![]()
1.CSRの本質についての私見
最近、CSR(企業の社会的責任)論議が盛んである。立派なCSR報告書を作成している企業も多い。しかし、そうし
た企業が重大事件を引き起こす場合もある。たとえば、明治安田生命は先日、消費者の告知義務に関しての違法行 為が明らかとなり、業務停止処分を受ける事態となったが、同社は立派なCSR報告書を公開している。
そこで、CSR云々の前に、コンプライアンス遵守が第一であるとの議論がある(コンプライアンスについても現行法
令の遵守を指す場合と、法律を超えた自主的な倫理規定の制定等を指す場合があるがここでは前者を言う)。明治安 田生命のCSR報告書を見ると、合唱団の支援やら、ジョン万次郎記念館の運営支援等盛りだくさんであるが、まずは 本業で不正を働かず、社会に貢献するのが先であろう。
自由主義経済下における根本的な企業の責任とは・・・取引によって自らと消費者双方に効用をもたらすような事業
活動であると思う。
そこでは、消費者の効用を減じてまで、利益を上げることは禁じられる(消費者の自由意思に基づかない取引、意
思の形成にあたっての虚偽の情報による取引の誘引等)。
○詐欺、脅迫の禁止(刑事)
○詐欺、強迫による取引の取り消し(民法)、
○虚偽表示の禁止(独禁法上の不公正な取引方法・景表法上の不当表示等)、不招請勧誘の規制(行政法規)
等々・・・
しかし、自らの効用を減じてまで消費者の効用を増すことではなく、さらに、市場で得た利益を市場外で吐き出すこ
とでもないと考える。
2.自由主義経済体制における企業責任の変化
同時に、以下のような変化が認められているのも事実である。
@過失責任主義⇒無過失責任主義(公害裁判における無過失責任、製造物責任法)
A有限責任から社会的責任へ
資本主義は過失責任主義とともに有限責任主義によって発展してきたのでないか。しかし、有限責任も拡大してい
く傾向にある。
Cf. 株式会社・・・有限責任会社(有限責任しか負わない投資家の資金を集め、資本を集中。
limited liability company。発生初期は有限の責任しか負わない危ない会社と認識されていたという)
B caveat emptor から caveat venditor へ
caveat emptor (let the buyer beware )すなわち、「買主をして注意せしめよ!」の時代から caveat venditor
(let the seller beware )すなわち、「売り主をして注意せしめよ!」の時代に変化してきている。
買主をして注意せしめよ!:買主は売買目的物の瑕疵または売主の権原の瑕疵の危険を負担し、瑕疵に対する
責任を売主に求め得ないとの原則
売主をして注意せしめよ!:瑕疵担保責任の強化、適合性原則、情報提供義務、無条件解約権等々。
C no privity 免責の変化
直接の契約関係(privity of contract)にない者から訴えられた被告の抗弁が認められなくなる傾向。レンダーライ
アビリテー等。
D挙証責任の転嫁
例えば、従来、公正取引委員会は、ある事業者の商品又は役務の内容について実際のものよりも著しく優良であ
ると示す表示が行われたとして、排除命令等の行政処分をしようとする場合、公取委自らがそれを証明しなければ ならなかったが、景表法の改正により、必要があると認めるときは,期間を定めて表示の裏付けとなる合理的な根拠 を示す資料を当該事業者に提出するよう求め、当該資料が提出されない場合には、不当表示とみなして行政処分が できることとされた。
3.CSR段階論
そこで、私はCSRの段階論を提唱したい。
第1ステップ 市場経済の進展による企業責任の変化を踏まえ、取引によって企業もステークホルダーもともに適正
な利益を得ることを目指す
当事者の地位の対等性が確保できない状況の中で、弱い立場にある消費者、労働者、下請け業者
等々の権利・利益を尊重し、不正を働かない
第2ステップ 外部不経済問題・法の不備の自主的解決
自主的な環境対応、法の理念の先取り(例:日本通信販売協会加盟会社によるクーリングオフの
自主的な導入。特商法は通信販売についてはクーリングオフを定めていない)等。
第3ステップ 適正利益を事業外で吐き出す
文化事業、市民団体支援等々
追記:
JR福知山線の事故後、JR西日本の運転手ら2名が事故にあった列車に乗車していながら、現場を離れ、通常業務
に戻ったと報道されている。私は、その本人たちの行動もさることながら、彼らから連絡を受けたJR西日本の上司の態 度に唖然とした。「自分の乗っていた列車が脱線しました」との連絡に「脱線ですか?」と受け答えただけであとは、運 転手の出勤時間の話に移ってしまっているのだ。
一方、現場近くの「日本スピンドル製造」の工場では、総務部長が事態の緊急性を社長に報告し、社長は工場の操
業を停止、全社で救助にあたることを決断し、150名の従業員を緊急招集したという。
CSRとは人間としてすべきことを企業として決断し、実行できるか否かであり、倫理綱領や行動規範あるいはCSR報
告書のあるなしの話ではないと思う。
細川幸一
![]() |