アメリカの家政学




      
      特別講演「アメリカ家政学とエコロジー −21世紀のパラダイムを求めて−」

                                        
                                         日本消費者教育学会関東支部 細川幸一
 

  共立女子大学・短期大学交流委員会が主催し、日本消費者教育学会関東支部、共立女子大学・短期大学総合文
化研究所が協賛して標記特別講演が、2004年7月30日、共立女子大学神田・一ツ橋キャンパス本館で開催された。講
師は米国コーネル大学副学長.フランシール・ファイアボー博士と同大学名誉教授・前アメリカ家政学会会長キャロル・
アンダーソン博士のお二人であった。両氏はコーネル大学のヒューマン・エコロジー学部で教壇に立つとともにアメリカ
の家政学の発展に多大な寄与をしてこられた方々である。特別講演は、8月2日から京都で開催された国際家政学会
(IFHE)会議出席のための訪日を機に、ファイアボー博士と長年交友関係にある共立女子短期大学松岡明子元教授
が東京での講演を両博士に呼びかけて実現した。講演は英語で行われ、司会及び通訳は共立女子短期大学植木武
教授が務めた。
 コーネル大学は、8つのアイビーリーグのひとつである名門私立大学であるが、ヒューマン・エコロジー学部をはじめと
して4つの学部が州立大学として運営されている。同大は1865年に創設されたが、ニューヨーク州からランド・グラント
(land grant)(無償土地提供)を一部受けているためである(米国では州立大学をランド・グラントと呼ぶことも多い)。
 以下は両博士の講演の概要である。


●「コーネル大学における家政学とヒューマン・エコロジー学部の変遷」
                                             フランシール・ファイアボー
 
  コーネル大学では、1902年に農家の主婦を対象に家事に関する教育をはじめ、 1907年に家政学は農学部の一
部として誕生した。1914年にコーネル大学の家政学の創設者が家政学の目的は女性の仕事を発展させ、女性を自立
させるためのものであると述べた。2000年には研究、実践、教育という包括的なプログラムを通じて、個人、家族、コミ
ュニティーの健康、技術、社会福祉の改善等が目的とされた。
  カリキュラムは一般的なものから専門的領域を包括するものへと変化してきた。1960年代になるとカリキュラムの
大幅な見直しが検討され、学部の名称も家政学部からヒューマン・エコロジー学部へと変更された。現在の学部では、
学生は総合的な学習をするのではなく、「デザインと環境」、「人間発達」、「人間生物」、「健康と社会」、「栄養科学」、
「繊維とアパレル」、「政策分析と管理」の中から学生はひとつを選択する。
  コーネル大学では実践教育を重んじてきた。学生は学んだ知識を即、実践に生かすことが求められた。1913年に
キャンパス内にカフェテリアが設けられ、学習の実践の場として活用された。また、学内に保育所やアパートが設けら
れ、教育実践の場として活用された。学外でも積極的に低所得者の生活問題、政治と生活環境の関係等を学ぶため
の実践教育が行われた。
  1924年までは学生は女性だけだった。同年から1954年までホテル管理学科に興味を持つ男子学生が入学したが、
それが独立した学部になるとまた男子学生は皆無となった。1970年から90年にかけてカリキュラムの変更や社会的な
変化を受けて、男子学生が入学しはじめた。1990年から現在まで、同学部には1300〜1400名の学生がいるが、そのう
ち30%が男子となっている。学部学生の卒業後の進路については、初期の狙いは女子学生に就職の機会を与えるこ
とであった。就職先は栄養、福祉、教育分野がメインであった。現在では、大学進学率も増え、また卒業後起業家にな
る学生も増えている。
  現在、多くの学生が大学院でより高い学位を得たいと思っており、大学もそれに応えてきた。1922年には栄養学で
修士号、1931年には博士号がはじめて出された。現在は500名の大学院学生がおり、男子学生の割合は学部より高
い。
  教員についても同時に男性が増えてきている。また、カリキュラムが専門化するとともに教員にも高学位が求められ
てきており、1925年以降、新たに雇用される教員は博士号取得者となった。
  ランド・グラント大学としてコーネルは教育だけではなく、研究成果を広く社会に還元する義務を負っている。その専
門分野での学問的な貢献だけではなく、現在の社会への政策提言等が行われている。
  研究分野の専門化、高度化とともに施設・実験器具等の充実も図られている。また、コーネルでは学際的研究セン
ターを設け学問の横断的連携、共同研究等を重視している。社会学分野では、政策研究所、家庭生活発展センター、
子供研究所、職員・栄養政策プログラム、国際職場環境研究プログラム等があるが、さらに、共立女子大等外部との
交流も通じてより優れた統合的な協同研究が目指されている。



●「移りゆく時代がもたらす変革と新しい位置どり」
                                              キャロル L アンダーソン

  家政学の創設者は改革者であった。彼女らが組織したレイク・プラシッド会議での成果は今でも輝きを持っている。
同会議に出席していたキャロリン・ハントは家政学こそが総合的学術的教育であり、女性を単純で苦痛な労役から開
放するものであると信じていた。レイク・プラシッド会議での討論内容は現在においても輝きもっているが、家政学は今
日までそのアイデンティテイを模索し続けている。また環境の変化とともに「家政学」という言葉がその学問領域を的確
に表現していないと考えられるようになった。
  1993年になってアメリカ家政学会では、名称変更が議論され、当初「ヒューマン・エコロジー学会」、「ヒューマン・エコ
ロジー・サイエンス学会」のふたつの名称候補が有力であったら、ファミリーやコンシューマーを入れるべきとの意見も
強く、どちらかを選ぶことができなかった。討論の結果、「ファミリー」と「コンシューマー・サイエンス」を入れるということ
で意見が一致した。1994年にアメリカ家政学会は「アメリカ家族と消費者科学学会」となった。同学会は、個人・家族・コ
ミュニティーの福祉の向上、政策制定に対する影響、人間の生活環境の向上を目指すものであるべきと考えている。
同学会は社会に対してユニークな提言ができ、我々の誇りとするものである。家族と消費者科学は総合的統合的視点
を有している。この学問は人間の生きる条件を探求するものである。1980年以降、この学問は専門分野化してきた
が、最近の10年はそれを統合する動きが出てきている。
  現在、米国の大学は財政問題に直面し、カリキュラムでも改革が求められている。学部の再編で黒字化を図ろうと
する大学理事者も多い。ネブラスカ大学リンカーン校、テネシー大学ノックスビル校などでは教育学部とヒューマン・エコ
ロジー学部が統合された。一方ウイスコンシン大学マディソン校ではヒューマン・エコロジー学部は100年間健在であ
る。同大の教育カリキュラムは高く評価されており、組織改変で困難な状況を乗り切ろうとする方針に一石を投じるもの
であろう。
  今後の大学におけるヒューマン・エコロジー分野の発展のためには、@情報の共有(変化に迅速、的確に対応す
る)、A環境への注意を払い、カリキュラムの改善を怠らない、B影響力のある関係者(OBその他の関係者)に情報を
提供することの3点が重要である。
  今後の発展のためには注意を払いながらも変革に前向きになり、総合的な視野をもっていかなければならない。





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