、消費者教育の充実を内閣府の事務局が主導するのは難し
い。

  消費者教育は消費者個人を守るだけではなく、違法行為者を市場から撤退させ、健全な事業者のビジネスチャン
スを拡大する。消費者政策会議を構成する首相、各閣僚の下、関係省庁は一体となり消費者教育を推進する必要が
ある。

 
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