メコンデルタの蛍

 photoNinh Kieu(ホテル)に戻ると、部屋の中に蟻の行列ができていた。ホテルの人に頼み、スプレーをしてもらう。部屋の中が臭くなってしまったので、川岸を散歩する。若いベトナム人の女性が二人、例の如くノートを見せる。また、ボートの勧誘であろう。そのノートには、多数の日本人のコメントが書いてある。暇だったので、パラパラとノートを繰ってみる。「ホ・タ・ル……。」女性の言った言葉が、ベトナム語だと思い、よく聞き取れなかった。「ホ・タ・ル。」女性は繰り返し言う。「ホタル?」ぼくは聞き返す。女性はあるページを開ける。そのページを読んでみると、ホタルを見ることができるところがあるらしい。妻はいたくホタルに興味を抱いたようだ。ぼくは半信半疑だったが、悩んだ挙げ句、行くことにする。1時間US$3。
 二人の女性――ハーさんとオーさんは共に27歳で明るかった。昼間もぼくたちに声を掛けたが、無視されてしまったと言っていた。
 約1時間かけてポイントに向かう。川はだんだん狭くなり、両岸の木々がそこをいっそう暗くしていた。途中かなり細いカーブもあり、ボートがうまく曲がりきれないときもあった。川岸の家に灯りがつき始めた。雲が多く、夕日や星空は見ることができなかったが、日暮れまでの時間は、庶民の入浴タイムらしく、メコン河の支流のいたるところで身体を洗っている人達を見かけた。また、洗濯をしたり、食器を洗ったりと庶民の生活をかいま見ることができた。
 ホタルは同じような木の付近で瞬いていた。日本のものに比べ、身体は小さいが、強い光を放っていた。また、光の瞬く間隔が早く、ネオンのようだった。その木のそばにボートを寄せる。事前に用意してあったらしく、ビニール袋が取り出される。ボートから落ちないように気をつけながら、ホタルを捕まえて、ビニール袋に入れる。ホタルの飛ぶスピードは遅いので、さほど困難ではない。十数匹のホタルがとらわれの身となった。そして、ビニール袋の中のホタルのともしびを味わう。遠くには家のともしびも見える。虫か、蛙か、何かの鳴き声が絶えず聞こえる。帰り際に、ホタルをすべて逃がす。光の固まりが、瞬きながら拡散していく。そして、もとの木の付近の光の仲間の中に戻っていった。このまま持ち帰り、部屋の中に放ち、ホタルのともしびの中で眠ろうという考えは打ち消された。彼女らはホタルによって収入を得るが、それを殺すようなことはしない。二人の女性のやさしさを感じる。
 復路は往路とは違ったコースだった。ともしびに部屋の中が映し出され、ほのかな温もりが漂っていた。夜のクルーズということで不安は少なからずあったが、楽しい船旅だった。ハーさん、オーさん、ありがとう。

 2002.09.17

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