クロム(リチャード=クロム=クラウン)
「僕は死なない。例え死んでも生き続ける」

20才 ♂ 2月4日生まれ A型
   魔力:☆☆☆☆☆
魔力容量:□□□□□
魔道技術:△△△△△

好き:『彼女』 サンドイッチ
嫌い:(特になし)
得意:妄想 さわやか芝居がかった台詞

クロムとリーフ(SS)
――君と僕とは、いつかまた何処かで会えるよ。

 彼女にとって、彼は世界の全てだった。
 他の人間たちは、彼女を機械仕掛けの人形たらしめようとしていた。正確で単調な、清楚で礼儀正しい、何も考えず意志を持たず、扱いやすい人形を造ろうとしていた。そんな人々の中で、彼だけが、彼女をただ彼女として受け止めてくれた。
 彼は世界の全てだった。彼の言う言葉は、みな葉の上の雨粒のように輝いていたし、彼の微笑む様は春の日の木漏れ日のように優しかった。
 彼は世界の全てで、今もそれは変わらない。灰色の毎日を捨てて、自由になった今も、彼の言葉は彼女にとって真実だった。

「ホントに、すごいべっぴんさんなんだよ!」
 チューリップの花束を彼女に手渡しながら、花屋の店員は興奮した様子で言った。
「なんて言うか……いや、もう何とも言えない位に」
 最初は、女の人のことを話しているのだと思ったが、どうも違うらしい。新しく彼の隣の部屋に引っ越してきたのは、金髪の青年だという。
「リーフちゃんも会ってみなよ! 絶対カッコイイから」
「私は別に……」
 彼女は苦笑して、花の代金を手渡した。
「なんでっ? なんでいつもリーフちゃんは男に興味を示さないんだーっ」
 受け取ったコインをレジに納めながら、店員は嘆く。
「リーフちゃんみたいに可愛い子が、彼氏いないなんて絶対間違ってる! ……そうだ、いっそのこと、俺が……」
「アヤメさんにはクレアがいるでしょ」
 妙な決心を堅めそうになった彼に、彼女は突っ込んだ。
「いやまあ、そうなんだけどさ…。もったいないよー、リーフちゃん」
 もったいないだなんて、そんなことを言われても困る。惜しそうな表情で、こちらを見つめるアヤメに、彼女は苦笑するしか無かった。

――君と僕とは、いつかまた何処かで会えるよ。
 そう言った、別れの時。
 彼の言葉は真実で、彼だけが世界の全てだったのだから。
(今でもまだ、私は彼を待っているんだ)
 花屋の帰り道、ぼんやりと、空を見つめて、想う。何度、他人の口から――告げられても、彼女にとっては彼の言葉だけが真実だった。

 いつかまた、何処かで会える。
 そんなどうしようもない約束を、今もまだ信じている。

 窓辺で、階下の花屋から出て行く彼女の姿を、捉えた。それだけで、何かが今までと違うのが、分かる。彼は、嬉しくて、胸を押さえる。
「聞いてますか?クロムさん」
 ひとりで感動の渦にいた彼に、鋭い口調で注意が飛ぶ。窓の外の彼女を目で追うのを諦め、振り向くと、自分をここへ連れてきた少年が、半眼でこちらを見つめていた。
「今、割と大事なことを言っていたんですけど?」
「申し訳ない、夜月君。全くと言っていいほど聞いてなかった」
 彼は素直に非を認めて、少年に笑いかけた。少年はため息をひとつつく。
「僕、新しい任務が決まったんです」
「えっと……それは、おめでとう」
「別におめでたくはないですけどね」
 少年は彼の言葉をはねのける。
「それで、次の任務は今までとは比べものにならないくらいに忙しい……と言われています」
「うん、それで?」
「だから、僕はもうクロムさんに構っていられないんです」
「えっと……つまりそれは……?」
 彼は、机の上にある、薬の袋に視線を移す。魔力がこもっているもので、使用期限が明確に決められている。
「薬の補充は別の人が担当します」
「……じゃあ、もしかして、もう君には会えないのか?」
 突然に、少年が愛おしくなる。彼は目を潤ませて、少年を見つめると、走馬燈のように、2人の出会いから今までを思い出した。
「別にもう会えない訳じゃないですけどね……」
 少年の呟きも、走馬燈の中にいる彼の耳には入らない。
「夜月君」
 バッと、彼は少年に近寄り、その手をとって言った。
「君といられて、嬉しかったよ。本当に」
「何言ってるんですか……」
 少年は鬱陶しそうに、彼にジト目を浴びせたが、彼には全く効果が無かった。
「あの時、君が助けてくれなければ、僕は今ここにいなかった」
 ブンブンと、握った手を大げさに振る。
「彼女を再びこの目で見ることも、君無しではあり得なかったんだ」
 彼の瞳は、ひときわ大きく、輝いていた。
「……分かりました、もう分かりましたから、放して下さい」
 少年はついに音を上げる。
「ああ、ごめんよ……」
 彼は手を放して、けれど目は潤んだままだった。
「じゃあ、僕はこれで」
 立ち去ろうとする少年に、彼はまた、声をかけた。
「本当に嬉しかったんだ……君が来てくれた時……」
 少年の背中は、答えないまま、移動の魔道で消えてしまった。それでも彼には、少年の照れくさい表情が、何となく読み取れた。

  視界が赤かったのは、まぶたを切った所為だったのか……。赤い木々、赤い空、その空に腕を伸ばす、腕も赤い。こちらをのぞき込む、少年の顔。その背にある翼……。それが、彼が最期に見た風景だった。
 次に目覚めた時、彼は少年に告げられた。――祝福を受けた者は、その死に際して天使が現れるのだと。彼は死なない。例え死んでも生き続けるのだと。何か望みがあるかと問われ、彼は答えた。
「ひと目でいい、彼女に会いたい……」

(けれどいつか、この身体は動かなくなるんだ……)
 少年の消えた部屋で、ぼんやりと、己の両手を見つめて、想う。最早、赤くはない視界。彼は死なない、例え死んでも生き続ける。それは――
(もう1度、彼女と出会ったとしても、また、別れなきゃならない……)
 ならば、むしろ会わない方がいい。遠くから彼女の元気な姿を、この目に納めることが出来たなら、それで、構わない。
――いつかまた何処かで会えるよ。
 約束は、破ることになるけれど。
「君を、悲しませたくはないんだ、フロー…」
 窓の外に、彼女の姿は無かった。

 隣の部屋に住む青年は、気さくで親切な人物だった。アパートの1階にある花屋で、アルバイトをしているらしい。花のことは任せろと言っていた。花について何か任せるような事柄があるのかどうかを、あれこれと考えてみたが、彼にはよく分からなかった。
 その隣人の働くところを、何となく見たいと思って、部屋を出た。階段を下りながら、彼女がその花屋の常連だったことを思い出し、足を止める。もしかしたら、鉢合わせするかも知れない。それは避けたいところだ。彼女に自分の存在を悟られてはならない。遠くから見てるだけ、そう決めたのだから。
 しかし、もう少しよく考えてみれば、彼女は先ほど花屋で花を買って帰ったばかりだった。窓から眺めた彼女は、確かに花束を持っていた。彼女がもう1度花を買いに来ることはまず無いだろう。ならば行っても大丈夫だ。
 彼は考えをまとめると、立ち止まっていた踊り場から、1歩踏み出した。

 厨房に立った彼女は、はたと気付いた。買い物袋が、ひとつ足りない。今日はシチューを作るつもりだった。ルーを買った袋が無い。
「ルレン、私帰ってきた時、何持っていたか覚えてる?」
 厨房から、食堂で本を読んでいた少女に、彼女は声をかけた。
「買い物袋2つと、花束」
 少女は本から顔を上げずに、即答した。
「ああ、やっぱどっかに置いて来ちゃったんだ……」
 彼女はため息をついて、思いを巡らせた。何処においてきてしまったのか。
「アヤメの所じゃないのか?」
 ルレンは魔道書のページをめくりながら、そう言った。
「花束を受け取るのに、買い物袋を置いた可能性があるだろう」
 ルレンは記憶力だけじゃなく、洞察力も優れている。
「……リーフ、アヤメがまた、彼氏を作れとか、どうしようもないことを言っていたんじゃないのか?」
「え……なんで分かるの?」
「さあ、なんでだろうな」
 ルレンはまた、ページを繰る。
「そんな話の所為で、忘れてきたとか」
 確かに、あの後少し考え事をした。
「そうかも知れない。ルレン、ありがとう。私とってくるね」
 エプロンのひもをほどき、彼女は厨房を出た。
「ああ、気をつけて」
 少女は本から視線を上げて、彼女を見送った。

――いつかまた何処かで会えるよ。
 そう言った、別れの時。彼の言葉は真実で、彼だけが世界の全てだった。
 花屋へと走りながら、彼女はまた、想いの淵にいた。
 何度、他人の口から、彼は死んだのだと告げられても、彼女にとっては彼の言葉だけが真実だった。
 いつかまた、何処かで会える。
 そう言った、別れの時。彼の言葉が真実ならば、彼は決して死んだりしない。

「アヤメさん、私、買い物袋忘れちゃって」
 はぁはぁと、肩で息をしながら、彼女は言った。
 花屋の前で、店員は他の客と話をしていたようだ。
「ああ、リーフちゃん」
 息が落ち着いて、彼女はアヤメの方を見る。その傍らに、いる人物。
「あの、彼がさっき言ってた、隣に引っ越してきた人だよ」

 何と言うことだ。彼女は突然こっちに走ってきた。なんだこれは、呪いか?遠くから見ていると、決めたのに。もろに出会ってしまった。大変だ。
「クロム君って言うんだ」
 アヤメが彼を彼女に紹介する。
「クロム君、彼女がうちの常連のリーフちゃん」
 そして今度は彼女を指して、彼に紹介する。
「………」
「………」
 何も話せずに、固まる。彼女は確かにこちらを見つめて、驚いている。
 突然硬直した2人に、アヤメは間で2人の顔を見比べる。このまま何も喋らない訳にはいかない。何か言わなくては……
「こ、こんにちは」
 少し声がうわずった。でもまあ、許容範囲ではあったはずだ。
「こんにちは」
 彼女はもう少し落ち着いた声で、挨拶を返した。
 その彼女を見つめながら、彼はぐるぐると、思考を巡らせる。
 出会ってしまった。彼女に出会ってしまった。出会ってしまった以上、他の手を考えなければならない。
 そうだ、つまり、まだ彼女は、彼が彼であるという確信はまだ持てていないはずだ。だって公では、彼は2年前に死んだことになっている。彼女だって、それは知っているはずだ。彼は死んだ。そしてそっくりさんが現れた。これだ。
(他人のそら似なんて、多分、よくある)
 なんとか自分で自分に言い聞かせる。彼が彼女の知っている彼だと、分からなければ、まだ大丈夫だ。残り少ない身体が動く時間を、他人として、距離を持って過ごせばいい。彼女の中で、自分の存在が大きくならないように気をつければ、自分がいなくなっても、彼女は悲しまないで済む。
「じゃあ、あの、僕は帰るよ」
 距離を持って過ごす。ならばとにかく早く逃げた方がいい。
「待って」
 きびすを返そうと、身体をひねった彼の腕を、彼女はぎゅっと握った。
「明日、貴方の家に遊びに行かせて」
 彼女の方をおそるおそる見ると、その瞳は本気だった。
 彼は彼女の瞳に気圧されて、唖然とした。アヤメもポカンと口を開けて、驚いている。
「クロム君!」
 放心状態だったアヤメが、突然叫んだ。
「リーフちゃんがこんなこと言うの、君だけだよ!」
 何を根拠にしているのかよく分からないが、アヤメも彼女と似た強い瞳で、こちらを見る。
「ダメ?」
 彼女は彼を見上げて、問う。この問は……答をひとつしか期待していない、問だ。
「わ、分かった……いいよ」
 頭がくらくらする気がして、彼は期待された答を、そのまま言葉にしていた。

 次の日、昼前に、彼女はバスケットを携えて、彼の部屋までやって来た。呼び鈴を聞いて彼が扉を開けると、彼女は笑って挨拶した。
 その笑顔に、彼は見とれてしまう。いけないと思っても、彼女に触れたいと願ってしまう。それを押さえつけて、彼は彼女を部屋に入れた。
「なんか、物が無い部屋だねえ」
 机の上にバスケットを置いて、彼女はそう言った。
「自炊してるの?」
「いや……」
 言いかけて、思いとどまる。彼女は確か料理が得意だった。自分がろくに食べてないことを告げたら、毎日でも押しかけて料理をすると言い出すかも知れない。
「……アヤメさんと、食べることが多い、かな」
「ふぅん、そうなんだ」
 彼は安堵した。毎日会うのだけは勘弁だ。彼女をこれ以上、自分に近づけてはならない。一緒にいる時間が長ければ長いほど、他人ではいられなくなってしまう。最初は、彼女に気付かれさえしなければいいと、思っていたが、実際に彼女を前にすると、どうしようもない欲望で、自分の名を告げて触れたいと思ってしまう。それを防ぐためにも、彼女は自分から引き離さなくてはならない。
「まあ、今日は、これでランチにしようね」
 彼女は笑って、机の上のバスケットを指した。先ほどから気になってはいたが、やはり中身は昼食なのか。部屋を見せたらすぐに追い出すつもりだったのだが、これを辞退するのは……出来そうにない。
「台所つかって良い? お茶入れたいの」 「ああ、いいよ」
 昼食を共にするしかない以上、早く済ませてしまう方がいい。彼は1度も使ったことのない台所に、彼女を案内した。

 ただの偶然……だと、思いたい。彼女が作ってきたメニューは彼の好物ばかりだった。サンドイッチに挟んである、具の順番すら、彼が昔好んで食べていたものを再現している。紅茶の、銘柄も。偶然?
 おそらく……、幼い彼女にとって、彼はカリスマだった。彼の好きなものを、彼女も積極的に取り入れたハズだ。そうして出来上がった彼女の好みは、彼と一致していて、彼女が料理を覚えた今、自分好みの食事を作っているのだろう。おそらくは、そういうことだろう。そうだ、彼女が彼の好きなものを知っていて作ったのではなく、単に彼女の好きなものを作った……これなら、理解できる。
 彼女が彼を彼と気付いて、わざわざ好物を作った訳じゃない……そうだ、まだばれてはいないはずだ。
「美味しい?」
 笑いかける彼女に、難しい顔で応えてしまったかも知れない。あまりにもよく出来たサンドイッチに、彼は思考を巡らせて、眉間にしわが寄っていた。
「美味しいよ」
 なんとか眉間の力を抜いてみたが、無理をしているようにとられてしまったようだ。
「美味しくないかな……今度はもっと頑張るね」
 今度。
 あ……と、彼は思った。なるべく彼女と距離を持たなければならないのに……。
「そんな、悪いよ……」
 距離を、持たなければならない。こんな風に彼女と会うのは、これで終わりにしなくてはならない。
「いいのよ。どうせみんなの分作らなきゃならないんだし。1人くらい増えたって」
「でも……」
「だって、貴方、全然食べてないでしょう?」
「え……」
 彼は言葉に詰まる。何故ばれた?
「台所見れば分かるよ……。こっちに来てから1回も使ってないでしょう?」
 ……見れば分かるのか。そういうものなのか。迂闊だった。やはり彼女を部屋に入れるべきじゃなかったのか……。
「ちゃんと食べないと、身体に毒だよ?」
 彼女の見上げる瞳、昔と変わらない、その緑色の瞳に。
 彼は返す言葉がなかった。

 強い口調で、出て行けと言うことは、彼には出来なかった。かといって彼女をこのままにしておく訳にもいかず……。それとなく彼女に帰宅を勧めるようなことは言ってみたのだが、彼女は聞いてくれなかった。
 台所で、彼女は夕食を作っている。その後ろ姿のうなじに、さっきから目が離せない。
(綺麗になったな、フロー……)
 別れ別れになった頃は、まだ幼さの残る、顔立ちだったのに。
「もうすぐ出来るからねー」
 台所の彼女が振り向いて笑う。その笑顔を見ながら。
 夕食を食べ終わったら、今度こそ帰宅させよう。そして二度と顔を合わせないようにしよう。夜月の代わりに薬を届けてくれるという人物に頼めば、また別の部屋を得ることも出来るかも知れない。そうすれば彼女を振り切れる。
(まずは食事の後に帰宅させる、ここからだ)
 彼は心を決めて、夕食に挑んだ。

 どうして、こんなことになったのか……。彼はぼんやりと、そんなことを考えていた。
 傍らで眠っている彼女は、離ればなれになった頃と変わらぬあどけない姿だった。彼女の前髪に触れて、その感覚も、やはり変わっていないことに気付く。どうして、こんなことになったのか……。
「昨日会ったばかりなのに……」
 ひとり、呟く。昨日会ったばかり。
「君は会って2日目の男と寝るような娘なのか……?」
 いくら彼女が無防備だったとはいえ、欲望に耐えきれず手を出したのは自分なのに、少し、悲しくなる。2年のブランクで、人は、変わるのか……。
「フロー……」
 頬に触れて、名前を、呼ぶ。親しんだ名前。昔の名前。今とは違う、隠された名前。それを呼んで……
 彼女はぼんやりと瞳を開いた。彼は少しドキリとする。独り言を、聞かれたかも知れない。彼が彼女の昔の名を呼んだのを聞かれたら、彼が彼だと分かってしまう。
「……お、起きた?」
 かき消すように、次の言葉を言う。
「うん……まだ眠い。今何時?」
「えーと……夜中だけど……、帰る?」
「気になってたけど……どうして帰る帰る聞くの?」
「え…」
 何故かなんて、言える訳ないじゃないか。
「せっかく2年ぶりに会えたのに……」
 ぽつりと、彼女が言う。彼は愕然とした。
「……いつから気付いてたの?」
「気付いてたって、何が?」
「だからその……僕が僕だって」
「貴方は貴方でしょう?リーツ」
 彼女は、何を当然のことを……と、いう表情で、彼を見つめた。
「いや……だって……なんで」
 なんで彼だと分かったのか。彼は彼女に彼だと名乗らなかったし、彼は死んだことになっている人間なのに。
「信じていたもの」
 彼女は彼を見つめた。
「いつかまた、何処かで会えるって」
 そんな、別れの言葉。気休めの約束。
 追われて、殺されるかも知れないと、分かっていたから。彼女を置いていくのに、その言葉が必要だった。ただそれだけの、言葉なのに。
「リーツ、私にとっては、貴方のどんな言葉も真実だったから……」
 彼は胸が痛かった。彼は約束を破ろうとしたのに。
「他の誰が何と言おうと、貴方は死んだりしないって、思っていたから」
 彼は死んだ。確かに1度、間違いなく死んだ。たまたまの幸運で、祝福を受け、天使に救われた。彼は祝福を見越して、約束をした訳ではないのに。
 それなのに。
 彼女は自分を、ただただ信じていて、今もまだ信じている……。
「だからね、私が貴方を見間違える訳もないの」
 彼女は彼の顔をのぞき込んだ。
 彼は彼女を見て、少しだけ笑った。
「なんだ、じゃあ最初から分かってたんだ……」
 少しだけ笑って、その頬に、涙が流れるのが分かる。
 彼は枕に突っ伏した。
「分かってるんなら最初に言ってくれよ…フロー……」
 枕に、涙がにじむ。理不尽に姿を消した彼を、今でも想ってくれる彼女に、涙がにじんだ。そしてこの先のさらぬ別れを、どう伝えたらいいのか…その所為で傷つくかも知れない彼女を思い、涙がにじんだ。
END

「フローを残していくことが、とても辛い……」(SLG)
「ハヤト君……本当に、自分勝手な願いだと思っている。だけど、病人のわがままをどうか聞いてくれないか」
「君に彼女の何が分かる? 僕は、僕は幼い頃から、ずっと彼女を見てきた。大切に……大切にしてきたんだ! ずっと! ずっと……」
「ああ、どうしても僕は弱くて小さな人間だよ。死にたくないと、願ってしまう。死にたくない……死にたくないよ。もっと彼女と共にありたい……死にたくない……」
「短い間だったけど、君といられて嬉しかった。ありがとう、ハヤト君。本当に、ごめん。君やフローを残していくことがとても辛い……今でも心がざわつくんだ……。ただただ、君の未来に幸せがあることを祈るよ……」

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